深海転生(未知)   作:月日は花客

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30.違う生物ということ

 

「キャー! 違うんです、食べようとか、あの、そういうのは全然なくてですね!」

 

 耳に刺さる叫び声の後、目の前の人魚は必死に弁明を始めた。

 俺は別に、チョウチンアンコウの人魚に食われるとは思ってないんだけど……彼女の声は止まらない。

 

「その、本当に! か弱いふりをして襲おうとか、擬似餌とかそういうんじゃ無いんです! お礼を言いたいのは本当で──逃げないでください〜!!」

「いや、大丈夫。逃げないから」

「もうボッチでいるの辛いんですぅ〜!!」

 

 逃げないと言ったのに、聞こえなかったらしい。

 泣きながら私の服の裾を掴み、一人は寂しいと泣くチョウチンアンコウの人魚。なかなかに絵面がシュールだ。

 このまま引きずっていくわけにもいかないし、なんとか落ち着いてくれと願いながら俺は彼女が泣き止むのを待った。

 人魚の涙はファンタジーな素材とかでよく見るけど、実際は海に溶けて何もわからない。泣いているような声と表情でなんとか「泣いている」ことがわかる程度だ。素材も何もない。

 しばらく待てば、ぐすぐすと啜ってはいるものの頭が冷えてきたようだ。

 

「逃げられるのが嫌なのはわかったから。なんでこんなところに居たのか説明してくれないかな」

「うぐぅ……ごめんなさい……。わ、アタシはチョウチンアンコウの人魚、チューレと申します」

「俺はセイ。深海サメの人魚だ」

 

 改めて彼女の姿を見る。岩の破片やそれによる砂煙が無くなれば、光が入ってくる深さである此処では普通に姿が見える。

 チューレの自前の提灯もあるし、他より明るいくらいだ。

 チョウチンアンコウの尾鰭に、女性の体がくっついているのは人魚の証だ。全長は俺の方がでかいが、チューレは提灯がある分長く見える。

 オレンジがかった朱色の髪はくせ毛で、毛量が多い。そこに隠れるように、三白眼気味な紫の瞳とギザ歯のある口が見える。

 頬から鼻にはそばかすがあるが、清潔感や容姿には悪さをしていない。

 素朴な田舎娘といった感じ。服装は縦セーターっぽい長袖ヘソ出しルックだ。

 頭には当然チョウチンアンコウらしい擬似餌の触覚が生えている。

 

「そのぉ……この近くに、人魚の集落があるんです。大きめの……」

「ふむ?」

「わ、アタシはそこに住んでるんですけど……あんまり、同世代からよく思われてなくて……。この見た目に、チョウチンアンコウっていう種族が、怖がらせてるっていうか……性格も暗いし……」

 

 どうやら一般人魚にとって、チョウチンアンコウは擬似餌によって他人を騙す詐欺師的なイメージがあるらしい。

 人間でいうキツネ野郎とかそういう意味なのか? 種族と比喩じゃまた違うかもしれないが。

 しかも女性のチョウチンアンコウの人魚は大柄で、歯も鋭い。

 だから他の人魚、特に同世代からは怖がられ嫌われているそう。

 チューレもその風評の被害者だった。

 

「だから、アタシはいつもここでお昼寝したり好きに過ごしてたんですが……数日前にあのエビがここを縄張りにしてしまって。ここから身動きが取れなくなって──」

「それでついにヒレが引っかかって、そこに俺が通りかかったと」

「そういうわけなんです……」

 

 お恥ずかしい……と手で顔を覆うチューレ。

 俺としては、別に大した労力も使っていないし別に構わないのだが。それよりもここから人魚の集落が近いということが気になる。

 

「俺は流れの人魚でね、同族の集落に留まったことがないんだ」

「は、はぇ〜、そんな方もいるんですね」

「その……俺は深海サメの人魚って言っただろ? やっぱり俺みたいな奴にも、そういう偏見とかってあるのか?」

 

 チョウチンアンコウにあるんだったら、深海に棲むサメである俺にもなんらか偏見はありそうだ。

 気になって聞いてみると、チューレは少しいうのをためらった後、小さな声で「あります」と言った。

 詳しく聞くと、サメ系は同族喰いの噂や暴れ者のレッテルを貼られていることが多いらしい。深海サメは数も少なく珍しいので、それだけでどんな扱いを受けるかはわからないとのこと。

 うーん、やっぱり俺はあんまり人魚と関わりたくはないかもしれない。

 

 俺自身偏見が全く無いわけじゃないけど、そういうのがあんまりにも露骨な所って行きたくないな。しかもマイナス方面のレッテルだし。

 大きめの集落とはいえ国や街まではいかないらしいし、田舎特有の情報網で村八分とか嫌だもんな。

 ……いや、チューレはそういうところに今いるのか。あんまり非難するべきじゃなかったな。

 

「セイさんは、なんで旅をしてるんです?」

「あー、まぁその方が性に合ってるからかな。今はサンドーレって街を目指してる」

 

 そう言うと、チューレの触覚がピコン! と反応した。なんというかアニメキャラのアホ毛みたいな動きをする提灯だ。

 

「あ、アタシ、そこなら案内できますよ! 此処からはちょっと海流が入り組んで迷いやすいんです。良かったら案内しましょうか……?」

「そうなの? でも、なんか悪いな」

「いえいえ! セイさんは命の恩人ですから、これくらいやらせてください」

 

 と言いつつも、どこかその表情は集落から離れたいと言う言い訳に使われている気がしてならない。

 瞳にはどこか人間不信の闇が宿っているし、しきりに髪をいじる様子は挙動不審だ。集落の交友関係がストレスになっているのだろう。

 

 別に同行者が増えても構わないし、複雑な道を案内してもらえるならそれに越したことはない。

 俺はチューレの提案を受けることにした。

 

「チューレのいる集落は、名前みたいなのはあるの?」

「アタシたちは貝殻の集落って呼んでます。流れの影響か貝殻が漂流しやすいんで」

「ふーん、どうしてまた、そんなところに」

「なんでも海の森ってところから移動してきたそうです。私は後から来た組なんでよく知りませんけど」

 

 海の森……懐かしいその言葉に、ついシラタマを呼びたくなった。

 シラタマは今ザハド達とお祭りの飾り付けについて議論していることだろう。細々とした雑務や民の御用聞なんかをやってくれているのがとても助かる。

 シラタマにとってもご褒美になる祭りにしたいものだ。

 そんなシラタマのかつての棲家は、海の森が近い元集落だった。

 ああ、ハーヴィは安らかに眠っているだろうか。

 

 シラタマはあれから、ハーヴィの事で泣くことはしない。

 思い出を懐かしんだりすることはあれど、あからさまに悲しんだり後悔するような仕草は一片も見せない。

 本心はどうかは知らないが、そう言うところはシラタマの強さだと思う。

 テキパキ働いて、ニコニコと笑みを絶やさないで。シラタマの慟哭は、きっと一生忘れない。

 ハーヴィも、あんないい子と友達だったことを誇りに思っているはずだ。

 

「……セイさん?」

「ん、ああ悪い。少しぼーっとしてた」

「そうですか。この先は細い海流がいくつも絡み合っているので、気をつけてくださいね」

 

 いけないいけない。今は一人じゃないからボーッと感傷に浸れないんだった。

 思考に色々と持ってかれるのは俺の悪いところだな……。

 

 チューレの言う通り、そこはさまざまな強さ、方向の海流が複雑に絡み合い、迂闊に進めば洗濯機に入れられた洗い物の気分を味わえそうな所だった。

 海底火山や海溝、外からの河川の流れでこうなっているらしい。

 しかしチューレは、その細い正解の道をスルリと当てて、先導していく。

 あんまりにも綺麗に進むものだから、海竜の邪魔なんて微塵も感じなかった。

 

「すごいな、チューレ」

「えへへ……逃げたひとを追いかけたりしてたら、こんな特技が身についてて……」

 

 …………追いかけるから、余計逃げられるのでは。

 その言葉を、俺はそっと飲み込んだ。

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