深海転生(未知)   作:月日は花客

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4.はじめての終わり

 

『死にに……ですか』

 

 姿が見えない鯨に、俺は見えているのかわからない相槌を打つ。

 光を感じるとはいえ、ここはやはり暗闇であり、話し相手の大潮鯨が俺をどうやって認識しているのかはわからない。しかし、種族的な力でこの暗闇を見透している気がした。

 

『言っとくが自決じゃあないよ。もう寿命なのさ』

『それで、こんな深海に?』

『鯨の世界の慣わしでね、死ぬ時は深淵に近い深い海で終わると、深淵に還れるって伝えがあるのさ。それに、深海の連中はなかなか食物にありつけないから、終わった私の身体を食いもんにしてやるのさ』

『ああ、なるほど』

 

 鯨骨生物群って、前世でもあったな。鯨の死骸は海底の生物にとってご馳走だ。ゆっくりと長い年月をかけて消化されていくのだろう。

 その終わり方を、この世界の鯨も望んでいるのか。

 

『この世界のほとんどの鯨は、生きている時には深淵に出会う事はない。だけど、私はお前さんに出会えた。いやぁ幸運だ! 海の終わりを持つ子と話ができたなんて、冥土の良い土産ができたよ』

『俺は、何かしたほうがいいですか? 深淵の称号を持つからには、何かしたほうがいい気がして。……そんなに信仰されているなら』

『なぁに、話ができただけ十分さね。私はね、この世界の全ての海を渡った。様々な生き物と会って、その終わりを見た。もう満足したのさ……』

 

 大潮鯨はどこか眠そうだ。本当に終わりが近いのかもしれない。

 

『鯨は深淵を信じてるが、別にお前さんが何かしないといけないわけじゃあない。……私たちは勝手に死後を信じてるだけで、お前さんも勝手に生きりゃ良いんだよ。……押し付けてくる奴は無視しても良いんだ』

『そう、ですか』

『大抵の鯨は、お前さんの好きにさせるだろうよ。深淵を否定したって良い。……鯨は皆んな、自分が深淵を勝手に想っているとわかっているからね』

『それはなんとも、助かりますね』

『物分かりのいい子だね。……ああ、随分眠くなってきた』

 

 水流が、鯨の大きな欠伸を感知する。

 巨大な体は、たった欠伸をほんのちょっとするだけで、周りの水を大きく動かした。

 ぐわ、と動いた水の流れが顔にかかる。

 

 気にしなくていい、と言われたが、俺はこの死にかけの鯨に何かしたかった。

 深淵とか、海の終わりとかはよくわからないが、この世界で初めての話し相手になってくれた優しい鯨に、なにか感謝を伝えたかったのだ。

 このまま終わりを眺めているだけなのは、なんだか避けたかった。

 何かないかとステータスを見ていたりして、ふと思いつく。

 

『実は、俺が初めて話した相手なんですよ、貴女は』

『そりゃ光栄だ』

『それで、終わりかけのなか話してくれた貴女になにか感謝を贈りたい。生憎食べ物も、手向の花も持っていない。だから名前を贈らせて欲しいんです』

 

 世界を旅して、長く生きた海の支配者に、名前がないと言うのはなんだか寂しい気がした。

 断ってもらっても構いませんが、と告げると、鯨はまた大きく笑った。

 

『ああ、私はなんて幸運な鯨なんだろうね! 死ぬ間際に深淵の子に会えただけじゃなく、私に名前を贈ってくれるなんて! 是非もらおう、喜んで貰おうじゃないか』

『良かった……そうですね、名前は……』

 

 鯨というと52Hzのクジラが有名だけれど、あの孤独なクジラはこの大潮鯨には似合わない気がする。色んな人と関わっただろうこの鯨は、決して孤独じゃなかっただろう。

 俺はなんとなく、目の前の寛容で陽気な雰囲気の鯨に似合う単語を頭から捻り出す。

 

『それでは、「リベルタ」なんてどうでしょう。自由、という意味です』

『リベルタ……リベルタ。なんて良い響きだろうね。最後の最後にこんな素敵なものを貰えるとは、嬉しや嬉しや』

 

 ステータスを見ると、名前欄が【リベルタ】となっていた。無事に名付けができたらしい。良かった。

 ふと、名付け前とは違う、ハッキリとした繋がりのようなものを、俺とリベルタのあいだに感じる。名前をつけた事で特別な縁ができたような、他人とは違う関係。

 

『お前さんが名付けてくれたから、私とお前さんの間に力の繋がりができたのさ』

 

 リベルタが教えてくれる。

 魔物にとって、名付けとは力と高い知性が必要なもの。ゆえに特別で、名前持ちの魔物は少ない。

 名付けるのが魔物同士なら尚更。名付けるとそのふたりのあいだに特別な繋がりができ、一部の力が分け与えられると言う。

 リベルタは今ので俺の《水操作》を得たそうな。といっても、もうじき死ぬ自分にはあまり関係がないと笑っているが。

 

『はは……長生きはするもんだね、本当。……私は今世界一幸福な鯨よ。深淵の子よ、ありがとう。……おかげで、ずいぶん楽に逝けそうだ……』

 

 もう、命が残りわずかなのだろう。

 言葉も途切れ途切れに、リベルタは俺に感謝の言葉を伝えてくれる。こんなに感謝されたのはいつぶりだろうか。

 ただ名前をあげただけなのに、なんだか身に余る感謝をもらっている気がする。ありがたいが、落ち着かない。

 

『リベルタ、俺からも、話し相手になってくれてありがとう。深淵は、きっと貴女を包み込んでくれるよ』

『はは、ありがとう……お前さんの……旅、が……良いものに、なると……願ってるさ…………』

 

 やがて、動かなくなった鯨の体が沈んでいくのを水流が感知した。

 もう《海鳴りの歌》で話しかけても何も返ってこない。

 ゆっくりと海底に落ちていく巨体。既に何匹かの深海生物が鯨の死骸を察したのか寄ってきている。リベルタにとっては良い終わりだったのだろう。

 

 さっきまで話して、笑っていた存在が動かない骸になる。

 前世でも経験の無い看取りは、なんだか俺の人生に深く刻まれた気がした。しんみりと、沈む鯨に手を合わせた。

 ここが何も無い深海じゃなかったら、花でも供えたのだけれど。

 暗闇に落ちていく死骸。彼女の魂が深淵に無事還っていれば良いな。

 

 リベルタは俺と繋がって《水操作》を得たらしいけど、俺は何を得たんだろう?

 彼女の死をひとしきり悼んだあと、俺は気になって自分のステータスを確認する。

 

海ノ原(わたのはら) (せい)】Lv 1/30

種族:深淵ノ愛シ子

魔法:《海月提灯》

スキル:《水操作》《海鳴りの歌》《冥々水槽》《波槍》《波盾》

称号:【世界旅行者】【深海ノ祝福】【深淵】【海原の守り】【波の守護者】【大鯨の祝福】

 

 スキルと称号がいくつか増えていた。

 リベルタはひとつしか貰えなかったのに、俺はたくさん貰ってしまった。なんだか最後の最後まで、俺は貰いすぎたような……せめて彼女を忘れないでいよう。そうして、少しずつ返していければ良いな。

 

《波盾》

水を操り盾を作り出す。

 

《波槍》

水を操り槍を作り出す。

 

 スキル二つは、シンプルながら汎用性が高そうなものだ。水圧以外の攻撃、防御手段ができたのは嬉しい。扱いを練習して、使いこなせるようにならなければ。

 

【波の守護者】

条件:《波槍》《波盾》を習得する。

波の守護者となった者の証。

水中で水の力を吸収し、傷を回復することができる。また、水を飲む事で回復力を高められる。

 

【海原の守り】

海に守られた者の証。

海中にいる間、攻撃から身を守る盾が発動する。

 

【大鯨の祝福】

大潮鯨リベルタの祝福を受けた者の証。

海に起こる全ての自然現象は、あなたを害することは無い。

 

 称号たちの破格の効果が凄い。

 【波の守護者】は水がある限り傷が治るし、【海原の守り】は海中でのオートガード。【大鯨の祝福】はリベルタの思いに目頭が熱くなる。海底火山や津波、渦潮なんかの被害を受けないと言うことだろう、海の中が快適になること間違いなしだ。

 防御面が特に固まった、という印象だ。盾や回復手段が豊富になった。万が一の被害に対抗する手段ができて、とても嬉しい。怪我を負う瞬間はどうしてもあるだろうし、安心材料になってくれる称号があるのはとても重要だろう。

 

 とりあえず、《波盾》と《波槍》の練習から始めようか。

 俺は改めて、リベルタの死骸がある方向にお辞儀をした。

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