スペードが書斎で執筆しているとノックの音がした。
「お仕事中に失礼しますスペードさま。いえ、スペードン・キング先生」
ひとつ目の助手、ダークアイが入室してくる。
スペードが作家として名乗っている名を呼び冊子を差し出した。本としては簡素な作りで表紙に『カンフーシスターズ』とだけ書かれている。
「……台本が出来たようだね」
「先生も目を通されたんですよね」
「ああ、決定稿もメールでもらったよ」
ダークアイは台本を持つ手にギリリ、と力を入れた。
「原作とずいぶん違うじゃないですか!」
机に叩きつけるように本を置くと、ひとつ目をぐるぐるさせて息巻く。
彼女も秘書として企画にかかわっていたが、スペードが制作会社とメールでやりとりしていたので内容までチェックしなくても問題はないと思っていた。
なのに、原作からかなり改変されていることに驚き、憤っている。
「こちらの無理を通してシャッフルシスターズを主演にしたんだ、元々居なかった姉妹が出るし内容が変わるのは仕方ないだろう。映画にするための演出の違いもあるだろうし」
スペードン・キング作品の映画化の話が持ち上がった時、これはチャンスだと考えた。原作者として小道具に「タイガーアイズ」を、主演にシャッフルシスターズを使うことを提案し、叶えられた。原作とシャッフルシスターズの知名度を上げお宝も手に入れる。一挙両得どころか三得になる。
監督はその場のノリで内容を変えると評判だったし、スペードが忙しいこともあって監修程度にしか脚本に口は入れなかったから出来は二の次だと思っている。
「リーの苦悩とか、王女の葛藤とか、ほとんどカットじゃないですか。この作品で描くべきなのはこっちなのに」
しかしダークアイはそうではないらしい。
「カンフー映画だから、どうしてもアクションが中心になるだろうね」
「本来は主人公リーと王女の恋だってメインじゃないし、もっとゆっくり描かれてたじゃないですか。こんなあっさりと結ばれるなんて」
秘書として、スペードン・キングの一番のファンとして、原作への強い気持ちは止まらない。
「まあ映画ではこんなもんなんじゃないかな。ラブストーリーは王道で分かりやすいし、仕方がないと思うよ」
「仕方がない、ですか」
急にトーンダウンし、ダークアイはうつむく。
「仕方がないんですね………キスも」
ラストには原作になかった主人公と王女のキスシーンが描かれていた。
「あ……あれは……その……」
スペードは目をそらす。
「スペードさまはそれでいいんですか」
「……あの流れだと自然、だと思うよ」
「そう、ですか……」
「!?」
震える声に視線を上げると、ダークアイはポロポロと涙を流していた。
「わたしがどこの誰かとキスするのも仕方がない、ですよね」
流れる涙を拭うと包帯がほどけ、その下から素顔が現れた。
ダークアイのもうひとつの姿、シャッフルシスターズのアイが演じる王女はそのキスシーンを務めなくてはいけない。
そこでスペードは自分の間違いに気づく、今まで相手役を明かしてなかったことに。
「ごめんダークアイ、実は……」
「……してください」
アイは涙を溜めた瞳でまっすぐ見つめる。
「キス、してください」
ふたりの間に沈黙が流れる。
「初めてのキスが望まない相手となんてイヤです。せめてその前にキスしてくれませんか」
再び気まずい沈黙が訪れ、スペードはゆっくりと口を開く。
「……ボクでいいのかい」
「スペードさまじゃなきゃダメなんです」
痛いほどの視線で見つめられる。
「この想いを伝えたらここには居られなくなるかもしれません。でもスペードさまの前で他の誰かとのキスシーンを演じるなんて耐えられません」
ほどけた包帯に涙が吸われていく。
「お願いです、スペードさま」
「…………」
スペードは立ち上がる。
彼女の頬に手を当てると、ビクッと反応する。スペードは少し背伸びをすると、そっと唇を重ねた。
顔が離れるとアイは顔をそらして寂しそうに笑う。
「……すみません、こんなお願いをしてしまって。どうか今の事は忘れてください」
ギュッと握った手をスペードの手が包み込む。アイは驚いてスペードに視線を戻した。
「忘れられるものか。謝るのはボクの方だよ」
スペードは一度目を伏せ、彼女の目を見つめる。
「ごめん、言ってなかったけど、相手役はボクなんだ」
アイは目を見開いた。
「え……スペードさまが……え?」
今の言葉を反すうしたが、上手く理解ができない。
「お宝を手に入れるのにもボクが居た方が確実だし、何よりダークアイの恋人役を他の男にやらせたくなかったからね」
「そ……んな……」
アイは力が抜けたようにへなへなと座り込んだ。
「キスシーンが追加されたのは本意じゃなかったけど、それを削除しなかったのはボク自身だ。
本当にすまない。今まで言えずにいて、こんな形になってしまった」
「スペードさまの……ばか……」
「!?」
アイは再びボロボロと涙をこぼす。
「ごめん、本当にバカだったよ」
膝をつき、ほどけた包帯でアイの涙を拭った。
しかし涙は次から次へとあふれてくる。
「本当にすまない。どうしたら許してもらえるだろうか」
アイはまっすぐスペードを見つめる。
「もう一度キスしてください。仕方なくじゃなくて、ちゃんとしたキスを」
うなずくと彼女の頬に手を当てる。
「愛してる……アイ」
再び唇を重ねやさしく抱きしめる。
長い長いキスだった。
唇を離すと目が合い、アイは恥ずかしそうに視線をそらした。
「本当にごめん」
何度目かわからない謝罪をすると、アイは小さく首を振って微笑む。
「いえ、こんなことでもなければスペードさまに想いを伝えられなかったです」
スペードはアイの手を取って笑い返した。
「もう一度キスしてもいいかな?」
「……は、恥ずかしいのでパスさせてください」
アイは真っ赤になって身体を引く。頭から湯気が出そうだ。
「残念、じゃあ本番までガマンしようか」
「本番……」
その言葉にハッと気づく。
「スペードさまとのキスを人前でしなきゃならないってことですか!?」
そもそもは映画の中でキスシーンを演じるために始まったことだ。
「いや、そんな、ムリです!」
知らない誰かとキスしなければならない、アイはそう思って後先考えずにスペードにお願いした。しかし改めて考えると出演者とスタッフの前でキスをし、それが映画として世界に公開されることになる。そう思うと逃げ出してしまいたくなった。
スペードは彼女の手を取って微笑んだ。
「慣れるまで練習すればいいさ。何度でも」
「……心臓が持ちそうにありません」
スペードン・キングファンのハチが脚本を読んで驚いていたから原作にはなかった、という仮定で考えてみました。
怪ジョアニメは改変に愛を感じて感謝しかない。