鱗蟲   作:C'est la vie


原作:タクティカル祓魔師
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鱗蟲とは、爬虫類のこと。

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第1話

 きっ、と微かにブレーキを鳴らして車が止まった。無線のハンドマイクを取り上げる。

「埼玉支局境対7班現着、これより駆除作業に入る」

「埼玉支局了解、ご安全に!」

マイクを置き、左手でドアを開ける。彼が降りた社用車然とした白いワゴンの前席ドアには、“神祇庁”の三字が黒く書いてあった。

「降りて装具を点検!特に形代はしっかり確認しろよ」

他のドアから、同じ車に乗っていた他の三人が降りる。後席の二人はそのまま後ろに回ってテールゲートを開いた。この車から降りた四人はいずれもワイシャツにスラックスを履いた、オフィスワーカー然とした服装であったが、目を惹くのはその上から羽織ったどことなく神社装束を思わせる雰囲気の上着———つまるところ、“狩衣(ジャケット)”である。彼らは神祇庁境界対策部、その中でも実際に界異の祓滅にあたる祓魔隊に属する職員であった。狩衣は一般の科学では説明できない、超常的な害から彼らを守る鎧であり、形代はそれでも防げない害を肩代わりする、彼ら自身の身代わりになる紙切れである。いずれも、界異のまえにその生命を曝す彼らにとっては欠かせないものであった。そして、もう一つ彼らに欠かせないモノ———それは武器である。ワゴンの荷室から取り出されたのは真っ黒な直刀に、見慣れないピストルグリップ付きの黒い箱のようなもの———これらは、穢れの結晶である黒不浄を鍛えた、これも黒不浄と呼ばれる刀と、浄化作用のあるダーツを射出する祓串(ペグ)銃であった。祓串で以て界異の力を削ぎ、穢れの塊である界異を直接切り裂くことができる黒不浄で以て界異を滅するのである。

 ワゴンが停まっているのは、山へ入って行く小道の道端であった。ワゴンの前には、同じように白い車体で“神祇庁”の三字が書かれたセダンが斜めに停まって道をふさいでいる。そのセダンの向こうから、同じような服装の男がこちらへ走ってきた。

「や、祓魔隊の方々ですか。現調の畑井です。お待ちしておりました」

「7班の福島です。お待たせしました。状況は?」

最初にワゴンから降りた男、もとい班長が応える。現調、もとい現地調査係は、その名の通り界異の発生する可能性がある地域や発生していると思しい場所に実際に出向き、現地の状態を調べる役目である。もし界異を見つけたら、その形態や脅威の大きさを神祇庁に報告して可能であれば現場を封鎖し、祓魔隊に後を引き継ぐ。

「目立った動きも、移動もしておりません。まあ、ごく普通な、怨霊って所でしょうな。徒歩でできる範囲で検索しましたが祠や石塔の類は見つかりませんでした」

「今はどこに?」

「この先の路肩に突っ立っております。反対側の封鎖は1.2キロ先です。そちらの方に相勤がおります」

「わかりました」

「ではお気をつけて」

「どうも。よし、支度は済んだか?」

装備を整えたり、武器の準備をしていた班員に声をかける。一人が班長に黒不浄を手渡しながら言った。

「いつでも行けます」

「よし」

駆除作業は役目ではない現調に見送られながら、道をふさいでいるセダンの横を抜けてその先へ進む。後ろから三名の班員がぞろぞろとついて来る。二人が祓串(ペグ)銃、班長を含めた二人が黒不浄の組み合わせだ。全員が祓串(ペグ)銃を持っていることが望ましいが、国外から調達しており馬鹿にならない値段なので全員分の数は揃っていない。班長が振り返る。

「気を抜かずに、普段通り、手早く片付けよう」

 

 

 

1キロの半分も進むと、現調が言った通り、1,2年経った遺棄死体と言った感じのものが道路の山寄りに立っていた。班員に目配せする。祓串(ペグ)銃を持った二人が前に進み出た。周囲に民間人の姿は無し。

「撃て!」

轟然と、山林に短連射の銃声がこだまする。西ドイツ軍の新型小銃の設計を流用した祓串(ペグ)銃は、バースト射撃時は高い発射速度により照準が反動でぶれる前に一回の射撃を済ませるため高精度な射撃を可能としている。上体へ正確に祓串(ペグ)を浴びせられ、棒立ちの亡者は身をのけぞらせた。間髪入れずに班長が合図する。

「前進!」

射手が先立ち、敵に銃口を向けながら早足で近づく。反撃は無し。射手が5メートルを残して足を止めると、黒不浄を手にした班員が一気に詰め寄り、一閃。棒立ちしていた遺棄死体は2つに分かれて崩れ落ち、そのままぼろぼろと砂を崩すように黒い粒子へと崩壊し始めた。あまりにもあっけない。拍子抜けするぐらいだ。この程度の強度で、移動するならまだしも棒立ちしているだけならば祓魔班が出るまでも無く民間の業者に委託しても間に合っただろうに。

 敵が崩れ落ちたのを見て、2人の射手は銃を下ろした。界異を斬り払った班員も、黒不浄を鞘に戻す。彼らもこの手ごたえの無さには少々引っかかるところがあるだろう。道路の下をのぞき込んだり、周囲の山林を見回したりしている。ふと、黒不浄の班員の足元に目を向けると、遺棄死体は完全に消滅して代わりに何か細長いものがのたくっていた。彼も気付いたようで、足元を見下ろし、そこにのたうち回る物体を見てつぶやいた。

「トカゲのしっぽ…?」

「そうか、やられた!」

班長が突然、大きな声で叫んだ。それと同時に、地響きのような轟音。そちらを見上げると、山の上から大きな岩や土砂とともに何か大きなものがこちらへ下って来ていた。

「“撒き餌”だ!戻れ戻れ!」

もと来た方向へと駆け出しながら、こちらへ降りて来るものをよく見ると、それは巨大なトカゲだった。尻尾の先端が千切れたように無くなっている。つまりは、尻尾を切断してあのようなごく単純な罠を施し、ここで我々を待ち構えていたと言う事だろう。ビリビリと足に伝わる振動が大きくなり、目の前にこつんと小石が落ちてきたのを見て振り返ると、黒不浄担当の班員がまさに目の前で土砂に飲み込まれた。

「走れ!車まで戻るんだ!」

彼が形代によって生き延びていることを願うしかない。このような大型の界異はさすがに手に余るので支局に連絡を取って増援を貰わねばなるまい。そのためには車載の無線機の所まで行く必要がある。残った二人の班員を急かしながら土砂崩れに飲み込まれた道路を離れると、かの大トカゲは道幅一杯の巨躯をくねらせながらこちらを追って来る。道路をふさいでいる2台の車が見えてくると、班長が走りながら叫んだ。

「畑井さん!応援呼んでください!」

尤も言わなくても彼らの後ろから来るものを見れば何をするべきかは明白である。畑井さんが車のドアを開き、車内の無線機に手を伸ばしたその時だった。

 いきなり頭上が暗くなったと思ったら、目の前に大トカゲが落ちてきた。持ち前の脚力で大跳躍である。停めてあった2台の車はその下敷きだ。地震のような衝撃と共にトカゲが着地し、車の高さが地上高よりも低くなる。ガードレールを圧し潰しながら、奴は狭い道路の上で体をこちらに向けた。これで無線で応援を呼ぶ手立ては無くなったわけだ。電話は?お生憎様で携帯電話は貸与されていない。前に進めぬとなったら後ろに引くしかないがそちらは山に入って行く道である。いつ電話にありつけたものか分からない。だいいち、徒歩で逃げ切れるかどうか。その場で逡巡していると、大トカゲがこちらにぐいと顔を突き出してくる。2人の班員は咄嗟に祓串銃を撃ったが大した表皮である。効いている気配がない。万事休すかと思われたその時であった。

 いきなり、トカゲの鼻先にドカカッと祓串(ペグ)が10本あまり突き立てられた。流石に効いたのかトカゲがのたくる。何者かと振り返ると、一人の少女が立っていた。あまりにも場違いな姿に一瞬面食らうが、落ち着いて声をかける。

「おい、危ないからすぐに逃げなさい!」

「大丈夫ですよ。これでも免許と営業許可を取った祓魔師ですから。見ます?」

綽綽(しゃくしゃく)と意外な返事をぶつけられてまた面食らう。頼まなくても差し出してきた免許証に目を落とすと、氏名はエリスなんとか、住所は埼玉県秩父市、そして生年月日、条件等は古式に限る、そして免許は…甲種。五号級まで、つまりほぼ無制限の祓魔行為が認められている。こんな小娘が?そう思って顔を上げると、なぜ真っ先に気付かなかったのか不思議だが彼女の頭の上には狐に似た三角な耳が2つ屹立(きつりつ)していることに気付いた。こちらが唖然(あぜん)としているのに構わないで、向こうは言葉を続ける。

「ただ今お困りだとお見受けしました。僭越(せんえつ)ながら私ならどうにかできると思うんですが、どうでしょう、手を借りてみませんか?」

「あ、ああ…」

「では」

こちらの生返事を肯定と取ってか、つかつかと進んで行く。トカゲに視線を戻してみると、さっきまでもがいていたのがまた腰を据えてこちらに首を向けている。いきなり目の前に出てきた少女に狙いを定めたのか、ぱくりとその口を開いた。危ない、と声が出る前に少女が持っていたノートを開く。書き付けてある文字の上に指を走らせると、なぞった後から青白く光る文字が浮かび上がった。

《Spawn&Launch, peg, 10pcs, 500ft/s》

次の瞬間、祓串(ペグ)が空中から現れたと思ったら大トカゲの口の中に突き刺さった。ぱくんとトカゲが口を閉じるとページをめくって別の個所をなぞる。

《Spawn&Launch, peg, 1pcs, 3000ft/s》

《Spawn&Launch, peg, 1pcs, 3000ft/s》

なぞったと思えばドカ、ドカッとトカゲの両目に祓串(ペグ)が突き立てられる。暴れて上げかけた右の前脚にまた祓串(ペグ)の一群が刺さり、左の前脚の関節を打ち抜き、前脚の力が抜けたかどしりとトカゲの胴体が地面に触れると、少女はおもむろにノートを閉じた。

「ずっと遊んではやれませんよ」

空中に指を走らせる。

《Spawn, “Kokufujo”, 1pcs》

指で書いたそばから、空中に青白い文字が浮かぶ。最後まで書き切った途端彼女の手元に刀の黒不浄が現れ、キャッチすると鞘を抜き払って上に放り投げた。それと同時に左手でまた文字を描き出す。

《Tug》

放り上げた黒不浄を目で追いながら右手で空中を掴む。すると黒不浄は何者かがキャッチしたかのように空中で止まる。そのまま右手を投げるように振り抜くと、黒不浄は何かに引きずられるように大トカゲの頭上へ。差し伸べた右手で空中の黒不浄を“掴み”ながら、左手で新たな文字を書く。

《Launch, “Kokufujo”, 1000ft/s》

次の瞬間、黒不浄はすさまじい勢いでトカゲの脳天に打ち込まれ、その頭蓋を貫いた。がくりと頭を地面に横たえた大トカゲの体がさらさらと黒い粒子のようになって崩れ始めた。

「ま、ざっとこんなものです」

少女がぱんぱんと手をはたく。こちらにくるりと振り向くと、にこにこしながら口を開いた。

「お困りの際は気軽にお呼びください。最近景気悪いので頼みますよ」

そう言って、すたすたと元来た方に立ち去った。呆然とその後ろ姿を見送りながら、ふと気が付く。

「生年に明治6年って書いてなかったか…?」

 


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