本日の運勢は過負荷(マイナス)   作:蛇遣い座

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『僕たちの戦いはこれからだ』

――九月一日午前九時

 

箱庭学園の講堂は異様な雰囲気に包まれていた。不安を伴ったざわめきが室内の空気を重苦しく淀ませている。全校生徒が集まったのを見計らって、ボクはマイク越しに声を出した。

 

「それでは、これより二学期の始業式を始めさせて頂きます」

 

司会として開会の言葉を発したのはボクだった。生徒全員の視線がボクに突き刺さる。一同は不安と緊張を滲ませた固い表情を浮かべていた。それもそうだろう。この場にいるのはボク一人。ボクが元生徒会副会長として挨拶をしているのか、それとも新生徒会の一員としてなのかが分からないのだ。しかも、この講堂には前代未聞、十三組とマイナス十三組までもが出席しているのである。最終決戦でボロボロの瀕死の重傷を負った生徒たちや奇怪なオブジェとなった十一組の特待生たちが隅の方に積まれている。一般生徒たちが恐怖に怯えるのも無理からぬ話だろう。

 

「生徒会長の挨拶の前に、みなさんに生徒会戦挙の結果を報告させて頂きます。では、選挙管理委員会副委員長の長者原さん、お願いします」

 

淡々と続けるボクの言葉に従って、舞台裏から長者原が壇上へと歩いてきた。全校生徒の視線が集中する。黒神めだかが負けるはずがないという期待と、もしかしたらという不安。それらがながいまぜとなった複雑で祈るような表情を前に、長者原は堂々と宣言した。

 

「全校生徒の皆様に生徒会戦挙の結果を通知させて頂きます。球磨川禊さまによるリコールの結果、箱庭学園の生徒会長は――」

 

誰かがごくりと息を飲む音が聞こえた。長者原は大きく息を吸い、厳然と言い放つ。

 

「――球磨川禊さまに務めて頂くことに相成りましてございます!」

 

絶望の怨嗟が漏れ聞こえた。一般生徒は呆然と思考停止してしまったように恐怖で固まってしまう。その直後、絶望と得体の知れない恐怖に全身から血の気が引いたような青ざめた顔になった。十三組の生徒達は一様に目を伏せ、沈痛な面持ちで俯いている。悲劇というものが具現化したような光景であった。

 

「え?……あ、ああ……嘘…」

 

「いやぁああああああ!そんな!嘘なんでしょ!ねえ!」

 

「そんな……これからどうなっちゃうのよ!……うぅぅ…」

 

現実を認められない者や錯乱したように叫ぶ者、恐怖と不安で泣き出す者。この場に教師陣が一人もいないことが、この悲劇的な騒ぎを助長した。マイナス十三組の過負荷(マイナス)たちはその様子をニヤニヤと愉しそうに眺めている。そう、これが現実。

 

「正当なるリコールの結果、職権を乱用していた悪しき生徒会は敗れ去りました。これより箱庭学園は新しく生まれ変わるでしょう。それでは、生徒会長の球磨川さん、挨拶の言葉をお願いします」

 

『はーい』

 

舞台袖から一人の男がツカツカと歩いてくる。その姿を全員が認識した瞬間、時が止まったかのように講堂から音が消えた。黒髪黒眼に学ラン、中肉中背で年の割には童顔なくらいが特徴の一般的な男子生徒。しかし、そんな見た目に騙される人間はこの場にはいない。ほとんどの生徒が悪魔の化身のようなその生徒に恐れ慄いていた。例外と言えばマイナス十三組の生徒たちだけである。彼らだけは熱いまなざしで世紀の瞬間を目に焼き付けようとしていた。そして、そのあまりにも強烈な負の塊としての存在に、ボクも含めた全員が吸い込まれそうなほどの寒気を感じている。まるで、地面に深く開いた底の見えないほどの巨大な大穴を覗き込んだような。

 

『愛すべき箱庭学園のみんな、おはよう!僕が第九十九代生徒会長の球磨川禊です』

 

無邪気で明るい声。しかし、反対に人々は凍りついたように顔を青ざめさせる。声を聞いただけで卒倒してしまいそうなほどだ。以前よりも明らかにマイナス性が増大している。マイナス十三組の生徒でさえも震えが起こるほどに。黒神めだか同様、球磨川さんもいまだマイナス成長過程なのか……。

 

『生徒会役員の紹介の前に、みんなには謝らないといけないことがあるんだ。一学期の終業式の日に提案したマニフェスト。あれはなかったことにします。副会長からの要望でね。みんな期待していただろうにね。ごめんよ』

 

あの悪夢のようなマニフェストが取り消されたことに、わずかに安堵の溜息が漏れた。

『授業および部活動の廃止』『直立二足歩行の禁止』『生徒間における会話の禁止』『衣服着用への厳罰化』『手および食器などを用いる飲食の取り締まり』『不純異性交遊の努力義務化』『奉仕活動の無理強い』『永久留年制度の試験的導入』――これらがすべて白紙。しかし、それは希望が見えたわけでは決してない。それを彼らはすぐに理解させられるだろう。

 

『ですが、みなさんを最低な人間にするために僕たちは努力を惜しみません。全校生徒が最低な過負荷(マイナス)になれるよう頑張りたいと思っています。まずは手始めに、全国統一模試の学校別偏差値最下位、部活動全種目一回戦負けを三ヶ月以内に達成します。今後も新たな政策を実行していくことをここに誓いますので、みなさんよろしくお願いします!』

 

未来の絶望を確信させられた生徒達はもう一言も口にすることはできなかった。黒神めだかによって改心させられたかも、という淡い期待は粉々に打ち砕かれたのだ。そして、対照的にマイナス十三組の生徒達はわくわくした表情でこの場の雰囲気を楽しんでいる。ようやく新生徒会役員の発表が始まった。

 

『じゃあ、新生徒会役員を発表するね。まずは「庶務」――二年七組、月見月瑞貴』

 

ボクは階段を上って球磨川さんの隣へと移動する。裏切りへの嫌悪や侮蔑の視線が心地良い。この歴史的な偉業を球磨川さんと達成できたということに、誇らしげな気持ちで胸がいっぱいになった。

 

『次に「書記」一年マイナス十三組、志布志飛沫。「会計」二年マイナス十三組、蝶ヶ崎蛾々丸』

 

続けて車椅子に乗った志布志と、それを押す蝶ヶ崎が舞台袖から壇上へと現れる。ちなみに役職とメンバーは戦挙のときとは変更されている。戦挙に勝ちさえすれば役職の変更は生徒会長の任意で行えるのだ。そして、次の副会長の紹介でこの空間は阿鼻叫喚の地獄へと突き落とされる。

 

 

 

『そして「副会長」は、一年十三組――黒神めだか』

 

 

 

「「えええええええっ!」」

 

講堂に絶叫が響き渡る。毅然とした態度で現れたのは、胸に巨大な螺子の突き刺さった黒神めだかであった。球磨川さんに付き従うその姿は、明らかに敗残者の様相を呈している。そのまま球磨川さんの隣から一歩引いたところに陣取った。豪華絢爛、質実剛健、才色兼備の代名詞ともいえる黒神めだか。その輝かしいまでに圧倒的な存在感は見る影も無い。『却本作り(ブックメーカー)』の影響により変わり果てた彼女に、群衆は最後の希望が潰えたことを知ったのだった。

 

『めだかちゃんは元生徒会長として、これまでの愚行を反省したいと言って副会長に就任してくれたんだ。様々な負の遺産を残した彼女だけど、誰にでも間違いはあるものだからね』

 

ダメージで身体が動かなくなった黒神めだかは、極悪なマニフェストと異常者(アブノーマル)の抹殺の撤回を条件に、生徒会副会長の座に就かされたのだった。

 

『最後に「生徒会長」を僕、三年マイナス十三組、球磨川禊が務めさせてもらうね。これが第九十九代生徒会役員だよ』

 

比類なきマイナス性。壇上は空間が歪んだかのような凶兆を示していた。その吐き気を催すほどの負の塊に、マイナス十三組の生徒達は嬉しそうに喝采を上げる。空気が停止したかのように凍りついた一般生徒達の中で、その場だけが異様な熱狂を帯びていた。いや、すぐにこの最悪(マイナス)な感性こそがこの学園の標準(スタンダード)になるはずだ。学園の変貌への期待に胸を膨らませ、ボクは小さく笑みを浮かべた。

 

『じゃあ就任の挨拶をさせてもらおうかな。落ちこぼれのみなさん、こんにちは。僕はこの学園を過負荷(マイナス)のみんなにとって過ごしやすい、日本で最低の高校にしたいと考えてます。怠惰で、醜く、不幸で、脆弱で、嫉妬深く、嫌われ者の僕たちにふさわしくね。生徒会長としての新しいマニフェストとして、僕はマイナス十三組の増員を考えてる。世界中から嫌われ者ではぐれ者の過負荷(マイナス)を集める。僕はこの学園を弱者のための楽園にしたいんだ』

 

全国で迫害を受けている過負荷(マイナス)の保護。球磨川さんの理想に過負荷(マイナス)のみんなは熱に浮かれたように感じ入っている。マイナス十三組は全員が例外なく暴力や虐待などの迫害を受けているだけに、その感動は共通のものであった。何より目の前の球磨川さん自身が、最も迫害を受けたであろうマイナスの塊のような負完全なのだ。過負荷(マイナス)の代弁者として彼以上のリーダーは存在しないだろう。もちろんボクも球磨川さんの理想に共感しており、その成就に全力を尽くすつもりだ。

 

『もちろん一般生徒や異常者(アブノーマル)のみんなも、マイナスになれるように一生懸命がんばるから。優越感や倫理観を粉々に打ち砕いて、一日も早く劣等感の塊になれるようにするね。もちろん親や近所の人々、友達や恋人からは忌み嫌われるだろうけど、この学園でだけは迫害を受けることはないから安心して欲しい』

 

もはやマイナス十三組以外の生徒達は無表情で、思考を放棄することで壊れそうな自分の心を守っていた。お通夜の場のように静寂が辺りを包み込む。運悪く現実を受け止めてしまった一部の生徒達のすすり泣く声だけがわずかに講堂に響いていた。そんな様子は気にもせず、球磨川さんは笑顔で演説を続ける。

 

『過負荷(マイナス)のみんなは酷い目にあってきた。理不尽な言い掛かりや言われなき暴力、不当な差別。だけど、そんなことは気にしなくていいんだ。君たちは君たちのままでいい。君たちは悪くない。だって――僕たちは悪くないんだから』

 

そう言って球磨川さんは挨拶を終える。それと同時にマイナス十三組の全員が大声で拍手喝采を送った。喜色満面といった様子で熱狂するマイナス十三組と沈痛な面持ちで俯くその他の生徒。

 

――そんな混沌とした空気の中、箱庭学園史上に残る最低の生徒会発足が宣言されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式が終わって、生徒会役員は揃って学園の廊下を歩いていた。早くもボク達は生徒会の執行を執り行っているところなのだ。しかし、どうにも緊張感が保てない……。なぜなら――

 

「球磨川ぁ~、そんなのはいいから私とデートしよう。もう我慢できないのだ」

 

『もう、めだかちゃんは本当に僕のことが大好きなんだね』

 

「当たり前だろう。私は貴様さえいれば、世界中の誰がどうなろうが構わないのだぞ」

 

『よしよし。でも少しだけ我慢してくれよ。もうすぐ生徒会の執行が終わるからさ』

 

球磨川さんに抱きつくように腕を組み、しなだれかかる黒神めだか。異様な光景がそこにあった。おそらく、これを目にすればこの学園の誰もが口をあんぐりと開けて呆然とするに違いない。球磨川さんが頭をなでてやると、黒神めだかは嬉しそうな顔で甘えたような猫なで声を上げた。

 

「……あたしたちはこんな吐き気のする光景を、これから見続けなきゃならねーのか?」

 

「……正直、志布志さんと同感です」

 

志布志と蝶ヶ崎がうんざりしたような表情でつぶやいた。これについてはボクも弁護のしようがない。目の前でこんな、バカップルの甘ったるいイチャつきを見せられちゃあね……

 

「めだかちゃんの反乱の目を潰すためには効果的なんだけどね……」

 

 

 

 

この黒神めだかの変貌の原因は戦挙決着の直後にある。率直に言えば洗脳したのだ。黒神めだかが敗北を受け入れたことにより、十三組の異常者(アブノーマル)たちは揃って戦意を喪失した。敵対していたとしても、だからこそ彼らは黒神めだかの強大すぎる異常性を誰よりも認識していたのだ。黒神めだかの敗北に加え、追い討ちを掛けるように放たれた球磨川さんの負の圧力に彼らは完全に心を折られてしまう。その中には、都城王土の姿もあった。強烈な自我を持つ都城先輩といえども、時計台地下と書記戦における過負荷(マイナス)の重圧は心に深い傷を刻み込んでいたのだろう。三度目の今回、果てしなく増大した球磨川さんのマイナスを前に震え上がったのも無理はない。

 

『あーあ、めだかちゃんが僕だけのことを好きになってくれないかなあ。そうしたら、目の前の負け犬たちのことなんて頭の中から吹っ飛んじゃうのに』

 

その言葉に都城先輩は唯々諾々と従わざるを得なかった。心中に渦巻いていたのは恐怖と嫌悪。天上天下唯我独尊を地で行く彼でさえ、球磨川さんには二度と関わりたくないと願ったのだ。洗脳を終えた直後、都城先輩は行橋未造と共に敗残者として、みっともなく学園から逃げ出したそうだ。その時の二人の様相は捕食される寸前の小動物のようで、おそらく二度とこの学園に戻ってくることは無いだろう。黒神めだかの洗脳は解けることはなさそうだ。

 

 

 

 

『ねーねー。明日から裸エプロンで登校してきてよ。僕、めだかちゃんの裸エプロンすごく見たいなー』

 

「もう、ダメに決まっておろう!私の心も身体もお前だけの物なのだぞ!他の奴らに見せるなんて……。私の裸エプロン姿なら二人きりのときにいくらでも見せてやるから」

 

『しょうがないなー。だけど、めだかちゃん。もう僕のことは名前で呼んでよ。恋人同士でしょ?』

 

「う……そうだな。み、禊……」

 

頬を染めて名前を呼ぶ黒神めだか。腕を組んで歩きながら見詰め合う二人。

 

『よく聞こえなかったなー。もう一回呼んでよ』

 

「……禊」

 

『うん?』

 

「禊、禊、禊、禊ぃいいいいい!」

 

球磨川さんの首に抱きついて、キスするほどの距離で叫ぶ黒神めだか。ビキリと隣で誰かの血管の切れる音が聞こえた気がした。

 

「てめーらイチャついてんじゃねぇええええええええ!」

 

志布志の怒鳴り声が廊下中に響き渡った。ハァハァと荒い息を吐きながら二人を、特に黒神めだかをにらみつける。いやまあ、確かにこれはひどい。独り身のボク達にこれは目に毒すぎる。しかし、黒神めだかはそ知らぬ顔で言い返した。

 

「どうしたのだ、志布志書記?独り身の嫉妬は見苦しいぞ」

 

「てめぇえええええ!この場で役員を解任させてやらぁああああああ!」

 

「ちょっ……志布志!落ち着けって!」

 

怒り狂う志布志と、それを何とか押しとどめるボク。ニヤニヤと挑発的に薄笑いを浮かべている黒神めだか。蝶ヶ崎は呆れたように、球磨川さんは無邪気な笑顔でそれを眺めている。騒がしい日常。だけど、これこそがボク達の望んでいたものなのだ。

 

 

 

 

 

「今回の戦挙の結果は少々困ったことになりまして……。私としても予想外の結果で、計画の修正をせざるをえないといったところなのですよ」

 

箱庭学園理事長室。そこで一人の老人、学園の理事長が電話を片手に会話をしていた。

 

「ええ……異常者(アブノーマル)の生徒を五百人ですか……はい……転入準備と校舎の新設をしておきますので……ええ、お願いします」

 

安堵したように電話を切る理事長。その対面では満漢全席のフルコースを喰い尽くした不知火半袖が不敵な笑みを浮かべていた。

 

「どうしました、袖ちゃん?授業をサボるのは感心しませんよ」

 

「あひゃひゃ。あいつは入院しちゃってて、つまんないし。それにしてもおじーちゃん、何か悪いこと考えてるみたいだね」

 

「ほっほっ……箱庭学園とは日本中から異常者(アブノーマル)を集めた実験場です。球磨川くんによって、その全員の心が折られてしまいました。これは私にとっては嬉しくない事態です。ですが世界中には、この学園に所属する何百倍もの数の異常者(アブノーマル)の子供達が存在しているのですよ」

 

のんびりとお茶を飲みながら、理事長は目を鋭く細めてそう言った。つまりはマイナス十三組の総数を遥かに超える物量での反抗。ぬるくなった水に氷を投入して温度を下げるように、追加人員によって過負荷(マイナス)による支配から脱却しようとしているのだ。

 

「もはや彼らは全世界のフラスコ計画の関係者の敵となってしまったのですよ。そして、過負荷を乗り越えたとき、マイナスからプラスへと転じたときにこそ、彼らの異常性(アブノーマル)は一歩完全へと近付くのです」

 

「ふーん。でも、おじーちゃん。残念だけど、そう美味くはいかなそーだよ?」

 

「それはどういうことですか?」

 

人を喰ったように言い放つ不知火さんに、問い返す理事長。

 

『こういうことですよ』

 

ドスリと音を立てて不知火理事長の胸から鋭いネジが生えた。背後には両手にネジを構えた球磨川さんの姿。

 

「がっ……はっ…こ、これは!?」

 

『こんにちは、不知火理事長。僕です』

 

突き刺さったネジは球磨川さんの凶悪なる過負荷(マイナス)――『却本作り(ブックメーカー)』。不知火理事長の瞳からは徐々に輝きが消え、墨汁のように黒く濁っていく。周囲をボクを含めた生徒会役員の総員が取り囲んだ。その様子を不知火さんは涼しげな表情で見守っている。

 

「ど、どういうつもりです!この過負荷(マイナス)は……!」

 

『えー。だって、しょうがないじゃないですか。ここはもう過負荷(マイナス)のみんなの学び舎なんですから』

 

「……私を排除するつもりですか。ですが、もう遅いですよ!新たなる異常者(アブノーマル)の生徒たちの転入準備はすでに済んでいるのですから!」

 

マイナスへと変化するまでに、不知火理事長は勝ち誇ったように宣言した。しかし、それは勘違いだ。

 

『排除するだなんて怖いこと考えますねー。僕はただ、先生としてお仕事をしてもらいたいだけなんですよ、不知火理事長。これで、ようやく全教員のマイナス化が完了です』

 

「……っ!?」

 

不知火理事長の顔が驚愕に引きつった。

 

『痛み、苦しみ、憎しみ、恨み、悲しみ、妬み。理解できましたか?これからは偉大なる先人として、僕たち生徒に人生のくだらなさを十分に教えて頂きたいんですよ』

 

過負荷(マイナス)となった教師陣。これからの授業内容はこの学園に相応しい最低(マイナス)なものとなるに違いない。そして、今日を境に箱庭学園は完全なる人間の製作を諦め、負完全な人間の製作に血道を上げていくことになるのだった。

 

「でも球磨川さん。新たなる異常者(アブノーマル)の転入生についてはどうします?」

 

『そんなの決まってるじゃないか。彼らにも過負荷(マイナス)の素晴らしさを教えてあげよう。きっと僕たちの仲間になってくれるはずだよ』

 

そう言って、楽しそうに笑う球磨川さんと、後ろから幸せそうに抱き着いている黒神めだか。志布志は凶悪な表情を浮かべ、蝶ヶ崎は小さく苦笑を漏らす。不知火さんは興味深そうにニヤニヤとボク達を眺めていた。それを見てボクは誇らしげに口元を歪める。たとえ、どんな敵が来ようと負ける気がしない。過負荷(マイナス)とは思えない思考だけど、ボクはそう信じていた。

 

「じゃあ、生徒会室に行きましょうか。対抗策を考えないと……」

 

『そうだね。めだかちゃんとの戦いは終わったけど――』

 

ボクの提案に球磨川さんは頷く。嫌われ者ではぐれ者のボクたち過負荷(マイナス)は迫害を受け続ける。だけど、球磨川さんと一緒なら、きっといつか理想郷を作ることができるはずだ。

 

 

 

『――僕たちの戦いはこれからだ』


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