MOVIE大戦MEGAMAXのその後、「復活のコアメダル」とはパラレルの作品として描かれていますが、設定の若干の齟齬や著者の勘違いなどもあるかもしれません。ご容赦いただければ幸いです。
あらすじ
グリードの脅威が去ったはずの町に、再び悲鳴が上がった。
突然現れた未知のグリードと黒いオーズ、そして再び日本に舞い戻った火野映司。かつての仲間である後藤や伊達と共に、仮面ライダーとして未知の脅威に立ち向かう。しかし、メダルを応用したエネルギー技術の開発が事件に絡むと、やがて人類の存亡をかけた戦いへと発展していく。
RIDER’S SAGA
仮面ライダーオーズ 復活のコアメダルMEGAMAX
ナカゴミユウタ
――これまでの仮面ライダーオーズ、
火野映司はある日、メダルの怪人、グリードのアンクと出会いオーズとしてグリードと戦う。
アンクや他のグリードの欲望が交錯する中で、世界を終末に導こうとする真木博士と対決し、ついに打ち勝った映司。
しかし、メダルが傷ついたまま戦ったアンクは消滅してしまう。
――お前が掴む腕は、もう俺じゃないってことだ。
ショッピングモールやイベント施設の隣接する通りに、人々の叫び声が響くとともに逃げ惑う足音で辺りは騒然としていた。逃げ惑う人々は口々に化け物だ、妖怪だ、などと口にしている。
「そんなはずない」
通報を受けて現場に駆けこんだ後藤慎太郎は逃げまどう人々にもまれながら、彼らに逆行して人々の恐怖の対象があると思しき方向へ向かっていく。
「グリードは全員倒したはず――そんなはずは」
そうでなければいい、と自分でも思っていたのかもしれない。が、その期待が適わなかったことを知り、後藤は息を吞んでいた。なるほど、確かに包帯で身をつつんだようなその異様な姿をした化け物を見れば、知らぬ者はそれを「妖怪」などと呼びたくなるのかもしれない。しかし、後藤はそれが何かを知っていた。
「――クズヤミーか」
数年前まで嫌というほど見てきた姿に、後藤は嫌悪もこらえて拳銃を構える。もちろん、こんな代物では威嚇にもならないだろう。本来頼りたいバースドライバーは警察に復職する際に鴻上ファウンデーションへ返却してしまっていた。今はこれしかない。ないよりはまし、というにも心もとないが。
クズヤミ―がこちらへ迫ってくる中で、後藤の目は時折、クズヤミ―の群れを外れて辺りを駆け巡った。
「クズヤミ―がいるということは奴がいるはず――」
クズヤミ―というのは、セルメダルを二つに割って作り出す怪物だった。それが出来るのはグリード――八百年前、錬金術師によって作り出されたメダルが変異した怪物だ。
「けれども奴らは全部倒されたはず」
後藤自身、グリードとの戦いに深く関わり、グリードを打倒した一人でもあった。
「まさか――生き残りが?」
後藤は辺りにその姿がないかを伺うが、こちらからは目視出来ない。そうしているうちにクズヤミ―の緩やかだった動きが不意に活発化し、三体ほどが一気に後藤へとびかかってきた。
「――しまった」
クズヤミ―が覆いかぶさると、後藤は拳銃を取り落としたままヤミーたちともみ合いになった。バースを装着していればなんてことのない連中だったが、生身の上ではやはり人智を超えた存在なのだと思い知らされる。
ヤミーの手がやがて後藤の首を捉えて締め上げた。ここまでか、と身を固くするとどこからか駆けてくる足音が聞こえてくる。応援の警官だろうか。危険だ、近寄るな、と発したくても喉を締め上げられては声にならない。が、すぐにそれがかつて聞きなれた足音だと気づいた。それは人のそれにしては俊敏で重々しく、一歩ごとに地面を軽く震わせるような感触がする音だった。
「――まさか」
後藤が気づいた時には、その声は高らかに響いていた。
「ハアァ……セイヤァァァー!」
凄まじい閃光とともに後藤に覆いかぶさっていたヤミーたちが薙ぎ払われていく。そして、少し離れたところで群れになっていたクズヤミ―たちも爆風とともに散っていった。
そして、後藤に背を向けて立ち尽くす、今しがた怪物たちを一網打尽にしたその人影が振り返って後藤を見据える。鷹を模したような奇怪な頭に緑色の巨大な複眼。飛蝗のような足と虎のような爪を腕に備えたその姿はそれもまた「怪人」と呼ばれうるものかもしれない。が、後藤はその姿をよく知っているので、驚きもしない。
「――後藤さん、後藤さん!」
その「怪人」が駆けよってくると、瞬時のうちに姿を変えた。今では後藤と同い年くらいの、青年の顔をしている。
「大丈夫ですか」
青年に助けられながら、後藤はその場で半身を起こした。
「ああ、大丈夫だ」
世話をかけたな、と言うと、青年はかつてと変わらぬ屈託のない顔で笑った。
「ライダーは助け合いですから」
現場検証を駆けつけてきた捜査員たちに引き継ぐと、後藤は少し離れた場所で待たせている火野のもとへと戻った。
火野映司、かつてグリードという怪物から共に世界を救った一人。先ほどの姿は「仮面ライダーオーズ」と呼称されるもので、800年前の王が錬金術師に作らせたメダルにより得られる姿だった。
彼は今、先ほどの凄まじい戦いも嘘のように木陰のベンチに寝転がり、しばしうたた寝を決め込んでいる。そのすぐそばには木の棒に彼が「明日のパンツ」と呼ぶ新品のパンツが吊るされていた。男はいつ死ぬかわからないからせめてパンツだけは一張羅のものを用意しておけ、というのは彼の祖父の教えだという。後藤は「相変わらずだな」と思わず笑みをこぼしそうになった。
後藤がやってきたのに気が付くと、映司はすぐさま体を起こして立ち上がった。
「お久しぶりです、後藤さん」
「物騒な時にしか会わないよな、お前とは」
そう言いながら普段仏頂面で凝り固まった後藤の顔もいくらか柔らかなものになった。
「お前、今どうしてるんだ」
とさっそく聞くと、映司はどこかうれし気に
「財団の研究室手伝ってるんです。三浦博士っていうすごい博士がいて――後藤さん、知ってます?すごく頭いいんですけど、すごくいい人で――」
と語る。
この男がこれほど入れ込むとはめずらしい、と感心しながらも映司の話に耳を傾けると、彼の話す三浦という男を後藤も知っていた。確か、次世代のエネルギー開発の一翼を担うといわれている男だ。
「で、日本に戻っていたらまたいろいろなところでクズヤミ―の目撃情報があがってきて。それでベルトとこの間の戦いで集めたメダルを鴻上さんからまた預かって俺がオーズに」
この間の戦い、というのは次元のひずみを超えてやってきた未来のライダー、ポセイドンとの闘いのことだった。あの時は同じく未来からやってきたアンクとミハル君とかいう若者の力を借りてなんとか映司が倒したのだ。ちなみに後藤も大けがを押して戦闘に参加したものの、あのあと復職までに二か月は要したので忘れたくても忘れられるものではない。
「それにしても――どうして、またクズヤミーが出てきた?まさかウヴァが生きているのか?」
「博士も今それを調べていて」
と映司は語る。
「もしかしたら――博士の研究が何か影響してヤミーを復活させているんじゃないかって博士は心配しているんです」
「博士の研究っていうのは一体――」
映司が答えようと口を開きかけたところで、二人のすぐそばの通りで煌々と輝く銀色のオープンカーが甲高いブレーキ音とともに停車した。オープンカーから颯爽と出てきてつかつかとヒールを打ち鳴らしながら歩いてくる背の高いその女性もまた、後藤の顔見知りだった。
「――里中」
「後藤さん、お久しぶりです」
相変わらず感情のこもっていない平坦な口ぶりだった。これが懐かしくさえあるのだから不思議なものだ。後藤がそんなことを考えていると、里中が手に持ったタブレット端末を二人に向ける。端末の画面いっぱいに「あの顔」が映し出された時には後藤は一瞬のけぞりかけた。が、すぐに驚く、というよりも「やっぱり」といった心持ちが大きくなり平静を取り戻す。
「後藤くん、久しぶりだね」
刑事の仕事は順調かな?などと聞いてくるのだが、後藤はこれには答えない。しかし、鴻上ファウンデーション会長、鴻上光生は構わず続けた。
「いくらかの話は火野君から聞いたと思うが――今回の件、ひょっとすると我々の実験における影響によって起きている可能性がある。そこで、火野君に調査をしてもらっているわけだが」
「なんなんです、その実験って」
後藤が問いかけると、鴻上は狂喜を表すように少しばかり鼻の穴を膨らませた。
「いいだろう、気になるのなら実際に見てみるといい。歓迎するよ。――だが、その前に」
鴻上は一旦画面から外れてカートワゴンに乗せた悪趣味な灰色のケーキを運んでくると、不意にクラッカーを鳴らした。
「ハッピバァスデイッ、新たなクズヤミ―……」
そこは後藤も知っている場所だった。かつて真木博士の使っていた研究室は今も書類やら実験器具やらが散乱しているものの、不気味な人形の姿はない。そして、その真ん中に座しているのはあの陰気な語り口調の男ではなく、後藤や映司よりもいくらか若い、浅黒い肌をしたなんとも健康そうな肌をした青年だった。
「後藤さん、お待ちしていました」
青年は椅子から立ち上がるなり、にこやかに後藤を出迎えた。
「初めまして、三浦・アレク・ディーンと申します。お話は以前より映司さんから聞いていました。仮面ライダーバースとして戦っていた」
お会い出来て感激です、と口にすると博士は手を差し伸べた。
――アレク・ディーン……
以前後藤が見聞きした話では。三浦の母は海外出身だと聞いたことがあった。三浦の母は紛争を逃れるため移民としてアメリカに渡り、そこで三浦の父と出会ったのだと三浦本人が語っていたはずだ。それゆえ、紛争解決の糸口となるエネルギー解決は三浦にとっても大切な研究テーマなのだという。
そう考えると、映司が珍しく肩入れするのもわかる気がした。政治家の息子だった映司は海外ボランティアのさなか、村の内戦に巻き込まれている。目の前で、少女が命を落とすのを救えなかった、と聞いたこともあった。
――であれば、少しは信用してもいい人物なのだろうか。
刑事としての癖が働いてどうにも相手を疑い半分で見てしまうことに、後藤自身も近頃辟易としていたのだった。博士の手をとり、握手を交わしながら後藤は本題を忘れてなるまい、と早速切り出した。
「博士、早速ですが会長の言っていた実験というのは――」
すると、博士はこちらへ、と研究室の奥へいざなう。以前の狭苦しい研究室からどこか解放感が増して見えたのは、どうやら博士の雰囲気だけによるものではないらしい。というのも、入口近くからは見えにくいのだが、研究資材のラックに隠れるようにして奥が改装されて広々としたスペースになっている様子だった。
「段差がありますからね、気をつけて」
博士が後藤と映司の方を振り向いて注意を促す。改装された奥のスペースというのが、一階分床が低くなっており、階段が渡されている。そして、階段を下りながら後藤はつい声を漏らした。
「――一体、これは」
階下の小部屋には研究用のコンピューターやら資材やらがところ狭しと並べられた作業台が六つほど、六角形にならべられていた。いや、もしかしたら六角形ではなく本来円を表すものなのかもしれない。後藤がそんなことを思ったのは、その空間の四方の壁に取り付けられた、巨大な円形のモニュメントを見たせいだった。
モニュメントには複雑な模様が回路のように象られ、そして外周をなぞるようにメダルが円形に並べられていた。あるものは緑のメダルのみで構成され、あるものは赤色、あるものは黄色。メダルはそれぞれ十個ずつモニュメントにはめ込まれている。
「――コアメダル」
これこそがグリードを生み出す根源、力の源にほかならなかった。
夢中で見まわしていると、後方の壁だけはメダルのモニュメントではなく、後藤もよく知った紋章を象ったものになっていた。円の中に鷹、虎、飛蝗が書き込まれたそれはオーズの紋章だった。八百年前の王が使ったもの。その手前には無数と言うべきほどのセルメダルが積まれて山になっている。この男は一体、何をしようとしているのか――
「博士、これは一体――」
「一部は先の戦いで収集したメダルのデータをもとに複製したものです」
狼狽しかねない様子の後藤に、博士は静かに語った。
「八百年前、王は十枚のメダルのうち一枚ずつを抜き取ることでグリードを生み出しました。つまりメダルが満たされた状態であれば、グリードは生まれない。そこにあるのは純粋なエネルギーです。そして、」
博士は白衣のポケットから何かを取り出して、後藤に見せた。赤、緑、黄のメダル。そして、メダルのモニュメントの上の方を指さす。博士の指さした先、メダルの輪の少し上に、もう一つメダルをはめ込める場所がある。見ると、三方のモニュメントすべてに11個目のメダルの場所があるのだった。
「11個目のメダルによって、エネルギーは満たされた状態を維持したままさらに加速していく。そうして果てしなく加速していくエネルギーが循環を作り、永久的に絶えることなく新たなエネルギーを作り出していくのです」
「危険です、博士――」
後藤はすぐさまかぶりを振った。
「コアメダルをそんな風にして扱ったエネルギーだなんて何が起きるか――これまでだって多くの脅威を生んできたのをご存じでしょう」
それから映司の方を向いて後藤は言った。
「お前だってコアメダルの恐ろしさを知っている――いや、一番身に染みてわかっているんじゃないのか。なのに、どうしてこんな計画」
「そうです、だけど後藤さん――」
「もちろん、危険なのは十分理解しています」
二人の間に博士の声が割って入った。
「だからこそ、我々はそれを使い続けることで管理していかなければならない。どこかに蓋をしてなかったことにするなど出来ないのですから」
後藤が再び口を開きかけたところで、室内の壁の非常灯が赤く輝くとともに警告音がけたたましく響いた。博士は素早くデスク上の端末を開くと、画面から顔を上げて後藤と映司、それぞれに告げた。
「町でまた怪物が――おそらく今度はグリードのようです」
すぐに映司が博士の方を見て言った。
「俺、行ってきます」
博士がうなずくと、映司はそのまま階段をかけのぼって行ってしまった。
「待て、火野。俺も行く――」
映司を追っていこうとする後藤を、博士が
「後藤さん」
と呼び止める。
「これを持って行ってください」
そう言ってデスクの上から持ち出したのは、バースドライバー、仮面ライダーバースへの変身用機構だった。
「調整は済んでいます」
博士に手渡されると、その重みが染みわたる。しばらくのブランクが嘘のように体がかつての感触を取り戻しつつあった。
「お借りします」
博士に一礼すると、後藤もまた映司の後を追って駆けだしていった。
いつに増して混雑する街の通りを、泉比奈は買い物袋を両手にぶらさげてかつてアルバイトしていたレストラン『クスクシエ』に向かって歩いていた。今でも仕事が休みの日は出入りするのだが、この日は店主の千代子に頼まれて買い出しに出ていたのだった。
「里中ちゃんから聞いたんだけど、映司君、日本に戻ってきてるらしいのよ」
「映司くん、戻ってきていたんだ……」
何も知らせていないことで比奈が少し気落ちしたのを見て取ったのか、千代子は励ますように言った。
「きっと忙しくてなかなか来られないのよ。でも、そのうちこっちにも顔出すだろうって」
こうしちゃいられないわ、と千代子が袖をまくる。
「歓迎パーティーの準備をしないと。盛大にやるわよ」
そうして早速買い出しに出てきたところで、一通りのものをそろえると比奈は『クスクシエ』への帰路についていた。先ほど服飾店で買った包みは特にしっかりと手に持っている。今度の映司との再会には欠かせないものだった。
その時、振り返った先で空気を裂くような爆音が響いた。耳鳴りがしたと思うと、今度は逃げ惑う人々の声で辺りはいっぱいになった。逃げ惑う人々が押し寄せてきてぶつかったせいで、比奈はその場に転んだ。何とか起き上がると、膝をすりむいていて血がにじんでいる。この騒ぎを、比奈は以前に何度も目にしたことがあった。映司と後藤達、そしてアンクがグリードと呼ばれる怪物と戦っていた頃の記憶がよみがえる。
「助けて――助けてくれえ」
すぐ近くで、半ば這いつくばるようにしながら逃げようとする中年の男が見えた。比奈が「大丈夫ですか」と駆け寄ろうとした瞬間、男の頭から黒いメダルのようなものが奔流となって溢れるのを見て、比奈はたじろいだ。少し離れて立ち尽くし、泣いて母親を呼ぶ女の子から、そして身動き取れず縮こまって念仏のようなものを唱えているらしい老婆からも、そこかしこの人々から黒いメダルが溢れ出ている。
「素晴らしい、これはなかなかの収穫だ」
声のした方を見ると、二つの影がこちらへ歩み寄ってくるところだった。どちらも「異形」と例えるほかないおそろしげな姿をした化け物ではあるが、比奈はこの類のものを何度も見た経験がある。その分、他の人々よりいくらか冷静に相手を観察することができた。
一体は紫色の体をしていた。ムカデの足のような触手が頭から伸びていて、さらには腕には針のようなものが光っている。一見すると、毒性のもつ昆虫をかけ合わせたような、そんな見た目をしていた。
もう一体は紺色の体をしていてサメのような頭が目立った。それでいてクジラの腹に似た箇所など、海洋生物を思わせる姿をしている。
比奈が呆気にとられていると、サメの怪人の放った光弾が比奈のすぐそばのビルを直撃した。コンクリートとガラスがこちらに落ちてくる。思わず身をかばおうと頭を手でかばう。が、怪人が手をひとふりした途端ビルの破片は怪人のもとへと流れ込んでいく。そして、破片が怪人の体のなかに吸い込まれてくと、今度は怪人の体からメダルが奔流となってあふれ出てくるのをを比奈は目にした。
――やっぱり、あの怪人もグリードって奴なんだ。
けれども以前には見たことのない姿だった。携帯電話を取り出そうとする。が、怪人たちがすぐ目の前にいるせいか身が強張る。下手に動いてどんな反応があるかもわからない。
舌鼓を打つようなうなりをあげると、サメの怪人の方も比奈を見た。
「めずらしい、俺たちを見てしっかり立っていられるとはな」
次はお前から『破壊』しよう、などと口にして怪人は比奈の方へと進んでくる。そして、サメ頭の怪人が放つ光弾の光が視界を覆う――が、痛みも衝撃もなかった。今比奈の前にはかつて見た戦士としての姿をした映司が、仮面ライダーオーズが両手を広げて光弾から比奈をかばったのだった。
映司くん、と比奈が悲鳴のような声をあげると衝撃に耐えきったオーズは肩越しに振り返った。
「比奈ちゃん、大丈夫?」
やはり映司の声だ。比奈は涙がこみあげるのを抑えてうなずいた。
「うん、大丈夫。ありがとう」
そこからすぐさま黒い装甲の戦士が――仮面ライダーバースが二人に駆け寄る。
「比奈ちゃん、こっちだ。危ないから離れていて」
後藤の声だった。比奈は後藤に誘導されるに従ってその場を離れようとしたが最後に一度映司を振り返る。
――映司くん、無事で帰ってきてね。
そして、後藤に連れられてその場を離れた。
「オーズか」
怪人がつぶやきながら、オーズと対峙する。
「この目で見るのは初めてだな――なるほど、これがメダルの王の力か」
「お前たちは――グリードなのか」
映司――オーズが問うと、 ならば、冥土の土産に教えてやろう、とムカデ頭のグリードが告げる。
「俺の名はゴーダ。恐怖をメダルに変えるグリード」
続いて、サメ頭の怪人が告げる。
「俺はポセイドン、破壊をメダルに変えるグリードだ」
「恐怖――、破壊――」
かつて戦ったグリードとはまるで違うことがすぐにわかった。グリードは本来、人の欲望からメダルを生み出す。破壊や恐怖、といったものはあくまでその欲望を満たす過程で生まれる副産物に過ぎなかった。
「俺たちは恐怖を――破壊を求める」
ポセイドンがオーズの心の中を読んだが如く語ってみせる。
「そして、俺たち自身の欲望を満たすことでメダルを生み出す訳だ」
ゴーダがそういうと、先ほど人々からあふれ出てきた黒いメダルの奔流は川の流れのようにゴーダに向かっていき、ゴーダがそれを吸収すると今度はセルメダルが流れ出てきた。
比奈を誘導していたバースが戻ってきた。
「こいつら――グリードなのか」
後藤の声にも戸惑いがある。しかし、今度は生成したメダルを貪り始めるゴーダとポセイドンの姿に映司は
「そうみたいです」
とつぶやく。
二人のライダーが構えをとると、メダルの山から顔を上げたグリード達は口を拭うような仕草をして、二人を見据えた。
「さあ、お前たちも恐怖におののけ」
「そして、破壊してやる」
その言葉が発せられると共に、まずゴーダのムカデの触手が襲い掛かってきた。素早く交わしたオーズとバースだったが、触手が触れた地面のタイルが見る見るうちに焼けついていくのを見て、息を呑む。
「気をつけろ」
後藤の言葉に、映司はうなずいた。しかし、間髪入れずに今度はポセイドンがヒレのような光弾をうちこんでくる。バースがまともに食らい、映司は声を上げた。
「後藤さん――」
バースはなんとか体制を直しながら、腰元のドライバーにメダルを入れ込む。すると、巨大な砲身が胸部の装甲に生成される。
「――ブレストキャノン」
電子音声と同時に後藤がはっ、と声を発すると、砲身は火を吹いた。ポセイドンが後ろに押し飛ばされて、体制を崩す。
その間、ゴーダはオーズを触手で追い詰めようとしていた。
「人の心配をしている暇はないぞ――ほうら」
もてあそぶような具合に触手を自在に操り、オーズは少しずつ後ろにあとずさった。
――このままじゃ、駄目だ。
手持ちのメダルを右腰のケースから取り出し、メダルを付け替えるとスキャナーで再び読み込む。
――ライオン!トラ!チーター!
けたたましいほどの声がスキャナーから発せられるに続いてこんな歌が響き渡る。
――ラタラタ……ラトラーター……
瞬時に姿を変えたオーズの体は黄色と金色の色に染まっていた。頭はライオンを思わせるたてがみをそなえていて、目は青く輝いている。映司が
「――ハッ」
と気合を込めるとたてがみがまばゆいほどに輝き、ゴーダは顔をかばってあとずさりを始めた。バースとポセイドンの方でも、攻防が繰り広げられていて今はバースがドリルアームを駆使して接近戦を挑んでいた。しかし、揉み合い戦う彼らをことごとく爆風があおった。吹き飛ばされたオーズとバースは素早く起き上がると、辺りを土埃が舞う中で目を凝らした。
「なんだ、今のは一体――」
後藤が発した声もくぐもって聞こえる。次第に粉塵が落ち着いて視界が開けてくると、オーズは前方を見据えて立ち尽くした。
「あれは――」
呆気にとられる二人のライダーの前に忽然と姿を現したそれも、ライダーであった。その姿はオーズのタトバコンボの姿によく似ている。ただ一つ違うのは、目と全身に走るラインをのぞいて漆黒に染まっていること。目と体のラインは紫色だった。
「黒いオーズだと」
後藤が横でつぶやく。
身じろぎもせず立つ黒いオーズを前にして、二人は身を固くした。敵なのか、味方なのか。すると、二人のライダーと同じように吹き飛ばされたグリード達も起き上がってきて、黒いオーズに歩み寄っていく。
「ようよう、随分乱暴なことしてくれるじゃねえか」
ゴーダが馴れ馴れしく黒いオーズの肩に手をかける。その様子で相手を敵と見たバースが構えをとる。
「せっかく楽しんでいたところだったのによお」
ポセイドンもまた黒いオーズの傍らにつく。もはや、黒いオーズが二人をつき従えているといってもいい構図だった。
そこへ
「待て待てえ」
という声が遠くから近づいてきて、人影が颯爽と駆け寄ってきた。
「――伊達さん!」
後藤の声が上がる。いつものフライトジャケットに、口ひげ。伊達明は相変わらずの巨大なミルク缶をかついだ姿で戦いの場に姿を現し、相変わらずの笑顔を見せてくれる。
「伊達さん、来てくれたんですか」
映司のうれし気な声に伊達はウィンクで答えた。
「おう。待たせたな、二人とも。戦うドクター、伊達明――カムバック」
そうして素早くバースドライバーで変身する。
「伊達さん、そのベルト――」
後藤が驚いて訊くと、伊達の変身したバースは
「会長に頼んどいてよかったよ。また何があるかわかんないからさ」
と言って親指をたてる。それから手を揉みながら、
「さあて、これは一体どういう状況だ、おい」
改めて前方の敵三体に目を向けるとわざとらしく面食らったそぶりを見せた。
「新しいグリード、とあと――」
黒いオーズを見つめて、後藤も説明に窮して口をつぐんだ。
「なるほど、まあ大体の話あいつら止めりゃあいいってことか」
そうして伊達バースも構えをとる。しかし――
「一旦引くぞ」
押しつぶしたような声がした。黒いオーズが発した声らしい。
「ちぇっ、まだ遊び足りねえよ」
「これからいいとこだってのによ」
グリード二体は黒いオーズの言葉にしらけたような口調で口々に文句を言う。が、黒いオーズが漆黒の目を向けると、最終的にはその言葉に従うことにしたらしい。不本意そうにゴーダが「仕方ねえな」と口にする。
「さらばだ、オーズ。そして人間ども」
ポセイドンがそう言って右の手を押し出すような所作をすると、どこから水流が竜巻の形となって現れ、オーズやバース達を弾き飛ばした。そして、水流は黒いオーズとグリードたちを飲み込むと瞬く間に消え去った。
「逃げられたか――」
三人のライダーが起き上がった時にはもう敵の姿は影も形もなく、それを受けて後藤が放心したようにつぶやいた。
「とにかく、しばらくは気ぃ抜けねえな」
伊達が後藤の手を借りて起き上がりながらそう言うと、映司は二人に言った。
「俺、博士のとこいってもっと情報がないか訊いてみます」
「俺も警察の方に情報が上がっていないか調べてみる」
後藤と映司の言葉に、伊達がいきおいよく待ったをかけた。
「お前たち、大事なことを忘れているぞ」
大事なこと?と映司がつぶやきながら、後藤ともども顔を見合わせる。
「まずやらなきゃならんことがあるだろ、え?」
「映司くん、おかえりなさい」
赤、黄、緑の文字で書かれた横断幕が「クスクシエ」のど真ん中に飾られている(小さく『映司くん』の隣に『伊達さん』と付け加えられている。慌ててサインペンで書き込んだ様子だった。)。店の中は今、中東風の飾り付けをされていて、店主の千代子も中東風の恰好で決めて映司たちを迎えた。
比奈もすでに戻ってきていて、里中もちゃっかり席に座り、すでにごちそうを食べ始めている。さらには比奈の兄、泉信吾もやってきていた。
「映司くん、久しぶりだね」
信吾が声をかけると、映司はうれしそうな笑みを返す。
「信吾さん、お久しぶりです」
二人は固い握手を交わすが、その時信吾の腕を見ながら映司は思い出していた――。
かつての相棒、グリードのアンクはこの信吾に憑依して映司と行動を共にしていたのだった。最初にグリードが生み出す怪物、ヤミーが現れて街中で暴れた際、刑事だった信吾は怪物に襲われて怪我を負い、瀕死の状態だった。そこへ復活したアンクが憑依し彼の命を保つ代わりに依り代としてその体を利用していたのである。
アンクが憑依している間の信吾の姿は編み込みの入った派手な金髪の頭に、右手が怪物の腕だった。その頃の姿を、映司は思い出していたのだった。
伊達は早速千代子に合わせて中東風の衣装を着こみ、(伊達が着ると何故かアジア風にもヨーロッパ風にも見えた)楽しむ気満々でいる。その横で、こうした場では後藤が所在なげにかしこまっていた。
「さあ、皆――映司くんとそれに、伊達くんも久しぶりに帰ってきたんだから。盛大にお祝いしましょ」
千代子さんの言葉でパーティーが始まった。テーブルいっぱいのごちそうは千代子と比奈が腕によりをかけたもので、二つならんだ巨大なケーキは鴻上会長から贈られたものらしかった。(片方はやはり赤・黄・緑で、片方は黒と緑だった。)おまけにアイスキャンデーがしっかり用意されているのを見ると、映司は一人で微笑んだ。アイスキャンディーはアンクの好物だった。
千代子の言葉通りのパーティーのあと、比奈は後片付けを手伝うので店に残っていた。あらかた片付け終えたところで、千代子がキッチンから声をかける。
「比奈ちゃん、あとは明日にも私がやっておくからもう大丈夫よ」
ありがとうね、という千代子の言葉に比奈も頭を下げる。
「こちらこそ――あれ、映司くんは?」
映司もまだ店に残っていたはずなのだが、いつの間にか姿を消している。今店の中にいるのは千代子と比奈、そして呑みに呑んで眠りこけている伊達だけだった。
「あれ、おかしいわね」
千代子がそう言うと、比奈は
「表、ちょっと見てきます」
と言って出ようとした。が、ひそかにその前に用意していた包みを持ち出してくる。
表の通りを少し歩いた先で、映司の姿を見つけた。スマートフォンを通じて、誰かとビデオ通話をしている様子だった。
「はい――はい。目を離さないようにしておきます」
会話の途中で
「素晴らしいっ」
という聞き覚えのある太い声が比奈のいる場所からでも聞こえた。どうやら電話の相手は鴻上会長らしい。程なくして電話を終えた映司の様子はいつになく固い表情だった。比奈が声をかけるのをためらいしばらく立ち尽くしていると、振り返った映司が比奈に気づいて声をかけた。
「ああ、比奈ちゃん」
どうしたの、といつものにこやかな顔に戻る映司を見て、少し肩の力が抜けた比奈は手に持っていた包みを渡す。
「これ、渡すの遅くなっちゃったけど――」
包みを受け取った映司は開けていい?と訊く。比奈がうなずくので包みを開けると、映司は顔をほころばせた。
「比奈ちゃん、ありがとう」
包みの中身は色とりどりのトランクスが五枚ほどだった。
――男はいつ死ぬかわからない。だから、パンツだけは一張羅をはいておくんだ。
祖父の教えの通り、これまで映司はどこに旅をするにも少しの小銭とパンツのほかには荷物を持たずにいた。
「また、戦いになるの」
比奈が不安げな表情で問いかけると、映司はうなずいた。
「――うん、誰かがやらなきゃいけないことだから」
比奈は言葉を返さず、映司の手をとった。そしてもう片方の手を、そっと虚空に伸ばしたまま目をつぶる。かつて、アンクの手をとったこの手を。
――大丈夫だよね、アンク。
心の中で比奈は問いかける。
――映司くん、帰ってくるよね。
朝になって、かつて寝泊りしていたクスクシエの二階の部屋で眠っていた映司を起こしたのは窓から入ってきたタカの形をした機械だった。その機械――カンドロイドの嘴につつかれて目を覚ました映司の眠気をふっとばしたのはカンドロイドから聞こえてくる鴻上の部屋を揺るがすような声だった。
「おはよう、火野くん。早速だが困ったことになったよ」
街でグリードが暴れている――鴻上会長の口から聞くなり、映司はソファで寝ている伊達を起こしにかかった。
「伊達さん、伊達さん起きてください」
酔っぱらったまま寝入った挙句、隠れた怪力の持ち主である比奈が――お姫様だっこで――伊達を二階まで運んでいたのだった。伊達は寝言を言いながら徐々に目を覚ます。
「一枚足りない――ん?火野?」
どうした、と聞くと映司が
「街にグリードが」
とだけ口にする。目を見開いた伊達は自分の両頬を叩くと、勢いよく立ち上がった。
「よっしゃ、お仕事の時間ですか」
「後藤君は先に向かった。よろしく頼むよ、二人とも」
鴻上の言葉が告げると共に、二人は部屋をあとにした。
「おいおい」
現場を目にした伊達は思わずつぶやいた。
「こいつはひでえな」
駅前の広場ではもうすでに多くの人々が『恐怖』を吸い取られうずくまっている。それに建物群は多くが破壊され、その破片はなだれ込むように広場に立ち尽くすポセイドンに吸収されていた。ポセイドンとゴーダ、並び立つ二台の足元には生成されたメダルがすでに山となっている。
そして、バースに変身した後藤がバースバスターで銃撃しながら二体に向かっていくのが見えた。が、あえなくゴーダに弾き飛ばされた。
「――後藤ちゃん」
伊達の声と共に二人は後藤に駆け寄りながら瞬時に変身する。オーズがタトバコンボで敵を牽制している間に、体制を崩した後藤のバースを伊達のバースが助け起こす。
「来たか、オーズ」
ポセイドンがふん、と鼻を鳴らすような仕草をしてオーズの攻撃をいなす。トラメダルの爪の攻撃で絶え間なく攻撃を続けるものの、相手は依然として押される様子はない。
――やっぱりコンボでないと駄目かもしれない。
オーズのメダルは三種類の属性が同一のものをスキャンすると、コンボとして絶大な力を発揮する。が、体力の消耗は激しく、持久戦に持ち込まれた際には一気に窮地に陥る。
と、不意を突かれたオーズが反撃を食らい、後ろに押し倒された。ゴーダが迫り、さらに攻撃を加えようとしたところで、後方から伊達と後藤のバースが銃撃で援護する。
「うっとおっしいな、おい」
ゴーダがポセイドンの方を見やると、ポセイドンは手に掴めるだけのメダルを掴み取り、それを宙に放り投げた。そして細やかな手刀の技でメダルがそれぞれ分割されると、瞬く間にクズヤミ―が量産される。
「――仕方ない」
メダルを入れ替えたオーズはメダルを再スキャンした。オーズの体は今度緑色の姿に代わり、クワガタを思わせる角が出現した。
――ガッタガタキリガタキリバ。
昆虫の力を使ったガタキリバの姿には特性があった。それは――
「――ハァッ!」
オーズの力を込める掛け声と共に緑のオーズの姿が三人に、それがさらに六人へ、九人へ――と増えていく。この分身は多数の敵を相手にする時には有効だ。が、体力との兼ね合いで時間は限られている。
分身したオーズがクズヤミ―へ、そしてグリードたちへと向かっていく。バース二人との連携もあって、程なくしてクズヤミ―は一掃された。しかし、グリードとは依然攻防が続く。今、それぞれのグリードに二体ずつのオーズが戦いを挑んていた。
コンボの力を使っているとあって先ほどよりは攻撃が有効らしくグリード達が押される局面も垣間見られた。おまけにクズヤミーを倒し終えた残りの分身やバースも加勢し、ゴーダとポセイドンの挙動に少しずつ疲弊が見られた。
――このまま一気に、
分身を少しずつ解いて今や三体になったオーズは、メダルをセットし、それぞれにスキャンした。タトバコンボとガタキリバコンボ、そしてラトラーターのコンボが並び立つ。そこへ二人のバースも並び立ち、一気にそれぞれの得意技を打ち込もうと構える。
「――くそっ」
「こいつはまずいぞ」
それぞれのグリードの声にも苦々しさがにじんでいた。
並び立つライダー達が技を決めようとしたその瞬間、どこからか衝撃波が彼らを襲い、彼らはその場で崩れ落ちた。ライダー達の変身が強制的に解除されて、映司たち三人は痛みに呻きながらも何が起きたのかを確かめようと顔を上げた。すると――
「――黒いオーズ」
三人の右手から重く足音を響かせて歩み寄るその姿に、後藤が息を呑む。
「またかよ」
伊達がはき捨てる。黒いオーズはもう一度攻撃を仕掛ける素振りで右手を上げる。が、その手を止めた。
三人のいる左手、黒いオーズと相対する方向から泣き声が聞こえた。衝撃波を受けて倒壊した建物群のすぐそばに、少女が立ち尽くして母親を呼びながら泣いていた。
「まずい」
映司はすぐに体を起こして少女の方へ駆け寄ろうとするが、すぐに痛みが体を走り、よろめいてその場に倒れ伏せた。それでも必死に少女の方へと体を這いつくばらせていく内に映司は知らず知らず手を伸ばしていく。
――嫌だ、こんな――
「嫌だ――」
目の前の景色に、かつての記憶の景色が重なった。火の手が上がる村で、爆風に呑まれる少女――。
「うっとおしいな――ハッ」
ゴーダが少女に向かって光弾を放つとともに映司の叫びが辺りに響いた。
「やめろおぉ」
ゴーダの光弾が届く手前、何かが少女に駆け寄った気がした。が、まもなく爆風に紛れてそれが何かもわからなくなった。粉塵から顔を多い、しばらくの時間ののちに映司と後藤が顔を上げると――
「伊達さん!」
爆風のせいで耳鳴りがしていても、後藤が叫んだのがかすかに聞こえていた。見ると、火の手がくすぶる荒廃した広場の真ん中に、少女をかばって傷を負った伊達の姿があった。
「に、――にげろ」
伊達はそれだけ少女に伝えると、そのまま意識を失い、崩れ落ちた。
映司と後藤が伊達と少女に駆け寄る。映司が少女に怪我がないことを確認するも、少女は恐怖のあまり依然と泣き崩れている。一方、伊達は体中に傷を負っている状態だった。特に背中には火傷を負っていて、一刻も早い手当が必要だった。
「行くぞ」
黒いオーズが二体のグリードに告げ、その場を去ろうとしていた。その時に後藤が手のうちから何を投げ飛ばし、それが素早く飛んでいくのを映司は目の端でとらえていた。が、すぐに伊達に注意を戻す。この混乱のなかでは救急車もつかまらないだろう。二人が伊達をどうにか病院に運ぶ手だてに窮していると、近くの通りを車が急停止する音がした。
「――里中」
後藤の視線を追っていくと、里中がいつものオープンカーから降りて駆け寄るところだった。
「このまま病院へ運びます。こっちへ」
映司と後藤が何とか伊達を車へ運び込み、その間里中が少女に寄り添ったところで近づいてくる母親と思しき女性の声がした。
「ミク、――ミク!」
お母さん、と泣き崩れて少女が駆け寄っていく。母親は少女を抱きとめて安堵に泣き崩れながら、映司たちを見て何度も頭を下げていた。
「本当に――本当にありがとうございます」
その間、映司は自分の手を一瞬見つめた。あの時、少女に届かなかった、自分の手を。
「幸い、命に別条はなさそうです」
医師からの説明を受けてきた里中が映司と後藤に伝える。三人は集中治療室の前の、固く閉ざされた自動ドアの前で立ち尽くしていた。
「ですが、しばらくは復帰は難しそうです。あのグリードと黒いオーズは私たちで対処しないと」
「わかっている」
後藤はすぐさま答えるが、その表情は苦々し気だった。
「ちょっと俺――飲み物買ってきます」
映司は何気なく二人に告げると、病室の前から離れた。
映司は程なくして病院をあとにし、一人歩いた。どこへ向かうのかは決まっている様子だった。ポケットには比奈の渡してくれたパンツが一枚と小銭がいくらか、そしてアンクの割れたコアメダルが入っている。それからバックル状になったオーズへの変身ドライバーと戦いに使用するコアメダル。
――随分と持ち物が増えたよなあ。
映司はふとそんなことを考えながら歩いていた。すると――
「一人で行く気か」
後ろからする声で足を止めた。映司が今しがた橋の方から後藤がこちらへ歩いてくる。
――そういえば、前にもこんなことあったよな。
あの時は確か、アンクが偶然にして生まれたもう一人のアンクに吸収されて、彼を救い出す戦いに赴く時のことだった。
「前にもいったろ、一人でしょい込むなって」
後藤はそう言いながら映司に歩み寄ると、仏頂面のまま拳を軽く映司の肩にぶつけた。その時に映司も思い出していた。
――お前が掴む腕は、もう俺じゃないってことだ。
空中でアンクが消滅するのを見届けると、映司は落下をつづけた。真木博士が変異したグリードを倒し、そしてコアメダルの巨大な力の暴走も食い止めたあとのことだった。オーズの変身が解除された今、空高くから落下する映司が助かる手だてはないように思えた。が――
「火野!」
声がする方を向くと、後藤の変身したバースが空中用の装甲で飛行しながらこちらへ向かって手を伸ばしている。
「もう何でも一人でしょい込むのはやめろ!俺たちがいる、俺たちの手を掴め――」
後藤の手を掴んだ瞬間、映司は悟った。
――俺が欲しかったもの、もう手に入っていたんだ。
あの時の記憶が、映司の脳裏をめぐる。
映司の肩の力が抜けたのが、後藤にも目に見えてわかった。
「ありがとうございます」
映司は顔をほころばせた。
「行こう」
後藤が言うと、二人は並んで歩き始めた。
「ところで、敵の居場所はわかっているのか」
後藤が訊くと、映司ははい、とうなずく。
「大体のことはわかっているんです」
と映司が言うと、後藤は驚いて少し目を見開く。
研究室のなかは静かだった。
映司と後藤の足音がやけに響く。が、二人がやってきても三浦博士は顔を上げることなく研究用の端末を見つめていた。
「博士」
研究室の奥のブースへと降りていきながら映司が声をかけると、博士は顔を上げる。
「映司さん、それに後藤さんも一緒ですね」
博士はにこやかに挨拶をするも、二人の表情は固くこわばっている。
「今すぐあのグリードを止めろ」
後藤がまず一歩進み出て告げる。
「お前が裏で糸を引いているのはもうわかっているんだ」
三浦博士が口を開きかけたところで、デスクの端にタカのカンドロイドが飛び乗る。先の戦いのさなかで去り行く黒いオーズへ向けて後藤が発信機付のカンドロイドを尾行させていたのだった。
「なるほど」
博士のつぶやきはふっきれたような笑いを含んでいた。
「映司さんも最初からわかっていた、ということですか」
「会長から博士を見張るように言われていました」
映司が答える。
「今度のグリードのこと、博士が何か関係していることを会長はかぎつけていたみたいです。だけど、俺は博士の研究は素晴らしいと思っていた――エネルギーをめぐる紛争を解決できるかもしれないその可能性を信じてみたかったのにどうして――」
「その答えを教えて上げましょう」
博士がそう告げるなり研究室に積まれていたメダルの山が吹雪のように舞いあがり形を持ち始めた。それがあのゴーダとポセイドン、二体のグリードに早変わりすると二人はドライバーを腰にセットする。が、ゴーダが先手を打った。手から放った触手が縄のように後藤を縛り上げ、後藤はその場にあえなく倒れこんだ。
「後藤さん!」
映司が声を上げると、その隙をついてポセイドンが映司の首を締め上げる。そのままポセイドンは映司の体を研究室のブースの奥の方へと押していく。ついには映司の体が奥の壁――オーズの紋章が象られた壁に押し付けられると、博士がデスクから何やら取り出して映司に向かって投げつけた。博士の投げつけたそれは映司の両の手首をとらえると、壁に吸着して映司を拘束した。見ると、それはブレスレット型の強力な電磁石のようなものらしい。映司はまるで十字架にかけられるような具合で壁に磔となった。
「博士、どうしてこんなことを――」
体の自由がきかずもがきながら後藤が苦々し気に噛みつく。すると――
「メダルの力には器が必要なんです。映司さん、それがあなただ」
そう言いながら博士はどこからかオーズのドライバーによく似たバックルを取り出し、腰にセットした。
「どうやってそれを――」
「八百年前の技術が私に再現出来ないなんてことがあると思いましたか」
博士は冷たい声であしらうように答える。それから漆黒のメダルを一枚、二枚、三枚とベルトにセットし、スキャンした。
「――変身」
暗雲のような闇が博士の体を包んだと思うと、たちまち黒いオーズが姿を現す。漆黒の外装のあまりのつややかさに、目を見張る映司の顔がぼんやりと反射して映るほどだった。
「さあ、はじめましょう。映司さん」
そう言って三浦博士――ダークオーズが見せつけるようにかかげたのは、金色のラインが走ったタカ、トラ、バッタのメダルだった。
「あれは――」
映司はそのメダルが何かを知っていた。未来からやってきたミハルという青年に渡されたものを映司も所有している。あれはスーパーコアメダル、未来の技術のはず――
「今日、この日が」
博士は宣言する。
「このメダルが生まれ、目覚める瞬間だったんですよ」
「あのメダルは博士が作った――」
映司が口にすると、博士は
「ええ、」
と答えてそこから二人に語り始めた。
「このメダルは10枚で完結したメダルに加えることで新たな力を生み出すものです――しかし、そこから溢れたエネルギーを受け止め制御するメダルを我々は生み出す必要がある。でなければ、ここで生まれる膨大なエネルギーは地球をも破壊することになってしまう。そこで」
ダークオーズの黒い瞳が、映司をとらえた。
「あなたにそのメダルとなっていただきたいんです、映司さん」
「俺を――?」
後藤が声を荒げた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ」
「あなたはもともと大きな欲望の器の持ち主だった」
博士は後藤の声など意にも介さず続けた。
「それが仲間に囲まれいつの間にか満たされかけている。そのために、私はあなたにもう一度欲望の渇きを覚え、その器を閉じた蓋を開いてもらう必要があったのです」
「欲望の器?」
映司が訊き返すと、博士はうなずく。
「そう、だから街でグリード達を暴れさせ、あなたにはもう一度力への渇望を思い出してもらう必要があった。そのために私は新たに発見された錬金術師たちが残したメダルの試作品をもとに、新たなグリードを生み出したんです」
「なんてことを――」
後藤が横から声をあげた。しかし、ポセイドンが後藤を打ち据え、言葉は途切れた。
「静かにしていろ」
ポセイドンが唸る。博士はまた説明を続けた。
「私が生み出した人造グリードは計画通りあなたの欲望の器を開いてくれた――11枚のメダルが覚醒し、その力が注ぎ込まれればあなたはかつての王がメダルの棺になり変わったのと同じ原理でメダルに変わる。あなたは永遠になるんですよ、映司さん」
無機質なオーズの瞳を見すえながら、映司はその奥に狂喜にとらわれた博士のまなざしを見た気がした。
「それに、あなたの望みも叶うんですよ、映司さん」
「俺の望み?」
そうですよ、と博士は答える。
「かつてあなたは紛争地域で、その目で悲劇を目にしたはずです。このメダルによるエネルギーの生成が成功すれば、あなたが先ほど言った通りエネルギーをめぐる紛争を一掃出来る。あなたの命で、あなたの手で」
博士の言葉に、映司の表情が陰る。頭の中で、再び「あの」光景が浮かび上がる。戦火の村の、目の前で散った少女の命。
「火野、耳を貸すな!火野――」
声を上げた後藤が再びポセイドンにみぞおちを突かれてうなだれた。
「長ったらしい話は十分だ」
ゴーダが博士に向かって言った。
「とっとと始めようぜ。早くそのすごいエネルギーって奴を拝ませてくれよ」
「そうだな」
博士――黒いオーズは三方の壁を歩いて回り、それぞれの空洞になっていた場所へスーパーコアメダルをはめこんでいく。彼の歩く音が、こつ、こつとやけに大きく響いた。最後に赤い属性のメダルの壁にコアメダルをはめこもうとしたところで、銃声がとどろき、黒いオーズの手から甲高い音をたててメダルが弾き飛ばされた。
「後藤さん、火野さん、大丈夫ですか」
映司たちのいる場所に降りる階段の手前で、彼らを見下ろす形で里中がバースバスターを構えている。
「里中さん!」
「さすが――俺の元上司だ」
二人が口々の声を上げるも、里中はまたいつもの平坦な表情で、
「社外活動ということで仕事の一環です」
と言ってのける。が、派手な赤いラインの入ったレザージャケットから見るに、まあまあ気合は入れてきているらしい。
しかし、そうしている間にゴーダの放った攻撃で火花が散り、里中は後退を余儀なくされた。すると、今度は――
「ふんにゅ―――!!!」
力をこもっていながら、どこか力が抜けるそのセリフも、聞きなれたものだった。そして、研究室に何故か置かれていた巨大なミルク缶が、ゴーダとポセイドンに次々に命中する。危うく巻き添えを食いそうになりながら後藤が見上げると、やはり比奈が里中の傍らにたって今また次になげるミルク缶を持ち上げていた。
「映司くん、後藤さん!」
比奈が声をかける。
「二人だけでなんて戦わせない!私たちも戦うから!」
その横には信吾が拳銃を構えてこちらにうなずいてみせる。
「何をしても無駄だ」
黒いオーズの――博士の声が地を這うように響いた。黒いオーズはいつの間にかメダルを拾い上げて、再び赤いメダルの壁のすぐそばに立っていた。そして――
「これが停滞していた人間の復活のはじまり――復活のコアメダルだ」
そうつぶやくと、メダルを最後の空洞にはめ込んだ。
壁にうまった合計三十三枚のメダルが、滲むような輝きを見せ始めた。次第に強くなった光はやがて触手を伸ばして部屋の中央へと伸びていく。光の触手が編み込まれて徐々に球体の形になると、それは一人でに浮かんでいた。
「さあ、映司さん」
黒いオーズがバスケットボールほどになった球体を押し出すような仕草で手をかざす。すると、球体はにじり寄るように映司の方と漂っていった。
「あなたが世界を救うんですよ。あなたの欲望を、かなえてください」
球体はすぐそこまで迫っていた。後藤が何とか拘束を解こうとしてもがいているのが聞こえる。里中と信吾が球体を銃撃しようとするが、攻撃は弾かれてしまう。
「映司くん――」
比奈のすがるような声が、映司にも聞こえた。それまでうなだれていた映司の顔が少しだけ上がって、迫りくる球体を見据えると――
「なんだ、」
黒いオーズのくぐもった声が聞こえる。
「そんな馬鹿な――」
球体は動きを止めていた。まるで何かが映司の方へと向かう球体の進路を阻んでいるかのように小刻みに震えている。黒いオーズが再び手をかざし、球体を映司の方へと押していく。が、球体がそれ以上進むことはなかった。
「こんなことで」
黒いオーズは階上の里中や比奈、信吾を見上げた。
「こんなくだらない奴らがあなたの器を満たしたというのか」
博士の声には怒りが滲んでいた。黒いオーズがさらに力を込めようとしたところで突然、うめき声と共に黒いオーズのかざした手がだらりと下がった。黒いオーズの腹部をゴーダの触手が貫き、ゴーダが触手を抜くと、黒いオーズの変身はあえなく解除された。その場に崩れ落ちた博士を足で小突きながら、ゴーダが鼻で笑うような声を出した。
「悪いな、マスター。俺たちは人間の未来よりも奴らの恐怖がほしいんだ」
「それに、破壊もな」
ポセイドンが言った。
「これほどの巨大なエネルギーが世界を飲み込み、破壊する様を今から想像しても体が打ち震えるぞ」
二体のグリードが球体に手をかざすと球体は突如大きさを増し始めた。その光は赤黒い稲光のようなものをまとってまがまがしくなっていく。
「おう、いいぞ」
ゴーダが笑いまじりの声でつぶやいた。
「手始めにこいつで死の世界を作り上げて見せよう」
グリードたちの足元に倒れていた博士が彼らの足に縋り付いた。
「やめろ――やめるんだ」
しかし、ゴーダの蹴りに弾かれて博士はまた倒れた。
階下に降りてきた里中が映司と後藤がそれぞれ拘束されているところへ、カンドロイドを放った。タカのカンドロイドが壁の拘束具に突撃し、間もなく映司は自由を取り戻した。見ると、後藤の方でも触手による拘束は解けている。二人は並び立ち、ドライバーをセットした。そして――
「変身」
それぞれタトバコンボのオーズとバースに変身すると、後藤のバースが二体のグリードをバスターで牽制する。その間、オーズ――映司が博士に駆け寄り、抱きかかえた。
「博士――博士、しっかりしてください」
「――映司さん」
博士の目は焦点があっていなかった。先ほどゴーダに刺された腹部には血が滲んでいる。
「私の――失敗だったようです」
「博士、あれを止める方法は」
映司が問うも、博士は首を小刻みに振るばかりだった。
「あれを止めることは出来ない。あれは生命の誕生に近いエネルギーです。あれを受け止めるほどの器は、もう――」
博士が言葉を止めて目を見張った視線の先、オーズのドライバーの左腰の部分、オーメダルネスト――メダルの収納部――が赤く輝きだしていることに映司も気づいた。映司がその箱になっている部分を開けると、中からひとりでに二つに割れたメダルが浮かび上がり、球体の方へと向かっていく。
「――アンク?」
異変に気が付いたのは映司と博士だけではなく、二体のグリードも同じくだった。
「おい、なんだあれは」
ゴーダとポセイドンが身を固くするその前でメダルの破片は球体にのまれた。そして――
「まさか――」
階上から見守っていた比奈もまた息を呑んだ。光は徐々に形をもち、翼が、手が、足が、そしてあの見慣れた派手な髪型をした人影が浮かび上がっていく。
光が止むと、球体はもうそこにはなかった。白いシャツに赤い派手なズボン、そしてアシンメトリーの金髪の髪型をした青年が、硬質な怪物のような自分の右手を眺めてふん、と満足げとも不満げとも言える声を漏らした。そして、映司を見据えると――
「なんだお前、またやばいことに首突っ込んでるな、映司」
相変わらず馬鹿な奴だ、と吐き捨てるように言うその青年を前にオーズは博士をその場に横たえると、呆然と立ち尽くしていた。
「アンク――」
声が震えていた。映司だけでなく、後藤のバースがアンクを一瞥するなり
「アンク――まさか」
と声を漏らす。里中も目を見開き、階上では信吾もまた同じく言葉を失っている。そして、目に涙をためた比奈の声が響いた。
「――アンク!」
「どうして――?」
「誕生のエネルギー――」
博士がアンクを見上げながら声を漏らした。
「そうか、あの力は誕生であり、『復活』のための力。だから――」
しかし、そうしている間にもすぐにグリードたちが動き出す。
「なんだお前もグリードか」
ゴーダがにじり寄る。
「お前も俺たちに加勢しろ。そうすりゃ面白いものを見してやるよ」
「生憎だが――」
アンクは鼻で笑いながら、二体のグリードを上目遣いでにらみつけた。
「面白いもんならもう知ってる」
「であれば――」
ポセイドンの声が轟いた。
「消えろ」
ポセイドンの放った光弾をかわしながら、アンクはゴーダが鞭のようにしてふるった触手を幾度となく打ち払った。その間、壁際のコアメダルを壁からさらうように奪っては別の壁に移動し、また壁のコアメダルを手にする。
「おい、映司!」
アンクが投げてよこしたメダルを、何を考えるでもなく体が勝手にキャッチする。
「そいつで決めろ!」
「わかったよ――アンク」
映司はアンクの渡したメダルをセットしてスキャンした。
――スーパータカ!スーパートラ!スーパーバッタ!スーパー……タ、ト、バ、タ、ト、バ!スーパー!
オーズの姿が変わる。頭部は羽ばたくタカの翼のような意匠をたたえたものに、腕部はさらいするどいトラの爪、バッタの脚部も含めて全体が鮮やかな色合いの体に変化し、力が体中を駆け巡るのを感じる。オーズの全身が強く輝くと、ゴーダとポセイドンが風に煽られたようにひるむのが見えた。
「おい、なんだこの力――」
ポセイドンが漏らした声には恐怖が入り混じっているようにも聞こえた。一方でゴーダは息まいて攻撃を仕掛けようとする。
「何を――」
ゴーダの触手が鋭い針のように突き出されてくる。が、新たな姿のオーズはこれを手でもってもれなく弾き返す。その姿はゴーダが次にどのような攻撃を繰り出してくるのかを『知っている』かのようだった。
しかし、ゴーダをいなしたところで後方からの攻撃がオーズの背中を直撃した。ポセイドンが放った光弾だった。凄まじい音と共に、辺りをもうもうと立ち込める煙が視界を覆う。煙が晴れてくると、そこに傷一つ負わず立ち尽くすオーズの姿を目にして、ポセイドンは震えた。
「ゴーダ」
荒々しく相棒を呼ぶと、ゴーダもうなずき返す。二体のグリードの体が強く発光し出すと、二体の体はメダルの渦に分解されていく。
「一体、何をする気だ――」
後藤のつぶやく声が聞こえた。映司が思わず固唾を飲んでその様子を見つめていると、アンクがいつの間にか傍らにたっていてつぶやいた。
「気をつけろ――嫌な予感がする」
アンクがそんな言葉を口にするが早いか、二体のグリードを構成していたメダル達はやがてそれぞれの渦を交わらせ、一つの大きな渦を描き始めた。その場にいたものがあまりの光の強さに目をそらし、光が弱まったところでもう一度目を向ける。すると、そこにあたのはメダルの渦ではなく、新たなグリードだった。
そのグリードはゴーダやポセイドンの特徴を引き継いでるというよりはまったくの新しい姿といってよかった。その姿は禍々しく歪んだオーズとも見て取れた。
「これは一体――」
映司が思わずアンクの方を見やると、アンクはふん、と鼻を鳴らした。
「前にも見ただろう。メダルの暴走だ。だが、奴らはその力をぎりぎりでコントロールしてやがる」
後藤のバースがバスターを向ける。が、融合したグリードの手の一振りで衝撃波が発せられ、バースは吹き飛ばされて後ろの壁に叩きつけられた。
「後藤さん!」
映司の声が響いた。後藤の変身は解除され、床に倒れこんで呻く後藤に里中が駆けよる。
続いて映司が――オーズが突進していく。鋭く伸びた腕部の爪を突き出して絶え間なく攻撃をするものの、融合グリードは先ほどオーズがゴーダの攻撃をいなしたよりも軽々とかわしていく。が、オーズも決して引くことなく果敢に戦いを挑んでいた。
その様子を見つめていたアンクに、倒れていた三浦博士が這いよる。
「アンクさん、ですよね」
アンクが目を向ける。そして――
「これを――使ってください」
そう言いながら差し出したのは、博士が使っていたオーズドライバーの模造品だった。アンクは怪物の手でそれを受け取ると、答えた。
「わかった――使ってやる」
腰にドライバーをセットすると、アンクは先ほど壁のモニュメントから奪ったメダルの中から三枚をセットする。そして――
「――変身!」
メダルをスキャンすると、赤いオーラが彼を包んだ。
――タカ!クジャク!コンドル!タージャードールー……エタニティ!
その姿はかつて映司がまとったタジャドルコンボに似通っていた。全身を燃えるような深紅に包み、体の各部には羽ばたく翼のような意匠が目を引く。しかし、今のアンクの姿はそれだけでなく、頭部の羽の意匠は虹のような色合いに染まり煌々と輝いていた。
「アンク――その姿」
戦いのさなか映司は呆気にとられた。アンクの変身したオーズ――タジャドルエタニティが傍らに立って言った。
「お前がぼさっとしているからだ――さっさと片づけるぞ」
「一緒に戦ってくれるのか」
映司の問いに、アンクの声が満足気に答える。
「仕方ない――付き合ってやるか」
融合グリードは雄たけびを上げながら二人のオーズに向かっていく。二人は素早く攻撃を交わして散開した。それから映司のオーズが突進していくもあえなくグリードに交わされる。が、すかさず交わしたグリードにアンクのオーズが攻撃をしかけ二人の攻撃は連鎖して絶え間ないものになっていた。
グリードは次第に劣勢を余儀なくされた。凄まじい力を持ったオーズが二人、しかもその攻撃は交錯してより強くなっていく。
「おのれ――許さぬ」
ゴーダのものとも、ポセイドンのものともとれぬ野太い、それでいてけたたましい声だった。咆哮と共に融合グリードの体が歪に膨らみ、原型を失っていく。
「奴め、メダルの力を制御できなくなったぞ」
アンクが言った。
「このままじゃ力が膨張して真木の時みたいに面倒なことになる」
それからアンクは映司の方を向いた。
「おい、映司――一気に決めるぞ」
わかった、と映司がうなずくと共に、二人のオーズが腰元のドライバーをもう一度スキャンする。
――スキャニングチャージ――
同時に飛び上がった二人のオーズが並んで飛び蹴りの姿勢に入る。その間も膨張を続けるグリードの咆哮が響いた。そして、二人のオーズの蹴りがグリードの体の中へと突っ込んでいくと共に、映司とアンクが声を上げる。
「セイヤアァァァッ!!!」
辺りはまた閃光に包まれた。今度のものは破壊と終息の光であり、次に視界が開けたときには二人のオーズとグリードの姿はなかった。今にも命が尽きかけようとしている三浦博士を抱きかかえる映司と、その傍らに立ち尽くすアンクの姿があった。
「――映司君!、――アンク!」
階上から比奈が階段を駆け降りてきて、アンクに抱きつく。アンクはまたもやふん、と鼻をならして顔を背ける。信吾と里中、そして後藤がその様子を感慨深げに、そしてどこか安心を得たように眺めていた。
一方、映司の腕の中で衰弱していく博士が途切れ途切れに言葉を口にした。
「映、司さん」
博士の手が映司の腕を縋るように掴んだ。
「僕は――間違っていたんでしょうか」
映司は何も答えなかった。博士の目は映司を捉えかけては漂い、焦点を失っている。
「僕は――助けたかった。僕も、手を伸ばしたかった」
博士の息がすするような音をたてた。映司が博士に呼びかける。
「博士、博士!」
「すぐに病院に――」
信吾が言うと、後藤が博士に駆け寄って脈拍などを調べ出した。そして、後藤は力なく首を振って見せる。
「駄目だ、間に合わない」
張りつめた表情を浮かべていた映司が、ふとアンクを見上げた。
「アンク」
映司が呼びかける。
「頼み、聞いてくれるか」
「そう来ると思った――お前ほど欲張りな奴はいないからなあ」
そう言うと、アンクは映司に向き直る。
「条件がある――ただで何かさせようったってそうはいかない。それでもか?」
映司がうなずくと、アンクはいいだろう、と口元に不敵な笑みを浮かべる。そして、怪物の方の腕で人差し指を立てて見せた。
「一日、アイス一本だ」
エピローグ
二体のグリードの事件から三か月が過ぎていた。伊達は奇跡的ともいえる速さで回復し、先週、再び海外へと旅だった。後藤も早く刑事として復職したいところではあったが、今は現場を離れて先のグリード事件の報告をまとめているところだった。怪我をしたこともあって、上層部は気をつかったのかもしれない。が、後藤としては体がなまってしまう前に現場に戻りたいところだった。
比奈と信吾、それから千恵子とは先週伊達の見送りで顔を合わせた。皆相変わらずといったところだった。里中はグリード事件で破壊された街の復興プロジェクトを任されて会長に振り回されているようではあるが、それでも頑として定時での帰りは守っているらしい。
しばらくノートパソコンで報告書とにらみ合っていた後藤は目を上げてふと窓の外を眺める。『あいつら』は今頃どうしているだろうか。目の覚めるような青空にうっすらとした雲が旅をするように浮かんでいるのを眺めて、コーヒーを一口飲む。
後藤達が日常を取り戻しつつある日本から遠く離れたとある国――一面に砂丘が広がる広大な景色のなかを、二人の旅人が歩を進めているところだった。
「おい、映司」
例のごとく「明日のパンツ」を杖替わりの木にぶら下げてかつぐ映司の後ろから、荒々しく声をかけるのは――三浦博士だった。しかし、その髪型は以前とうってかわって派手な金髪のアシンメトリ―、腕は怪物のような硬質な肌と鋭い爪をもった手だった。
「いつまで歩かせる気だ――こんなところに本当にメダルがあるのか」
「鴻上さんの情報によればこの辺りだって言うんだけれど」
二人は先月、今いる場所の隣国で見つかったという新たなメダルを探していた。考古学の発掘チームが偶然見つけたメダルはおそらくは未知のコアメダルであり、鴻上ファウンデーションの手にわたる予定だったのだが、何者かの手によって横流しされてしまったようだった。
博士はふん、と鼻をならした。
「また何かの間違いじゃないのか。――というか、忘れてないだろうな。今日の分」
わかってるよ、と映司も目を剥くような表情で答える。
「もう少し歩けば街に行きつくはずだから」
「こんなところにアイスなんかあんのか」
三浦博士――いや、彼の体に憑依したアンクはなおも食い下がった。
「おい映司、もし今日アイスにありつけなかったらまとめて請求させてもらう――それがこいつの体に俺が入って回復させる条件だからな」
しつこいなあ、と映司もぼやいた。
「大体、一日に何本もアイス食わせて博士の体で腹壊したらどうするんだよ。お前のせいだぞ」
「知るか」
そんなことを言いながら歩いていると、映司は遠くの一点に目を凝らした。
「アンク――ほら、街だよ。やっぱり」
映司が喜びの声を上げた。
「街についたらとりあえずメダルのこと知ってそうな人に会えるといいだけど」
映司がそう言うと、アンクが傍らからぴしゃりと返した。
「いや、先にアイスだ」