黒曜帝国記   作:社畜新兵

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黒曜帝国とフレイム王国。
火と鉄、魔法と科学。
相容れぬ二つの力が、大地を、空を、海を引き裂きながらぶつかり合う戦争の時代。

そして、その戦場に生きる者たちがいた。
帝国最精鋭の特殊諜報部隊──メディナ部隊。
敵地への潜入、破壊工作、要人暗殺、情報収集、そして心理戦。
泥にまみれ、鮮血に染まりながら、時に愛を偽り、時に友情すら利用し、帝国の未来を守るために戦う影の戦士たち。
彼女たちに与えられたのは、銃と魔導技術、そして女の武器。


第十四章「メディナ機関の五人の魔女」

 

「銀狼のヘルムート、地に墜つ」

 

 ここは帝都ヴァルカノス上空5000m蒼天を切り裂き、空高く舞う銀翼の姿ここにあり。

「こちらアテナイ。シュヴァルツ応答せよ」

耳元に無線を通じて、鋭い声が響く。黒曜帝国の誇るエース部隊「シュヴァルツ・シュトラール」の隊長は、すぐさま応答した。

「こちらシュヴァルツ、感度良好」

「よろしい。フレイム王国の戦爆連合が首都制圧を目指し飛行中。会敵予想時刻ネクストゼロフォー」

作戦司令部が攻撃目標を明確に指示した。

「シュヴァルツ、了解。派手に撃ち落としてやる」

彼女は即座に無線を切り替え、部隊に指令を下す。

「シュヴァルツより各機へ!敵編隊を発見次第、直ちに迎撃せよ!護衛機にはかまうな!目標は爆撃機だ!」

「「Jawohl!!」」

スロットルを上げ、一気に高度を稼ぐ。黒曜帝国の最新鋭戦闘機「ダイダロス」は、太陽光を浴びながら銀色に輝く。

「敵爆撃機、発見!編隊解除! 一撃離脱を徹底しろ!」

号令とともに、黒曜の空を貫く鋼鉄の翼が一斉に降下を開始する。その姿は、まるで死をもたらす天使たちのようだった。

機銃のスイッチを押すと、20mm機関砲が火を吹き、フレイム王国の魔導爆撃機「フェネクスMk-III」のエンジンを撃ち抜いた。

ボワッ!

炎が上がり、爆撃機のエンジンが爆発する。機体はそのまま制御を失い、天から墜ちていった。

「一機目!」

ヘルムートは喜びの声を上げる。しかし、フレイム王国の戦闘機が護衛に回ってきた。

「邪魔だ!!!」

 そう言うとヘルムートはタタタ!と短く一斉射!護衛戦闘機を撃ち落とした。

「魔法障壁展開!誘導弾発射準備!」

敵の爆撃機が淡い蒼色の輝きを纏う。ヘルムートはすぐに察知した。

「くそっ!魔法障壁か!」

フレイム王国の機体は魔法で保護され、機関砲では容易にダメージを与えられない。さらに、魔導エネルギーを収束させた光弾が次々と放たれる。

「回避しろ!」

ヘルムートは機体を急旋回させ、次々と襲い掛かる光弾を回避する。しかし、味方機の数機が光弾を受け、空中で爆発した。

「このままでは不利だ…あれを使うぞ」

その時、彼女の照準にフレイム王国の爆撃機が映る。

「アロー発射準備!」

「レンジ、ON!」

4機の爆撃機と2機の戦闘機を照準器に捉えると、HMDにターゲットがマークされる。

「撃て!」

ボウ!ボウ!ボウ!放たれた光矢が、フレイム王国の爆撃機を撃ち抜いていく。これは帝国でも採用された魔導兵器だ。機体の翼が吹き飛び、きりもみ回転しながら地へと落ちていく。

「地に還るがいい!」

フレイム王国の編隊は大混乱に陥る。

「よし!編隊が崩れた!一気にたたみかけるぞ!」

指揮官ヘルムートの声が響く。しかし、そこに異変が起きた。

「シュヴァルツ!敵の新型機が接近中!」

早期警戒機からの通信が入る。

「何!?どこだ!?」

彼が探す間に、味方機の一機が突如として爆発した。

「Achtung!!散開しろ!!」

黒曜のエースたちが一瞬にして狩られる側へと転じた。

「見えない…!どこから攻撃されている!?」

敵は黒い機影―フレイム王国の新型魔導戦闘機「スカディF.3」だった。

「悪魔め…!」

仲間が次々と墜とされていく。ついには彼の僚機、へイスまでが撃墜される。

「俺は逃げる!こんなの勝てるわけがない!」

ヘイスが反転し、離脱を試みる。

「やめろ!罠だ!」

しかし、その声は届かない。ヘイスが退避行動を取った瞬間、待ち伏せていたスカディは機銃掃射。それを受け、ヘイスの機体は木端微塵に吹き飛ばされた。

「畜生!」

ヘルムートは咄嗟に攻撃を仕掛ける。

「このっ…!」

ダダダ機関砲を撃ち込み、スカディを撃ち抜いたはずだった。しかし、次の瞬間、機体は煙のように消えた。

「なに!?」

次の瞬間、BASYU!BASYU!BASYU!彼女の機体が被弾し、翼が炎を上げる。

「ばかな…」

視界が暗転していく。

墜落。暗転、暗転、暗転。

ヘルムートの意識は、そこで途切れた。

「悪いね、戦場に英雄は必要ない。君たちが邪魔するようなら、墜ちてもらうよ」

最後の一機を墜とすと、少女はそっとつぶやいた。

「これで最後ね、帰りましょう。ハンナ」

ハンナの後ろの席で後部機銃を構えた少女が言った。

「そうだね、エイミー!!今度も私たちの勝ちだ!」

ハンナが操縦桿を倒し、機体が旋回する。エンジンが勝どきを上げるかのように、うなりを上げていた。

二人の魔女は無事帰投し、司令部に出頭した。コンクリートで覆われた薄暗い司令部に置かれた簡素な椅子に、指揮官は腰を下ろし、粗末な机の上で偉そうに腕を組んでいる。

「いったいどういうつもりなんだ?この有様は?」

指揮官が、ハンナとエイミーに向かって叱責する。

「どうって、私たちは敵をすべて倒しました。中にはワルキューレもいた! 何が不満なんですか?」

ハンナが指揮官にかみついた。

「ハンナ、君は自分の間違いがわかっていないようだ。エイミー、君にはわかるだろう?」

指揮官が高圧的な態度で言う。

「私たちの任務は敵要撃部隊の撃滅です。それには成功しました。しかし、私たちがもっと早く敵を墜としていれば、友軍の爆撃隊を失わずに済んだ」

エイミーが淡々と答えた。

「そうだ!君たち魔女は勝って当然!ただ命令を遂行するのは並みの兵隊だ。魔女ならば!常に作戦目標を把握し、勝利に向かって自分たちで考え、自分たちで行動すべきなのだ!」

指揮官は立ち上がり、お得意の演説を始める。

「次はうまくやってみせます。必ず」

エイミーが短く、力強く答える。

「そうだな、ひとまず今は休みたまえ。次はより確実な勝利を、期待しているよ」

指揮官は満足そうにそういうと、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「「失礼します」」二人は短く敬礼をすると、足早に司令部を後にした。

「偉そうに!自分では何もしないくせに!」

廊下を歩きながら、ハンナが何度も舌打ちをしたあと言った。

「司令の言うことも一理あると思う。私たち、今は勝っているけど、このまま勝ち続けるにはもっと強くならないといけないでしょう?」

エイミーがやさしく諭す。

「エイミーはあの指揮官の肩を持つの? 皇帝陛下に媚びへつらうだけで指揮官になったあの男の!」

ハンナがわめく。

「そういうわけじゃないわ、私たちにはたくさんの勝利が必要ってこと、今日のところは休みましょう。疲れたもの」

エイミーが穏やかに答えた。

「そうだね、さすがに疲れたよ」

 ハンナは大きなあくびをするとそっとエイミーの手を握った。

 場所は変わり、帝都ヴァルカノスの軍病院のベッド、負傷したヘルムートの意識はいまだ戻らず。

「ムート、いい加減起きなさい。許さないよ、ここで終わりなんて」

どこからか透き通った声がはっきりと聞こえる。静かにすっと頭に通るような。

「ヨアヒムか、どれくらい寝てた?」

金髪の女性に話しかける。彼女はヨアヒム・ベルリッヒ。私の家族だ。

「一週間、それよりも自分の体を見てみなさいな、ひどいものよ」

 ヨアヒムが私に鏡を向ける。包帯でぐるぐる巻き。ミイラみたいだ。

「左腕は?指輪は??」

 旦那からもらった指輪がない。

「貴方、撃墜されて奇跡的に助かったのよ!指輪の心配より自分を心配しなさい!!」

 ヨアヒムがヘルムートにすごむ、短くなった左手をつかみながら。

「痛い」

「でしょうね。一応確認させて。あなたの名前は??」

「ヘルムート・ヴィッツ」

「所属は?」

「第3飛行隊飛行隊長。うちの奴らは?どうなった!」

 少しずつ自分が撃墜された時を思い出してくる。

「全滅よ、生き残ったのはあなただけ」

「敵は!?」

「煙のように消えたわ」

「くそ!!!」

「敵のことよりも自分の状態は気にならないの?貴方は、左半身を焼かれて、左腕と左目を失った。トップエースが撃墜されてそんな有様なんて、皆が知ったらどうなると思う?士気は大きく落ち込むわ」

 ヨアヒムはたばこをゆっくり吹かしながら静かに答える。病室とはお構いなし。

「じゃせめてエバンスに知らせてくれ。わたしが生きてるって」

 エバンスは私の夫だ2年前に結婚した。今はメディナの技術開発局にいるらしい。

「それもダメ。司令部はあなたの戦死を正式に発表するつもり。死にかけた、死に損なった英雄よりも、死んだ英雄の方が扱いやすいのよ」

「英雄として散々祭り上げて!戦えなくなったらあっさり捨てるってのか!!!」

 怒りのあまり、とっさに立ち上がろうとするが、痛みで体が動かない。

「しばらくは安静に、それから再起の道を探りましょう」

「この扱いはあんまりだ、私はなんのために戦っていたんだ」

 少しずつ涙があふれてくる。えずき嗚咽するヘルムートを、ヨアヒムはそっと抱きしめる。戦場は華々しい勝利ばかりではない、悍ましいし死と血塗られた光景がそこには確かに広がっている。奇跡的に生き残ったヘルムートは幸運だったかあるいはただの地獄の引き延ばしか、その結末は神のみぞ知る。

 

「ヘルムートとエバンス」

 

黒曜帝国の秘密兵器開発局は、帝都ヴァルカノスの地下にひっそりと存在していた。無機質な鉄扉の向こうに広がるのは、蒸気と油の匂いが充満する工房。そこで働くエバンス・バウキンは、黒曜帝国でも名の知れた技術者だった。

ある日、エバンスのもとに一人の女性兵士が現れた。銀色の髪に、整った顔立ちに凛とした気配を漂わせる、銀狼の異名を持つ「帝国の魔女」ヘルムート・ヴィッツ。

「あなたがエバンス・バウキン?」

硬い態度で訪ねてきたヘルムートに、エバンスは柔らかい態度で答える。

「噂は聞いてるよ。戦場の魔女、ヘルムート・ヴィッツ。まさか僕が君の担当になるなんて光栄だ」

口調は軽いが、彼女の目に残る戦場の炎を覗くその視線は、どこか真剣だった。

エバンスの仕事は、彼女専用の特殊戦の開発だった。パイロットと五感をリンクさせ、魔法を発現させる。奇跡の戦闘機、それが「特殊戦」だ。

魔法工学の粋を集めた、その機体はただの戦闘機ではない、ヘルムートの肉体の延長、まさに空を支配する翼だった。

「HMD調整完了。これで、新しい世界が見える」

ヘルムートが新たな目で空を見る、最先端技術に裏打ちされた新たな力だった。

「僕の技術は君をより強くする」

エバンスはそう言って、微笑んだ。

最初は技術者と兵士の関係だった。だが、幾度となく二人で過ごすうちに、ヘルムートの心に、淡い想いが芽生え始める。

ある夜、エバンスはヘルムートを食事に誘った。

「せっかくだから、ゆっくり夕飯でもどう?」

「……わかった。」

不器用にうなずくヘルムートの顔は、少しだけ赤く染まっていた。約束の夜、ヘルムートはエバンスを待った。

何度も時計を見る。待てども待てども、エバンスは現れなかった。

胸の奥が、きゅっと痛む。

仕方なく帰ろうとしたその時、向かいの娼館からエバンスが現れた。

楽しげに娼婦と笑い合う彼の姿に、ヘルムートの胸に鋭い痛みが走る。

「エバンス!」

思わず声を張り上げると、エバンスはこちらを見て、はっと目を見開いた。

「ヘルムート...!!」

言い訳をする暇もなく、ヘルムートは駆け出した。

「待てよ!!」

逃げるエバンスをヘルムートは追いかけた、理由なんてわからない。ただ無性に腹が立った。捕まえて殴らねば気が済まない。そう思った。

夜の街を駆け抜け、路地に飛び出したその瞬間、黒曜帝国製の大型トラックがエバンスを跳ね飛ばした。

「エバンス!!」

血に濡れた石畳。瀕死のエバンスを前に、ヘルムートは震える手を伸ばした。

彼を助けたい。ただ、それだけだった。

ヘルムートは戸惑いながらも、蘇生魔法を詠唱する。

「……仕方ない、助けてやる。」

エバンスは息を吹き返した。

「なんで?」

息を吹き返したエバンスの声を聞いたとき、ヘルムートは初めて、自分の想いを自覚した。エバンスの存在がこんなにもヘルムートの中で大きくなっていることに。

だが、彼女は知らなかった。

エバンス・バウキンの正体を。彼は皇帝が遣わしたスパイだった。ヘルムートの忠誠心を試し、帝国への信頼を深めさせるために。

そして、何よりも...恋は、人を強くし、大きく成長させる。上層部はそう信じていた。

ヘルムートの初恋は、運命の檻に囚われたまま、ゆっくりと動き出していくのだった。

 

「ヨアヒム・ベルリッヒの過去」

 

 ヨアヒム・ベルリッヒにはかつて恋人がいた。ポート・ベルリッヒ少佐。

 彼はがっしりとした体格の男で、豪快に笑い、料理が得意だった。とにかく手料理が美味しく、戦場に出る前も後も、彼の作る温かい料理がヨアヒムの心を癒していた。彼は家庭的な男だった。仕事を終えて帰ると、彼はすでに台所に立ち、スープの香りが部屋に満ちていた。

「今日はシチューだぞ」

「どうせまたバターを入れすぎたんでしょう?」

「そんなことない、三切れしか入れてないよ」

「三切れ?それは入れすぎよ」

 ヨアヒムは笑って、スプーンで一口すくって食べる。少し脂っこいが、確かに美味しかった。二人は、そんなささやかな幸せの中にいた。

 しかし、戦争が始まる。

 ポートは戦車部隊へ、ヨアヒムはメディナ部隊の指揮官として、それぞれ異なる戦線に送られた。

 手紙を交わすことはあったが、互いに忙しく、返事は数か月遅れるのが普通だった。それでも、ヨアヒムはポートの手紙を楽しみにしていた。

「ヨアヒム、戦場の食事はクソだ。帰ったら、食卓を囲おう」

 それが、最後の手紙になった。

 その日、ヨアヒムはいつも通り、軍の記録を整理していた。戦闘報告書の山の中で、ある記録に目が止まる。

「第514戦車大隊、指揮官車、敵のドラゴンの攻撃を受け大破。大隊長ポート・ベルリッヒ少佐、戦死。遺体の回収は断念。」

 時間までも凍りついたようだった。目の前の文字が霞む。ポートが死んだ。心臓が握り潰されるように痛み、ゆっくりと身を裂かれている感覚だった。声にならない嗚咽が漏れる。彼はもういない。もう、あの幸せな食卓も、豪快な笑い声も、ささやかな幸せは粉々に砕け散った。

「うっ……ひっ……」

 両手で顔を覆い、肩が震える。

 その時、ヘルムート・ヴィッツが部屋に入ってきた。

「ヨアヒム?何があった?」

 心配そうな彼女の声。しかし、ヨアヒムはすぐに顔を上げ、強引に笑った。

「……なんでもないわ!」

「本当に?」

「昨日ね……猫が死んだの!!」

「え?」

「飼っていた猫が!!車にひかれて!!……大丈夫だから!!」

 ヘルムートは、その言葉を聞いて、目を伏せた。

 何も言わず、ただヨアヒムの横に座った。二人は、何も話さなかった。静寂の中、ヨアヒムの震える肩を、ヘルムートはそっと支えていた。

 

 

「ナタリア、魔女狩りの夜」

 

「いい?森に逃げるのよ!」

母親の切羽詰まった声に、幼いナタリアはただ頷くことしかできなかった。

「そ、そしたら……アレおばさんのところに行きなさい。わかった?」

「でも……お父さんとお母さんは……?」

不安げに見上げるナタリアに、父親は笑顔を作った。

「父さんとお母さんは、後から行くよ。必ずだ……だから先に行くんだ、ナタリア!」

その言葉に嘘が混じっていることくらい、ナタリアにもわかっていた。

それでも、涙を堪えて小さく頷くしかなかった。

「ペットゲン!!出てこい!!」

村の外から男たちの怒声が響く。

「よくも俺たちを騙したな!帝国の手先め!」

熊手や松明を手にした村人たちが、玄関の扉を激しく叩く音が、夜の静寂を切り裂く。

「皆さん!落ち着いてください!」

父親が扉越しに必死で呼びかける。だが、その声はすぐに怒声にかき消された。

「ナタリア!早く!」

母親が背を押す。

「うん……!」

ナタリアは、涙を振り払いながら暗い森の中へ駆け出した。ふと振り返ると。

「そんな……!」

赤々と燃え上がる、ナタリアの家。屋根から火の粉が飛び、黒い煙が夜空に昇っていく。

「いたぞ!逃がすな!」

村人たちが松明を掲げ、ナタリアを追ってくる。森の暗闇に逃げ込んだが、足音はすぐ近くまで迫っていた。息も絶え絶えに駆け抜け、洞窟の中で夜を明かした。暗い森を三日間歩いて、ようやくアレおばさんの家にたどり着いたナタリア。

「おばさん!開けて!」

ナタリアは家に入り助けを求めた。しかし、そこに待っていたのは。

「いや……!」

テーブルの上に置かれた二つの“晒し首”だった。目を見開いたまま絶命した父と母の顔が、ナタリアを見下ろしていた。

「パパ……ママ……!」

足がすくんで動けないナタリアの背後から、男たちの声が響く。

「おい、ガキがいたぞ!」

「ほーらな。ここに来るって言ったろ」

「さぁ嬢ちゃん、おじさんとお話ししようか?」

「いや!放して!お願い!!」

男たちの下卑た笑い声が響き、ナタリアはただ泣き叫ぶしかなかった——その時。

バババババッ!響き渡る銃声。一人、また一人と村人たちが血を噴いて倒れていく。

「無事かい?フラウ!」

硝煙の向こうから現れたのは、銀髪に黒い軍服を纏った美しい女性。左腕は金属の義手。左目には黒い眼帯。

「対象を確保。回収を要請する」

そう呟いた彼女が、ナタリアに手を差し伸べる。

それが、ナタリアとヘルムートの出会いだった。

 

「小早川比呂の受難」

 

「はい、こちらにお並びください!」

 小早川比呂は、手際よく乗客を誘導するヴァルカノス空港の係員の指示に従い、荷物を持って列に並んだ。

「ヴァルカノスへようこそ!」

 この街の空港は、帝国の中心地への玄関口でもあり、日々多くの人々が行き交う。夢を追う者、家族を訪れる者、そして――良からぬことを企むもの。

「よし!」

 一人の検査官が、比呂のパスポートを受け取り、目を通した。

「小早川比呂さん、ですね?」

「はい!」

「ヴァルカノスへは、音楽を習いに?」

「はい、そうです!」

「楽器を見せてくれる?」

「もちろん!」

 比呂は背負っていたギターケースを開ける。中には美しい木製のクラシックギターが収まっていた。

「おお、これはクラシックなギターだね。」

 検査官は感心したように頷くと、無線機に小さく話しかけた。

「対象を確認。」

 その瞬間、警備兵たちが動き出し、比呂を囲んだ。奥から現れたのは、長身の金髪の女性――ヨアヒム・ベルリッヒ大佐だった。

「ふーん……魔術の痕跡はないようだけど……」

 ヨアヒムは比呂のギターをじっと見つめ、ため息をついた。

「ヘルムート!」

「はいはい!」

 その声に応え、義手を持つ銀髪の女性、ヘルムートが前に出た。

「それ!!」

バキィッ!!

 ヘルムートは無造作に義手でギターを叩き割った。

「な、何するんですか!!」

 比呂が叫ぶ。しかし――

「ほーら、ビンゴ!!」

 ヘルムートは粉々になったギターの内部から、青く輝く果実を取り出した。

「アレスティアの果実」

 ヨアヒムが低く呟く。その果実は帝国内では違法な禁制品であり、その末端価格はおよそ10億オリオン。

「わたし……何も……」

「何も?」

 ヘルムートが片眉を上げる。

「何も知らないから何?」

「それは…」

「帝国ではこの果実の持ち込みは、死罪よ?」

 ヨアヒムが冷静に告げる。

「うう...」

 比呂の顔から血の気が引いた。

「さて、どうする?こいつ」

 ヘルムートがニヤリと笑う。

 こうして、小早川比呂はメディナ部隊へ“半ば強制的に”入団させられた。

 

「ジェーンの犠牲、ヴォルゴグラードの闇」

 

 帝国第三の都市ヴォルゴグラード。この都市で帝国軍は蘇生薬の研究開発を行っていた。それをフレイム王国軍は察知し、魔術士たちを中心とした戦闘団を派兵、戦闘が勃発した。

 それがまずかった、戦闘の混乱で試作研究中の蘇生薬がもれ、街中の死体はアンデッドになり果て、人々を襲った。帝国軍は事態の鎮静化のために軍を派遣するが、アンデッドが増えるだけ。見かねた皇帝は街の放棄と完全封鎖を決定。蘇生薬の研究は大幅に遅れた。

窮地に立たされたのは街に残った帝国軍と王国軍は呉越同舟でアンデッドと戦わなければならなかった。その中でも活躍したのは王国の魔女の飼い主、フレイム王国軍の軍人、ジャック・ホプキンス大尉であった。

 薄暗い野戦病院で、皆がアンデッドになりかけている。ここは負傷兵を治療する場所では、もはやなくなった。死にかけた人間をアンデッドになる前に処理する場所になり果てていたのだ。

「ジェーン、俺はここだ、お前までいなくなるな」

 ホプキンスは部下の手をにぎり、そうつぶやく。

「隊長、もう、私だけになっちゃいましたね、アンデッドにはなりたくないなぁ」

「大丈夫、大丈夫だ。きっと助かる。女神さまが助けてくれるさ」

「隊長」

「なんだ?」

「キスしてください」

「ふ、まだ元気じゃないか、水をもらってくるよ」

「いか、ないで」

 手を伸ばすジェーンを背を向け、ホプキンスは人目につかぬよう階段を下りていく。そこで待ち合わせをしていたのだ。

「考え直したのか、ホプキンス君?」

地下の発電機室。ほの暗い空間で、ホプキンスは黒曜帝国の黒魔術士と向かい合っていた。

「黙れ……貴様らのせいで……!何が目的なんだ!」

ホプキンスは吐き捨てるように言った。

「単純な興味だよ。私は本部から完全に切り離されている。安心してほしい」

魔術士はにやりと笑うと、真っ赤な液体の入った注射器を取り出し、ホプキンスへ差し出した。

「本当にあの子は助かるんだな?」

ホプキンスは睨みつけるように言う。

「ああ、約束しよう」

「じゃあ、契約成立だ」

「よし、ではこれを注射してくれ。あの子の胸に」

ホプキンスはそれを受け取り、ブリキ缶に収めた。

「ジェーンを助けるためだ……」

そうつぶやきながら、彼は再び野戦病院へと向かった。

「ジェーン」

ホプキンスはその名を呼びながら、彼女の元へ駆け寄った。

「大尉……忘れ物ですか?」

「……ああ、少し我慢してくれ」

そう言うと、ホプキンスはそっと彼女の唇に口づけた。

そしてブリキ缶から注射器を取り出し、ジェーンの胸に針を突き刺す。

真っ赤な液体が彼女の身体を駆け巡る。

「んんんんんんんんん!!!!」

ジェーンは苦しみながらもがいた。

「大丈夫!!大丈夫だから!!」

ホプキンスは彼女の手を強く握る。しかし、その時——

「アンデッドだ!!!!!!!」

遠くから叫び声が聞こえた。

巨大なクモ型のアンデッドが、背中に沢山の人型のアンデッドを背負い突入してきた。一瞬で部屋中がアンデッドで埋め尽くされる。横たわる負傷兵たちは、なすすべなく食い殺されていった。

「そんな……」

ホプキンスは死を覚悟した。

「隊長!!伏せてください!!」

ジェーンの声が響いた。彼女はすっと起き上がり、大きく口を開く。

そして——熱線を放った。

口からドラゴンのように吐き出された灼熱の光が、クモ型のアンデッドを一瞬で溶解させた。

戦場に静寂が戻る。

負傷兵たちは、ただただ驚愕の目でジェーンを見つめていた。

「……逃げましょう、隊長」

真紅の髪と瞳――彼女はもはや“別の存在”だった。ジェーンはホプキンスの手を取った。

「ああ……」

彼の答えに微笑むと、ジェーンは変化の術で黒豹の姿を変えると、ホプキンスの身体をくわえ、ビルの屋上へと飛び移る。そして次々とビルからビルへと跳躍していった。

「さて、どういうことか説明を」

無人の廃ビルに着地すると、ジェーンは腕を組んでホプキンスを見据えた。

「君に黒魔術士からもらった薬剤を注射した」

「それで……この力を?」

「ああ」

ジェーンはゆっくりと深呼吸した。

「責任、取ってもらいますから」

彼女は睨むようにホプキンスを見つめた。

「……ああ」

ホプキンスは、ジェーンの赤い瞳を見つめながら、静かにそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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