女神フレイヤの祝福を受けたこの国は、誰もが羨む楽園であり、清らかなる魔法の王国だった。
しかし、その楽園の門は内側から静かに軋み、崩れ始めていた。
黒曜帝国との果てなき戦争は、フレイム王国の光を徐々に曇らせ、疲弊した諸侯たちの心に影を落としていった。
豪奢な宮殿の会議室に集った諸侯たちの顔には、王国の未来を案じるどころか、自らの生き残りを優先する卑小な欲望が滲んでいた。
「王宮戦力会議」
フレイム王国の宮殿。豪奢な会議室に諸侯が集まり、緊迫した空気が流れていた。
女神フレイヤが静かに口を開く。
「黒曜軍が攻めてきました。戦わねばなりません。」
その言葉に、諸侯の顔色が変わる。
「それは大変だ!今こそ剣を取る時ですぞ!」
アダメ侯が立ち上がり、声を上げる。
「なんてことだ!国家の危機だ!喜んで兵を出しますぞ!」
メッツ侯が同調する。
最後にフロスト侯が尋ねた。
「して、我々はどうすれば?」
「兵を出してもらうしかありません!」
フレイヤの声が響く。
しかし、諸侯たちは顔を見合わせた。
「いくらまで出せます?」
沈黙が流れる。
「龍は?」
アダメ侯が尋ねる。
「龍族は烈海海戦で甚大な損害を受け、この戦争からは手を引くと」
フレイヤが答えると、メッツ侯が憤慨した。
「なんと恩知らずな!」
アダメ侯がため息をつく。
「万事休すですな……。」
「各々、最低でも5万の兵を出してもらいます!」
フレイヤが宣言する。
「5万ですか、それならばなんとか……。」
アダメ侯が頷く。
「それならば7万出しましょうぞ!」
メッツ侯が胸を張る。
「おお、それは助かる!フロスト侯は?」
フロスト侯は躊躇しつつ答えた。
「私は5万で……。」
「何をおっしゃる!この中では一番広い所領をお持ちではないか!20万の兵は出せるだろう!」
アダメ侯が詰め寄る。
「20万は我軍の全兵力です!それを全て出してしまっては、民を守れなくなってしまう!」
フロスト侯が顔をしかめる。
「それならば半分の10万では?」
メッツ侯が提案する。アダメ侯も頷いた。
「私も5万から7万に増やそう!だから10万の兵を出してくれ、のうフロスト侯!」
フロスト侯は苦悩した末に答えた。
「……分かった!10万の兵を出しますぞ!」
フレイヤは満足そうに微笑んだ。
「決まりですね。マンガン侯とメッツ侯はそれぞれ7万、フロスト侯は10万。感謝いたします。では書面にサインを。」
諸侯たちは同意し、契約が交わされた。
こうして、フレイム王国の連合軍は結成されたかに思えた。
しかし、事件は起こる。
数週間後、突如としてアダメ侯の7万の軍勢が黒曜帝国の支援を受け、挙兵。
フレイム王国に反旗を翻したのだ。
アダメ侯は自らの領地に帝国軍を引き入れ、帝国軍は王都への道を難なく手に入れ、侵攻を開始した。すぐさまメッツ侯の領地に帝国軍は歩を進めたのだ。
「異世界召喚された俺が勇者で俺TUEEEして帝国軍と戦う話。世界を救っちゃいます」
メッツ侯の居城から見下ろす丘陵地帯。その先に、漆黒の鉄塊が連なり進んでくる。黒曜帝国機甲師団。鋼鉄の野獣が轟音を響かせ、地を揺らしながら領地へ踏み入る。
「おのれ……アダメ……!!」
メッツ侯は震える拳で玉座を叩いた。
「あの裏切り者が!帝国に通じおって!!」
赤らんだ目で家臣を睨みつける。
「おい!勇者召喚はまだか!まだ来ないのか!!」
誰も答えない。廊下の外では、黒曜軍の砲兵隊が砲撃を開始し、城壁が崩れ始める。
「見ただろう!あの鉄の軍団を!!」
メッツ侯は叫ぶ。
「あんな軍勢、見たことがない!あの鋼鉄の怪物どもに、どうやって勝てと言うのだ!」
ふと、沈黙が訪れ、召喚の魔法陣が光を放ち、ついに勇者が現れた。
「頼むぞ!勇者よ!お前だけが希望なのだ!」
現れたのは、ごく普通の青年だった。状況がわからず目を白黒させている。勇者の右手には聖剣。そして魔法の鎧を身にまとい。左腕には勇者の盾が。
「俺が……勇者?敵を倒せばいいんだな!」
嬉々として飛び出した青年は、黒曜軍の兵士を次々に斬り伏せる。
「ははは!余裕じゃないか!」
だが、その笑顔は長くは続かなかった。
「後退するぞ、目標地点まで誘導しろ」
黒曜軍の歩兵は犠牲を出しつつも遅滞戦闘を繰り返し、勇者をある場所へ誘い込む。
勇者がたどり着いたのは町の広場だった。美しい噴水は砲撃で砕け散り、今は瓦礫に埋め尽くされた開けた場所に、彼は一人立つ。
「おい、おい、もうしまいか?」
呆然とする彼のもとに空から落下してくる影。
ドォン!ドォン!機械兵が着地し、地面を抉る。
「なんだ?こいつ!?」
金属のボディに、巨大なチェーンソード、ガトリング砲塔が狙いを定める。巨大な人型兵器が空から降ってきたのだ。
「攻撃開始、皇帝に勝利を」
一斉攻撃が始まった。
「くそ!負けてたまるか!俺TUEEEE!俺TUEEEE!!」
勇者は必死に剣を振るい、一体をなんとか撃破する。
「やった……」
だが、すぐに五つの転移陣が輝き、新たな機械兵が現れる。
それだけではない。地響きとともに、戦車大隊も集結し、砲身を勇者へと向ける。
「うそ……だろ……?」
勇者の震える声が、戦場にかき消された。
轟音。砲撃。勇者の姿は、黒煙に飲み込まれていった。
「くそったれぇぇぇぇぇ」
その叫び声が彼の断末魔だった。機械兵は自慢のナックルダスターで彼をミンチにした。
かくして、メッツの地は黒曜帝国によって黒く塗りつぶされた。
フレイヤはこの事態に激怒し、アダメ侯の領地に近衛軍を派遣。
アダメ侯は帝国の後ろ盾があると高を括り、帝国軍人と祝賀会を開くが、その最中に、帝国軍諜報部、通称「メディナ機関」によって一家は暗殺される。
帝国にとって、メッツの領地などただの「道」でしかなかったのだ。
こうして、フレイム王国は一枚岩ではないことが露呈した。皇帝ヘーパイストスはこの内部の不和を見事に突き、フレイム王国を自滅へと追い込もうとする。
戦況は黒曜帝国の圧倒的優勢へと傾いていく。
『反乱の始まり』
「いいライフルだろう、帝国製だ。」
男は誇らしげに手にした銃を掲げた。陽光に照らされたその銃は、黒曜帝国の工房で作られたアサルトライフルだった。見慣れない装飾と精巧な造りに、周囲の農民たちはざわついた。
「こんなライフルを……どこで手に入れた!?」
驚愕する村の若者に、男はにやりと笑う。男はゆっくりとライフルを肩に担ぎ、群衆を見渡した。
「俺たち農民が一揆を起こすって言ったら、連中タダ同然でくれたぜ!帝国万歳って言えばな!!」
「そんな馬鹿な……!」
「これで王国騎士どももイチコロよ!」
男は不敵に笑いながら、騎士の鎧にライフルを一発撃った。鋭い銃声が響き渡り、鎧には大きな穴が開いた。農民たちは顔を見合わせた。
「なあ、お前の娘が売られたのは誰のせいだ?」
男の問いに、農民の一人が唇を震わせながら答える。
「……代官のせいだ。」
「そうだ!!」
男が鋭く言い放つ。
「王国のせいだ!」
静寂が場を包む。誰もが真実を知っていたが、口にすることを恐れていた。
「俺たちが苦しんでるのに、優雅に暮らしてる連中がいるんだぜ?」
男の声がさらに鋭くなる。
「女神フレイヤはな、俺たちのこと。きっと蟻んこか何かだと思ってんだ!!」
「そんな!フレイヤ様になんてことを!」
「俺たちが飢えてるとき、フレイヤは何をしてくれた?」
男は周囲を見渡しながら、ライフルを力強く握った。
「帝国にくだれば、皇帝は悪いようにはせんとよ。それどころか、食い物をくれるんだ!武器もある!」
農民たちは沈黙したまま、次第に目を光らせ始める。
「乗るしかねえべや!この勝ち馬に!」
「帝国万歳だべ!!」
「そうじゃ、そうしようや!」
農民たちが次々と拳を掲げる。こうして、王国に対する農民の反乱は静かに幕を開けた。
《魔術士救出作戦 -燃え上がる夜-》
暗闇に包まれた地下の作戦司令室。壁には王都の街並みを描いた地図が広げられ、
その前に立つのは、ハンナ・ラーデンバー。
「……王国は、魔術士連合の解散を決定。魔術士たちは、街頭で次々に火あぶりにされている」
彼女の声は冷徹でありながら、奥底には抑えきれぬ怒りが滲んでいた。
「まず!」
ハンナは地図の一点を指差した。
「シュタイナーが倉庫に火をつける。囮になってもらうわ!」
「もちろんだ、ハンナ! 俺に任せろ!」
横にいた男が大声で言った。男の背は高く、がっしりとした頼りがいのある体格、金髪をオールバックにまとめた、鷹のように鋭い眼光を持つこの男は、きっとライオンか狼に育てられたのだろう。彼のことをハンナはそう思っていた。
男の名は、シュタイナー・ヴィッツ。黒曜軍メディナ機関S機関司令官にして、特殊戦闘部隊「VOLG」を率いていた。
「パーティーは得意なんだ!」
「黙って」
ハンナは容赦なく彼の言葉を切り捨て、次なる作戦へと話を進める。
「次に、私たちは下水道を抜けて港のヨットに向かう。闇夜に乗じて脱出する」
シュタイナーが渋い顔をした。
「おいおい……下水道なんて!俺の綺麗な足が汚れるじゃないか」
「いい加減にして!! みんなの命がかかってる!!」
会議室が静まり返る。一人の魔術士が、シュタイナーを訝しげに見つめた。
「こいつは……?」
ハンナは息を吐き、腕を組む。
「私の夫よ。帝国軍人。」
一瞬、室内に緊張が走る。王国軍と帝国軍は長年敵対してきた。その宿敵が、夫だというのだ。
「もちろん形だけの、こいつが通行券の代わりなのよ」
シュタイナーは笑って腕を広げた。
「ははは! シュタイナーだ! よろしく!!」
魔術士たちは顔を見合わせ、戸惑いながらも頷く。
「……お、おう……」
「では、作戦を開始します」
ハンナの声が響く。
「よーし!!野郎ども!!」
シュタイナーが椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「派手に行くぞ!!俺たちゃ今日は海賊だ!!」
「昨日は強盗団でしたね!お頭!!」
「一昨日は誘拐犯!!」
「ははは!生まれた頃から役者よ!!」
シュタイナーの号令で、魔術士たちは走り出した。
彼らはこれから王国に抗う亡命者たちとして、新たな戦いを始めるのだ。
ハンナは彼らの背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……無事に合流できるかしら」
隣にいた魔術士の男が問いかける。
「心配なんですか?」
「まさか!!」
ハンナは、必死に否定した。
「帝国人よ。敵なの、でも今はあいつを頼るしか」
そう言い終えると、彼女の体は滑らかに変化し一匹のネズミへと姿を変えた。
「作戦開始!!」
ハンナは下水道へと駆け出していった。港に着き、そこでヨットに乗り込み、沖へ出た。
「遅い、合流時間なのに!」
ハンナはヨットの上で苛立ちを隠せず、波に揺られる小舟の上で腕を組んだ。沖合に出たヨットには、約束の時間を過ぎてもシュタイナーの姿はなかった。
「まさか裏切られた?」
脳裏をよぎる不吉な思いを振り払おうと、ハンナは夜空を見上げる。そこには五羽のツバメが静かに飛んでいた。
「ツバメ?」
ふと疑問を抱いた次の瞬間、ツバメたちは空中でくるりと回転し、人の姿へと変化した。暗闇の中、魔法の光が彼らの輪郭を照らし出す。シュタイナーと、彼が率いるならず者たちだった。
「お待たせ、お嬢さん!!いやー、脱出に手間取ってしまってね!」
海風になびく髪をかき上げながら、シュタイナーは船の上に軽やかに着地した。その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「もしかして、心配してくれたのかい?」
「はぁ!?するわけがない!! それより!!合流地点についたけど、何もないわよ!!」
ハンナは憤りを隠さずシュタイナーに詰め寄る。だが、彼は余裕の表情を崩さず、海面を指さした。
「ノンノン、よく見ろ!!あれだ!!!」
ハンナは半信半疑で海面を凝視する。波間に、小さな鏡のようなものが見えた。
「まさか…?」
シュタイナーは懐から信号灯を取り出し、リズミカルに点滅させる。すると、静かだった海面が突如として盛り上がり、大きな波と轟音が響き渡った。
「海魔か!!」
魔術士の一人が驚きの声を上げる。
「違うな!!わが黒曜帝国が誇る潜水艦!! アクーラだ!!」
その言葉とともに、海面から鋼鉄の巨体が浮上する。漆黒の船体が月明かりに照らされ、艦橋が顔を出した。
「アクーラ…? 烈海海戦で戦列艦を沈めたのが、こいつ…!!!」
「そうだとも!!」
シュタイナーは誇らしげに胸を張る。
浮上した潜水艦のハッチが開き、黒曜帝国の兵士たちが甲板に姿を現した。
「さぁ!!皆さま!!ようこそ!!黒曜軍へ!」
シュタイナーの言葉に、ハンナは唇をかみしめた。これは、彼女たちにとっての新たな戦いの始まりだった。
いかがですか?