本編に登場するリア・コビンスキーと革命家ヨセフ、その出会いのお話です。
世界をひっくり返す革命家と、地道に物事を積み上げる少女。
この二人、いったいどうして夫婦になったのか。
そんなお話をひとつ。
薄暗い、甘い匂いのするここは、売春窟、私は物心ついた頃からここにいる。リア、それが私の名前、教えられたことは何もない、強いて言うなら、男たちを喜ばすにはどうすればいいか、よく笑い、よく喘げ、それだけ。子を孕めば、おろされるか、生まれた子は産湯に沈められ殺される。 ああ、またこをはらんでしまった。今度こそ殺されてしまう。また、ばあさまにぶたれる。
「旦那、このこです」
客が来た。笑わないと。
「いいな、若い。ただ病気持ちだな」
「いいでしょう、病気もちなんで安くしときますぜ」
身請けだ。うそでも笑わないと。そう思いリアは必死で微笑む。
「ほら、またまだ元気です」
「うん、この子がいい、これで足りるな」
そう言うとその男は重たい銭袋を商人に渡した。
「あんたバカか?こんなに」
「なーに、これも道楽のうちさ」
ああ、嫌な客に買われてしまった。リアはそう思った。たまにいるのだ、孕んだ売女を高値で買い取り、その赤ん坊をやれ黒魔術だの、妙薬なぞに使う奴らが。リアはそのことを思い出した。
「いや!嫌だ!殺される!!」
「おい!ご主人に失礼だぞ。すまんねぇ旦那、今しつけますんで」
「いやいい、自分でやる」
そう言うとその肥え太ったこと男はリアに近づく。殴られる。そう思いか怯え、屈んだリア。
「商人のヨセフだよろしく。君の名前は?」
ヨセフはリアのもとにかがむとそう言った。
「リア」
「リアだなよろしく」
それが二人の出会いだった。
そこからリアの暮らしは一変した。途端に帝国の病院に入院し、性病に罹患していたため治療を受けた。最新の魔導治療、白く清潔な病棟、ふかふかのベット。リアにとってそこは天国のように思えただろう。 ヨセフが見舞いに来る。
「どうだリア、わが妻よ。体の調子は」
「ご主人様、ここは?それに私は?ここはきっと伝え聞く理想郷なのですね!私は天に召された。あなたは天の使いで…」
リアはただ混乱するばかりだ。
「落ち着きなさい、そうだな、びっくりするよな。一つずつ、説明していこう。まず君は死んではいない。二つめに、私はそうだな、とても力のある、お貴族様のようなものだ。きみは私に見初められたから、貴族の宮殿に招かれている。そんなところだ」
「よく言いますよ、嫁欲しさに売女を買ったくせに」
横にいた男が毒づく。ふと。リアとめがあう。
「あ、俺はね、えーと、ヨセフさまの召使いのランピードでござい」
恭しく、ランピードはお辞儀をした。
「リア、君にはやって欲しいことがある。子が生まれるまで暇だろうからな。ほら読み書きだ。文字はどれくらい書ける?まず帝国語を教える。そのつぎは算術だな」
そうして、リアは初めて、ヨセフから色々なことを教わった。この世界は広く、そのなかで一番広い国は帝国で、皇帝陛下ヘーパイストスこそが、われらを導く神である。帝国の言葉、法、算術が君を助け。そして月日は流れ、リアはお腹の子どもを産んだ。名前はカンナと名付けられた。男の子だった。
「リア、君は学校へ行くぞ。移民向けの幼年学校へ行くんだ」
「どうしたんです?藪から棒に?この子の面倒があります」
リアは眠るカンナをあやしながら。呆れた。
「君には賢くなってほしい、私の妻なのだから」
「そう言っておきながら、旦那様は私とお子を作ろうともしないではありませんか」
そうリアは呟くとヨセフに口づけをねだる。
「やめなさい」
そっとリア口を手で覆う。
「もう君は売女ではないのだ。私の妻となったからにはよく学び、賢くなりなさい」
「はーい」
それから、リアの学びの日々が始まった。一回り年下の子供たちに囲まれながら、読み書き計算を習う日々、学びの日々は新鮮だった。常に新しい知識、歴史、法。知識が積み上がるほど、見える景色は広がり、より鮮やかに、世界が輝いて見える。
家に帰れば、ヨセフが息子カンナの世話をしながら、温かい料理を作って待っていた。2人の関係は夫婦と言うよりは親子だった。
「旦那様、今日は算術を習いました。2人の兵士が別々に基地を出るのです。なぜ別々に出るのです?同時に出ればよいでしょう?」
「さあ?何故だろうな?きっとその2人は伝令兵で、重要な命令書を持っている。何としても命令書を届けなければならない。しかし、基地の外では敵が待ち伏せているかもしれない。だとしたら?」
「ふたり、バラバラに基地を出て、別々の道も行くのですね!」
「そうだ。賢くなったなカンナ」
そんな日々が10年続いた。リアは大学で学位を納め、歴史研究家として博士号まで納めた。息子カンナは海軍学校に入った。本人の希望だった。カンナはヨセフに連れられていった、軍港、そこで見た巡洋艦に見入ってしまった。そして海軍人への道へ。そして、リアは知ることとなる。ヨセフとは何者か、何のために自分を見初めたのか。
「では、あなたの未来を占ってみましょう。ほう、紫」
リアは薄暗い天幕の中で、怪しげな占いをしていた。甘い香りのお香を焚いていた。
「で?どうなのですか私の未来は」
「あまりよくありません、子が出来ず、悩んでおられますね」
「そうなのです、このままお世継ぎが生まれなければ私は捨てられ」
「捨てられるならば、逆に捨ててしまえばいいのです」
「え?」
「この魔石にはこう出ています。この国では間もなく嵐が来る。蓄えた富は災いを生む。欲を捨てたもののみ生き残ると」
「そんな...」
「まずは小さなことからです。質素倹約がよろしいでしょう。身に着けている宝石はこの盆に入れてしまいなさい」
「え…でもこれはとても高価な石で。貴方のお家は家格は高い。貴方は半ば売られるように、家の存続のために、成り上がりの商人に嫁いだのでしょう」
「なぜそれを」
「すべてを見通す。鷹の目を私は持っているのです」
「なら、小さいことから」
指輪が盆に置かれた。人をだまし、人心を操る。それがリアの仕事になってしまった。
「もうこんな事うんざりです!!」
その日の晩、リアはヨセフに泣きついた。
「まぁまぁ。よく頑張っているではないか。このアガド王国で、私は革命をなさねばならん。そのために、リア、君の力が必要なんだ」
「やってることは詐欺師です!!貴族の娘、商人の子、この国の有力者の家族を怪しげな占いで骨抜きにして操って。その先に何があるんですか」
「革命だ。正確には、革命政府の皮を被った傀儡政権を、この国に築く」
「もういいです。疲れました。抱いてください」
そう言って、リアは服を脱ぐ。
「落ち着きなさい」
「この上なく落ち着いた選択です」
それは長年隠し持ち、磨いたリアの武器だったのかもしれない。ヨセフへの愛と、帝都に戻りたい思いから、リアの誘惑は毎晩続き、子をはらむ。
「というわけで、元気な子を産むためです。本国に帰してください」
「図ったようだが、妊婦の通行は想定されてないし、やったことがないんだやめた方がいい」
「ならこの国で産めと?内戦でガンガン燃えてますけど?誰かさんが大活躍ですね!!」
「まぁ、君が預言者として王宮に入り込み、王族を骨抜きにしてくれたからな、やりやすかったよ」
「で?このおなかの子は?あなたの子ですけど」
「君にはこの国でやってほしいことがある」
「なら清潔な病院が必要です」
「そう、それだ。この国には病院が必要だ」
「は?」
「君には、この国をたてなおしてほしいのだ。もう内戦が終わる。そうなれば必要なのは?病院、学校、そして食糧。帝国はあてにできない」
「この人でなし!!いい人だと思った、でもあなたは悪魔ね、無邪気な子供の用に、国を革命で滅ぼした。怖い人です。どうすればいいの?」
「一緒に考えよう。ゆっくりとな」
ヨセフはリアの肩をそっと抱いた。リアは思うのだ。ああ、この人を愛さなけば幸せだったのかしら。でも売春窟から救い出してくれた。この無邪気で残酷な男をリアは愛さずにはいられないのだ。
そして革命はなった。王は高く吊るされ、共和政府が樹立された。宮殿の円卓に座るのはヨセフたち、帝国軍の息のかかった者たちだ。その円卓の末席にはリアも座る。文部大臣という立場でだ。ランピードは陸軍大臣、ウェルスは財務大臣。ヨセフ立場この国を帝国の操り人形にするつもりだった。資源を吸い上げ、帝国に献上する。しかし、リアは違った。
「この国を豊かに、そのためには教育と医療です。本国に支援を頼みましょう。この国に病院と学校は必要、特に5000人を治療できる病院建てたい。本国を説得してください。ヨセフ市民王」
ヨセフは民衆からは親しみを込めて「市民王」と呼ばれていた。
「そう本国がくれるものか。本国は成果を求めている。それを差し出してからだ」
「そうですよ。本国の連中が俺たちにくれたのは印刷機とマスケット銃だけ」
「必要なものは自分で用意しろ。徹頭徹尾それです」
ヨセフ、ランピード、ウェルスは反対だった。
「革命しました。はい解決ですじゃないんです。この国には2000万人の国民がいる。教育は投資です。医療も、福祉も、その投資を回収するための必要経費です」
「なら本国の連中にそう説明すればいいだろう」
「もう説明しました」
「ん?」
「麗しの皇帝ヘーパイストス陛下にもう報告済み、これが命令書です」
「信じられん」
「ではお手元の魔導暗号鍵でこの命令書を解除したら」
「信用はできるかな。試してみるか」
ヨセフはナイフで手のひらをきり、血文字で秘密の乱数を白紙の紙に書き込む。すると浮かび上がるのはムカデの紋章。
「本物だ」
「さて中身は」
ランピードがのぞき込む。
「ほう、しんじられん、追加予算を承認すると」
「どれくらい?」
「軍団が10年戦えるぞ」
「これで、病院が建てられる。この娘を安心して産める」
リアは安堵し涙した。皇帝ヘーパイストスは教育こそが最も優れた投資だと。そう考えていたのだ。
「というわけで、私たちはこの国を豊かにしようとしているの、あなたにはそのお手伝いをお願いしたい」
ここはアガド共和国政府にも入りで建てられた病院だ。王都は変わった。帝国の莫大な資本と人員が投入され、病院、学校、そして巨大な軍事基地が何もない土地に突如として現れたのだ。
「黙れ。帝国の豚が。誰が貴様のことなぞ。お前王宮に出入りしてた呪い師だな。お前が来てからみんなおかしくなったの覚えてるぞ」
ベッドに繋がれているのは聖騎士シャーロットだ。ヨセフの策謀にはめられ、殺されそうなところをリアの魔法で助けられたのだ。
「この国はまだ赤子、だからあなたたち貴族たちには赤子の面倒をみてほしい。あなたには私のあとを引き継いでほしいのゆくゆくは」
「殺してやる」
「元気はあるみたいね」
そうやって二人の師弟関係ははじまった。リアの教育改革によってアガド共和国は豊かになり、帝国式教育を受けた子供たちはおとなになると、こう口をそろえる。
「国の役に立ちたい」
それはとてつもない力を持った呪い。
リアは異界の門もくぐり、次の国へ。そこには小さな漁村しかない。娘サラと手をつなぎここに来た。息子のカンナも、ついてきたが立派な青年将校となって。
「何もないよ、母様」
サラはぶーたれている。
「一から作るしかないわね」
「俺は軍艦を作りたいやはり、巡洋艦だな」
「兄様はそればかり」
「まずは食事にしましょう」
「母様また父様に騙された?」
「そうかもね」
この島の名前はルイベという。
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