精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
「ここがエンフィールド辺境伯領……」
馬車に揺られること十数日。
迷宮都市ムルザからやってきた冒険者ジェリは、馬車の荷台から身を乗り出し、辺境伯領の大通りを見て言葉を失っていた。
通過してきたどの領地よりも道が広く平らで立派だったからだ。
それに真っすぐな道ばかりで、左右に並ぶ建物も整然としていてごちゃごちゃしていない。
他所にはない機能美を感じさせた。
風ではためく自身の水色の髪を手で押さえながら、ぼんやり通りを眺めていると、
「噂通り凄いですね。ここがレドーク王国の王都なんだって、見たことがない人に言ったら信じてもらえそうだ。というか普通に王都より凄いや」
同じく身を乗り出して道を見ていた旅の仲間、グリクが話しかけてきた。
「ええ、そうですね」
「ちょっと、変な事言わないでよグリク。ここには第一王女様の騎士団だっているんだから。不敬だって思われたらどうするのよ」
茶髪の少年グリクに対して、パーティーメンバーのナーヤが注意する。
藍色の髪と同じ色の瞳が、神経質そうにグリクを見つめていた。
「少なくともここで喋ってるだけなら、聞かれないし怒られないよ。だよねジャン」
「おー、そうだな」
「そう言っておきながら、騎士団の詰所の前でも同じことをうっかり言うのが貴方でしょう」
「そんなことないよ、僕だってちゃんと周りに気を使えるさ。だよねエスパ」
「んー、そうだね」
荷台の反対側から身を乗り出している二人から、気のない返事が戻ってくる。
赤髪の少年ジャンと、黄土色の髪から猫耳を生やした少女エスパだ。
グリク、ナーヤ、ジャン、エスパ。
この四人で冒険者パーティーを組み、迷宮都市ムルザで活動していた。
ある日迷宮探索で失敗し、死にかけたところをシキに助けられた過去を持つ。
ジェリも似たような境遇だ。
とある悪い冒険者に掴まり犯罪行為を強要されたが、実行する直前でシキに救われた。
救われただけでなく、こうやってエンフィールド辺境伯領に招待までされたが、一応は冒険者ギルドを通した護衛依頼という形になっている。
「ひひっ、お前たち。浮かれすぎだぞ。依頼主であるステナさんにも街並みを見せてやれ」
「いや、わたしのことは気にせんでおくれ」
独特な笑い方をする第三位階冒険者ベンジャミンに気を遣われ、ステナが苦笑いを浮かべる。
グリクたちとジェリ、そしてベンジャミン。
この六人の冒険者がステナの護衛依頼を受けて、遥々エンフィールドまでやってきた。
迷宮都市ムルザに住む一般人ステナの護衛にしては過剰であるし、ステナ本人に護衛費用を払う経済力はないが……。
ゼーレがステナの元に再びやってきて、シキとエフェメラの無事を伝えた。
ステナはその場に崩れ落ちてしまう。
まさか二人とも生きていたなんて。
涙が止まらなかった。
今はエンフィールド辺境伯領という、ムルザとは王都を挟んで真逆の位置にある場所で暮らしているという。
会いに行かないかというゼーレの問いに対して、ステナは二つ返事で承諾した。
最近は体の調子が良いとはいえ、五十歳を過ぎた老体だ。
だから決死の覚悟での長旅のつもりだったが、護衛を含めた旅費はすべて辺境伯が負担すると言うではないか。
何故辺境伯が?
その答えはシキが辺境伯本人だからであった。
風の噂で王都を外様の神から救った英雄が現れたとは聞いている。
しかもその英雄は年端もいかない少年だとか。
まさかその少年がシキだったとは。
荒唐無稽すぎたが、少しだけ納得できる部分もある。
十年前にステナが暮らしていたカドナ村にやってきたエフェメラは、明らかに訳アリだった。
小柄で可愛らしいし、隠しきれない教養や気品もある。
そんな女性が幼い赤子を連れて、知り合いのいない辺境の村にやってきたのだ。
本人には言わなかったが村人たちも、どこかの貴族の妾とその子供だろうと思っていた。
まさか貴族どころか王族だとは思わなかったが。
ステナは二人に謝りたかった。
カドナ村が魔獣に襲われ壊滅寸前になった時、村付きの冒険者として戦おうとしたエフェメラを引き止めなかったこと。
エフェメラとはぐれたあとシキを守ることができず、人攫いに攫われてしまったこと。
もしかしたら二人には恨まれているかもしれない。
相手が王族だとわかった今、厳しく裁かれるかもしれない。
それでも構わない。
そう覚悟を決めつつも辺境伯領に入り対面の時が近づくと、ステナも緊張と不安が隠せなくなっていた。
ステナ一行は冒険者ギルドに到着。
グリクたちの護衛依頼完了の手続きを行った。
受付のギルド職員の少女は、依頼書の内容を見てステナに声をかける。
「辺境伯様のお知り合いの方なのですね。護衛の皆さんを含めた、宿の手配もこちらで承ります。ちなみに辺境伯様なら今は酒場にいると思いますよ」
「え、辺境伯様が酒場なんかにいるのかい?」
「はい。最近は吟遊詩人にせがまれて、歌や曲を披露されていらっしゃいます」
「はぁ」
時刻は夕暮れ。
確かにそろそろ酒場が盛り上がり始める時間帯だが、辺境伯が歌を披露するとはどういう意味だろう。
「到着されたらすぐに知らせて欲しいと書いてありますので、このままご案内しましょうか?」
「あ、ああ。それなら願いするよ」
ギルド職員ミレイユの案内で酒場へと向かう。
酒場は冒険者ギルドの三軒隣にあった。
ミレイユが真新しい扉を開けると、他所の酒場と変わらない喧騒が聞こえてくる。
その中にはリュートの音色と歌声も混じっていた。
「やっぱりいらっしゃいましたね。実は私も辺境伯様の歌のファンなんですよー」
ミレイユが向かった先は酒場の奥にある雛壇だ。
そこには腰掛け大人用のリュートを抱えて弾き語りしている少年がいる。
「あ、シキ……」
間違いない、シキだ。
特徴的な黒髪を抜きにしても面影がある。
そして雛壇の側のテーブル席。
シキの歌に合わせて体を僅かに揺らす女性の姿が。
「エフィ」
彼女は最後に見た時から何も変わらない。
シキの歌声を聞いて楽しそうに、優しい笑みを浮かべている。
それは母子の微笑ましい、ふれあいの風景だった。
あの時、魔獣の襲撃さえなければ。
今もあの場所、カドナ村で十年という母子の貴重な歳月を奪われずに、平穏に過ごしていたはずなのに。
ステナは旦那と息子を二十年以上前に亡くしている。
だからエフェメラとシキは娘と孫みたいなものだった。
相手が王族だとか、恨まれているかもといった不安は消し飛んでいた。
ただ二人が無事で、元気にしている光景が、
眩しくて、
愛しくて、
嬉しかった。
ミレイユが話しかけると、演奏をやめたシキがステナに向かってニコリと笑いかける。
それに気が付いたエフェメラが振り返り、ステナを見つけた。
驚いたように目を見開くと、あっという間に涙が溢れて零れる。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、ステナに駆け寄り抱きついた。
「ステナさん!」
「あぁ、エフィ。会いたかったよ。よく生きていてくれたね」
「ステナさんも無事でよかった。心配かけてごめんなさい」
「わたしこそ御免よ。シキを守れなくて」
「ううん、こうやって三人が再会できたんだから、それで十分よ」
「エフィ、本当に生きていてよかった……てか、あんた変わらなさすぎでないかい!? なんだいこの肌の張りは、もう三十くらいだろう?」
「ちょ、大声で歳を言わないで。ステナさんだって若々しいじゃない」
「それが妙なのさ。昔はもっと婆さんだったんだが、ゼーレってエフィの仲間の冒険者と知り合ってから、妙に健康になってねぇ」
感動の再会も束の間、お互いの頬を撫で笑い合う二人。
失われた時間を取り戻すかのように、離れ離れになってからの出来事を語り合うのであった。