精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
ステナは辺境伯領に住むことになった。
ゼーレの最初の訪問の後で何か予感めいたものがあったのか、いつでも出立できるように準備していたのだという。
両親が薬師をやっていて、自然と兄と妹のステナもその道を進んだ。
住んでいたカドナ村や迷宮都市ムルザでも薬師を営んでいたが、道具を売り払い身辺整理をしてからは、針子の手伝いをして細々と暮らしていた。
「こんな立派な屋敷に住まわせてもらっていいのかい……いいのですか? 辺境伯様」
「僕らしかいないときは普通に喋って大丈夫だよ。ステナおばさん」
再会を果たした翌日、シキが案内したのはエンフィールドが男爵家だった頃の屋敷である。
少し大きめの一軒家くらいで年期も入っているので、正直ステナが言うほど立派でもない。
「薬師の仕事を再開するんだよね? それならこの屋敷の部屋をアトリエとして使っていいよ。屋敷を管理する侍女さんもいるから、困ったことがあったらなんでも言ってね」
「え、ええ……」
エンフィールド辺境伯領はまだまだ発展途上なので仕事はいくらでもある。
特に薬師は大樹海と隣接しているので、需要と供給の両方が激しい。
「本当にいいのかい?」
「もちろん。母さんが森に出て留守の時に、面倒を見てもらったお礼だよ。おばさんの子守歌が懐かしいよ」
「あんた赤子だったくせに、よく覚えているねぇ」
「……って母さんが言ってたのさ」
本当は赤子の頃から中身が大人なのでしっかり覚えている。
とは言えないので誤魔化しておく。
だから孫のように可愛がってもらったのも、ちゃんと覚えている。
これでもかと恩返しする所存だ。
「ちなみに同居人がいるんだけど……今は出かけていないみたいだから、あとで紹介するね」
シキはエンフィールド辺境伯領を順番に案内した。
まずは現在いる旧男爵領。
ここだけは昔のままで、男爵領どころか長閑な村といった風景が広がっている。
「シキ、おはよー」
「おはようマリ姉。こちらステナさん。俺やエフィ母さんの恩人で、今日から屋敷に住むからよろしくね。マリナ姉ちゃんは侍女の修行中だから、これから頻繁に会うことになると思うよ」
「ステナさん、よろしくおねがいします!」
「こちらこそよろしく頼むよ」
元気溌剌なマリナの挨拶を受けて、子供好きなステナもニコニコだ。
旧男爵領を一回りしてから、今度は開発中の区画へ向かう。
「昨日はじめて見た時も驚いたけど、綺麗な街並みだねぇ」
「森だったところを切り拓いて作ったんだ。地質に難があったり、人が先に住んでたらこうはいかなかっただろうね」
「ところでシキたちに護衛はいらないのかい? エフィが強いのは知ってるけど、エフィだってもう守られる側じゃないか」
現在の面子はシキ、エフェメラ、ステナ、そして赤橙色のポニーテールを揺らしている少女、スプリガンであるエキュースの四名である。
女子供しかいないので、普通の感覚でいけば不用心となるだろう。
「いざとなったら私やエキュースが守るから大丈夫よ。でもその前に……」
エフェメラが通りの向こうに目をやると、都合良く参考例が現れた。
旅装束に肩掛け鞄を抱えた商人風の男で、真っすぐこちらに向かってくる。
「シキ・エンフィールド辺境伯様とお見受けします。私は……ひっ」
シキに話しかけようとしたが、地面からにゅっと飛び出した何かに邪魔をされる。
精霊オルティエだ。
本日の衣装は何故か巫女服である。
アトルランにおける神職が纏う法衣のような巫女服ではなく、地球の神道に由来する方の巫女服だ。
正しくは巫女装束と呼ばれる。
上半身は穢れなき白衣、下半身は燃えるような緋色の袴。
これはあくまで Break off Online の衣装ガチャだ。
本家より意匠が複雑で、金の刺繍やアクセサリーが追加され豪奢になっている。
若干……いやかなりセクシーな造りにもなっていた。
そこに目をつむれば赤と白のめでたい雰囲気で、どこからともなく雅楽が聴こえてきそうだ。
シキにしかわからない感想だが。
もし某伯爵令嬢がこの場にいたら、発狂しながらスケッチブックを走らせていたことだろう。
残念ながら彼女は王都に滞在していて、これまでのスケッチデザインのドレス化で忙しかった。
オルティエは鈴の付いた黄金の杖を、しゃんと鳴らしながら男に向かって突きつける。
鼻先を掠めて驚いた男は尻もちをついた。
「辺境伯様は現在職務時間外です。御用の方は公館で面会受付をしてください」
発展が目覚ましい辺境伯領の主に、お近づき人なりたい者は多い。
それに応えるために面会を受け付けているが、スケジュールは二ヶ月先までびっしり埋まっている。
だから男は偶然遭遇したシキに直談判しようと、話しかけてきたのであった。
チャンスを逃すまいと焦るあまり、この行動自体が悪手であることに気が付いていない。
「そこをなんとかお時間を頂けないでしょうか。決して領主様に損はさせません。我がベムラー商会は他よりも安く仕入れることに自信があり……」
「黙りなさい。辺境伯領のルールを守らない者と取引することはありません。直ちに立ち去りなさい」
にべもなくオルティエに断られて、男の眦(まなじり)が吊り上がる。
「くっ、そんな甘っちょろいことを言ってられるか。貴族様はそれいいかもしれないが、俺たち庶民は……」
「あちゃー駄目だこりゃ」
男の反応を見てエキュースがやれやれと首を振った。
それが合図となったかのように、男を見えない何かが襲い掛かる。
「うわあああああぁ」
まるで天地がひっくり返ったかのように、男が突然空中に浮かび上がった。
じたばたもがくがどうすることもできず、そのまま何処へと飛んでいく。
これは非表示状態で上空に待機していた〈SG-069 プリマ・グリエ〉の反重力フィールドの仕業である。
脚部と腕部で展開できるその装置は、名前の通り重力を局所的に反転させる機能を持つ。
これで男の周囲の重力だけを反転させたのだ。
そのまま辺境伯領の外まで退場だ。
「キャトルミューティレーションかな?」
「きゃと?」
「なんでもないよ母さん」
「ベムラー商会と名乗っていましたね。今後面会受付に来ても門前払いするようガラテアに伝えておきましょう」
哀れにもベムラー商会は出禁となった。
「これが噂の精霊様かい。恐ろしいね……」
「俺は別に恐ろしいと思わないんだけど、周囲にはそう思って貰わざるを得ないんだよねぇ」
シキの周りには美女や美少女しかいないが、彼女たちの戦闘能力はピカイチである。
しかし見た目で判断して舐めてかかる輩は少なくない。
毎回撃退するのも煩わしいし、威嚇専用の屈強な見た目の男を用意する……というのは周囲から猛反対された。
であれば地道に「彼女たちは強くて危険だぞ」と啓蒙活動するしかないのだが、実はもう結構効果が出ている。
こうやってルールを守らない商人や悪党をキャトるのもそうだが、ゲイルたちの一件の影響が大きい。
冒険者ギルドで断罪されたのに性懲りもなくフェリデアたちに絡み……別人となって帰ってきた。
身も心も別人過ぎて、カシムがいくら説明しても、何なら本人たちが名乗っても周囲は信用しない。
最後の手段で、冒険者証に登録されている血液を照会することに。
冒険者証は簡易的な魔術具になっていて、血を垂らし登録することによって冒険者証と冒険者を紐付けすることができた。
専用の針のような道具で指先を軽く刺し、滲んできた血を軍隊の
これでもし他人の冒険者証を奪って成り済ましたとしても、冒険者証に登録されている血液情報と照合すればすぐにわかる。
もう一度冒険者証に血を垂らすと登録された血だと吸収されるが、他の血は弾くようになるのだ。
これでようやくゲイルたち本人だと認めてもらえたが、同時にこんなにしたオルティエへの恐怖も周知された。
「俺的にはオルティエが怖がられるのが嫌だなぁって」
「マスター……私はマスターさえいれば他には何もいりません。まさか他者から怖れられることによってマスターに心配してもらえるとは。もっともっと恐怖を振りまかないと」
「あっはい。んじゃ次は話に出た公館を案内するね」
折角巫女服なのに言動で台無しだよ。
ヤンデレっぽくなったオルティエはスルーして、ステナの案内を再開するシキであった。