精霊仕い ~それは精霊ですか? いいえロボットです~ 作:忌野希和
アポなし突撃してきた商人を撃退してから公館へ向かうと、オルティエが早速ガラテアにベムラー商会のことを告げ口した。
その後は地神教の教会、建設中の住宅地、店舗を構えている商会などを見て回る。
商人からシキに近づくのは御法度だが、逆はまったく問題ない。
辺境伯が懇意にしている薬師が仕事道具を新たに調達するということで、張り切った店員が高品質な道具を見繕う。
シキとしてはそれらをすべてプレゼントするつもりだったが、ステナは目を白黒させながら首を横に振った。
「こんな高価なもの、もらえないよ」
「えーーー」
押し問答の末、中品質な道具一式を揃えるということで両者が引き下がる。
お洒落なカフェで昼食を取り、最後に冒険者ギルドにやってきた。
「ミーちゃんこんにちわ」
「こ、こんにちわ。エッちゃん」
フレンドリーな挨拶にぎこちなく返すミレイユ。
ただそれはエキュースが苦手とかではなく、単に恥ずかしいだけだった。
顔を真っ赤にして俯いているが、満更でもなさそうだ。
スプリガンたちは自由時間を使って辺境伯領内で生活をしている。
同年代ということもあって、エキュースとミレイユ、そこにルミナも加えて遊ぶこともあった。
「こちらのステナさんは薬師なの。それで樹海で取れる薬草と、商人や冒険者に求められている薬の情報を教えて欲しいの」
「そういうことでしたら、奥の解体作業所へご案内します。あ、丁度タロちゃんも来てますよ。あの子が一番薬草に詳しいですから、是非お話してみてください」
「そうかい、それは助かるよ。シキ……辺境伯様。色々とありがとうございました。あとは自力でやっていくよ」
「うん。わかったよ」
ステナと別れてシキは公館へと向かう。
未成年なので実務はガラテアやロナンドに任せきりだが、シキも辺境伯としての仕事はある。
先に述べた面会などがそうだ。
多方面へのコネクション作りは領地発展のためには欠かせない。
「本日は智慧教の学者、第一王子派閥テレスド商会の会頭、
普段の軍服に戻ったオルティエが、秘書っぽくスケジュールを読み上げる。
智慧教とは世界四大宗教のうちの一つだ。
アトルランにある五つの大陸のうち、四つには守護神が存在する。
〈智慧の神〉〈混沌の女神〉〈試練の神〉〈地母神〉でそれぞれ信仰されていた。
智慧教は智慧を司る〈智慧の神〉を信仰し、様々な学問に通じ著名な学者が多数在籍しているという。
「初めまして。シキ・エンフィールド辺境伯。私はプトレニクスと申します」
智慧教の教授はモノクルをしたナイスミドルだった。
茶髪をオールバックにして背筋をピンと伸ばし、知的な表情に加えて体格が良い。
身長二メートルを超える巨漢だ。
「学者の癖に無駄な筋肉だとお思いでしょう。私は魔獣の生態研究が専門で現地調査ばかりしており、否応にも筋肉がついてしまうのですよ」
「魔獣の生態研究ですか。ならエンフィールド大樹海は研究対象に困らなさそうですね」
「その通りです! 他所では考えられない豊富な魔素に影響され、独自の進化を遂げている魔獣が数多くいると、サマンサから報告を受けています」
「サマンサ……あー、宮廷魔術師の」
「サマンサは私の教え子なのです。彼女から手紙をもらい、いてもたってもいられずこうして足を運んだというわけです」
サマンサは視察団の一員としてエンフィールドに訪れており、古参勢と言っても過言ではない。
彼女も魔獣の生態研究が専門で、魔獣の生態を書き記した自前の手稿を持っている。
その手稿ことサマンサ図鑑にはシキも大変お世話になっていた。
小型情報端末でスキャンしたデジタル万引きだが……。
別名目で何かお礼したほうがいいかなと思うシキであった。
「昨日こちらに到着してサマンサに会いに行ったのですが、もう二週間はエンフィールド大樹海に籠っているようで会えませんでした。城の書庫に引き籠っていた彼女が通い詰めるのですから、それほど魅力的な現場なのでしょう。いやはや羨ましい限りです」
一刻も早く自分も向かいたいのだろう。
挨拶もそこそこにプトレニクスは去って行った。
ちなみに現在のサマンサは、〈雷霆〉ランディ、〈大瀑布〉レニアミルア、〈風使い〉リーゼロッテ、おまけの同僚リックスたちと共に樹海の東部を探索している。
謎の巨大クレーターを発見して大興奮している様子が、小型情報端末のカメラ経由で映し出されていた。
あれは〈無敗をもたらすもの〉ことムハイと戦った時にできたクレーターだ。
懐かしい。
次の面会相手は第一王子派閥、テレスド商会の会頭。
ジェイムズ・テレスドは杖を突いたお爺さんで、肘を護衛に掴まれ支えられながらの登場だ。
テレスド商会は老舗中の老舗。
あの憎き宰相マティアスを擁するテレスド公爵家が母体となっている商会であった。
「会頭自らにわざわざ出向いて頂いて光栄です」
「いやいや、うちのマティアスが迷惑をかけたようだからのう」
ジェイムズは性悪宰相の叔父にあたるのだが、彼とは対照的に好々爺とした表情でほっほっほと笑った。
「珍しく坊ちゃん、第一王子のジルクバルドに頼まれての。シキ・エンフィールドに協力して欲しいと」
「お気持ちはありがたく受け取ります。ですが……」
「わかっておる。第一王女派の邪魔はせんよ。テレスド商会は第一王女派の商会が扱いたがらないようなものを、細々と引き受けさせてもらえればよい。小間使いみたいなものじゃな」
エンフィールド辺境伯領は僻地にあるので、何かを取り寄せようとすれば輸送コストが大きくかかった。
第一王女派はエンフィールド辺境伯領の支援を表明している。
だから採算度外視で対応してくれるが、腐っても商売。
儲からない仕事を他所がやってくれるなら、それに越したことはなかった。
そう現場の商人が判断するのは仕方がない。
「それでしたら大丈夫かなぁ。でもよろしいのですか?」
「もちろんだとも」
ちなみにこのことを後日知ったイルミナージェは、部下に採算度外視での対応を徹底させなかったことを後悔する。
何故ならシキに恩を売るチャンスを失ったからだ。
側に控えるオルティエはジェイムズの思惑に気が付いていたが、あえてシキに助言しなかった。
イルミナージェへのシキの好感度を上げさせる行為は、敵に塩を送るのと同じなので。
「シキ殿のおかげでジルクバルドが積極的に国政に参加するようになった。儂は嬉しくてのう。そのお礼と思ってくれ」
「それは果たして俺の影響でしょうか? 王都が襲撃され第二王子にあんなことになりましたし、危機感を覚えたのでは」
「なぁに、いずれジルクバルドの口から直接シキ殿に語る時が来るじゃろうて」
好々爺の表情を崩さぬまま、ジェイムズは去って行った。
最後は音場楽団の楽長である。
「何か忘れている気が……あ、ステナおばさんに同居人のタロを紹介するの忘れてた」
「冒険者ギルドで知り合って、解散したと思ったら何故か帰り道が同じ……サプライズですね!」
「うーん、そういうことにしておこう。タロは可愛いからステナおばさんも気に入るだろうし」
などとエキュースと雑談していると、楽長がやってきた。
初対面の相手だと思っていたのだが、やってきた人物を見てシキは驚いた。
「あっ、酒場にいた流しの吟遊詩人のおじさん」
「辺境伯、改めて自己紹介を。私はギルバート・ファルタン。しがない伯爵家の次男だが、光栄にも王都で随一と自負する音場楽団を率いさせてもらっている。さて、辺境伯」
細身のナイスミドルがシキにずいっと詰め寄る。
そしてイケボで囁いてきた。
「辺境伯、貴方の歌声と独創的な音楽は素晴らしい、是非とも音場楽団に入団して欲しい。そしてその才能を世界に知らしめようではないか」