「はじめまして。私は」
「社交辞令はいらん。こちらも暇ではないのでな。何の用だ?シャーレの飼い犬」
開始早々の挑発。色々な意味で間違ってはいない。
「先日、ヘルメット団にアビドス高等学校の生徒が誘拐されかける事件がありまして」
「それは災難だったな」
「その犯人たちが逃げようとする先がこのアビドス砂漠だったのですよ」
「偶然にも我々の私有地だな。それがなんだ?我々がそのチンピラたちとつながりがあるとでも言いたいわけか?」
「いえいえ、しかし悪用する輩は消えませんからね。もしそのヘルメット団がいたらこちらに引き渡せ、とまでは言いませんがしかるべき対応をしていただきたいと思うのですよ。誘拐事件を認知すらしていなかったのでしょう?」
ほぼ皮肉だ。実際は知っているだろうが、それを言うと先ほどとぼけた理由がなくなってしまう。
そしてやはり襲撃の黒幕はカイザーコーポレーションで間違いないらしい。まだ引っかかるところはあるが。
「随分とこちらについて調べてくれているようだな。言っておくが、アビドス自治区の土地に関しては全て正当な取引によるものだぞ」
「存じています。別に文句を言うつもりはありませんよ。ただこんな砂まみれの土地を大量に買い占めて何に使用されるのかという疑問がありますがね」
「知りたいか?」
「ええまあ。答えたくなければ答えなくても結構です」
わざわざ口に出してもらう必要はない。とはいえ、質問は慎重に選ばなくては。
「ふん、別に問題はない。アビドス自治区のどこかに埋まっている宝物を探しているのだよ」
「宝物、ですか。こう言ってはなんですが、よくその情報を手に入れられましたね」
「ほう、嘘とは思わないのか」
「嘘にしては雑過ぎますからね」
船、ゲマトリアからの情報提供。聞き覚えがない単語も交じっているが、嘘ではないことはわかる。
カイザーからすればアビドス自治区を全て手にしたいのであればホシノの卒業を待てばいいはずだが、こんな強引な手段をとる理由がようやくわかった。ゲマトリアと呼ばれる人間か、組織か、黒幕はカイザーだけではなかったということだ。釘を刺せば一時的でも襲撃が止むと踏んでいたが、一筋縄ではいかないらしい。
「しかし、兵士を集め過ぎでは?そんなに厄介な勢力がこの砂漠にいるのですか?」
「そこまで答える義理はない」
対デカグラマトン大隊、ビナーとの交戦。思うようには進んでいないらしい。
「まあ、そこまで詮索する気はありません。これはシャーレの職員としての建前のようなものですから」
「建前だと?」
軽く揺さぶってみるか。
「はい。有益な情報を一つ。アビドス高等学校の生徒と先生は今日の午後ブラックマーケットに向かう予定です」
「なに?」
「今日は集金日だそうですが大丈夫ですか?」
「少し待っていろ」
立ち上がって足早に部屋の外に出る。案の定、ブラックマーケットにも根は張られているようで、呆れたことに廃れたアビドス高校がそこまで行き着く可能性はないと高をくくっていて、記録の改ざんはしていなかったらしい。
数分後、カイザー理事が戻ってきた。
「…何が目的だ」
「別にこれであなたに取り入れるとは思っていませんよ」
「他に何か土産があるとでも?」
「ええまあ。一度だけアビドス生とシャーレの先生があの学校にいなくなったらそれを教えましょう」
「なんだと?」
「私としてはこの仕事は早く終わって欲しいのですよ。あんな砂まみれの学校に未来はなさそうですし。その代わりに私の身の安全を保証していただきたいですね」
これは本音だ。さとり個人としてはそもそもアビドスどころかキヴォトスにも用はない。廃校なら廃校でも構わない。
「…いいだろう」
「わかってるとは思いますがくれぐれも不法行為はやめてくださいね。私にも立場があります。得意ですよね?その手のものは」
「余計なお世話だ」
釘刺しは失敗。されど収穫はあった。そのやり取りを最後にカイザーPMC基地から去った。
*
夕方。会議室のドアを開けると見慣れない顔があった。
「あ、あはは……。お邪魔してます」
トリニティ総合学園の制服だ。なぜここにいるのだろうか。
「こんにちは。私の家ではないですからお気になさらず。どちら様でしょうか」
「えっと、トリニティ2年の阿慈谷ヒフミといいます」
「ヒフミさんですか。私はシャーレの職員を務めています。古明地さとりといいます」
「え?ということは、大人なのですか……?」
「はい」
「ええっ⁉」
なんなら桁が違う。キヴォトスにいる間、この
しかしなかなかいいリアクションをする。これが演技ならば大したものだ。とりあえず心を読むために『第三の目』を向ける。
”さとり”
「失礼。癖でして」
「え?え?あの……?」
「ヒフミ、気にしなくていいよ」
”先生”から注意され、シロコに睨まれる。アビドスに害をなそうとしているわけではないのは一安心だ。
「ブラックマーケットで知り合いになったのですか?」
「そ、そうです」
「トリニティは例の条約を控えている大事な時期だったと思いますが、大丈夫ですか?もし他学園に知られたら……」
「あぅぅ……。でも、ペロロ様のためなので……」
見かけによらず、なかなか頭のネジがぶっ飛んでいる。
「例の条約ってなに?」
「エデン条約です。アビドスには直接関係はないのでお気になさらず。それで、何か見つかりましたか?」
「いえ、それがなにも……。製品どころか、販売ルートや保管記録すら出てこなくて、手に入れたものといえばこれくらいで……」
机の上に広げられているのは金額とその内容が書かれた帳面。
「これは、帳簿ですか?」
「そうです。毎月ここに集金に来ている職員が持っていたものなのですが、その取引の記録が一切記載されていなくて……」
どうやって入手したのかは聞かないでおこう。
「しかしあなたたちが納めたお金の記録がどこにもありませんね。人違いだった可能性は?」
「絶対ないって!あのにっくき奴らを忘れるわけがないわ!車両も同じだったし!」
つまりあの後、記録の改ざんは間に合ったということだ。しかし、急だったせいかアビドスでの集金記録も消してしまっていることによって不自然さが増している。
「となると別の仕事だったという可能性もありますが、それでもブラックマーケットで見かけたということは、カイザーコーポレーションも根を張っているということになりますね」
「じゃあ今回の件の裏にいるのは、まさかカイザーコーポレーション……?」
「ヒフミさんから見てどうですか?」
「た、確かにカイザーコーポレーションならばブラックマーケット全体で特定の武器を完全に隠蔽することも不可能ではないと思いますが……」
「ちょ、ちょっと待ってください。学校が破産したら貸し付けたお金も回収できませんよ?」
ノノミの疑念はもっともだが、金を貸す理由が直接金を回収するだけとは限らない。今回は実際そのケースに当てはまる。聞かれるまでは答えないが。
沈黙の時間が続く。
「このまま考え続けても答えは出なそうですから今日は解散するのはどうですか?もうすぐ日も沈みます。ヒフミさんもそろそろトリニティに帰った方がいいですよ」
「…そうですね」
「変なことに巻き込んでしまってごめんなさい、ヒフミさん」
「あ、あはは……」
ホシノが未だに一言もしゃべっていない。明日、黒服とやらに呼び出しを食らっているらしく、そのことと借金のことで頭がいっぱいになっている。さとりが視線を向けていることに気が付かないほどに。もう堕ちるのも時間の問題だろう。
「ヒフミさん、送りますよ。ブラックマーケットほどでないにせよこの辺りは治安が悪いですから」
「い、いえ。大丈夫ですよ?それにいくら大人とは言ってもヘイローがない人が丸腰でふらつくのは……。ってひゃあ⁉」
背中側から両脇に手を差し込みそのまま飛び上がる。意外と背が高い。
「それでは、皆さんも帰り道には気をつけてください」
窓から飛び出てそのまま文字通り一直線にトリニティに向かった。この日から数日間、上空から人の悲鳴が聞こえた気がすると数少ないアビドス自治区の住民から噂が流れたが、それはまた別の話。
*
「いらっしゃい。おお嬢ちゃん、また来てくれたのか」
「ええ、まあ。味噌チャーシューラーメンの大盛をお願いします」
「はいよ」
柴関ラーメンに2度目の来店。席はガラガラだ。さすがにこの過疎地では平日の昼の集客は厳しいらしい。
朝昼兼用で大盛を食べる。ただそれだけのつもりだったのだが、見覚えのある顔触れが視界に入った。いい機会なのでその席に向かう。
「相席、よろしいですか」
便利屋68。先日アビドスに襲撃をかけた非公認部活。
「え?ま、まあいいけれど……」
「社長」
カヨコが手で制す。なかなか目と記憶力がいい。
「ご挨拶ですね」
「あの時アビドスにいた人でしょ。当たり前だよ」
「それもそうかもしれませんね。初めまして、便利屋68の皆さん。私はシャーレの職員を務めている古明地さとりといいます。今はアビドス高校の補助を行っていますね」
「…私たちを捕まえに来たの?」
「そのつもりはありませんよ。私は荒事は得意ではありませんから。それに、ここでやることでもないです」
敵意が引き、武器を抜こうとするのをやめてくれた。話が通じるタイプで助かった。
「大将さん、この四人の分も私の会計でいいですよ」
「はいよ」
「あとは……」
「安心しな。別に聞き耳立てたりはしねえよ」
「ありがとうございます」
料理を持ってくるのも少し遅めにしてくれるとのこと。気遣いが素晴らしいと言わざるを得ない。幸い、彼女たちもたった今注文を終えたばかりのようだ。
「…なんのつもり?」
「なにかの縁かと思っただけです。大将さんに無償提供させ続けるのも気が引けましたし。財布にまだ余裕はないのでしょう?」
「……」
「まあ、強いて言うのであれば──」
ハルカのポケットに手を突っ込み、とあるものを取り出す。
「この爆弾を取り外してほしいということくらいですかね」
「え、えっ?」
「あれ?それさっき言ってたスイッチでしょ?この店にもつけたの?」
「え、あ…わ、私ななな何かまずいことを……っ⁉」
何かというよりも、まずいところしかない。
「ここを爆破されたら私の身体も木っ端微塵になってしまいますよ。さすがにそれは避けたい。アルさん、外していただけますか」
「…ハルカ、外してきなさい。この店の周辺だけでいいわ」
「はははははい……」
死にたい死にたいと心の中で連発しながら扉を開けて外に出た。怨霊とはまた別ベクトルだが負の感情で溢れかえっている。
「ラーメン分はこれで終わりでいいです。本題に入りましょう」
今出て行った少女、ハルカは負の感情が多いため読んでて心地よくないのもそうだが、どうも思考が突発的過ぎてあまり交渉したくない相手なのだ。思わぬ地雷を踏んで撃たれる可能性が高い。
「一応聞きますけど、依頼主を教えていただけますか」
「それは守秘義務よ」
「カイザー理事なんですね」
「…え?」
「何で知っているのか。どこから漏れた?シャーレ、あるいはゲヘナの情報網?それともカイザーと
今度は正体を明かして取引していたらしい。そうでなければ彼女たちが依頼を受けなかった可能性があるからかもしれないが、よほど焦っているようだ。
「おっと、すいませんこちらの話に夢中になってしまいました。私、心を読む能力を持っていまして」
「……!」
「…わぁお」
引いた敵意と警戒心が一気に増す。この反応は見慣れている。先に戦う気はないことを伝えておいて正解だった。
「カイザーに告げ口して私たちを潰そうとしてるの?」
「いいえ。元々黒幕がカイザーであることは私は把握していましたから、これを交渉材料にするつもりはありません。そんなことをしてもいたちごっこになるだけですからね」
「なら…」
「ただ、アビドスの人たちも今調査を進めています。そう遠くないうちに突き止めるでしょう。そしてそれでもカイザーはあなたたちに素性を明かしてまで依頼しなければならないほどに事を急いている。その内ぼろが出ます。そうなってくると、報酬をもらえない可能性が高くなってしまう上に、アビドスとシャーレから目を付けられる羽目になります。あなたたちは成功報酬しかもらわない主義なのでしょう?まあ早い話が、その依頼を降りる気はありませんかということです」
「…それを呑むと思ってるの?少なくとも金銭的なメリットはないよね」
「デメリットの方が大きいのでは、という話をしています。アビドス高校は予想以上に強敵でしょう?特にホシノさんの戦闘力は想定外だったはずです。そうです、あの小柄なピンク髪の人です。あなたたちでも攻め落とすのは難しいのでは?」
「幸いまだ傭兵を雇う余裕はあるし、何故か向こうも焦っている。やりようはあるよ」
「ヒナにも引けを取らないとは思うけど、までは言わないのですね」
「……っ、いちいち口に出さないでくれる?」
「性分なもので」
「まあまあ、カヨコっち。決めるのはアルちゃんでしょ」
しばらく黙っていたムツキが入ってくる。今アルはヒナにも引けを取らないと聞いてかなりビビっていて、それをムツキもわかっていてアルに判断を委ねている。悪戯好きな性格だ。妖怪に向いている。同時にアルに対してかなり心を寄せているようだが。
「…私たち便利屋68は他者に屈することはないわ。ただ、少し考えさせてちょうだい」
「アビドスに対して少なからず恩を感じてはいるから迷っている、と。あの時も思いましたけど、アルさんはかなり真面目で優しい性格ですね」
「あははっ!アルちゃん言われてるじゃん!合ってるし!」
「……(ガーン)」
なぜかショックで白目をむいてしまった。褒めたというのに。
恩だの義理立てだのを気にしている時点で無法者の精神ではない。ついでに言えば臆病だが仲間思いで責任感と自立心がある。普通に風紀委員会にでも入った方が天職な気がする。この分なら、これ以上交渉しなくても助太刀をしてくれそうだ。
「…あ、あの、周辺の爆弾を外してきました。ア、アル様⁉許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」
そこでタイミング悪くハルカが帰ってきてしまい、流れるような動作で銃を抜こうとするのをカヨコとムツキが慌てて止める。危なかった。ラーメンがおじゃんになるところだった。
その後、正気を取り戻したアルのストップにより事なきを得て、ラーメンを完食した。
*
会計を済ませ、外に出る。
「それでは、その気になったら連絡してください。もしくはシャーレに直接来るでもいいですよ。交通費とご飯代くらいは出しますから」
メールアドレスを書いた紙を取り出して差し出す。
アルがそれを受取ろうとした瞬間、道路に何かが着地し、轟音、そして爆風とともにコンクリートが飛び散る。砲撃というやつか。あまりの音に耳鳴りが止まらない。
とりあえず知り合いの身の安全くらいは確保させるために、柴関ラーメンに戻って戸を開ける。
「大将さん、ガスを止めてください。後、ここから逃げた方がいいです」
「…後者は無理な相談だな」
「では簡易的でもいいのでバリケードを張ってください」
再度外に出て砲撃元を向くと眩暈がした。少なく見積もっても100人以上の思念が一気に入ってきて慌てて『第三の目』を服の中にしまう。
所謂一個中隊、というものだろうか。全員の腕に風紀と印字された腕章がついている。制服からしてゲヘナの風紀委員会だろう。なぜこんなところまでこの規模の人員を動かしているのかは謎だが。
「この状況、どうにかなりますか?」
「ヒナがいないみたいだし、逃げるだけなら難しくないけど…」
「方角的にアビドス生と遭遇しそうですね」
前に行っても、後ろに行っても逃げ道という逃げ道はない。
「アルさん。状況的に風紀委員会かアビドスか、あるいは両方と戦わなければなりません」
「……(な、なんでこうなるのよー⁉)」
完全に慌てふためいている。この状態で判断させるのはよくないか。
「先ほどは触れませんでしたが、あなたは上手く言語化できない悩みがありますね?」
「え」
こういう時は関係のない話で意識を広げるのが得策だ。少なくともまだ、風紀委員会が動く気配はない。
「その悩みを心を読める私が上手く解き明かしましょう。アルさんは理想のアウトローとなるために日々努力を重ねています」
「そ、そうね」
「今まで仕事が上手くいかないことは多々あったでしょう。つまり仕事の難易度から来るものではない。ではその悩みはどこから来ているのか。私の見解としてはあなたはアビドスと柴関ラーメンに絆されているのですよ。そしてそれを心地よく感じている一方でそんな自分に対する不満によるジレンマを抱えているのです」
「……!そう、そうよ!私たちは仕事をしにここに来てるのに、敵と仲良くなったり、和気あいあいとラーメンをのんきに食べたり、こんなの全然ハードボイルドなアウトローじゃないわ!」
いつものやつかー。という突っ込みが横から流れてきたがアルには届いていない。
「逆に考えましょう。アウトローは赤の他人に優しくされてはいけないのですか?」
「え?」
「相容れないものは叩き潰す。気に入った仕事はこなす。権力には屈しない。アウトローの模範としてはざっとこんなところではないでしょうか。さて、今あなたたちと相容れないものはありますか?」
目を見開いた後に前方の軍隊を見据える。
「──風紀委員会と戦うわ」
「いいでしょう。助太刀しますよ。ただし向こうにも戦意があるならです。少し待っていてください。」
声を届かせるために十数メートル前に出る。
「話を聞かせてもらえますね?」
非常に複雑そうな表情をした少女─────チナツと向かい合う。D.U.での一件以来の邂逅となった。
アンケートは3/29までにします。
さとりってどこまでコピー再現ができると思う?
-
他者の記憶にあるものだけ
-
自分の記憶にあるものも再現できると思う
-
わからないから作者の自由にしていい