ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜 作:黒木箱 末宝
地球上に突如出現したダンジョン──その最奥。
人の何百倍もある真っ赤なドラゴンを討ち倒した男は、厳重で巨大な扉に手を掛ける。何かを読み取った扉自らが、男を招くように開いて行く。
扉を潜ったその先には、神秘的な光を放ち輝く、小さな太陽の様な真球があった。その真球は、自身を支える豪華な土台の上で男を歓迎するように優美に浮かんでいる。
『汝の願いを』
包み込むような優しげな声で、真球が男に問う。
その問いに対し、男は──
■
(──ん……夢か……変な夢見たな……)
冬の寒さの残る朝、午前九時に微睡みが覚め始める。そして何時ものルーチンと化したスマホ弄りを始め、電子マネーのキャンペーンを寝惚けた頭でこなし、ソーシャルゲームのデイリー任務を軽く済ませて行く。
頭の起動が遅くてね、これが終わった後くらいにようやく頭が動き始めるんだ……。
誰に言ってるかも分からない独り言を頭の中で垂れ流しながら、お気に入りのネット小説を読見始める。お気に入りの話はダンジョン物だ。何が起こるか分からないドキドキ感と、得られるアイテムの不思議な感じが好きなんだ。
暫くネット小説を読んでいると、腹の虫が騒ぎ始めたので起きることにした。布団を軽く整え、住んで長い安アパートの古い床を軋ませながら、ノシノシと歩き、寝起きで覚束ない体を揺らしながらリビングへと向かう。
「おはようさん」
「んー、おはよ」
先に起きて朝食を食べている姉に挨拶し、ヤカンの中の水を確認。少しな足りないように見える。
「お湯沸いてるよ」
「んー、ちょっと足りん。
そう言ってヤカンに水を入れ火にかけると、一つ一二〇円(税込み)の大盛カップ麺(とんこつ味)を用意する。
(寒い冬に食べるカップ麺は身に染みるほど旨いのだ)
そう一人頭の中で呟いくと、沸いたお湯をカップ麺に注ぎ入れる。そして三分後、カップ麺を手に何時もの定位置へと向かう。
「ふう……いただきます」
お気に入りのボロっちい座椅子に座り、八年物の古いノートパソコンで動画サイトを開き、ランキング順に気になった動画を観ながらカップ麺を啜る。
(うん、値段相応の味。まあ、うまい……)
──そして、今日もパワハラで傷付き、適応障害となった自身の軟弱な心を癒すため、今日と言う日を無駄使いして過ごすのでしたとさ。
「……ハァ~~~~……」
「どしたん?」
「いや、何でもない……」
……自罰的なのもいけないことだとは思っているんだが、おれは──
仕事を止めてから暫く、新たについた仕事を肉体の痛みやパワハラのトラウマを理由に辞め、その後もずるずると日々を無駄に過ごしてしまい、今年で二八歳に成った……成ってしまったんだ……!
俺は人生で貴重な七年を無駄にした、ダメなニートの男なんだ……。
そんな自身への戒めという自己虐待が、俺の何時もの一日の始まり
しかし、今日は違う。
過去のトラウマで自分がダメなヤツだと思っていたが、会社で受けた仕打ちや状況を母や姉に話すと、一部を除いた全てを会社が悪いと言ってくれたのだ。
そうして心が楽に成ったので、心機一転、俺は再就職を目指すべく、行動を起こしたのだ。
……とは言え、先ずは体力を付けるために軽めの運動として、近所の散歩──ウォーキングから始めるのだが。
カップ麺を食べ終わったら、同じく食事を終えて食後のコーヒーを用意している姉にテレビの順番を交替する。そして俺は、出掛けるための身支度を始める。
洗面台の前に立ち、歯を磨き、顔を洗い、髭を剃る。
幾分かマシになった、大嫌いな自分のみっともない顔を見ながら溜め息を吐く。
相変わらず醜く、堕落した自分自身の姿に苦笑いを浮かべる。身長は、覚えている限り一七六センチと少し。体重は、おおよそ一四〇キロ前後。
一歩一歩を歩む度に床が軋むその身体は、幸か不幸か、産まれ持った骨太で筋肉質の良い
だがその体が、仕事をする上で致命傷となっていた。
子供の頃は病弱で、寝たり座ったりする時間が長かったが故か、足のサイズが平均より小さい。それらが合わさり、俺自身の重厚な体を長く支えることができずにいた。
そのため、俺の諦めの早い気質や足りない体力も合わさり、長時間の立ち仕事や歩き仕事を早々に諦めるため、仕事を最後までこなすことが出来ないのだ。……これは甘えか? ……甘えだな。
更に若さの言い訳が効かなくなってきたのもある。やばいぜ、マジで。
(……まぁ『痩せたらイケメンじゃん』って言われたしな……先ずは痩せれば良いんだよ、痩せれば……)
過去、クラスメートの不良に言われた言葉を慰めに、延びっぱなしの髪を水で撫で付け、形だけは整える。するとそこには、オールバックの険しい顔をした、みすぼらしい姿の男が立っていた。
(まあ、マシか……?)
多少は見れるようになった自分の顔に頷き、寝間着を洗濯機に全て投げ入れ、服を着替えて再び鏡の前に立つ。
グレーのパーカーに黒色のTシャツ。黒のカーゴパンツに黒の靴下。これに黒のシューズを履けば、黒一色を避けただけのモノクロ男が出来上がる。
「……ヘッ」
ムスッとした顔で大きな身体をもつ俺でも、この服装ならば……まぁ、悪目立ちしない筈だ。
そのまま玄関へと向かい、ようやく落ち着き始めたウィルスの対策として不織布のマスクを付ける。
すると、出かけるタイミングちょうどに母親が起きて来た。互いに「おはようさん」と挨拶を交わす。
「散歩か。気を付けてな」
「おう、いってきます」
「「 いってらっしゃーい」」
リビングでゲームをしている姉と、仕事で痛めた脚を庇って立つ母に見送られる。
働かず怠けている自身の現状に、申し訳無さに苛まれ、俺は逃げるように玄関を出た。
■
近所の公園の外周を歩き、階段を使っての運動を繰り返す。一キロメートルと少しの距離を歩き、段差の高いほんの十数段の階段を登り降りする。
たったそれだけで息切れしてしまった。そんな自分がほんとに嫌になる。だが、これを続けていけばましになるだろう。……恐らくは。
周囲を見て誰もいない事を確認し、マスクを外して息を整える。
「ハァッ……ハァッ……今日は、もう……これくらいでいいよなぁ……」
言い訳じみた言葉と共に、怠惰でサボり屋な弱みが顔を出す。この逃げ癖が、自分自身の脚を引っ張っているのだ。
だがしかし、喘息持ちで呼吸機能の弱い俺は、無理をしても死にかけてしまう。実際、小学生の頃の合同体育で、俺が喘息である事を知らずに走らせてきた他クラスの教師の所為で死にかけたし。
……あの時に向けられた呆れたような見下すような目、馬鹿にしてくる同級生。全てがそんな奴等ばかりではなかったが、あれが体育を嫌う原因だったな。
「……まあ、運動は無理をしても続かないし」
そんな理論付けたような言い訳を並べ、自身の正当性を整えつつ、俺は公園の頂上にある広場のベンチに座って一息付いた。
──こんな事無駄だし、止めてしまおうか。
息苦しさと、肌を這う冷たい汗の不快感に心が折れかけたその時だった。
足元から突き上げるような衝撃が走り、世界が大きく揺れだしたのだ。
「うおぉっ!? 地震?! ──ん?」
グラグラと続く縦揺れに、堪らず膝を着く。
そこで俺は、地面や周囲の構造物が一切揺れていないことに気付いた。
「……地震、じゃない……?」
違和感気付けば後は早いもの。スマホを取り出し状況を確認するが、緊急地震速報は届いておらず、広場にある市のスピーカーからは何の放送も流れてこなかった。
だが空は、慌てて飛び立った鳥たちで埋め尽くされている。
「……生き物だけが揺れた……?」
異様な事態に困惑する。揺れが収まったので立ち上がり、手や膝についた砂を払いながら、再び周囲を確認する。
「……何だあれ?」
すると広場の中央に生えているシンボル的な木が、大きく変化しているのに気付いた。
「……穴?」
大きな木の根元が異様に膨らんでおり、大穴が開いていたのだ。俺は警戒しながら、その大穴を確認する。
(地震ではない、今のところ生き物だけが感じた揺れ……その後に現れた異様な大穴……まさか……!)
恐る恐る大穴に近付き、観察する。大穴は人一人が余裕を持って入れるほどの高さと幅があり、底の見えない水面の様な不可思議な様相を見せている。
「これは……まさか……」
確認のため、足元にあった石を大穴に投げ込む。すると、表面に波紋が広がった。たったそれだけで、俺の頭に
(現実ではあり得ない出来事の連続……突然出現した大穴……入口らしき大穴は人が余裕で入れて、見た目はまるでファンタジー……まさか……まさか本当にッ?! ……いや、まだだ。まだ決めつけちゃいかんッ……!!)
幸いなことに此処は公園。道具として使える物は沢山落ちている。俺は逸る気持ちを抑え付け、やるべき事の用意を始めた。
(『地震モドキ大丈夫? 俺は無事。気になるものがあったから見てくる』……で、写真を撮って……送信……良し!)
スマホを取り出し、家族へ自分が無事である事と、気になるものが有るので調べてみると伝える。洞窟の写真を撮り、メッセージアプリに添付して送信。すると直ぐに既読が付き、暫くして母と姉から同様の単語が送られてきた。
『絶対ダメ!』
「ハハッ! そりゃそうだ。んじゃあ──『わかった』『しばらく観察してから帰る』っと……よし、行くか」
母と姉の制止を無視して、俺は大穴を見ながら興奮を隠せず独り言が漏れだした。
「もしあの洞窟が俺の考えている通りのものなら……行くしかないよなぁッ……ハハッ!!」
興奮が抑えられず言葉が漏れた。周囲を確認して自分一人であることに安堵すると、咳払いして羞恥心を払い、大穴に入る準備を始めた。
広場の周りに落ちている石を持てるだけポケットに詰め込み、程良い形の木の枝を数本束にして左腕に抱える。
一等大きな木の枝を右手に持ち、剣のように数回振るって感覚を掴むと、俺は恐る恐る大穴へと向かった。
大穴に近付いた俺は、入口に向かって枝を突き刺したり、切り裂く様に振るったりして性質の確認作業を始めた。
(おお、不思議な感触! ……でも何処かで感じたことあるような……あ、水か!)
枝越しに返って来た反応は、水を切ったような感触と波紋だけだった。飛沫一つとして飛ばず、引き抜いた枝の先は濡れていない。
(……えいッ、ふんッ、そりゃあッ!)
ブンブンと枝を振り、水面を切るような感触を楽しんでいた。そして暫くして満足すると、本来の目的を思い出した。
「スゥー……フゥー……フンッ!」
枝で攻撃しても大穴に何も起こらない事を確認すると、呼吸を整えて入口の表面に手を突っ込んだ。
「……涼しい……いや違うな、冷たいんだ」
少しの恐怖と沸き出る興奮によって一人言が漏れる。それに対し、大穴の周辺は依然として静かだ。
手を入れた表面には変わらず波紋が広がる。しかし、向こう側では嫌な冷気が手を撫で様に流れている。まるでこの先に進む事に対して拒絶するような冷たさだった。
「……よし、行くか……」
暫くして、手から得られる情報に限界を感じた俺は、装備を整え覚悟を決めて、洞窟の向こう側へと突入するのであった。
■
大器が大穴に入ってしばらくした頃。
世界の全て生物の脳内に、突如として不可思議な声が轟いた。
『全ての生命に告げる』
聞く者によって変わる声だった。
胡散臭い詐欺師の声。愛しい恋人の声。畏怖の涌き出る悍ましい音。安堵を覚える母の声。肉の音。虫の声。
瞬間、世界はその声に耳を、意識を奪われた。
『我が名は【ヘァッチャ・ダ】──全て存在に絶滅をもたらす者。上位世界の神、或いは世界そのものである』
珍妙な名前とその意味。神や世界を騙る存在。
しかし、未知の恐怖に支配された人々にそれを笑うことも、否定することもできなかった。
脳内に響く声に未知の神秘を感じ、染み込み、馴染んで、本能が行動を制止するからだ。
それを知ってか知らずか、ヘァッチャ・ダは語り続ける。
『我が目的──それは、世界の全てを手に入れる事』
たったその一言で、世界の全てが膝を屈し、頭を垂れた。
──諦めたのだ。世界の全てが、今後の全てを。
──受け入れたのだ。神、或いは世界騙る存在のその行為を。
しかし、その諦による服従的行動は奇しくも無駄に終わった。
他ならぬ、ヘァッチャ・ダ自身の
『──つまらない。全てを手に入れること等直ぐに出来てしまう』
嘲笑の込められた明らかな挑発的発言。しかし、それが可能だと、世界の全ては理解していた。
声の主──ヘァッチャ・ダにとって、世界を征服する事すら細事だと。魂で理解させられていた。
そしてヘァッチャ・ダは大らか声色で語り始めた。それは子供の遊び相手をしている親のようであった。
『──ゲームをしよう。我が枝先である
優しげな声色からはかけ離れた煽るような、奮起させるような声。先ほどとは違う存在ではないかと思う程の変わり様に、人々は困惑した。
しかし、直後に脳内を駆け巡る映像が、それを嘘ではないと証明する。
豪華な台座に浮かぶ巨大な光球から始まり──扉を越え、真っ赤なドラゴンを越え、更に更にとダンジョンの中を逆再生するように映像が流れる。
そして最後に、一人の男──木の枝を手にダンジョンへと歩む最初の挑戦者の背を映した。
『既に
たった一人の、何処の馬の骨かも分からない存在。それに対し、人々は何故か酷く感情を揺さぶられる。
勇気ある者。卑怯者。邪魔者。ズルい、俺が、私が──
その人々の感情に冷水をかけるように、ヘァッチャ・ダは追加で世界を揺るがす一言を放った。
『それと、ダンジョン・コアには途方も無い程のエネルギーがあってね。余程のことでもなければ、君達の願いも叶えられるよ。ダンジョンを全て消しされ──なんてのもね』
そうしてヘァッチャ・ダは『期待している』という一言を残して、何処かへと消えて行った。
その後に訪れた空白を合図に、世界が動きを取り戻した。
世界が変わる。その始まりの日が訪れたのだった。
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