ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜 作:黒木箱 末宝
家族の不安を解消する為、俺はあるかも分からない食材を探しにダンジョンに来た。俺の予想が正しければ、ダンジョンには食べられるアイテムがある筈だからだ。
そう思った原因は、ブルースライムのドロップアイテムだった。その説明では、抽出する事で得られるブルーオイルに“可食”と表記されていたのだ。それを食材として捉えるか、食べても問題ないと捉えるかは別だが、ダンジョンのアイテムに可食の有無が設定されていると分かるものだった。
後は簡単だ。ダンジョンの下層へと潜り、食べられそうなアイテムを探し当てるだけだ。
そうしてダンジョンのある広場に到着した俺が見たのは、ダンジョンを囲む異様な人々の姿だった。
ダンジョンの前には、見慣れぬスーツを着た壮年の男達が立っており、神主と何やら話をしている様子だ。監視の警察官も四人に増えている。スタンピードを警戒しているのだろう、装備が重装化している。
ダンジョンの周囲には、以前より増えた野次馬達がダンジョンにスマホを向けており、写真や動画を撮影して何やらしゃべっている。耳を澄ませて聞いてみると、どうやら考察を好き勝手に垂れているようだ。神罰とか神の試練とか、何言ってんだか。
そんな野次馬達から姿を隠しながら、俺はダンジョンに入るため神主に挨拶をする。
「おはようございまーす」
「あ、お早う御座います。今日もダンジョンに?」
「ええ、入って良いですかね?」
このまま許可を貰ってちゃっちゃとダンジョンに入ろう。そんな俺の考えを見破ったのか、スーツの男が会話に割って入って来た。
「──失礼。ダンジョンに入ると言うなら、此方に氏名を記入して下さい」
「……ん?」
クリップボードを向ける男から一歩下がって見る。サッパリとした見た目の、壮年らしく白髪交じり。首から下げられた名札を見るに、市の人間のようだ。
クリップボードを受け取らず名札をじっと見ていると、男は俺が警戒していると思ったらしく「はじめまして」と挨拶し、自身が市の人間であることを名刺を差し出して伝えてきた。
「
「はい、以後よろしくお願いしますね」
そう言って、市の男──市川 純は、俺にクリップボードとボールペンを向けて、受付用紙のような紙に名前を書くよう求めてきた。
ある程度の理由を察しつつも、どうも引っ掛かるので「どうして?」と問えば、市の男は「昨今起きる、ダンジョン付近での行方不明事件の対策です」と答えた。それなら仕方無いか。
「……分かりました……じゃあ、はい。書きました」
「はい……ええっと──」
クリップボードを受け取った純が、書かれた署名を見て眉をひそめる。何せ受付用紙には俺のフルネームではなく“タイキ”としか書かれていなかったからだ。
「あの、出来ればフルネームで書いてもらいたいのですが……」
困った様子で市川が言う。何時もなら俺も頭空っぽにしてフルネームを書くが、今回はそうもいかない。何せ俺はダンジョンに始めて潜った男で、その後ろ姿が世界に知れ渡っているからだ。そう考えると今更だが、面倒を避けるためには相応の何かが必要だ。
「一応個人情報なんで……この紙にも守秘義務的な制約文も見当たらないですし……」
とは言え国も無能では無い筈だ、今更名前を書き渋ってもどうせバレてるだろう。だからこれはアピールだ。『いま好感度低いから下手すると何するかわかりませんよ~』と言う、言外のわがままだ。それで
「……解りました。少々御待ちください」
俺の言葉に市川は一瞬顔をしかめると、用紙に何やら書き込み始めた。そして最後にポケットから出した判子を押して「これでどうでしょう」と言って再びクリップボードを向けてきた。
「へへっ……ええ、これなら良いですよ」
そう言うと、俺は最初の署名を二本線で消し、隣にフルネームで署名し直した。
なんと市川は、受付用紙の白紙の部分に個人情報保護の制約部を追加で書き、自身の判子まで押したのだ。そこに法律上の何やらが発生しているかは俺にはわからなかったが、そこまでされたなら仕方がないと諦めて名前を書いたのだ。名前も判子も記入されたって事は、この書類の責任者は市川になる。責任の所在って大事だよね。
「山城 大器さん……はい、確かに。それと、朝の記者会見は見ましたか」
「ええ、
満足そうにクリップボードを受け取った市川は、続いてダンジョンに入る意思を確認してきた。何となく意味を察したので、自己責任を強調して宣言する。すると案の定、市川は苦笑しつつも頷いた。責任の所在は大事だからな!
「はい。神主さんも、それでよろしいでしょうか?」
「ええ……自己責任なら、まあ。お気をつけて……」
「はい、それでは」
神主も俺の自己責任発言に納得したのか、ダンジョンへ入る許可をくれた。解るよ、面倒事は御免だもんな。
そうして、俺は野次馬達の向けるスマホに映らないよう、背中を向けて高速でダンジョンへと入っていった。
一階層で着替えを済ませた俺は、転移陣を利用して三階層へと転移。そこでゴブリンを盾にする戦法で無双した俺は、そのまま三階層の地図を埋めて宝箱を回収した。しかし、宝箱もその中身は数が僅かに増した程度だったので、特に追記する事はなかった。
そうして増したバックパックの重さに喜びを感じながら、俺は新たな考えをメモしつつ次の階層へと進んだ。
「……まだ変わらないのか」
階段を降りて周囲を確認する。しかし、四階層の景色は相変わらず土の洞窟だった。
(……いや、モンスターは変わったみたいだ)
だがしかし、遠目に見えるモンスターの姿はゴブリンとは違う、全く新しいものだった。
(あれは……兎か? てことは……肉ッ!!)
大きな耳に、茶色の毛につつまれた中型犬ほどの大きな体。その体より更に一回り大きい下半身をもつ生き物。そんな兎モドキは、此方に背を向けて何やら地面を嗅いでいる。草でも探しているのだろうか。
思ってもみなかったモンスターの出現。尚且つ、食肉として狩られている兎を元としたモンスターの登場に、俺は興奮を隠せないでいる。
その兎は此方に気付いていないようなので、静かに【識別】を発動して情報を確認。
【キックラビット:大きく発達した後ろ脚で外敵を蹴り飛ばし、撃退する。可食モンスター。ドロップアイテム:毛皮。兎肉。要解体】
「しゃあ、肉ッ!!」
肉を得られる。そう書かれた識別の内容に、俺はつい喜びの声をあげてしまう。
「──!」
案の定、兎──キックラビットは俺の方に向き直り、威嚇するように地面をダン! と強く蹴り叩いている。
「デカいからかな、命を奪う申し訳なさより怖さが勝つわ」
獲物の素早さを考慮して、俺はゴブリンソードマンのドロップアイテムである錆びた剣をバックパックに仕舞い、変わりに棍棒を取り出した。
「うん、
キックラビットの毛皮と肉を傷付けないために取り替えた棍棒と盾を構え、俺はキックラビットへと近付いて行く。
「ブブブッ!」
すると、キックラビットは耳と尻尾を立て何やら鳴き声を発し、今にも飛びかかれるような姿勢をとった。
「兎ってそう鳴くのか──うおっ!?」
呑気に感想を述べているのを隙とみたのか、キックラビットは地面を抉る勢いで蹴り付け、跳び蹴りを放ってきた。
寸でのところで盾によるガードが間に合うが、想像以上の衝撃に大きく後方に
「チッ! 油断したな……!」
不様を晒したことに猛反し、油断を振り払って構え直す。盾を前に突き出し、棍棒を即座かつフルパワーで振り下ろせるよう大上段に構える。
「ブーッ!」
それを見て戦意を高めたキックラビットは更に地団駄を強め吼えると、先程と同じように飛び蹴りを放ってきた。
「ッオラァ!」
俺はそれに合わせて
互いに崩れた姿勢を建て直し、再び同じ事を繰り返す。キックラビットはそれしか攻撃手段がないのか、実直に跳び蹴りをし続けて来る。
対して俺は、キックラビットの一撃に耐えつつ致命の一撃を与える方法を考えていた。
(耐えるだけなら大丈夫そうだけど、このままじゃ疲れるな。攻撃しようにも勢いでバランス崩すし、どうしたもんか……)
思考しつつキックラビットの攻撃にシールドバッシュを合わせ続ける。すると、シールドバッシュを当てたキックラビットがしばらく滞空していることに気付いた。
(勢いを殺しきれていない? 成る程、だからちょっとの間浮いてるのか……そうだ!)
良いことを思い付いた俺は、棍棒をバックパックに仕舞うと、両手で盾を構えた。
「えーっと…でこうか……ブブブッ!」
そして構えた盾から顔を出し、挑発するようにキックラビットの鳴き声を真似する。更に地面をダンダンと強く蹴ってみる。
「ッ!」
バカにしたようなその鳴き真似に、キックラビットは怒ったのか、今まで以上の勢いで跳び蹴りを放って来た。
「今だ、どっせい!」
「ギュッ!?」
そんなキックラビットの攻撃に盾を
するとキックラビットは、まるで車に撥ねられたかの様にカチ上げられた。
「隙ありッ!」
「ギュウッ!?」
そうして空中で無防備を晒したキックラビットの耳を掴み、地面へと叩き付ける。これで飛び蹴りは放てない。
「ソイヤァッ!」
「ギュッ!?」
思い切り地面へと叩き付けられ、一瞬の間気を失うキックラビット。その隙に抵抗力を奪うため、俺はキックラビットの背中に膝を乗せて押さえ付ける。
「……じゃあ、トドメを……」
「ブッブッブッブ!」
「うおっ! 暴れるなよ、やりづらいじゃないか」
必死に暴れるキックラビット。そんなキックラビットに、俺はスライムやゴブリンを殺した時以上の罪悪感を感じた。だが今はそんな事を考えている時ではない。俺はキックラビットの耳を引っ張ると、絞める用意をする。
耳を強く握り、噛まれないように口を塞いで持つ。
「キューッ! キューッ!」
「……」
命の危機を察したのか、キックラビットは絶叫する。湧き出る罪悪感を抑え付けながら、キックラビットの頭をコルクを抜くようにして捻り上げる。
「ギュ──」
ボギッ! と、首の骨が折れる音が鈍く響く。その代わりに絶叫は途絶え、辺りには静寂が訪れた。
「……ハァー……」
背中にのし掛かる俺を見つめる、キックラビットの空っぽの瞳。だがちゃんと絶命したようで、その証拠に全身からマナが吹き出し始めた。
そして俺の手元に残ったのは、姿をそのままに力無く横たわるキックラビットそのものだった。
「……え、ドロップアイテムは? ……もしかして、俺が解体する感じ? ……えー?」
突然の試練に困惑しする。現代社会に生きる、自然から離れた田舎に住む俺にとって、そもそも動物に触れることすら稀だというのに、更に一生の内に触れるかどうかのウサギを解体しろとダンジョンはおっしゃるようだ。ゴブリンを狩るより難しいんだが?
「……後にするか」
結果、俺はキックラビットをバックパックに仕舞い、解体を後回しにする事にした。