ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜 作:黒木箱 末宝
四階の全てのキックラビットを同じように狩り続けた俺は、そのまま地図を埋めて宝箱を回収していた 。
「予備のバッグを持ってきて正解だった」
そう独り言を呟く俺の左手には、ダンジョンに場違いなパステルブルーのボストンバッグが握られていた。
ダンジョンは階層毎に広くなり、宝箱やドロップアイテムも相応に数が増えていた。その事に気付いた俺はもしもに備え、姉に相談してボストンバッグを貰ったのだ。
そして、宝箱の中身はやはり前階層の上位互換だった。それでも質の良い細石に保有量の増えた鉱石、数の増えた傷薬やアイテムは、今後の探索に対して良い助けになるだろう。
簡易的な地図を書き終えた俺は、五階層への階段に到着。そのまま先へと降りることにした。
「……広いな。何だここ」
そこで目にしたのは、他階層とは違うなにも存在しない広い階層だった。
例えるなら大型スーパーの駐車場だろうか。それ程に広い階層に、俺は試しにと階層を指定して【識別】を発動してみた。
【
「休憩所……ふむ」
説明を見た俺は周囲を再度確認した。識別の示す通り、周囲には何もいないので休憩するには良いだろう。そう考えた俺は、入口側の転移陣を起動して登録を済ませると、ボストンバッグとバックパックを下ろし、壁に背を預けて休憩を始めた。
しかし、地面は硬い土。癖で取り出したスマホも繋がらない……たいした休憩にはならなかった。
水を飲んで一息着いた俺は、側に置いてあるボストンバッグからキックラビットを取り出した。解体にチャレンジするためだ。
「……内臓と皮は取っとくか……」
ビニールシートを敷き、そこにキックラビットを乗せる。バックパックからカッターナイフを取り出し、過去に見た解体方法を思い出しながら刃を入れていく。
微かに残る生き物の体温に眉をひそめながら、内臓を取り出すために腹を開く。
「……内臓が無いぞ? ──フフッ」
嫌にスカスカな下腹部を撫でるように切ると、小さな魔石と、真っ赤な空洞が現れた。
頭に浮かぶ駄洒落を流しつつ、観察を始める。
「魔石はゴブリンと同じサイズ……内臓も無いし、血も流れてこない。……俺の使わない、使いづらい物が無くなってるのか?」
試しに臭いを嗅いでみるが獣臭や血の臭いがしなかった。肛門付近ですら糞尿の悪臭がしない。
「うーん、実に都合が良い……」
そんな都合が良い現象に思い当たる節がある。
「……あ、倒した時に吹き出した
思い付けば早いもの。倒した後のモンスターを思い出せば、全てが繋がる。濃縮されたスライムゼリー。アイテムを残して消えるゴブリン。そして、血や内臓が無いキックラビット。
「ふむ……とはいえ、めんどいな」
一旦考えをよそに置いて、キックラビットの解体を続ける。
「たしか、こうだったっけ?」
そう言いながら全ての足先の表面を切り、片手で皮を持ち、もう片方の手で足先を引っ張る。すると、ビリビリと簡単に皮が剥がれて行く。手に響く心地良い感触に、生皮の剥がれたキックラビット。
「おー、上手く行くもんだな」
剥いた皮をボストンバッグに仕舞うと、俺は脂の光る肉を見た。
「……これだけデカけりゃ数日は持つな」
棍棒より大きな二本の脚肉と、それに付いたオマケを見ながら呟く。
念のために【識別】を掛けると、可食の文字が見えた。調理法や味は書いていなかったが、食べられるなら問題ないだろう。
俺は新しくビニール袋を取り出すと、その上で肉を解体して行く。大きな脚肉はポリバッグに入らないので、気を付けつつそのままボストンバッグに入れる。【ラージポケット】のお陰で直接バッグに触れる訳ではないが、気分はよくないからな。
そして、食料調達の際に必要だろうと持って来たジッパー付きポリ袋に残りのバラした肉を入れ、これもボストンバッグに仕舞う。
そして一匹目の解体を終えた俺は、そのまま二匹目のキックラビットの解体を始めた。
「はー……疲れた……」
全てのキックラビットの皮を剥ぎ終えた。だが流石に疲れたので、今日の探索を終了する事にした。
疲れから面倒だと思うが、ちゃんと着替えて除菌玉を使って消臭する。
そしてマスクとフードによって顔を隠すと、バックパックを背負いボストンバッグを手にダンジョンを出る。
「うっ……マスコミまでいやがる……」
案の定、ダンジョンから出てきた俺に向かって野次馬がスマホを向けてくる。それどころか大きなカメラを構えたマスコミまでいた。だが俺はそれに対して背中を向ける事で盗撮を妨害する。
そしてダンジョンの入口に居た管理人に帰投を報告し、ついでに聞かれたダンジョン内部の様子を撮影した画像を見せたり、解体していないキックラビットの実物を見せながら話した。
遠巻きに聞こえどよめきや、此方を見ている警察官の視線を無視しながら、俺は近付いてくるマスコミの足音から逃げる様にそそくさと帰宅した。
■
「ただいまー」
「「お帰りー」」
「お?」
現在は平日の午後。シフト的に休みではない、いるはずがない姉の声に驚く。だが姉が「昨日の続きだよ」と言う。未だに暴動手前の状況なのを察した俺は「お疲れ」と言って姉を労う。そして母に今日の成果について話をした。
「
「なに、肉? どんなの──」
「これさ」
ボストンバッグからズルリと引きずり出された、巨大なキックラビットの脚肉。
それを目にして、母は「うわッ!?」と驚くものの、即座に肉をどうするかを考え始めた。
「うーん……ま、大丈夫そうね」
「まじ? ……とは言え、家のキッチンじゃあ些か狭いぜ?」
「うん、大丈夫」
そう言うと、母は新品のゴミ袋を取り出すとシンクに敷き始めた。
「ほら、そいつをここに置いて」
「おう」
母の指示通りに袋の上にキックラビットの脚肉を置く。すると母は、包丁で脚肉を切り分け始めた。
「丸々利用しようとするから無理そうに思っちゃうのよ。こうやってバラバラにしちゃえば……ほら、いけそうでしょ?」
「おおー……確かに」
キックラビットの脚肉、その膝関節に包丁を入れ、もも肉と足先に切り分けたのだ。
そうして大きな脚肉は、焼けば直ぐに食べられるサイズまでに小さくなっていた。
「確かにデカイけどさ、これなら……四──や、八等分にすれば問題ないでしょ」
切り分けられた肉をポリバッグに入れて冷凍庫に仕舞う側ら、母はまるで生ハムの原木のようなサイズのキックララビットの後ろ脚を骨から剥ぎ、切り分け出した。
「後は私がやっとくから。大器は風呂入ってきな」
「おう、じゃあまだあるけど任せたわ」
「え!?」
その夜。母が「試しに」と、キックラビットの後ろ脚を焼いてステーキを作った。
八等分に切り分けられたキックラビットの肉は手頃なサイズで扱いやすく、焼き始めれば他の肉とは違う香ばしい匂いを放った。
ただ塩と胡椒で焼かれたそれは、油を輝かせて今か今かと此方を煽るように肉汁を溢れさせている。
「……いただきますッ!」
ステーキナイフなんてものがないため、俺はフォークでキックラビットのステーキを突き刺し、そのままかぶり付いた。
「んん! ──うんまいッ!!」
かぶり付く前から感じる旨味の空気。歯で筋繊維を断ち切る心地好い歯触りに、皿に油の泉を創ってもなお溢れ出る肉汁。
舌を包む肉の旨味は、普通なら臭みに感じる獣の臭いを肉の風味として楽しめる程に調和している。
上等な野生の兎肉。食べたことはないが、例えるならばそんなものだろうと、咀嚼すら楽しみながら考えた。
そんな俺の姿を見て、姉もキックラビットのステーキかぶり付く。
「じゃあ、私も! ──うんま!!」
「そんなに美味しいの?」
同じように美味しさに歓喜する姉。
それを見て母が疑問を口にするが、無言で向けられた肉を口にすると、同じように叫んだ。
「おお、美味しいっ!」
「ハァー……旨……あれ、ねぇぞ!?」
「ハッ、食い過ぎた!?」
気が付くと、皿に盛られていた肉が全て無くなっている。三人して無我夢中で食べ尽くしていたようだ。
しょんぼりした俺達に母が「焼く?」と問う。それに俺達は揃って頷くことで答えた。
その日、俺はキックラビットを一羽分も食べ、姉と母は二人で一羽分を食べ尽くした。少食な母でさえこれだけ食べられたのだ。その味は相当な旨さだとよく分かる。
「は~食った食った。めっちゃ旨かったね~」
「ね~。……また食べたいな~」
そう言って、わざとらしく俺をチラチラと見る姉。それに笑いながら「分かってるって」と軽く約束する。姉も「いぇーい」と喜びながら、食休みにスマホをいじり出した。
それを見て、俺も座椅子を倒して寝転がりスマホを手に(今日も疲れたなー)何て一人内心で呟いた、その時だった。
(……ん? 疲れた──いや、疲れてないぞ? 何でだ?)
不意に持った違和感にガバッと体を起こし、自身に【識別】を使って違和感の原因を探る。その考えは正解だった様で、ステータスに分かりやすく理由が浮かび上がっていた。
「あ、これか!」
「うお、どうした急に」
「いやさ、ねーちゃんも感じない? 疲れなくなってない?」
「どうしたのー?」
母に姉と同じ説明して問えば、姉も母も自身の感覚に違和感があることに気付いた様子。「え、何で?」と姉が聞いてきたので、俺はそれに笑いながら答えた。
「ゲームとかでさ、飯食うと体力増えるじゃん? あれだったらしいのよ。あの兎肉」
「まじ?」
「まじ。ステータス見たら体力とスタミナの最大値が増えてたもん」
「へー……えー……?」
「道理で体が楽なわけね」
急なファンタジーに困惑する姉。直ぐに受け入れた母。「これなら朝食えば良かったな」なんて言いながら、俺はダンジョンの未だ見ぬ可能性に興奮を隠せないでいた。