ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜   作:黒木箱 末宝

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VSスライム

「ウオオォォぉぉ……お?」

 

 大穴に入ると、まず水面に落ちたような感覚が身体を包んだ。入口を越えた先で、顔を隠すように交差した腕越しに周囲を確認しようとしたが、その瞬間、身体の底から沸き上がる不快感に襲われる。

 

(グッ……!? ……この感覚……覚えがあるぞッ! まるで“ここに居てはいけない”と感じる様な疎外感……高所に立った時とかに感じる、先へ進む事を躊躇させるような本能的恐怖……!)

 

 覚えのある感覚を記憶と当てはめ、未知なる恐怖を分解して既知へと変えていく。そのお陰か、緊張に固まっていた身体が解れ、落ち着いて周囲の観察が出来るほどの余裕が生まれた。

 

「……ははッ、やっぱりだ……!」

 

 目に映るのは、上下左右の四方を覆う土の壁と道だった。

 自然に見えて、何処か人工的な様相の洞窟。

 光源など無いのに、何故か周囲は照らされ、足元を見れば無数の影が伸びていた。

 

(……間違いない、ここは……ここはッ……!!)

 

 そして視界一杯に広がる光景に、大器はここが()()()()()()()()()()()()であったことに歓喜した。そのお陰か、沸き出た不快感は興奮で押し流されていく。

 

 人工的に掘られ、押し固められたような広い土の洞窟。

 大型のトラックが余裕ですれ違える程の広さと高さを持ち、壁面が淡く光ることで洞窟内を明るく照らしている。

 

 そんな不可思議なものに、思い当たるのは一つしかない。

 

「ここは……ダンジョンだッ……!」

 

 フィクションの存在であるダンジョンが現実に出現した。

 

 それを理解した瞬間、俺の頭が自身の持っている情報を集め、この先に起こる事態を考え始めた。

 

(ここがダンジョンならさ……モンスターが居て、それを狩れて。……それでドロップアイテムとか拾って、使ったり……()()()()して……へへへ、エヘヘへへ……!!)

 

  ダンジョン出現に伴い発生する、自身の得られるであろうありとあらゆる()()を想像し、俺はダンジョンの出現を心より歓迎した。

 

「うおぉぉぉっ! ダンジョンッ!!」

 

 妄想だと吐いて棄てた幻想の出現。

 

 変わらないと諦めていた現実の崩壊。

 

 そんな世界の変化地点であるダンジョンの出現に、俺は自身の希望溢れる未来を想像する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ、世界が被る被害は途方もないが──()()安全に戦えて、 活躍できるッ! 活躍できたなら……金がッ……稼げるッ……!!」

 

 ()()()()()()()と早とちりした思考が大きな利益にたどり着いた瞬間、自身の奥底に絡み付いていた不安の鎖が断ち切れたように感じた。

 

 社会に出て、社会に傷付けられて。

 パワハラを受け心を壊し、その結果に社会に対して不適合と診断され──会社の人間にそれを伝えたら、さらなる存在否定に合う。

 そして自身で立ち上がろうとした先では、自身の無価値さに苛まれ、そしてまたパワハラを受け、社会に潰された。

 

 もうダメだと諦めていた。そんな再出発出来なかった自分自身に対する劣等感が、悉く消え失せる様に感じた。

 

 その変わりに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、途方もない喜びが沸き上がる。自然と声も大きくなり、小躍りすらし始めた。

 

「これで変われるッ! もう不安で溜め息を吐いたりッ……眠れなくなったりしなくなるッ! 家族の視線や一挙一動に怯えたり、無駄に焦ったりして空回りしなくてよくなるッ! ウオオオオォアアアアアッ! イヤッフォーーーーウッ!!!」

 

 その目に涙すら溢れてきた。自分自身にも理解しきれていない感覚に驚く。溢れる激情や涙を抑えられず、思わず大声を上げてしまった。

 

 そして、そんな大器の大声に反応したのか、洞窟の奥の曲がり角から何かが現れた。

 その青色の何かは這って出て、俺の元へと近寄って来た。

 

「グスッ……はー……ははッ……はぁ、はぁ……あぁ? なんだ?」

 

 涙を拭い、歓喜に跳ね上がった感情を落ち着ける。

 そこに、ネチネチとした粘着質な音を立て、ズリズリと這い寄る一匹の存在。

 青く透き通ったゼリー状の体。その中央に浮かぶ、存在の核となる黒い石──魔石を持つ()()

 

「あれは……おお、スライム!」

 

 ──スライム。

 ありとあらゆるファンタジーフィクションに登場するモンスター。そんな魔物とも呼ばれる存在の一種が、大器の目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

「スゥー……フゥー……よしっ!」

 

 深呼吸することで興奮を抑え、大きな枝を右手に持ち、剣のように構える。

 左手に持っていた数本の枝を置き、その中にあった()型の枝をトンファーのように持って盾に使うため前面に構えた。

 

 スライム──登場する作品によって、その強さや性質が大きくぶれる()()()()()だ。

 

 俺は思い付く限りのスライムの特性を頭の中で並べながら、スライムと一定の距離を取って観察を始める。

 

「……ん? おーい、こないのか?」

 

 しかし、スライムは俺の前で止まると、何故かプルプルと震えだした。それに対し、俺もは威嚇も兼ねて声をかけてみた。だがスライムは、プルプルとゼリー状の体を揺らすだけでなにもしてこなかった。

 

「……反撃型(カウンタータイプ)か?」

 

 プルプルと揺れるだけのスライムを見て、大器は右手に持っている枝を左脇に挟むと、ポケットから小石を取り出してスライムに投げつけた。

 弱点であろう黒い石からは少し逸れたが、小石はスライムに命中。すると、スライムは小石を見事にキャッチし、じわじわと溶かして吸収してしまった。

 

「溶けるタイプか……」

 

 小石を吸収し終えたスライムは、次の獲物を待つかのように、じっと同じ位置で待ち、プルプルと揺れ続けている。

 

「獲物を待って、見付けたら……挑発? それで襲ってきたらくっついて……おそらく酸性の体で溶かして吸収。……罠型(トラップタイプ)か~?」

 

 試しにスライムに枝を突き刺してみる。すると、スライムからグイグイと引っ張られるような感覚が伝わり、枝を振って引き剥がそうとしても枝にくっついて離れなくなった。

 

「うわ、くっついた。……どうやって倒すんだこいつ?」

 

 枝ごとスライムを壁に投げつける。しかし、何事もなかったかのように枝を消化するスライム。

 

「……ええ?」

 

 それを見て、俺はこの先のダンジョン攻略に不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 大きな木の枝をジュウジュウと溶かして吸収するスライム。それを離れて観察しながら、俺はスライムから得た情報をスマホのメモアプリに書き込んで行く。

 

「『青い楕円形。ゼリー状の粘着質な体。中心にコアらしき黒い石、おそらく魔石。這いずるように移動し、近付いたらその場で体をプルプルと揺らす。おそらく挑発行為。相手が挑発に乗って襲い掛かりゼリー状の体に触れると粘着。おそらく酸性である成分で消化、吸収する』……ヤバくね?」

 

 実際に目にした情報を仮説で補填し、目の前に居るスライムという存在を明確化していく。

 そして出来上がった『一度捕らえたら離さない、獲物を溶かして補食するモンスター』という情報は、戦うのに二の足を踏ませるには十分だった。

 

「序盤から出ちゃダメなヤツじゃん。……まぁ、やるしかないっぽいけどさ……」

 

 木の枝を吸収し終えたスライムは、離れていた俺に向かって再び這って近付いて来る。

 観察した結果、スライムは反撃をメインとするカウンタータイプと分かった。だかしかし、最初と同じようにスライムが待ってくれるとは限らない。

 

 俺はスライムを倒すため、武器である枝の残数を確認する。

 

「曲がった枝一本と、真っ直ぐな枝二本。トンファー型の枝が二本と、Y字型の枝が一本……」

 

 武器として使えそうな枝は六本。トンファー型を盾にするとして、曲がった枝は武器としては使いづらく、真っ直ぐな枝はまだ取って置きたい。

 なので、残るY字型の枝をどうにかして使うしかない。

 

「あ、そうだ」

 

 一つ作戦を思い付いた俺は、スライムから距離を取ると枝を全て置き、その場でY字型の枝を石で削り始めた。

 

「Y字の内側を鋭利になるように割って削って、更に(そんで)、真ん中に十字の溝を彫って、窪みを作る、と……よし」

 

 そうして出来上がったのが、Y字の股の部分に窪みがある、多少鋭くなった枝だった。

 

「あとは再確認だ」

 

 加工した枝を手にスライムへと近付く。

 相変わらず、スライムはプルプルと体を揺らして挑発している様子。それを無視して、俺はポケットから小石を取り出しスライムの上に落とした。

 

 すると、スライムは落ちてきた小石を捕らえ、()()()()()()()()小石を溶かし、吸収を始める。

 

「確認完了。スライムは獲物を捕らえて溶かすまでに()()がある」

 

 遅延(ラグ)──スライムの行動に発生する、ほんの一秒程度の()

 

 それを理解してからは早かった。

 

 俺はスライムの前でしゃがみ、Y字の枝をビリヤードをするかの様に突きの構えを取る。そしてスライムのコアである魔石に向けて、枝を押し出すように突き刺した。

 

 多少鋭くなった枝先がスライムの体を切り開き、徐々に突き刺さって行く。そして想定道理に、枝に掘った窪みにスライムのコアが入った。

 このままコアを押し出そうとするが、しかしそれっきり枝の進みが悪くなった。

 

「うおっ、抵抗してやがる。そりゃするわな」

 

 コアを守るためか、スライムは体の密度を高めて抵抗を増やす。青みが濃くなったゼリー状の体が、スライムの抵抗の強さを物語っていた。

 そして、枝を突き刺してから一秒経過。枝の消化が始まる。

 

「あと少しなんだがなー……どうする?」

 

 このまま押し続けても先に枝が溶けてしまう。“押して駄目なら”と引いてみるが、スライムごと枝に付いてきて少しも抜けない。

 ならばとスライムを切るように枝を揺らしてみるが、スライムがブルンブルンと揺れるだけで何も変わらなかった。

 

「うーん、スライムをぶち抜くような一撃をどうにか……そうだ!」

 

 かつて、せめて一日を無駄にしないためにと視聴していた動画で見た、人の力の使い方とその方法。

 

「腕で押すより、足で押すッ!」

 

 足の力は腕の四~五倍程と言われている。ならば、重厚な大器の体を支え動かす俺の足は、更に倍の力を発揮する筈だ。

 スライムを地面に押し付けながら、枝の先を靴の底を当てる。

 

「ウォラァ!」

 

 踏み抜く様に枝を押し込むと、スライムからブチュっとコアが押し出され、ダンジョンの床を転がって行った。

 

「よしっ! 後は……」

 

 ブルリと震え、乾燥したクラゲの様に固まったスライムの体。それが動かないことを確認すると、転がり出たスライムのコアに近付く。

 

「うわ、まだ生きてるのか?」

 

 スライムは未だに生きていた。

 コアのみの状態にも関わらず、元に戻るためか、僅かづつ──だが確実に、コアはスライムの身体へと近付いている。

 

 このままではスライムは元の状態に戻るかもしれない。再びスライムを倒す為には、先程と同じことをする必要がある。

 しかし、耐久に不安が残る溶けかけた枝では、また同じことができるとは思えなかった。

 

 カタカタと震えて動くスライムコアを踏み潰すため、俺は足を上げ──元の位置に戻した。

 

「この靴底じゃあ壊せないよな。溶けるかもしれないし」

 

 スライムコアである魔石は、見た限りでは一センチ程の厚みがある。土の床とゴムの靴底で踏みつけたとしても、コアを傷付けるのが精々だろう。それに酸性の成分がコアにも有るかもしれない。

 

 “それならば”とポケットから石を取り出すと、スライムコアの上に積み上げる様に乗せ、その上から踏みつけた。

 

 ブルブルと足裏に伝わる振動が、スライムが抵抗している事を教えてくれる。

 しかし、そんなスライムの抵抗など一切気にすることは無く、一四〇キロを越える全体重を石にかけて、スライムコアを踏み潰した。

 

 バキッと呆気なく砕けるスライムコア。

 

 すると、砕けたスライムコアから()()()()が吹き出し、俺を包み込み始めた。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟に飛び退くが、黒い霧は俺に纏わり付き、身体に吸収されていった。

 その直後のことだった。頭の中に、無機質な女性の声が響いてきた。

 

『知的生命体による()()の吸収を確認。周囲の安全を確認中──確認。これより、対象にダンジョン適合処置を開始します』

 

「は? 適合?──グアッ!?」

 

 不意に全身を駆け巡る、細胞をひっくり返されるような不快感。僅かに痛みを感じる程度ではあるが、対応出来なかった俺は、思わず膝をついた。

 

「適合、処置ッ……身体を、作り替えるってのかッ?!」

 

 身体の外側から始まった適合処置とやらは、ジワジワと深度を中心へと深めて行く。

 

「グオオオッ!──お?」

 

 適合処置によるざらつきが心臓の奥へと進みきった時、その始まりと同様、不意に全てが治まる。

 

『対象に対する適合処置が完了しました。個体名 山城 大器(やましろ たいき)。下層次元世界侵略用防衛遊戯施設【ダンジョン】へようこそ』




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