ZOID・of the・DUNGEON〜外れ者の楽園〜 作:黒木箱 末宝
「ふー……ん、何だぁ?」
ダンジョンを出て一息ついた俺の耳に、広場の喧騒が届いた。
鳴り響くサイレントに、ちらつく赤色灯。
その騒がしさに負けない人の怒号と泣き叫ぶ声。
何かをしようと右往左往している人々を退けて、救急隊員が誰かをストレッチャーに乗せて救急車へと運んでいく。
それらを目で追っていると、ヘルメットを被りプロテクターを付けた、ジャージ姿の血塗れの人間が、顔を青白くし踞っているのが見えた。
その中には中学生にしか見えないような少年達の姿もある。周りとにた格好からするには、少年達もダンジョンに挑み、敗走したのだろう。
「……何かあったんです?」
大体察しは付くが念の為、クリップボードを抱き締め震えている巫女の葵に対し、事も無げに問いかけた。
「え……あ、お帰りなさい山城さん、御無事で何よりです。……えっとそれで、これはですね──」
葵が言うには、俺がダンジョンに入る前と後に、複数の集団がダンジョンに挑んだと言う。
そして今の広場の惨状も、その集団が犠牲者を出して這う這うの体で戻ってきた事が起因だとか。
「……ふぅん?」
それを聞き、かつ惨状を見て疑問を持つ。
何せ俺自身は、ダンジョンが出現した最初から今の今までずっと一人でダンジョンに潜り、かつ怪我は負ったものの、スライムやゴブリン相手に負けた事などなかったからだ。
故に俺は、集団でダンジョンに挑んだと言うのに惨敗した者達が
眉根をひそめる俺を他所に、葵はすがるように──どこか期待を持った目で聞いてきた。
「あの、少しダンジョンについて調べたんですけど……山城さん、傷薬──もしくは回復薬をお持ちではないですか?」
「…………」
その問いかけに俺は数秒沈黙した。
そして、葵のお願いに答えた場合の“もしも”を想像する。
遠巻きに見た限りでは、患者の怪我の内容はスライムを触ったか掴んだ事による指や手足の融解。それとゴブリンによる打撲と裂傷だろう。
打撲や裂傷くらいなら、ゴブ薬や傷薬、回復薬(小)を渡せば傷痕すら残さず完全に治るだろう。
それは一旦置いておき、俺は首をもたげる正義感を踏み潰し、怪我人を助けた後の事を想像した。
当然、回復薬なんて物を渡された者は感謝するだろう。そしてお願いを叶えてくれたことで、葵の俺に向けられる好感度も上がる筈だ。人助けは誰もが好む素晴らしい行動だからだ。
──
怪我人は見た限りでは、その数は一人や二人では済まない程にいる。なんなら今後も更に増えるだろう。もしその時にまた同じような状況になれば、一度例を作ってしまった事により、人は
当然回復薬には限りがある。手に入れるのも苦労する。だがそれを理由に断れば、一応表面上は諦めるだろう。
しかし人々はたった一度の前例を掲げ、二度目を施さなかった俺を酷く非難するだろう──いや、絶対避難する。賭けても良い。
……多少穿った見方をしているだろうが、その結果に差違はないだろう。
俺はグダグダと自身に対する言い訳を羅列しているが、結局のところ、その全てが
山城 大器という男が、ここまでに臆病で人間不審で慎重なのには理由がある。
それは俺が幼少期の頃に起きた出来事が由来する。俺も昔は今のように臆病でも、他人を見捨てるような冷たい人間でもなかった。困っている人には声を掛け、大変そうにしていたら手伝おうとする、それはもう純粋な心を持つ子供だった。
だがそれは『良かれと思ってやった事が全て叱られる』という
それと同時に、手伝いを申し出た俺以外の存在
そして山城 大器という男は、人助けする前に行動の結果を想像し、トラウマから生み出されたマイナスイメージに脅え、結果的に助けを必要とする人を見捨てたり、見なかったことにする選択を多く取るようになったわけだ。
「……ありません」
「ッ! そう、ですか……」
言われた言葉に固まる葵。その表情を見るに、嘘を付いているのはバレているようだ。
なら変に隠すのも気分が悪い。俺は正直に考えている事を伝えた。
「今は良くても後がね」
「……後? それは──ッ! ごめんなさい、私はとんでもない面倒事を……」
葵も俺と同じ考えに至ったのだろう。自身が頼もうとした事やその先に起こるトラブルを理解したのか、震えて謝ってきた。
俯く葵を見て良心が軋み痛む。しかし、それよりも直接的に自身を傷付けるであろう喧騒に脅え、俺は逃れるように葵に背を向けた。
「……それじゃあ」
「……」
体型に似合わない程に縮こまった様子の俺の背中に、葵とそれ以外の複数の視線が突き刺さり続けていた。
■
その日の真夜中の事だった。
「うおお!? なん──またかッ!」
下から突き上げるような衝撃に襲われ、俺は思わず叫んで飛び起きた。
もう三度目にもなれば慣れたもの。家具や窓が揺れていないことを確認すると、SNSを開きながらリビングに向かいテレビを付けた。
「なになになに~!?」
「またダンジョン?!」
「そうみたいだぞ?」
それと同時に母と姉が起きてくる。
慌てる母にキレる姉。その二人にたいし、俺はテレビを指差した。
「……え?」
「わー、ドラゴン……」
「……」
テレビに映されているのは、アメリカにあるシアトル州の観光地にあるダンジョン前からの中継映像だった。
その中継映像には、弾丸をものともせずに歩む魔物の集団と、火炎のブレスで周囲を焼き付くす赤いドラゴンが映っていた。
──スタンピードの発生。
過去のスタンピードと比べても無意味な程に、恐ろしい程に大規模のスタンピードが発生していた。
州兵が持ち得る武器で抵抗を続けている。しかし、抵抗虚しく弾幕を突破したモンスターに殺されてしまう。そんなパニク映画のような、何処か陳腐な光景が続く。
「……」
「うっうぇっ……!」
母や俺は黙ってそれを見て、姉は強いショックを受けたのかトイレに駆け込み吐いている。
人が死に、血肉の溢れ地面を濡らす。
そんな場景をカメラが映し、その惨状を未だにテレビに映し続けている。
放送を止めないのか、それとも
今では銃声の一つとして聞こえない映像は、モンスターの鳴き声だけが自己主張を続けている。
そして最後にカメラが映したのは、空を飛ぶ赤いドラゴンが、炎のブレスで地上を消し飛ばす瞬間だった。
中継が途切れた。テレビには茫然自失といった様子のアナウンサー達を映している。
それと同じく俺達も、なんなら世界中が沈黙している気がする程に静まった空気が流れている。
テレビスタジオでは、誰一人として喋らない放送事故が続いていた。
それを見ていち早く冷静さを取り戻した俺は、どこか他人事のように「大変ね」と呟いた。
「……大器は──」
「うん?」
「大器は、何もしてないよね!? ダンジョンにッ!」
「うーん……たぶん」
「たぶん!?」
沸き上がった不安を吐露する母に、俺はジョーク混じりに、今一緊張感の感じさせない様子で軽く答える。
俺の思い付く限りそれらしいことは無く、ダンジョン内での採取や伐採も【識別】で知る限りはダンジョン側も想定内であると分かる。
そう説明すると、母は「それならいいけど……」と言って気を落ち着けた。
取りあえずどうしようかと考えていると、緊急放送の知らせが入った。本日の朝十時に、総理による緊急記者会見が開かれるとのこと。
「……今日はもう寝るべ」
「……そうね」
「ふぅ……あれ、まだ何かあったの?」
トイレから出てうがいを始めた姉に後の内容を伝えると、俺達は明日に備えてそれぞれの寝床へと戻った。
翌朝。朝の予定を終えた俺達は、それぞれの行動を始めていた。そして、緊急記者会見が開かれるまでの間に、俺は自身の装備の手入れと手に入れたアイテムの整理を行うことにした。
そんなこんなで午前十時。テレビが総理による緊急会見の開始を知らせる。
ダンジョンが出現して以降、見慣れた様相の総理が現れると、堅苦しい挨拶に始まり、アメリカのスタンピードについて話し始めた。
その内容を要約すると、アメリカのダンジョンで起きたスタンピードが第一次スタンピードより脅威的なこと。
未知の強力なモンスターが出現したこと。
それらはアメリカのシアトル州から出てくる様子が見られないこと。
しかし、アメリカが味わっている脅威は日本にも起こりうるものであり、同じ事が起こりかねないと警告した。
続いて、日本はダンジョンに対する緊急事態宣言を発令すると発表。ダンジョンに対する三つのルールを定めた。
【ダンジョンに対する攻撃を禁止】
【故意でスタンピードを誘発させたら厳罰】
【潜るなら自己責任。でも積極的に潜って欲しい】
日本では珍しく、ダンジョンに対するスタンピードを誘発させる行為を厳罰化すると名言化されたのだった。