ネタバレなども含みますのでWeb版、原作小説3巻までの読了後推奨。

当作品は、樽見京一郎先生が連載されていた『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作品になります。

当作品はフィクションであり、実在する出来事、人物、組織等は関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。

▼あらすじ
これは、ある港町に住む一人の少年の、幼いころに起きた出来事の話。

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当作品は、ネタバレを含みますのでWeb版、そして原作三巻までの読了後を推奨しております。
もしよければ、お楽しみくだされば幸いです


『オルクセン王国史 二次創作』小さな大艦隊

 白波を模した木目の波濤を越えて、キャメロット海軍旗艦、戦列艦”ヴィクトリー”は進む。それに率いられた艦隊は美しいまでの二列縦隊を維持し、たなびく帆に、吹きかけられた吐息のような風を受け、迷いなく速度を上げていった。

 

 そして旗艦のマストには、後世伝説として語り継がれてゆく信号旗が掲げられていた。

 

 『キャメロットは各員がその責務を尽くすことを期待する』

 

 迎え撃つは当世の雄、グロワール帝国皇帝デュートネが手塩にかけて育て、更には支配下に置いた国々からも参集させたグロワール帝国連合艦隊。

 

 真っ直ぐ、槍のように突っ込んでくるキャメロット艦隊に対し、グロワール艦隊は弧のように布陣し、数で勝る砲門を手ぐすね引いて指向している。

 

 激戦。まさにそう呼んで差支えの無い海戦が始まった。下層甲板に備え付けられた36ポンド砲に始まり、中層、上層甲板の24ポンド砲が続くように火を噴く。子供の甲高い声にも似た砲声が鳴るたびに、海面に大きな水柱が出現する。

 

 海、と呼ぶにはいささかウッドな色をした水面を砲弾が揺らすたびに、その衝撃につられて各艦もその船体を大きく左右に揺り動かしていた。

 

 両艦隊が接近するほど、撃ち付ける砲弾は水面ではなく、艦の側面に吸い込まれるようになっていた。さらにはお互いの艦の乗組員が、お互いの顔を視認できるほどの距離になれば、砲だけでなく、マストに登らせた水兵、接舷切込みを今かと待ちわびている海兵たちが、マスケット銃まで取り出して撃ち合いを始める。

 

 次第に落伍し、戦線から離脱を始める艦も増え始め、この海戦もクライマックスへ進む筈であった、のだが……。

 

 「マックス! もうお昼の時間よ! お片付けして降りてきなさい!」

 

 1階から響く、嵐の様なお母さんの一声で、強制的な終戦へと向かっていくこととなった。

 

 「はーい……」

 

 今からが一番盛り上がるところだったのに。そんなことを思いながら少年は軽く返事をする。

 

 ためらいがちに視線をテーブルの上に落とせば、そこには大海戦の痕跡、沢山の帆船模型が並べられていた。彼の自慢の大艦隊、実物の縮尺を700分の1ほどの大きさにした、一隻一隻特徴の違うそれらを丁寧に箱に仕舞い込み、催促をする母の声に幾度かの返事をした後、部屋を飛び出し階段を駆け下りて行った。

 

 換気のために少しばかり開けられていた窓から、ふわりと潮風の匂いがした。

 

 

 

 王国北部、ブラウバルト州ドラッヘクノッヘン港。そこにはオルクセン王国屈指の商業港、そしてその東側には王国艦隊主力、荒海艦隊(ラウゼー・フロッテ)が本拠地とする支港が存在していた。良港、そう呼ばれるだけあって波は穏やかであり、吹いてくる海風にも柔らかさが含まれている。

 

 フィヨルド地形を利用した港であることから、ここでは港湾を底面とする深い谷のような地形が多い。船にとっては荒れた波も、吹きすさぶ風もそう気にすることの無い良い場所かもしれないが、住む人々にとっての話は別だ。

 

 湾に風が吹き込まないというのはつまり、それを防ぐための高さをした山々が港を取り囲んでいるからであり、開けた平地はそう多くなく、現地風に言えば坂道、外から来た人間から言わせれば崖のような斜面が、多くを占めている土地であった。

 

 しかし、住めば都とはよく言ったもの。住民の数と共に比例するように増えた住居は、斜面を這い登る様に、上へ上へと広がっていった。そうなるとすなわち、斜面に建てられた家の窓からは、この風光明媚な港湾と、そこを出入りする艦船がまさに一望できたのだ。

 

 そして彼、マックス少年もまた、そんな港が一望できる部屋に住む、住人の一人であった。ドワーフ族。彼の父は港にある工廠で、艦船の修理を行っている職工の一人であった。

 

 その血を引き継いでいるのか、物心ついたときから細工を作るのが同級生の中でも一等上手く、土地柄もあるのだろうか、やがてその指先は艦船模型へと傾倒していった。

 

 作っているのは主に喫水線、水面より上に見える船体と、その構造物を模した物だ。この時代は化学工業の発達著しい時代ではあったが、後の完成模型の主流素材となるプラスチックは未だ実用化されていなかったため、多くはブリキ、または木によって作られていた。

 

 当初マックス少年も買い与えられた出来合いの物で満足していたが、難しい言語を覚えることができる年齢に達したころに、それは一変した。

 

 このような艦船模型の説明書や包装された箱の外側には、まるで発売元の執念でも乗り移ったかのような、中身に関しての詳細な情報が載っていることが常であった。

 

 全長、全幅、排水量に始まり、装備された砲熕(ほうこう)の門数と配置、乗組員の数、起工された造船所、所属した部隊の名前その他諸々沢山の情報、そしてマックス少年を一番引き付けたのは、その船が辿った歴史だった。

 

 例えば”祝福艦隊”を打ち破ったキャメロット海軍のガレオン船“リヴェンジ”号。海賊船長に率いられたこの船が、強大な敵に果敢に挑んだと読んだときは胸が熱くなった。

 

 例えばセンチュリースター独立戦争時に起きた、煌々と輝くいくつもの月光で照らされた夜戦。“フェニックス”と名付けられ、奮戦むなしく拿捕の憂き目にあう戦列艦。情景を瞼の裏に思い描くたびに、夜が楽しみになった。

 

 例えば遥か道洋の地での内戦。開明な統治を望む新勢力に対して、不利な立場に置かれた旧態的な統治機構がおこなった乾坤一擲の一大奇襲。新勢力がもつ新鋭艦拿捕のため体当たり、そして切り込み(アボルダージュ)を行う外輪蒸気船。“天を回す”との意味が込められた艦の最後に目頭が熱くなった。

 

 そうなると添付された資料だけでは満足できなくなり、地元の図書館と本屋を往復する生活に突入するには時間はかからず、さらに言えばここは海の町、そういった蔵書には事欠かなかった。

 

 著名な海軍年鑑から、一水兵の回想録まで読みふけることになったことで彼の頭の中で夢想する艦艇と、今まさに手元にある艦船模型との差に、どうしても我慢が出来なくなっていったのは好事家(マニア)としての(さが)だったのだろう。

 

 ただ砲を出すための口が付いているだけの乾舷では満足できず、のっぺりとした側面には木炭の粉を溶かした墨をブラシで塗り、年季が入ったように見せる様な事をすれば、父に頼み込んで、工廠の廃材置き場から貰って来た鉄の番線を細かく加工して、木では再現しにくい操舵輪などの細かいパーツを自作することまでやり始めた。

 

 とどのつまり一言で表すならば、彼はハマったのだ。

 

 

 

 その日もいつもの様に、親の家事を手伝った対価として貰った小遣いを握りしめ、坂を駆け下っていた。目的地は行きつけの玩具屋。船舶模型に貼られている、白木でできた甲板の塗装に使っていた塗料を補充するための買い出しだった。だがそれだけではない。

 

 子供には重く感じられる玩具屋のガラス戸を開け、カウンターでパイプを蒸かしている店主への挨拶もそこそこに、店の奥に進む。テーブルや簡素な椅子が幾つか並べられた簡単な作業スペースがそこにはあつらえられていた。

 

 「よぅ坊主、遅かったじゃないか!」

 

 先客がマックス少年に声を掛けた。子供向けの玩具店には似合わない、よい体躯をしたオーク族の牡。瀟洒な皮のジャケットを羽織り、その内側には寒い海風から身を守るための起毛加工が施されていた。その下には王国海軍が正式採用している水兵(セイラー)服がちらりと顔をのぞかせていた。

 

 先客である水兵は既にテーブルいっぱいに模型のパーツを広げており、その細かい一つ一つに塗装を行っていたようだ。

 

 「おっちゃん! 今日も早いね!」

 

 慣れたようにマックス少年も挨拶を返す。出会いはほんの数か月前だった。普段は見ることの無い客が、玩具店の店主と楽しそうにお喋りしているのを見かけた。じっくりと観察してみればその客が王国海軍の水兵だと気が付き、更にその手にはマックス少年が作っている模型のシリーズ作品が携えられていた。

 

 憧れの海軍さん、そしてその人が同好の士だと分かった瞬間、子供らしい煌めきを持った眼と、恐れを知らない好奇心とを武器に、マックス少年が水兵におずおずと話しかけたのが始まりだった。それ以来、時間を見つけてはこの玩具店の作業スペースで模型を作っている水兵の元を訪れるのが習慣になってしまっていた。

 

 聞いたところによると、水兵の乗る船が、艦の前方に装備されている衝角(ラム)でクジラを突いてしまい、運の悪いことに帰還の途中に機関までも故障するといった不運に見舞われ、船渠でしばらく修理をするハメになったと言う。船はともかくとして船員はと言うと陸上での訓練や雑務やらを終えると、貯めに貯まっていた休暇をこうやって消化しているのだとか。

 

 「マックス、船が前へ進むときには砲煙は後ろに流れるんだ。だから砲を出す窓は、風下が黒く煤けてなきゃリアルじゃない。」

 

 今日はマックス少年が持ち込んだ帆船模型の素組みを見ながら、二人してこれから塗装の打ち合わせだ。

 

 水兵と出会ってから、マックス少年の趣味にも少しばかり変化があった。それまで彼が制作していたのは戦列艦やガレオン船などの帆船が主だった。それら幾つかは舷側に鉄板を貼り付けたものもあったが、ほとんどは木でできた船たちであった。

 

 しかし時代は装甲と蒸気の時代。まさに今現在湾口に並ぶ軍艦もほとんどが鋼鉄からなる装甲艦であった。しかし、舷側に十数門からなる砲列の並ぶそれまでの船に対して、装甲艦は砲塔や砲郭に収められた物が載っているだけで、のっぺりとしているようにも見え、マックス少年は好きになれていなかった。

 

 それも水兵の作る模型を見て考えが変わった。砲塔に収められていたライフル砲は光学式の照準器まで細かく再現され、命令を伝えるための伝声菅は血管の様に船全体に這わせられており、赤銅(しゃくどう)そのままの色をした部分もあれば、緑青(ろくしょう)が浮き出ている部分もあるという細かさで塗り分けられていた。

 

 マックス少年は今まで見たことが無いほど緻密に作られた模型に目を輝かせると同時に、シンプルでつまらないと思っていた船にこんなにもディティールがあるのかと驚愕した。

 

 彼のお気に入りの小さな大艦隊に、装甲艦の編入が決定されるのに、時間はかからなかった。

 

 だが、これには問題があった。今現在オルクセン海軍に所属している装甲艦の模型は、ほとんどが出回っていないのである。無論、デフォルメ化されたマックス少年よりも低年齢向けの玩具ならばあったが、彼が満足できるような緻密なものは発売されていなかった。

 

 後年、よくよく考えればあれは防諜の為だったのだろうなぁ、とマックス少年は思い返すこともあったが、当時の彼にそんなことは思いつきもせず、無いのであれば自分で作ってしまえば良いと、意気揚々と父に貰ってくる廃材の量を増やしてもらうほどだった。なんせ、模型の見本は、毎日のように見られるのだから。

 

 ハンドメイドだとしても、いつも窓から見える船渠(ドッグ)の風景から、作り方は分かっていた。パイプの切れ端から切り出した竜骨(キール)を軸に、肋骨にも見える船体フレームをくっ付ける。中には薄い木の板をカットした隔壁もどきで船内を区分けして、ここが機械室、ここが弾薬庫など外見から想像しながら配置を考える。

 

 勿論、見えない部分にも、水兵がやっていたように拘りを出す。簡易ながら家具の様なモノを配置してみたり、兵員室には釣り糸で編んだハンモックをぶら下げてみたりした。

 

 何となくの素組はでき上るようになっていたものの、何かアドバイスをもらおうと、いつもの玩具店へと足を運んでいたマックス少年だったが、この頃から水兵とはなかなか会う機会が減ってしまっていた。店主に尋ねてみれば、乗艦の修理が何となくの終わりが見え、近くで試験航海を行うまでになっていたとのことだった。

 

 仕方なく、ひとりで上部構造物へと取り掛かる。見様見真似の十二センチ砲、照準器は水兵に見せてもらったものを朧げな記憶を頼りに再現したり、アルビニー式と父から聞いた魚雷菅も初めて製作したりもした。煙は風下に流れるのだと思い出し、後部のマストは煤けている様に黒く汚く塗装し、母の裁縫箱から貰った布は艦橋に付けられている帆布張りの雨よけへと姿を変えた。

 

 そして一隻の船が完成した。船渠で見た、そしてここ最近は整備用の岸壁に移されてしまっていた船だ。砲艦『コルモラン』。

 

 

 

 その日も、いつもの様に模型を抱えて玩具店の扉を開いた。久しぶりにカウンターで店主と話す水兵を見かけ、マックス少年はパッと顔を輝かせる。そんなマックス少年を見つけて、水兵もまた笑みを返した。

 

 さっそく持ってきた『コルモラン』の模型を水兵に見せると、水兵は嬉しさを隠しきれない、驚いたような顔をした。一人で作ったのかい、どうやって作ったんだい、矢継ぎ早気味に質問してくる水兵に、経緯をありのまま伝える。

 

 「マックス、これを屑鉄から造り上げちまったのか!? たいしたヤツだ! 屑鉄、屑鉄!! まさに俺たちだ!!」

 

 水兵は、笑った。大きな声を上げて、笑った。

 

 今まで一緒に模型を作りながら水兵の話を聞いているうちに、彼の乗っている船が、窓から見える船渠で修理を行っているあの船だろうとは、何となく察しがついていた。だからこそ、彼の乗る砲艦をモデルにした模型は、真っ先に彼にこそ見て欲しかった。

 

 そこから、時間が忘れるほどマックス少年と水兵は模型について話し込んだ。途中で気を利かせた店主が、お茶とお菓子をそっと二人の元に置いておいてくれた。

 

 日が落ち、街灯がぽつりぽつりと点き始める頃合いになると、模型を大事そうに抱えたマックス少年を、水兵は家まで送り届けた。

 

 「マックス、ありがとう。俺たちを見ていてくれて、作ってくれて、ありがとう」

 

 去り際に水兵はそう言うと、美しいほどの敬礼を彼に向けた。返事も待たず、スッと踵を返し、暗い坂道を下って行った。

 

 

 興奮冷めやらぬうちにベッドに入ったが、夜明け前に目が覚めた。音が聞こえたからだ。いつも通っている港湾から、何隻もの軍艦たちが罐を焚く音が。

 

 心の底では何処かわかっていた。覚悟をしていた。その日がついに来たのだ。マックス少年はベッドから飛び起き、玄関へと向かう。両親たちにバレないよう、こっそりと動いたつもりだったが、玄関戸の前には険しい顔をした父が待っていた。

 

 こんな朝早くに黙って出て行こうとして怒られると思い、マックス少年はしまったという顔をした。そんな彼を見て彼の父は苦笑いを一つ浮かべると、マックス少年を手招きし、温かいコートとマフラー、そして手で振れるサイズのオルクセン海軍旗をマックス少年に握らせた。

 

 「外は寒い、気を付けて行くんだよ」

 

 父の言葉に一つ肯くと、着ぶくれした彼は一目散に走りだした。目指すは、外洋へと出港する船を一望にできる、海望公園。

 

 駆けると言っても所詮は子供の足。公園が見えるころには水平線は白み始め、太陽はその顔をのぞかせ始めていた。

 

 公園へと続く坂道を走って登り切れば、そこには百を超える住人たちが集まっていた。オークも、コボルトも、ドワーフも、年齢も性別もばらばらだが、みな海を進む船に向かって手を、旗を振り、戯れ歌も聞こえてきた。

 

 海を進む中に、よく見知った船を見つけた。よく似た艦影をした三隻の砲艦。あの水兵が載る、吹けば飛ぶような小さな装甲艦。

 

 人々の歓声と歌声が響き渡る中、坂を駆け登り乱れた息を落ち着かせることも忘れ、あの日、返せなかった答礼をマックス少年は返した。

 

 総勢二十六隻。オルクセン海軍が持つこの小さな、小さな大艦隊が、戦場へと征く。


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