4話を見た後に書いた『Where We Began』が、意外にも5話の内容とシンクロしたものの、今回は別の話として、アニメ5話準拠で書いています。
Pixivからの転載。
是非6話が放映されるまでにお読みいただければと思います。
その日、RiNGは大盛況だった。
急な申し込みだったし、バンド名も「燈と祥子」という、間に合わせの漫才コンビみたいな名前で、正直数人しか来ないのではないかと、燈は思っていた。そして、それでも構わないと思っていた。
愛音が「サキandトモ」で申し込んだらどうかと笑いながら言っていたが、もしその名前にしていたら、本当に観客は数人になっていたかも知れない。「燈と祥子」というバンド名は、十分すぎるほどの情報量だったのだ。
燈はかつて本名で朗読を披露しており、その時からのファンが今でもいる。MyGO!!!!!での活動もそれなりに長くなり、それで知ってくれている人もいる。
そして、MyGO!!!!!からやがてごく短い期間だけ活動していたCRYCHICに辿り着き、そこにAve Mujicaの睦と祥子がいたことを知っているファンもいる。もちろんそれは全国的にはごく僅かだが、MyGO!!!!!のお膝元であるRiNGの常連には、それなりに伝わっていることだ。
たったの数日で噂が広まり、祥子を見ようという人が集まった。そう考えれば、むしろ少ない方と言える。これが睦だったら、出演を断られていたかも知れない。祥子はこと音楽や芸能の世界では無名の存在で、それほど人気があるわけではない。
それでも人が集まったのは、単に突然解散したAve Mujicaの何かを知ることが出来るかも知れないという、ミーハーな感情だ。そういうものを祥子は好まないが、燈は気にしていない。どんな形であれ人が増えるのはいいことだとも思わないし、正直に言えば、関心がない。
今日のこのステージは、自分と祥子のためのものだ。結果として、観客の盛り上がりが祥子にいい影響を与えるのであれば、そうなればいいと思うが、それを狙ったライブではない。
祥子と燈がステージに姿を現すと、客席がしんと静まり返った。歓声も拍手もない。今から何が始まるのか、何が語られるのか、何が歌われるのか。そういう期待と不安と、秘密を共有している優越感、突然の解散への怒りや悲しみ、まだ高校生の小さな二人への心配。様々な感情が客席を埋め尽くしている。
マイクを持って、中央に燈が立つ。暗い客席に姿は確認できないが、愛音は来ているはずだ。面白いからとステージに立ちたがっている楽奈を押さえ付けているというメッセージが来ていたので、一緒に見ているかもしれない。
立希は観客の対応に忙しいが、もしかしたら少しくらいは顔を出すかもしれない。元々祥子との付き合いも長いわけではなく、どうしても見たいというほどの思い入れはないようだった。
そよはわからない。燈から伝えてはいないが、愛音が話していないとは思えない。あれだけCRYCHICに固執していたそよが、祥子のいるステージをどう思うかはわからないが、MyGO!!!!!に悪い影響を及ぼさなければと願う。
そして、客席には関係者がもう一人。
祥子を心配し、探し続け、しかし手詰まりになって絶望していたAve Mujicaのボーカルが、変装と呼ぶには心もとないメガネ一つで立っている。
祥子はもちろん、燈とも知らない仲ではない。プラネタリウムで声をかける前から、存在は知っていた。しかし、CRYCHICが解散した今、燈にとって祥子が、祥子にとって燈がどれくらい大事な、特別な存在なのかは知らない。
二人が同じ高校であるということも、つい最近知った。もっと早く知っていれば、あるいは燈より先に祥子に声をかけられたかも知れない。
かけられたとして、自分に何か出来たとも思えないけれど。
「私は、祥ちゃん……祥子ちゃんの友達で……。中学の時、少しだけ、一緒にバンドをやってて。それは私にとって、本当に大事な時間だったから……。祥ちゃんにとってもそうだったら、すごく嬉しい」
挨拶も前振りもなく、燈がマイクを通して語り始める。客席は見ていないが、祥子の方を見ているわけでもない。少しおどおどしたように、5メートルくらい先を見つめている。
客席の反応は傾聴と混乱が半分ずつ。MyGO!!!!!の高松燈を知っている人にはいつも通りの光景だが、初めて見る人は一体何が始まったのかと、困惑気味に、あるいは呆れたような笑いを浮かべてステージを見つめている。
「私は今、MyGO!!!!!っていうバンドをやってて、祥ちゃんに、今の私を知って欲しいから……。最初に、MyGO!!!!!の曲をやります。『潜在表明』」
燈は祥子を振り返らない。楽器が一つなので合図を送る必要がないのもあるし、祥子への信頼にも取れる。
元々キーボードの入っていない楽曲を、祥子がキーボード1つで弾けるようにアレンジした。二人で考えたセットリストの1曲目。
燈の朗読から始まる。MyGO!!!!!には多い入り方で、祥子はMyGO!!!!!の曲を多く知っているわけではないが、如何にも高松燈の歌だと思う。
「ねえ、僕はあのときどうすればよかった?」
選曲に深い意味はないのかも知れない。それでも、そこに何かしらのメッセージ性を読み取るのであれば、燈の伝えたい想いはきっとその一言だ。
燈が歌う。CRYCHICの時よりずっと頼もしくなった。自分の知らない燈の一面に、過ぎた時間はもう戻らないのだという寂しさも感じるが、燈の不器用な真っ直ぐさは昔のままだ。がむしゃらにやるしか出来ない。高松燈はそういう子だ。
曲が終わると、ようやく客席に拍手が起きた。感動にすすり泣く声も聴こえる。燈の歌にはそういう魅力がある。
ありがとうも言わないで、燈が話し始める。
「MyGO!!!!!は、高校で出会った愛音ちゃんがいて、楽奈ちゃんもいて……。だから、CRYCHICとは関係のないバンドだけど、歌ってる私の中には、いつもCRYCHICがあって……。CRYCHICがなかったら、MyGO!!!!!もなかった。私は歌ってなかったし、ずっと石の下に隠れたままだった」
先程より少しだけ熱を帯びた声でそう言って、燈がようやく祥子を見た。真っ直ぐ祥子を見つめて離さない。
売られた挑戦を受けるように、祥子も視線を逸らさない。見つめ合ったまま、燈が口を開いた。
「ありがとう。私を見つけてくれて。今日、一緒にステージに立ってくれて。私にとって特別な日が、祥ちゃんにとってもそうであったら嬉しい」
もう二度と演奏することはないと思ったメロディー。二人にとって特別な曲。
『春日影』
心配になるほど祥子しか見ず、真剣な瞳で歌い続ける燈の姿に、祥子は少しだけ相好を崩した。
やっぱりいい歌詞と、メロディーだ。自分で作ったものだが、祥子は歌詞によって引き出されたものだと思っている。
笑顔と涙が零れる。
今日のライブのための何度目かの打ち合わせの時、燈がこう言った。みんな迷子だったと。
祥子も今、どうしていいのかわからない。きっともう、Ave Mujicaは続けられない。そもそもどうしてあのバンドを始めたのだろう。もしそれが、変わってしまった環境によるものなら、家に帰った今、それはもう必要ないのかもしれない。
でもきっとそうではなくて、CRYCHICを作った時のような気持ちが胸の奥にずっとあって、にゃむに何度言われても納得できなかったくらい、祥子は単純に、純粋にバンドが好きなのだ。
知っている曲が終わる。複雑な気持ちで拍手を送る。
祥子が泣いているところを、初華は初めて見た。祥子にそんな感情があるとは思わなかったし、自分にはそれを引き出せない。それが、悔しい。
拍手の音が鳴りやんで、再び燈が話し始める。やはりありがとうも言わずに、客席も見ずに、独り言のように喋るのに、何故か目が離せない。
「私も、きっと変わってしまったところもあって……。でも、変わらないところもあって、祥ちゃんもそうであって欲しい。私は、もう一度始めたい。だから、今の祥ちゃんのことが知りたい。Ave Mujica、『Angles』」
燈のタイトルコールに、会場が揺れるほどどよめいた。初華とてそうだ。今日は『Ave Mujica』という文字を聞くことはないと思っていた。ましてや、燈がその歌を歌うことなど。
しかし、MyGO!!!!!の曲で今の自分を伝え、Ave Mujicaの曲で今の祥子を知る。これほど自然な流れはない。そこには何の打算もない。燈がこの曲を歌うのは、観客のためではなく、燈自身のためだ。
だから、このステージは二人のものだ。けれど、見つめ合いながら楽曲を奏でる二人を見て、込み上げてくるのは単に嫉妬の気持ちだけではない。
初華にも、もちろん音楽を愛する心があって、バンドが好きな情熱があって、今の人気とは関係なく、ただひたすら歌を歌いたい時があって。
だから、初華は思わず観客を押し退けて、1番の演奏が終わった時、最前列で叫んでいた。
「私にも一緒に歌わせて! お願い!」
祥子はチラリと客席にいる初華を確認しただけで、動揺することなく演奏を続ける。燈は一瞬驚いたようにギュッとマイクを握ってから、力強く頷いて、膝をついて手を伸ばした。
手の平が熱い。体温の低そうな子だが、まるで内に秘めた魂を迸らせるような熱を感じる。
スポットライトが当てられると、バラード曲とは思えないほど客席がヒートアップした。しかしそれもすぐに静まる。今この奇跡の舞台を邪魔してはいけない。
アドリブで間奏を長めに弾いていた祥子が、もう大丈夫かというように初華を見た。あの日以来、初めて目が合って、それだけで初華は胸が熱くなった。
第一声から涙声になって恥ずかしくなる。こんなんじゃ、ボーカル失格だ。
Aメロは初華が一人で歌って、サビから燈とユニゾンで歌い上げる。後ろからは祥子のピアノの音。
楽しいと、そう思った。
ステージに立って、燈の気持ちがはっきりわかった。
どうか、祥子も同じ思いでいて欲しい。このステージは、ただそれだけのためにある。
熱気はRiNGに置き去りにして、祥子は燈と一緒に外に出た。初華が自分もいてもいいのかという不安げな顔でついてくる。好きにすればいい。
燈が何を感じ、何を伝えたかったのか、それはわかっている。それが伝わったことを、燈もきっと理解している。
伝わった上で祥子がどう応えるのか、その一言を待つように、燈がじっと祥子を見つめている。
祥子は小さくため息をついて首を振った。
「CRYCHICは、もちろんわたくしにも大事なバンドでしたわ。それは今でも変わらない」
燈が固く頷く。
それ以上の言葉は出て来なかったし、必要とも思わなかった。祥子自身もまだわからない。ただ、ほんの少しだけ次への一歩を踏み出せた気がする。それが望んだ道かは、やっぱりまだわからないけれど。
「初華。ステージに立ったのだから、出演料を払いなさい」
睨むように初華を見て手を伸ばすと、初華は慌てた素振りでバッグに手を入れた。
「あっ、うん。もちろん!」
「冗談ですわ。今日は疲れました。二人とも、御機嫌よう」
小さく笑って、祥子は二人に背を向けて歩き始めた。
しばらくの間、大きなステージで人形を演じてきた。今日、久しぶりに豊川祥子としてステージに立った気がする。久しぶりというのは、CRYCHIC以来だ。
燈が、みんな迷子だと言っていた。
だから、迷子でもいいのかもと思える。
迷子でも進め。
自分には似合わない高松燈ズムな激情が、今の祥子には心地良い。