スターシーカー:オルクセン軍秘録   作:芝三十郎

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連載最終話。原作オルクセン王国史のネタバレを多量に含むため、原作web版完走後推奨。pixivで投稿したものの転載です。

秘密作戦「スターシーカー」は終了した。しかし、彼らはなお、星を探すことをやめない。


エピローグ:目指すべき星

 夜の闇を流星が裂いている。下から上へ、である。その人造の流星は二本の真っ赤な炎を吹き出し、爆音をあげながら空へと駆け上がっていく。一定の高度に達したところで斜めに針路を転じ、夜空の彼方へと突進していった。

 

 そこで、室内の電気がついた。その大広間に集った多くの人間たちは、灯りがつくとともに一斉に拍手した。大窓から打ち上げを眺めていたのだ。室内の装飾は一見すると中世星欧風。しかし壁には、中世の紋章ではありえない単純な記号を描いた旗がいくつも吊るされている。

 

 ここはファーラー城の内郭。約八百年前に建造された石造りの名城である。とうに本来の役目を終えた城は、鬱蒼とした松林に囲まれ、石壁に蔦を絡ませている。流星を発射したのは、城の広大な園庭におかれた発射機(ランチャー)であった。

 

 大広間の最奥、高みに設けられた席に座る最高指導者は、実に上機嫌そうである。片手を掲げて拍手に応じている。指導者が満足して手を下げると、彼の脇に控える側近が一同に対して式典の再開を告げた。

 

 三人の人間が会場の中央に歩み出る。陸軍の兵器局を束ねる少将。建築家としても知られる軍需生産大臣。そして三人目が彼、打ち上げられたロケットの開発と生産を統括する責任者にして、稀代の科学者として知られる男である。

 

 三人は足並みをそろえて赤絨毯を歩み、最高指導者の席の前で止まる。指導者は厳めしい表情と、ひょこひょことした動作で自分の席から降りてきた。追従する側近の一人が指導者に箱を差し出し、隣の者がそれを開けた。中には同じデザインをした勲章が、三つ入っている。

 

 騎士十字章。授与されるのは、英雄的な活躍をした人物のみ。非軍人にも与えられる勲章としては最上位だ。この勲章を佩用する者は、向かい合う相手が将軍や提督であろうとも、相手から先に敬礼を受ける永久の権利をもつ。

 

 指導者は少将、大臣、そして彼の順に手ずから勲章を与え、その首元につけた。三人は直立不動で厳かに授与を受ける。この帝国において、これほどの栄誉はないのだ。

 

 やがて授与が終わると、三人は一斉に指導者へ敬礼した。指導者が片手を掲げて応じると、大広間は割れんばかりの拍手で満たされた。指導者は自分の席に戻る。側近が彼に何事かを耳打ちすると、さらに上機嫌となって立ち上がり、大仰な動作で大窓の方を示した。全員がそちらを見る。再び、部屋の電気が消された。

 

 数十秒の後、室外の闇の中にチカチカとした明かりが見えた。火花は、すぐさま二本の火炎に変わる。エンジンが放つ爆音と衝撃波で、石造りの大広間が揺さぶられるようだ。また一発の発射が成功して部屋の電気がつく。再び、大きな拍手。指導者が何事かを叫ぶと、皆は歓声をあげ、シャンパンのグラスを掲げた。

 

 真新しい勲章を首に下げた男も、配られたグラスに口をつけた。そして窓の外の夜空の高みを眺める。そのロケットの行方を思った。

 

――あれでは駄目だ。あんな低い高度で変針したのでは、目指すべき星には辿り着かない。この惑星のどこかに落ちてしまう。しかし、それでいいのだ。それが正しい目標地点なのだ。

 

 男はグラスのシャンパンを残らず干した。

 

 その夜に打ち上げられたロケットは、キャメロット軍によって解放されたアルビニーの首都に降り注いだ。うち一発は、街中の映画館を直撃した。館内では一二〇〇人近い観客が自由の喜びとともに映画を楽しんでいた。そのうち五六七人が死んだと、彼は後で聞いた。五十七人は子どもだったということも。

 

 誰もが彼を褒め称え、首元の勲章が彼の喉を締め付けた。

 

 息苦しさを感じながら、彼はまた打ち上げる。それが自分の運命。他にできることはないからだ。一発、また一発。数知れぬエンジンが点火し、噴き出した爆炎が彼を包みこんだ。

 

 

 

 目の前が真っ白になったとき、彼は目を覚ました。

 

「博士、ブラント博士」

 

 知性と慈しみに満ちた声が彼を呼んでいる。彼はうたた寝していた自分に気付いた。

 

――やれやれ、年は取りたくない。六十も近くなると、退屈に耐えるのも難儀する。昔は退屈で悪趣味な式典尽くめだったのに。

 

 計画もこの段階となると、彼のような責任者に特段の仕事はない。若い管制官や計算手たちに全てを任せきり、その何もかもを理解しているという顔で見守ることしかできない。取り返しのつかない失敗でも起きない限り。

 

――失敗? するはずがない。私の仕事はいつでも完璧だ。これが終わり、私はこの国でも英雄になる。新聞やテレビにも出て。きっと勲章をもらう。拍手、そして酒。私の人生で手に入るのは、それくらいのものだ。何もかも昔と同じだ。違うことといえば、

 

 彼は、起こしてくれた婦人の顔をみた。人族ではない。小柄なコボルト女性の相貌は昔から変わらない典雅さと、いやました知性をともに湛えている。二十年以上も一緒に働いてきたが、彼女の方は魔種族だからほとんど老いるということがない。彼女の隣に立つ夫もまた昔と同じ。違うのは場所と、彼が年老いたことだけ。

 

 その彼女が言った。

 

「博士、貴方に私信が届いておりますよ」

 

 そして二つ折りにした紙を彼に差し出す。

 

「私信? どこからです」

 

 彼がまだ寝惚けていると思ったのか、婦人は微笑を浮かべた。そして優しく言った。

 

「うんと、見晴らしの良いところからです」

 

 そして後ろを振り向く。彼の目もそちらに引かれた。この巨大な室内の壁面に据えられた、いくつもの大型ディスプレイ。そこには別世界の風景があった。

 

 

 

 

 朝から――目覚めた時点をそう言っていいならだが――慌ただしい始まりになった。短い仮眠で寝惚けた頭を覚ますため、ポリエチレンのチューブを咥える。生温いコーヒーが口の中に満ちる。それを飲み干すと、次に手をつけるのは角砂糖のように切られた常温のベーコンのかたまりだ。カフェインとカロリー。それ以上のものではない。

 

 そして、さっさと配置についた。正直、俺たちはみんな少しばかりイラついている。二組に別れたクルーのうち、狭い方の船に閉じ込められている俺たち二人は、特にそうだ。細かいことが何もかも気になる。

 

 あのベーコンを、もう二ミリばかり大きめに切ることを思いつかなかった奴は誰だろう。コーヒーと一緒に温める方法を発明しそびれた間抜けは? そいつらからサインを頼まれても、俺は絶対に応じてやらないぞ。

 

 そしてもっと大事なことを思う――コンピュータは正しく動作するだろうか。ロケット噴射は、正常にいくはずだが、やはり強すぎはしないか。粉塵が舞い上がって、視界を遮るかもしれない。そのとき我らが船長は、うまくやれるだろうか? ああ、それは大丈夫だ。それだけは疑念がない。

 

 俺は船長の方をみた。白エルフとしては珍しい濃いブラウンヘア。ヘルヴェア・オストエレン船長。このアルテミス十一号の指揮官だ。俺と同じオルクセン空軍の所属で、中佐。戦闘機乗り出身だ。他の何に乗ろうが、とにかく操縦桿を握らせれば世界一の腕前と度胸の持ち主。俺はそう信じている。もちろん、他の三人のクルーも全員が同意見だ。

 

「へルヴェア」

 

 俺は声をかけた。こいつが常になく固い顔で、眉間に皺なんか寄せているからだ。実に珍しい。恐ろしく豪胆な上に冷静で、いつでも余裕綽々の女が。

 

「なんだい、イェーガー」

 

 こいつは俺をアダ名で呼ぶ。呼出符牒といってもいい。この任務にそんなものはないが。俺は好きに呼ばせていた。船長がそうだから、他のクルーも、地上スタッフまでも今ではそれに倣っている。まあ、悪い気はしない呼び名だ。

 

「知ってるか? あそこには、大きなウサギを抱いた可愛らしい娘がいるそうだ。華国の伝説なんだと。降りたら探してみようぜ。俺らと一緒に着いて来たがるかもしれん」

 

「いいだろう。じゃあ、ウサギを踏んづけないように、気を付けて降りるよ」

 

 彼女は軽く笑った。無理をしているのだとしても、そうできるなら今は十分だろう。

 

「交信再開の時間だ」

 

 俺はそう告げて、地上局との無線を繋いだ。影を抜けたからだ。すぐに音が入る。雑音がひどいが、聞き取れる。

 

<こちらヴィルトシュヴァイン。アドラー、いま何をしているんだ?>

 

 「アドラー」は、俺たち二人が乗るこの船。母船「ウォルフ」に搭載された着陸船の名前だ。大鷲と巨狼。身体が大きすぎてこの船に乗れなかった二種族をあらわしている。

 

「姿勢制御装置を点検する準備をしてる」

 

 俺は返答した。技術的なところは俺の担当だ。何せ、この船の整備と通信の主任だからな。散々苦労して、工学の修士号を取ってよかった。おかげでこの席を手に入れた。オルクセンの主要五種族から一人ずつ選ばれるクルーの中で、コボルトの代表が俺だ。実科学校のときは幅跳びで州大会の三位どまりだった俺が、いまや全コボルトの代表選手。まあ、任せておけよ。

 

<準備はいまやってもいいが、交信状態がもう少しよくなるまで点検は待ってほしい>

 

「了解」

 

<着陸用ギアを出したか?>

 

「出した。高感度アンテナを展開する」

 

<よく聞こえるようになった。点検に移ってくれ>

 

「了解。―――完了だ。そちら、どうだった?」

 

<快調だ。ウォルフとの分離を許可する>

 

「了解。ウォルフ。アドラーを分離せよ」

 

 母船「ウォルフ」側の操作で、「アドラー」は分離し、送り出された。あとは俺と船長の腕だけが頼み。任せておけ。何せ俺は、大鷲なら乗ったことがあるんだ。中将は、いま地上局の特別席で見てくれているはずだ。あの時みたいに、今回も決めてやろうじゃないか。俺は今こそ、天駆ける猟兵(イェーガー)なんだから。

 

 分離後の軌道が安定する。へルヴェアはもう操縦の準備に集中しているから、交信は引き続き俺の担当だ。地上局は尋ねた。

 

<眺めはどうだ>

 

「羽が生えたようだ。昔、似たような覚えがある」

 

<それでは、月降下軌道突入と降下操縦開始のデータを送る>

 

「了解。万事、すこぶる順調」

 

<エンジン噴射を許可する>

 

「噴射開始。噴射は予定通り」

 

<こちらから見ても、万事順調だ>

 

 母船から飛び立ったアドラーは、完璧な姿勢、完璧な軌道で月に接近する。そらみろ、彼女の腕は確かだ。あの大鷲にだって劣らないかもしれない。いよいよ、その時だ。

 

 俺は合図を待った。あの時、大鷲の背で「撃て」を待っていたように。そして、ついに号令が届いた。

 

 

 

<アドラー、着陸を許可する>

 

 

 

 

 

 逆噴射を開始した着陸船は、月面にホコリをたてながらゆっくりと降りた。当初の予定より燃料を多く使った。もともとの予定地は、上から目視すると大きな岩や石があった。そこで船長の判断でもっと平らなところを探し、そこに降りたのだ。だから静かな着地。さすがだ。腕のいいパイロットは、着陸がうまくて当たり前なのだ。

 

 さっそく地上局へ報告する。

 

「こちらアドラー。たった今、『大鷲は舞い降りた』」

 

 地上局からの返答、その後ろから歓声が聞こえた。彼らの声もその中にあったんだろうか? いくら感謝してもし切れない、ラインダース中将。その妻で、この計画の技術面を二十年かけて作り上げてきたバーンスタイン所長。

 

 そして――俺がかつて助けたあの『星』。あの作戦の存在は秘匿されているから、あいつは命からがら、たった一人でオルクセン国境まで辿り着いたと、そういうことになっている。

 

 あの後、あいつは他の救助者や、戦後にキャメロット経由でやって来た亡命アスカニア人科学者たちを率いることになった。いまやこの計画の本拠地、ツィーテン宇宙飛行センターの所長だ。その立場以上の影響力で、複雑極まりないこの計画を見事に切り回してみせた。大した奴だ。それは認めざるをえない。

 

 いくつかの手順の後、俺たち二人はついに船外に出る扉を開けた。先に降りたのは船長。まあ、いいさ。先頭を行くのは指揮官の特権ってもんだ。贅沢は言わないよ。彼女は梯子を下って行った。俺は少し間をあけてから、後に続く。

 

 梯子を下りながら周囲をみまわす。そこは砂と岩、舞い上がる砂塵にあふれた別天地だった。遠くに俺たちみんなが生まれた青い惑星が見える。それ以外の星に足跡をつける、最初の二人がこの俺たちなのだ。

 

 へルヴェアが梯子の下までついた。最初の一歩を踏み出す前に、彼女は地上と交信をとった。

 

「ヴィルトシュヴァイン、こちら船長。いま着陸船から降りる」

 

 そして着地したようだ。おめでとう、へルヴェア。俺は心の中でそう言った。彼女は交信を続ける。

 

「この一歩は、一人のエルフにとっては小さな一歩だが、魔種族にとっては偉大な跳躍だ」

 

 俺は、あっ、と思った。あいつ、やりやがったな。格好よく決めやがって。跳躍だ、なんて。俺が言ってもよさそうなセリフじゃないか。

 

 格好をつけ終えた彼女は、月面の環境について報告を地上局に送る。「月面の塵はとてもきめ細かい。ほとんど粉みたいだ」とか何とか。その間に俺も月面に降りた。

 

 やれやれ。そういえばこの女、打ち上げの時にも気取った冗談を飛ばしていやがったな。地上との通信を終えたへルヴェアに、俺は無線で言った。

 

「船長。あんた、やったな。このところ唸ってたのは、さっきのやつだろう」

 

 ヘルヴィアは宇宙服ごしにニヤリと笑ってみせた。図星だ。こいつめ。着陸前は、柄にもなく、あんなに緊張していたくせに。

 

 なるほど、今にして分かったぞ。歴史というのは、こうやって作られるのか。道理で、英雄と悪魔みたいな奴しか登場しないはずだ。この世は劇場、誰もみな役者。俺の船長は英雄になる。そう演じているんだ。でも生きている以上、誰もが役柄だけであるはずはない。みんな、そういうことだったのか。

 

 俺は、参ったよ、という気分で見上げた。満天の星だ。大気の底から見る星とはまるで違う。空気による減衰がないから、星が瞬かない。小さな星、遠い星も見える。宇宙の全てが一望できるようだ。

 

 その中に、跳びあがれば届きそうに見える大きな球体がある。あれは別の月だ。俺たちの生まれた惑星の周囲をまわる十二の月のうち、いま辿り着いたのは最も近い一つに過ぎない。

 

 なんて素晴らしい景色だ。この星空を見るために、俺は生きてきたのかもしれない。

 

―――星。そうだ。あいつも英雄になる。星、いや、ブラント博士。あんたは本物の天才だ。歴史にはそう残るだろう。悪魔に利用された悲劇の科学者、とか言って。あんたが人間の屑であることには目を瞑っておいて。

 

 俺はお前を許してなどいない。あの地下坑道を見た者なら、誰だってそうだろう。許せるわけがない。しかし――俺にこの景色を見せてくれたことについては、心から感謝する。

 

 俺は、またこの景色がみたい。次回のクルーにも必ず志願してやる。そして選抜に残るぞ。俺にはできるはずだ。もっと高くまで飛んでやる。

 

 その時、俺は気付いた。船長が俺に手を振って、注意を引こうとしている。そして自分の腕の無線ボタンを示す。お前も何か言え、ということか。俺は苦笑した。

 

 何を言ってやがる。歴史の教科書に載るのは、さっきの格好いいセリフで決まりだ。俺が何を言おうが、未来の子供たちは、月に降り立ったのがこの船長、たった一人だったかのように思うだろう。

 

 別に構わない。歴史に残らないのには慣れている。だがそれでも、伝えるべき言葉はあるはずだ。俺はそのために地上と交信をとった。

 

「ヴィルトシュヴァイン。こちらはイェーガー。カール・“イェーガー”・タウベルト少佐だ。ブラント博士はいるか? 彼に伝えてくれ。

 

 博士。ここからの眺めは素晴らしい。これぞ、(シュテルン)(シュテルン)(シュテルン)だ。ありがとう、ヴァルター。俺は、星を見つけられてよかったよ。以上」

 

 俺はスイッチを切った。船長は妙な顔をしている。そうじゃないだろ、ということだ。

 

 やれやれ、仕方ないな。じゃあ、俺も、少しは教養のついたところを見せるか。教科書に載るかは分からないが、ひとつ、決めてやれ。俺はもう一度通信をとった。

 

「ヴィルトシュヴァイン。ひとつ、忘れていた。

 

 他の星は、次のお楽しみとしよう。でもいつかは、残る十一の月にも行くぞ。その先はもっと遠くまでだ。可能性を信じる限り、未来はどこまでも開かれているんだ。俺たちは、みんな星を探す者(スターシーカー)なんだから」

 

 

 

 地上では、ブラント博士がはるか彼方の猟兵から送られた私信を受け取っていた。

 

 

 ありがとう、ヴァルター。

 

 俺は、『星』を見つけられてよかったよ。

 

 

 年老いた男の両目から大粒の涙があふれた。彼の翼はようやく、目指すべき星に辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スターシーカー:オルクセン軍秘録』

 

 

おわり

 

 

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