魔人ブウの脅威が去り、元の日常を取り戻した地球人達。
一度はブウに皆殺しにされ、ドラゴンボールの力で蘇って以降、彼等の世界ではある変化が起きた。
それは犯罪率の低下だ。ブウによって殺された所為か、はたまた自分達ではどうしようもない脅威を目の当たりにした影響か、殺人や強盗といった犯罪行為に手を染める者が明らかに激減したのだ。
これには犯罪の多さに困り果てていた警察関係者は安堵し、治安の悪い地域で暮らしていた住人は大いに喜び、平穏な生活を謳歌した。
その後も大きな争いごともなく、穏やかな時が流れる日々。皮肉なことに魔人ブウの存在が、人々に平和をもたらしたのだ。
「へへ、いい上玉じゃねえか」
「売っぱらう前に味見しても構わねえよなあ」
だが、人間が生きる以上、平和な世界は長くは続かない。幸福な日常は人々から恐怖心を奪い、生きることの尊さを忘れさせる。つまり、平和がもたらすものは何も良いことばかりではないということだ。
世の中にはこんな言葉がある、平和は人を堕落させると。
「悪く思わないでくれよ、ねえちゃん」
「恨むならこんな場所に来ちまった自分を恨みな」
その言葉を体現するかのように無防備な女性を囲み、下賎な笑みを浮かべる男達。彼等は目をつけた女性を攫っては気が済むまで貪り食い、反抗するなら暴力で屈服させ、挙句には高値で売り払う犯罪者集団だ。
今や魔人ブウの脅威は過去のもの。平和の尊さを忘れた一部の人間が、再び悪事を働くようになったのだ。
「へっへっへ…」
「今日はツイてるな! まさか自分から来てくれるなんてよ!」
そして、今日も男達は路地裏に迷い込んだ女性を前に舌なめずりし、自らの欲望を満たす為にニタニタと笑いながら近づいていく。
尤も───
「……はあー、面倒くさい…」
その女性が、よりによって
「楽しんだ後は…そこの生意気なガキと一緒に俺達の金になってもらうぜ!」
「ひぃ…!」
(さて、どうするか…)
面倒くさそうに顔をしかめる
「た、助けて…!」
「大丈夫だよ。指一本触れさせないから」
(できれば穏便に済ませたいけど、この様子じゃあ無理かな…)
ビルス星で過ごしている彼女が、この現場に居合わせた理由。
それは遡ること数時間前───
「ここが地球…か…」
悟空とベジータがビルス星で修業を始めてから一年近くの時が流れたある日のこと。ついにルージュは念願だった地球を訪れていた。
彼女の目の前に広がる大都会──"北の都"に並ぶ建物や街中を行き交う人々を眺めながらポツリと呟く。
「…不思議だ…。街並みどころか世界そのものが違う筈なのに、なんだか懐かしいような…。変な気分だな…」
世界は違えど、かつての故郷である地球だからなのか、微かな懐かしさを感じ、感傷に浸るルージュは、ただぼーっと街の風景を眺め続け───
「って、感傷に浸ってる場合じゃなーい!」
唐突に声を上げ、感傷を振り払うように頭を振る。
「センチメンタルなんてカットカット! やっと地球に来れたんだからもっと楽しまないと。それに…」
自身の右腕を見ると、銀色の金属でできた腕輪が付けられており、中心部にはめられた翡翠色の宝石が、ほのかな光を放っていた。
ルージュはその腕輪をそっと撫でながら小さく微笑む。
「やっとコレが使えるようになったんだから、時間は無駄にできないしね…」
一見するとただの装飾品にも見える銀の腕輪。しかし、ルージュにとっては何物にも代えがたい大切な宝物でもある。
腕輪を彼女に贈った人物曰く───
『これはその昔、神に仕えていた腕利きの鍛治師が製作した特殊な腕輪です。本人が言うには失敗作だそうですが…』
『失敗作…?』
『鍛治師が目指していたのは、装備した者の生命エネルギーを一定量吸収し、貯蔵する機能を備えた腕輪でした。ところが実際に完成したのは
意図しない形とはいえ、その鍛治師は装備した者を強制的に殺してしまう死の腕輪を生み出してしまったのですよ』
『ぶ、物騒な腕輪ですね…』
『ええ、全く…。ですがルージュさんの場合は別です。その異常なエネルギー量なら腕輪が先に許容量に達し、機能を停止させるでしょう。これは逆に言えば、腕輪が限界を迎えるまでは気の消費を肩代わりしてくれるということです。
おそらくは一時の間に限りますが、あなたは普通の状態で生きられる』
『…ッ!』
『今のあなたにとってはその姿こそが普通なのでしょうが、元は変身した姿であることに変わりはありません。時には肩の力を抜き、本当の意味での普通の姿に戻り、休息を取るのも良いでしょう』
『けど…失敗作でも神様の持ち物をあたしなんかに…』
『そんな些細なことを気にする必要はありませんよ。元々誰にも使われずに長いこと宮殿の蔵の奥深くで保管されていた腕輪です。そのまま埃を被っているよりも誰かの為に使われた方が製作者である鍛治師も喜ぶでしょう。私個人からの贈りものとして受け取って下さい』
限定的ではあるものの、不可能とされていた本来の姿に戻る方法を確立した唯一のアイテム。それがこの銀の腕輪だ。
神の所有物という希少性から当初は使用を戸惑っていたが、今では数十年に一度の楽しみとして活用している。
ただし、腕輪が吸収した膨大な気を処理するまでに十年単位の時間を要してしまうので、連続での使用は不可能という制約がある。
故に仕事もない完全にオフの日に合わせてこの腕輪を使うことにしている。
「さてと…。折角地球に来たんだし…」
街を見渡せば視界に入るのは美味しそうな匂いを漂わせる屋台や飲食店。
そして、サイヤ人は食欲旺盛な種族。差し当たっては……
「美味しい物をたらふく食べるとするか!」
地球の食べ物が美味しいのは周知の事実なのだから見逃す手はない。ルージュは上機嫌に鼻歌を歌いながら目に付いた屋台に足を運ぶ。
───だが、彼女は致命的な見落としていた。
「すまねえな嬢ちゃん…」
言うまでもなく、何を買うにしても必ず金銭を要求される。しかし、ルージュは地球の通貨を所持していない。
そうなれば……
「お金を持ってきてから出直してくれ」
当然、門前払いを受ける。楽しみにしていた地球のグルメツアーは、僅か一分程度で終了した。
「………お金…どうしよ…」
先程までの様子とは打って変わり、ルージュは死んだ魚のような目でとぼとぼと肩を落としながら歩き続ける。ようやく訪れた機会だというのにこんな初歩的なミスで台無しになったのだからそのショックは非常に大きい。今の覇気のない姿からは、ビルスが認める戦士の面影は欠片もない。傍から見たら街を彷徨う浮浪者のそれである。
「はあー、これからどうし───ん?」
思わぬ事態に途方に暮れていたその時、ルージュの耳に悲鳴のような声が届いた。
聞き取れた声は非常に小さく、周りの通行人は気づいていないが、ルージュはその声が何処から聞こえたのか瞬時に特定する。
「…路地裏か。……まあ、無視するのも後味悪いし、行ってみるか」
彼女は特段正義感が強い人間ではない。しかし、聞いてしまったからには無視することはできなかった。内心では面倒くさいと思いつつも、大通りに並ぶビルの隙間にある薄暗い道に向けて歩き出した。
「た、助けて…下さい…ッ!」
そして、歩いた先で遭遇したのが怪我を負った状態で走る女の子と、それを追ってきたガラの悪い男達だった。
状況を見れば彼女が一方的に暴力を受けていたのは一目瞭然。男の言動から考えても真っ当な人間ではないのは明白だった。
「オイねえちゃん、そのガキ連れてこっちに来な。そうすれば最高の快楽が味わえるぞ」
「断る。この人はあたしが連れて行く」
「オイオイ、強がりはよくねぇな。オレ達がそれを許すと思ってんのか?」
「お前らの許可なんてどうでもいい。こっちは急いでいるんだ。通行の邪魔だからとっとと失せな」
「このアマ…ッ! 下手に出ていれば調子に乗りやがって!!」
「痛い目に合わないとわからねえ──」
「まあ待てお前ら」
ルージュの態度に男達は青筋を浮かべ、怒号を上げると、黒スーツを着たリーダー格と思しき男が待ったをかける。彼はルージュに近づくと、小さく笑いながら優しい声色で喋り始める。
「血の気の多い連中ですまないね、お嬢さん。
コイツらはこう言っているが、俺個人としては女に暴力を振るうのは本意じゃない。こちらの指示に素直に従ってくれるのなら、手荒な真似はしないと約束しよう」
「この状況でそんな戯言を信じるわけないだろ。くだらない茶番はいいからそこをどきな。時間の無駄だ」
「虚勢を張るなよ、本当は怖いんだろ…? 心配せずとも部下達には俺からキツく言っておくから安心して欲しい。
だが……これ以上抵抗するのなら、こちらも強行手段を取ることになる。さっきも言ったが、それは本意じゃない」
「その耳は飾りか…? あたしはどけって言っているんだ」
「……聞き分けの悪い奴だな…」
全く従う姿勢を見せないルージュにイラだったのか、男は睨みつけながら詰め寄り、左肩を掴むと、強圧的な口調で言い放つ。
「強気の女は嫌いじゃないが限度ってのがある。
十秒やるから考え直せ」
「……………五秒やるからこの汚い手をどけろ」
「……」
「……」
「ギャア"ア"ア"───ッ!!!!」
それからきっかり五秒後、路地裏中に男達の断末魔が響き渡った。
「おいなんだ!?」
「あっちから聞こえたぞ!」
その声は大通りを行き来する通行人の耳にも入り、通報を受けた警察官が駆けつけると、白目を剥き、泡を吹いて倒れている集団が発見され、近隣の間でちょっとした騒動になった。
病院に搬送された彼等は、後にこれまでの所業が明らかになり、全員もれなく刑務所に連行された。罪のない人々を食い物にしてきた罪人に相応しい末路である。
「全く、不愉快な連中だ」
あの後、ルージュは女の子を連れて近くの交番に行き、警官に事情を軽く説明して彼女を保護してもらった。警官からは聴取がどうのと言われたが、これ以上の面倒ごとは避けたかったので、適当な理由をつけてそそくさとその場を後にした。
「…まあでも、人助けした甲斐はあったか」
そう呟くルージュの手には大量の紙切れ、地球の通貨である紙幣が握られていた。
彼女はこっそり男達の財布を奪い、金銭を拝借していたのだ。
これは言うまでもなく窃盗罪だが、ルージュからしてみれば当然の権利、迷惑料というヤツだ。寧ろ軽く小突く程度(男の尊厳破壊)で済ませてあげたのだから感謝して欲しいぐらいだ。
それに───バレなければ犯罪ではないのである。
「よーし、これで色々買える! 今日は思う存分楽しむとするか!」
厄介ごとに巻き込まれたとはいえ、これで当初の目的を果たすことができる。満面の笑みを浮かべたルージュは、軽い足取りで地球のグルメツアーを再開するのだった。
「……この時を待ち侘びていましたよ…」
ルージュが休日を満喫している一方、宇宙の彼方では、復讐に燃える男が、千人の兵士を引き連れて地球に向かっていた。
彼の目的はただ一つ。かつて自分を死に追いやったサイヤ人の抹殺である。
「さあ……復讐を果たしにいくとしましょうか…!」
ルージュが知らぬ間に、新たな脅威が迫っていた。
ルージュ
【挿絵表示】
無一文で地球に来てしまったうっかりさん。門前払いを受けた時はこの世の終わりのような顔をしていた。
悲鳴を聞いて様子を見に行った先で事件現場に遭遇。男達のクズっぷりを看破し、終始ゴミを見るような目を向けていた。騒ぎを起こしたくなかったので、穏便に済ませようとしたが、執拗に絡んでくるので無理と判断。最後のチャンスとして五秒間だけ猶予を与えた後、男達のボール(意味深)をシュゥゥゥーッ!!超!エキサイティン!!して黙らせた。
大金が手に入ってからはホクホク顔でお店を巡り、懐かしい地球の料理をこれでもかと堪能した。
食事量については……おわかりですね?
路地裏の男達
実は人身売買以外の犯罪にも手を染めていたどうしようもない連中。今回の騒動を発端に悪事がバレて警察にしょっぴかれた。
大人しく引き下がればよかったのに執拗に絡んだ所為で大事なものを失った。
ルージュ「破壊」
男のムスコ達「うわぁぁぁあああああ──ッ!!!!」
保護した女の子
偶々目をつけられ、無理矢理路地裏に連れ込まれてしまった可哀想な女子高生。抵抗する素ぶりを見せた所為で暴行を受けたが、幸い命に別状はない。
今回の事件を境に時々上の空で「お姉様…」とほのかに顔を赤らめながら呟くようになったとか。
復讐者
積年の恨みを果たす為にウッキウキで地球に進行中。
あと一日待てばよかったのに…。