無責任な、乱暴な、変則極まる病院──心有る人は皆『破茶滅茶病院』と呼ぶのであった。處がそんな非学術の病院でも、此処に来て治療を受ける者は必ず全快するので、いづれも感謝して行くのであった。その院長を宛ら活神様の如く敬い畏れるのであった。
但し、それは、トリニティ内地ではなく、近傍の小規模自治区の事で、騒々たる火薬庫の物語なのである。
『病院は破茶滅茶!院長は蛮勇!』
その院長は救護騎士団なので、医員も、薬局生も、看護婦も、事務員も、大概救護騎士団で、又小さな蛮勇家揃いであった。
『何、薬品中に欠乏したものが出来たッて。構わんよ、紅茶で黒砂糖でも溶いて飲ませろッ』
院長の流儀はそういうのであった。それで又奇態に病気が治るのであった。
場所はゲヘナ・トリニティ両学園の緩衝地帯イベリアという自治区の集まりで、病院といった處で、それは戦場式の天幕張りに過ぎなかった。未熟な小規模自治区を導くのは、主権学園のゲヘナ人にのみ委せては置けない。同じ先進学園なるトリニティ生徒が活躍しなければ駄目だ。それには先づ医術を以て彼女等を癒し、それから段々知識と資本を注入に及ぼうという、そうした美名の下に病院は建設されたので、学愛病院という立派な名まで附けられたのだけれど、それが何時しか破茶滅茶病院で通るほどに成ってしまったのだ。名誉? 不名誉? 問題には成らぬのである。
金主──病院をイベリアに建てた資本主というのは、当然ながらトリニティの行政当局で、餘り評判の良くない鬼倉という女、表看板に病院を使って、其実は大金儲けをしようという野心なのであった。
診察料。薬価。一切それは取らぬ代わりに、お礼として、近辺の勢力模様だとか、市場模様だとか、其他イベリアの軍事・経済情報を持って来させるようにして、それを溜めては持株会社に流して、その地へ参入さしめるのである。病院は実は情報屋も兼ねしめるのである。更にそうしている間に、ゲヘナを出し抜いて、イベリアをトリニティに取り込んでしまえという、却々目的が遠大なのであった。
そんな訳であるので、院長は普通のお医者さまでは役に立たぬので、救護騎士団に所属する二年生で、盾持ち前衛の荒川ヱリスというのが選ばれて来ているのであった。
『チェッ』と舌打ちを一ツして『遣付けろッ』と院長が云った時には、実際何をするか知れないので、どんな悪性の腫瘍でも、局所麻酔なんか施さずに、錆だらけの熱した匙で一気に消毒してしまうのだが、それで又不思議に治るので持っていた。
今まで治療らしい治療を受けた事の無い貧乏自治区の連中には、何をしても能く利くのであった。
黙示録の後の事である。空が赤く染まり、地に虚数仕掛けの塔が建立し、それらが全て解決した後の話であった。一時に十三人の入院患者が来た。皆それは現地生徒であった。
「や、来た来た。十三人、軽トラに積まれて来やァがりましたッ。皆半死半生なんですッて。同じような病状ですよ」
事務員が天手古舞をして前からも既に入院患者が少なからずあるのだから、忽ち寝台が不足したのであった。
此病院には蛮勇院長という名物女のいる他に、豪快少女と称する一生徒がいた。それは星村サチというのであった。実にそれは豪快な事をするので、何時しか豪快少女豪快少女と呼ばれるように成ったのであった。
「寝台が何箇足りないんですか」
「そうだなァ。五ツばかり足りないんだ」
「承知しました。直ぐ不足を補充します」
豪快少女サチは何處へやら飛んで行った。
突然一時に入院した十三人の患者。その為に五箇の不足の寝台を用意する事に就いて、豪快少女サチは忽ち成功した。何處からともなく五箇の寝台を運んで来た。
但し寝台と云っても簡単な物で、折畳みの出来るように成っている比較的小さな物であった。
「やァ御苦労御苦労。実に君は感心だ。併し、何處から工面して来たんだい」
蛮勇院長荒川ヱリスは問うた。
「まァそれは後で分かります。早く病人を寝かせましょう」
サチのいうのに従って、患者を寝台へ移した。が、直ぐと其寝台の出所は判明した。それは病院の傍にある駐車場を第一に、近辺に停まっている車両の後部座席を一時に取り上げて来たのであった。
「酷い事をする」
怒って見た處で仕方が無かった。此程度の事は、キヴォトスでは日常茶飯事であるからだった。
一体この十三人の現地生徒の患者は、如何して同じ状態に半死半生に成ったのであろうか。軽トラに載せて連れて来た小自治区の警邏にも、其原因が能く分からないらしいのであった。
「君、一体如何したんだね。この十三人は」と荒川院長は警邏に問い掛けた。
「水門近くの河原で十三人とも枕を並べて倒れていました。それは、大怪獣の毒気に中ったのだろうと考えられます。此頃ゲヘナを暴れ廻っている、あの恐ろしい大怪獣!」と、警邏は答えた。
ゲヘナにはトリニティ内地には産しない事物動物有象無象が棲んでいる。悪魔、列車砲、温泉テロリアン、飯テロリアン、妖怪足舐め、横乳の一等種がそれであるが、問題の大怪獣はそんな普通のでは無いのであった。イベリア周辺の住人で一人として其名を知らぬのであった。
『ゲヘナで悪政が敷かれると怪獣が出現する。その時にはゲヘナに必ず大変動がある』
ゲヘナの情報官が予言めいて云った事があった。
『旧文明の遺産がキヴォトスの何処かに未だ生存していたので、それが此頃暴れ出したのではあるまいか』
そういう説を立てる者は余程知識の進んだ者であった。
どちらにしてもイベリア周辺では実際恐怖と驚愕とを以て迎えられているのであった。正体の知れぬ大怪物が、突然出ては暴れて行くのであった。
それも近寄って能く全体を見たいという者は少ないのであって、遠くから見たとか。たとへ又近寄っても、恐怖に倒れて見る事を得ぬとか。その怪獣の毒気に中って昏睡して、見る事を得なかったとか。そういうものばかりなので、とてもハッキリした事は分からないのだが、各方面からの報告を総合して見ると、かのティーゲル戦車の幾倍も幾倍も大きいというのであった。
「ああ、この十三人は、問題の大怪獣に毒気を吹きかけられて昏睡したのか。や、面白い。普通の患者と違って治療するのに張合いがあるというものだ。全治したらその大怪獣に就いて研究の材料が得られるだろうからな」
蛮勇院長は常よりも緊張して治療に取り掛かるのであった。
「院長、解毒瓦斯でも吸入させますか」と医員の一人が問うた。
「なァに、十三人にそんな事をしたら費用が沢山かかるから、それには及ばんよ。片ッ端から紅茶でも飲まして置け。それで好い加減経過した處で、私が一聲怒號するよ。そうすれァ大概吃驚して目が覚めるよ」
例の破茶滅茶流で遣ッ付けるのであった。