貞操逆転世界の女子校で教師やってます   作:空想の墓場

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せーんせーにいってやろー

 体育館での騒動の後。日常の弾性力には目を見張るものがあった。

 

 伊藤先生や2組の面々が突入した後、大勢の第三者に目撃されたことで戦意を喪失したのか、曽根さんたちは驚くほどあっさりと降伏を宣言した。状況は複雑だったが、金城さんが録音データを持っていたこともあり、のちに内部で起こっていたことは職員たちの間で周知の事実となった。

 

 その時の教頭や校長の狼狽具合ときたら、思い出すだけでも笑ってしまいそうになるほどに滑稽だった。インターハイ予選を目前に控えての、それもこの学校を代表するバレー部内の不祥事。この学校もまた、以前の学校と同じように箝口令を敷こうとしたものの、そう簡単に戸が立てられないのは人の口。誰が言い出したのか、はたまた、たまたま事実に近しい噂が流れたのか。それは分からないが、体育館での出来事は生徒たちの間でまことしやかに囁かれることとなる。

 

 流石に直接僕やバレー部員たちに事件の詳細を聞きに来るような人物はいなかったが、しばらくのあいだ僕たちは遠巻きに見られることが増えた。僕がどう見られるかに関しては、まぁ、良い。丁度いい距離感を保てていると思っていただけに、少しショックを受けないでもないが、本当に気がかりだったのはバレー部員たちの方である。

 

 第一に、この事件によって無関係なバレー部員たちがいわれのない中傷を受けてしまわないかということ。加えて、曽根さんの残した計画の残滓。

 

 あの日、やはり濱野先生は生徒たちに体育館の鍵と施錠を任せて、一足先に退席していたらしい。その際鍵を任されていたのが、いつも最後まで残っていた宮武さん。金城さんが言うには、曽根さんが朝練の終わり際に突然鍵を預かると言い出したとのことだが、プライバシー問題になりうる都合、事件の詳細を生徒全員に伝えることはできない。そうなると、事情を知らない者が、普段鍵を持っていたのは宮武さんだから、彼女が主犯なのではと邪推しないかということが心配だった。

 

 しかしそれらの多くは杞憂に終わった。曽根さんたちが人に見られないよう人払いを行っていたのが、むしろ功を奏した形になる。あの場にいたのは僕たちと、数名の生徒。彼女たちにとってみても、自分たちの部のメンバーが起こしたことが広まるのは歓迎できない。したがって、『何かがあったのは確かだが、何が起こったかまでは正確に説明できない』程度の噂で抑えられた。

 

 現在、主犯格となる曽根さんと生徒複数名は自宅謹慎が言い渡されており、追ってさらなる処分が下される見込みである。彼女が学校に来ていないということもまた噂の火種となっているのだが、それはある程度仕方のないことなのだろう。さらに、体育館の施錠は教員が行うという規則を破った濱野先生もまた、安全管理の意識を問題視され、謹慎処分中である。今後、解雇となるのか異動となるのかは定かではないが、なんとなく彼女ならしぶとく生き残っていそうだなとも思う。

 

 そんなこんなで、事件に対する形式的な処置は終わり、日常生活へ。一部の生徒や濱野先生が登校してこないことを不審に思い騒ぎ立てた生徒も中にはいたが、それ以外のほとんどの生徒にとっては、実態の分からない事件よりも目の前に事実として迫ってきている中間試験の方が重要だったようで。流された噂が広がりきる暇はなかった。

 

 人の噂も七十五日というが、少し前に流行った動画がすぐに飽きられてしまうように、実際の話題の移り変わりは七十五日のそれよりもずっと短い。テストが終わったころには、広まるタイミングを失った噂は「そういえば」程度のものになり、それ自体自然消滅しかけていた。

 

 

 

 

 場所は変わって、体育館。事件以降、巡回や見通しが強化されたが、それ以外に変わったところはない。舞台の上からは、ようやく再開した部活動に体を動かせなかった分の鬱憤をぶつけている生徒たちの姿が目に入る。

 

 隣に立つ伊藤先生が、「それにしても」と、幾分か声を低くして話しかけてくる。雰囲気からして、話の内容は容易に察せられた。

 

「あの時は本当に、何が起こってるかわかりませんでした。いきなり2組の生徒たち押しかけてきたと思ったら、『体育館で喧嘩が起こってるから止めに来て』なんて。体育館は開いてないからそんなことはないって言ったんですけど、無理矢理連れて来られちゃいました。結果的には、いい方向に進みましたけど」

「いちおー保険として、誰か先生を呼んできてって頼んでたんだよー。更紗ちゃんたちだけだったら、強引に飛び掛かってきてたかもだろー」

「体育館で何か起こってる、という確証はなかったんですよね?それで何も無かったら生徒指導ものでしたよ?」

「まーそんときはそん時でしょ。何もないのが一番っていうだろー」

「その呑気さは、見習いたいですね」

「更紗ちゃん!まだ休憩には早いよー!」

 

 どこからともなくふらりと現れた金城さんが相も変わらずの調子で伊藤先生に答える。その後ろから、ドタバタ音を立てながら追いかけるようにしてやってきた宮武さん。その右腕には真っ白な包帯が巻かれている。

 

 彼女もまた、あの場で揉み合いになった際、手首を痛めてしまったらしい。試合までもう一週間そこらしかないが、彼女曰く『運動している人間は代謝が良いから試合までには治る』とのこと。自分で教えたことをそのまま返されてしまったのでは、こちらとしても反論の余地はない。無理はしないように、と一言添えて、彼女の自主性に任せることにした。

 

 しかし、やはり心配なものは心配で。伊藤先生が包帯の巻かれた腕に痛ましげな視線を送りながら言う。

 

「宮武さん、その怪我……。大丈夫なんですか?」

「へーきへーき!もうほとんど痛くなくなったし。どっちかというと、怪我よりも大会がどうなっちゃうのかなーって不安」

 

 濱野先生が謹慎処分を受けてしまったせいで、バレー部には現在顧問がいない状態。一応副顧問の先生がいるにはいるが、やはり指導者として見ると数歩劣ってしまう。事実上、大会出場が宙ぶらりんのままになってしまっていた。宮武さんはやや不安そうに瞳を揺らしながら。

 

「問題を起こした部活が連帯責任で大会出場を辞退します、みたいなことよくあるじゃん。あれになっちゃうんじゃないかなーって」

「どうでしょう。最近はそういった事例は少なくなっているそうですが……。単純に監督不在でエントリーできない、ということの方が可能性としてはありそうですね」

「そんなのヤダー!どうにかならないの!?」

「宮武さん落ち着いて。代役は、なんとか僕たちで当たってみますから」

「ホントに?約束できる?」

「はい。約束します」

 

 「やったー!」と歓声をあげながら練習へと戻っていく背中を見届けて。気付けばいつの間にか金城さんもすでにこの場を去っていたようで、体育館を二手に分かつネット越しにひらひらと手を振っていた。

 

 改めて、舞台の上で伊藤先生と二人きりになる。すぐそばに生徒たちがたくさんいるのに二人きりという表現もおかしいとは思うが。

 

 しばらくの間、沈黙が流れた。先ほどから伊藤先生が何かを言いたそうに手を上げたり下げたりしては口を閉ざしている。視界の端にチラチラ映るそれにつられて振り向けば、ちょうどこちらを見ていた彼女とばっちり目が合ってしまった。

 

 「あっ」と声を漏らして気まずそうな様子を見せたが、こうなっては仕方がないと覚悟を決めたのか、顔を両手で軽く挟み、真剣な表情を作って言う。

 

「今野先生に、言ってやろうと思っていたことがあるんです」

 

 普段より少しだけ強い語気と、眉尻を吊り上げた初めて見る面構え。その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えて、騒がしい体育館の中で彼女の声だけがはっきりと聞こえる。

 

「一人で抱えこまずに、もっと周りを頼ってください。女性には言いづらい悩みもあるとは思いますが、男とか女以前に、同じ職場の仲間じゃないですか」

 

 その言葉が、やけにストンと胸の奥に落ちた。性別以前に。それは今まで、あまり意識してこなかったもので。なぜ思い浮かばなかったのだろうとかえって不思議に思った。一人の人間として向き合う前に、性別が異なるというだけで伊藤先生をはじめとした教員の方々と壁を作ってしまっていたことを、僕は今初めて自覚する。気にかけてくれる人は最初から近くにいたのに。

 

 異性だから、味方にはなってくれないと思っていた。理解してくれないと思っていた。頼ってはならないと思っていた。僕が体育館に向かう前、何を考えていたか。

 

 ――()()()()逃げられる。そうやって、知らず知らずのうちに女性というだけでその人のすべてを侮っていたのかもしれない。いや、”かもしれない”ではなく、侮っていた。前世で接してきた女性のイメージ、前回も何とかなったから、今回も何とかなるだろうという軽率な気持ち。それらが確実に心の奥底にあった。

 

 そんな気はなかった。と言ってしまえたら。それが一番の問題点だというのに、なんて偉そうに考えていたのは僕自身だ。

 

 性別で能力を測り、壁を作る。この考えが、余計な軋轢やイメージと実態の齟齬が引き起こす問題の原因となってきたんだと。前世の世界であれば事実として身体能力の差があり、それによるできるできないの差はあったが、この世界の僕たちには、身体能力をはじめとして他の能力もはとんど差はない。ならば、本当の意味での男女平等が得られるんじゃないかと夢想する。

 

「……はは」

「えっ?わ、私、何かおかしなこと言いましたか?」

「いえ、全く。むしろ、すごくためになることをおっしゃっていましたよ」

「それもそれで……。そんな大層なこと、言ったつもりはないんですけど。」

 

 先ほどまでの勇ましい顔つきが嘘のように崩れ、伊藤先生はいつものような困り笑いを浮かべる。少し頼りなさそうだと思っていたけれど意外と芯の通ったところがあるんだなと認識を改め、そしてこれもまた勝手なイメージだったんだなということに気付く。

 

「じゃあ、一つ相談を」

「へぁ!?はい!な、なんでもどうぞ!」

「謝りたい人がいるけど、相手はたぶん全然気にしてなさそうなときって、どうします?」

「え?それは……謝りたいなら、謝ればいいと思いますよ?そういうのって結局、自己満足じゃないですか」

「そうですか。……本当に、人に話すだけでこんなにはっきりと道が見えるものなんですね」

「えっと、お役に立てたみたい、です?」

「はい。それはもう」

 

 伊藤先生に一言断りを入れてからこの場を離れる。遮るネットをくぐり、練習に励むバレー部の一人に声をかけて、あの子を呼んでもらった。

 

 こちらにゆっくりと歩いてきた宮武さんが、不思議そうに僕を見つめる。さっきまで話していたのに、まだ何かあるのかといった表情。

 

 ほぼ同じ高さの視線が交錯する。気恥ずかしさでそらしてしまいそうになるのをぐっとこらえて彼女を見つめ、緊張を和らげるための吐息を一つ。その後、腰を軽く折り曲げて、彼女に謝罪の言葉を送った。

 

「宮武さん、すみません」

「へ?」

「体育館に押し込まれたとき、ついあなたを疑ってしまいました。そのことを謝りたくて」

「……ふっ、あはははは!」

 

 彼女が思わずといったように吹き出した。なんとなく、マジかこいつといった目で見られている気がする。それなりに覚悟を決めてきたというのに、笑うなんてあんまりじゃないかと顔をあげれば。

 

「相変わらずクソ真面目だね、英人君」

 

 笑い過ぎて目じりに溜まった涙を拭いながら。

 

「まぁでも、そういうところが好き、なんだけどね」

 

 そんな、いつも通りの表情ではにかんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、ここは私がメインヒロインになるところだと思ったんですが」

「あちゃー。伊藤先生(イトセン)、イベントフラグ回収し損ねたなー」

 

 




 当初のプロットだと5,6話くらいで終わらせる予定だったので、完結を急ぐあまり書ききれなかった部分もありますが、ひとまずこれで完結という形にさせていただきます。

 もしかしたら番外編があるかもしれないしないかもしれない。
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