「姫様、聞いていますか?」
王女様の穏やかな声が響く。
俺は「はいはい」と軽く相槌を打ちながら、目の前の林檎にかぶりついていた。
シャクッ
「おっ、これすごい刺激的な味だな!」
舌の上でピリッとした感覚が広がり、ほんのり甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「新しい王妃からの差し入れですよ」
「へぇ~、王妃様も気が利くじゃん!」
俺はもう一口ガブリといきながら、王女様の話を聞いている……フリをしていた。
「……姫様、先ほどの発言についてですが」
「んぐっ!? なんの話?」
俺が口いっぱいに林檎をほおばりながら聞き返すと、王女様は少しだけ目を細めた。
「新しい王妃の方に対し、『魔女みたい』と発言されましたね?」
「あー……言った気がする!」
「ですが、魔女という言葉は蔑称です。敵対するつもりがないのなら、そのような呼び方は避けるべきです」
「えっ、そうなの?」
言われてみれば、確かにファンタジー世界の「魔女」って大体悪役ポジだよな……。
「うーん……反省します!」
「……反省しながら林檎を食べるのは、お行儀が悪いです」
「……あっ」
俺はようやく、王女様の前でモグモグしながら話を聞いていた自分の行儀の悪さに気付き、慌てて口を押さえた。
「ご、ごめん!!」
王女様は呆れたように微笑みながらも、優しく頷いた。
「分かればよろしいのです」
ちょっとだけ反省しながら、俺は残った林檎を最後まで美味しくいただいた。
そんな時だった――
バンッ!!
扉が勢いよく開かれ、騎士たちが駆け込んできた。
「緊急報告!! 小人の国が、我が国に向けて進軍を開始しました!!!」
「小人……?」
俺は思わず首をかしげる。
「規模は軍が七つ! 明らかに全力での侵攻です!!」
「は?」
七人じゃなくて七軍!?
俺の脳内に、白雪姫の七人の小人が思い浮かぶ。
「白雪姫のストーリーが始まってる? いや、七人じゃなくて七個軍って滅茶苦茶じゃん」
俺はのんびりと呟いたが、周囲の騎士たちは深刻な顔をしている。
「小人は個人単位での戦力は小さいとはいえ、これほどの数では……」
「くっ……このままでは国境が……」
みんな緊迫した空気になっているが、正直俺はまだ実感が湧いていなかった。
「続報です!」
別の騎士が駆け込んできた。
「小人の国が、姫様が王女様にプレゼントした鉄資源(巨大ゴーレムの残骸)を強奪したとのこと!!」
「……は?」
俺の頭の中で、プツンと何かが切れた。
――あれ、俺がプレゼントしたやつだぞ!?
「ちょっと待て、それを勝手に持ってったってこと?」
「はい。配置していた戦力では抵抗も難しく……。撤退するしかありませんでした」
「……許せねぇ」
俺は立ち上がった。
「よし、迎撃してくるわ」
俺が拳を握ると、周囲の騎士たちが「おおっ……!」と息を呑んだ。
王女様が静かに俺の目を見つめる。
「姫様……気を付けてくださいね」
「もちろん!」
こうして、俺は小人軍をぶっ飛ばすため、出撃することになった。
豪華な馬車が、戦場のど真ん中に停止した。
俺が乗ってきた馬車だ。
周囲には、王宮の近衛らしき騎士たちが整然と並んでいる。
そして――
「よっこいしょっと」
俺は馬車の扉を開け、優雅に降り立った。
空をチラリと見上げると、ほんの少し胸がざわついたが……もう大丈夫。
しばらく馬車は手放せないけど、それはそれでアリだな!
前方に広がる小人軍の陣形を、俺はじっくり観察する。
「……めっちゃいるな」
騎士たちが言っていた通り、七つの軍勢が揃っている。
小人とはいえ、規模がデカすぎる!!
彼らは身の丈が人間の半分程度しかないが、そのぶん機敏に動き、重装甲の兵士までいる。
それに、俺が王女様に贈った巨大ゴーレムの鉄資源を持ち去ったことで、
彼らの装備は妙にピカピカしている。
「……あれ、俺のゴーレムの鉄で作ったやつじゃね?」
見れば見るほど、俺がプレゼントした鉄が流用されてる気がしてきた。
――めっちゃムカつく。
「……ま、いっか」
俺は深く息を吸い込み――
「ふぅぅぅぅぅぅううう!!!」
小人軍に向かって、勢いよく息を吐いた。
ゴオォォォッッ!!!
くしゃみほどの威力はないが、それでも凄まじい暴風が吹き荒れた。
「うわぁぁぁぁぁ!!?」
「ぎゃあああああ!!?」
小人軍の前列部隊がまるごと転倒。
盾持ちの歩兵も、槍兵も、重装兵も、全部吹っ飛んだ。
指揮官が必死に叫ぶ。
「な、なんだ今のは!? く、くじけるな!! 前進しろ!!」
しかし、小人軍はそれどころではなかった。
「無理だ!! 風が強すぎる!!」
「これ、普通に攻撃されるよりキツい!!」
誰も前に進めない。
俺は腕を組みながら、ドヤ顔で小人軍を見下ろした。
「どうした~? お前ら、侵攻するんじゃなかったのか~?」
挑発的に言ってみたが、どうやら本当に動けないらしい。
近衛の騎士が進み出て、改めて宣言した。
「これ以上の侵攻は、王国への敵対行為と見なす!! 速やかに撤退せよ!!」
――ここで終われば、平和的解決だった。
しかし。
その時だった。
「……へ?」
俺の鼻がむずむずしはじめた。
久々の野外、そして強風。
舞い上がる大量の埃と砂ぼこりが、俺の鼻を刺激してきた。
「……あ、ヤバ……っくしゅん!!!!」
ズドォォォォォン!!!!
俺のくしゃみと同時に、隣の何もない平野が一瞬で抉れた。
地面がえぐれ、大量の粉塵と衝撃波が発生。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
「ぎゃああああああああああ!!!!」
小人軍が爆風に巻き込まれた。
死者こそ出なかったが、怪我人は続出。
鎧はへこみ、剣は吹き飛び、みんな土砂まみれになって転がっている。
俺は鼻をすすりながら、呆然と小人軍を見つめた。
煙と砂ぼこりが晴れた頃には――
小人軍は、完全に戦意を喪失していた。
「も、もうダメだ……」
「くしゃみだけで、こんな破壊力……」
「勝てるわけがない……!!」
指揮官が唇を噛み締めながら、白旗を掲げた。
「我々は、降伏する……」
戦場が、静寂に包まれた。
俺はようやく事態を理解し、思わずポツリと呟いた。
「……あれ、俺、勝っちゃった?」
こうして、小人軍との戦いは、俺のくしゃみ一発で終戦した。
続く。