王宮の生活は、今日も最高だった。
美味い飯、極上の風呂、そして王女様との優雅なティータイム。
どれもこれも俺の心と体を満たしてくれる。
「ふぅ、幸せだなぁ」
そんな俺の日常を、数日間、ある奴が遠巻きに見ていた。
そして――ついに、堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減に何か仕事しろよ!!」
突然、勇者の怒声が響いた。
「王女様だって慰問に行ったり、会議に出たりして仕事してるだろーが!!!」
俺は、紅茶を飲みながら面倒くさそうに勇者を見た。
「うっせーなー……」
確かに、最近は食っちゃ寝してるだけだったが……。
――まぁ、でもこの勇者って、重力の女神様(※俺の勘違い)の勇者っぽいし、相手してやった方がいいのか?
そう思いはするが――
俺は、ごろりと寝転がった。
勇者の顔が引きつる。
「お前、本気で動く気ねぇのか!?」
「うん」
「開き直るな!!!」
そんなやり取りをしていると、次の講義のために女官がやって来た。
「姫様、今日の講義は『牛の品種改良』についてです」
女官は俺を見て微笑んだ。
「それにしても、姫様……少しふっくらされましたね。可愛らしいです」
――は?
俺の脳が一瞬停止する。
「えっ……?」
ゆっくりと、己の体を見下ろす。
確かに――
ちょっと腹周りが柔らかくなってる気がする!?
「……」
俺は、ゆっくりと両手で腹をつまんだ。
――つまめる!?
俺のドラゴンの本能的な何かも、脳内で大騒ぎしている。
(待て待て待て待て、俺、太ってく最中なのか!?)
まさか……王宮生活の快適さに甘えすぎたせいで!?
ふっくらされて可愛らしいとか言われてる場合じゃねぇ!!
俺は、勇者が立ち去ろうとするのを見て――
ズビシィッ!!!
勇者の肩を掴んで、物理的に押し止めた。
「ひゃっ!? なんだよ、急に!!」
俺は、真剣な目で勇者を見つめ――
「一緒に仕事しに行こうぜ!!」
そう宣言した。
「えっ、おま――ちょ、何すんの!? ぎゃああああ!!?」
俺は、勇者をひょいっと抱え、中庭へ向かう。
「どこ行く気だよ!!?」
「仕事!」
「急すぎるわ!!!」
勇者が騒ぐ中、俺は中庭で助走をつけ――
バサァッ!!!
飛んだ!!
「うわあああああああ!!!???」
俺は、勇者を抱えたまま、地表から100メートル程度の低空を飛行した。
「たかっ!! たかすぎっ!!」
勇者が絶叫するが、俺は聞いてない。
というか、俺も余裕がなかった。
(……絶対に空は見ない!!)
前回の宇宙体験がトラウマになってる俺は、高度を上げすぎないように必死だった。
結果として、俺の飛行は低空で超高速。
ソニックブームこそ発生しないが、めちゃくちゃうるさい。
勇者が泣き叫ぶ中、俺は目的地へ一直線に飛び続けた。
「うぎゃああああああ!! たかい!! はやい!! おろせえええ!!!」
「うるせぇな、落とすぞ」
「ぎゃああああああ!!!」
勇者が絶叫しているが、俺は気にしない。
目的地は――魔王軍に完全に滅ぼされた国。
着地すると、そこには異様な空気が漂っていた。
「……」
勇者も、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになる。
見るからに、死者の怨念が渦巻いているような雰囲気だ。
「ここ、人間が……誰もいないのか……?」
勇者が真剣な表情になり、辺りを見渡す。
そして、奥に見えるのは――
呪われた武器と防具を装備した黒騎士たち。
俺が以前戦った連中の再編部隊らしく、魔王軍本隊から補給を受けて、今まさに訓練中だった。
俺は、ニヤリと笑った。
「なぁ勇者。お前、もうやる気出た?」
「……当たり前だ」
勇者は、戦士の目になっていた。
「よし、じゃあ――突撃だ!!!」
バシュッ!!!
俺たちは、黒騎士たちの指揮官へ猛突進!!
俺を見た黒騎士指揮官は、敵意を剥き出しにする。
「また貴様か……! ここは魔王軍の領域!! 貴様などに――」
「格付けはもう済んでる」
俺は、指揮官の言葉を遮った。
「俺とお前の実力差は明らかだろ? だから、戦う相手を変えてやるよ」
指揮官の顔が歪む。
「何……?」
俺は、指揮官を指差し――
「お前、勇者と戦え。生きてたら再戦くらい考えてやるよ?」
完全に上から目線で言い放った。
「……言ってくれるな」
黒騎士指揮官が、剣を構えた。
「いいぜ……かかってこい!」
勇者が、同じく剣を構える。
そして――
「ハァッ!!!」
戦いが始まった。
最初は、黒騎士指揮官の圧倒的有利。
だが、勇者は戦いから学ぶタイプだった。
戦闘経験を積むほどに、成長する。
剣の軌道を読み、回避が早くなり、動きが鋭くなっていく。
そして――
勇者は、徐々に指揮官と互角に近づいていった。
「さて、俺もやるか」
勇者の戦いを横目に、俺は黒騎士たちに向き直る。
「さぁ、お前ら全員まとめて――かかってこい!!」
黒騎士たちが一斉に襲いかかる。
が――
俺は、余裕たっぷりに笑った。
「――遅い」
ドカァァァン!!!
俺の拳が、黒騎士たちを吹き飛ばしていく!!
最初から圧倒的優勢。
俺の蹂躙が始まる。
……だが、その時だった。
地下から、異様な気配が漂ってきた。
悪魔でも、地母神(女神様)でもない、別の何か。
「……?」
俺は、違和感を覚えて足を止めた。
その頃――天界では、地母神(女神様)が絶叫していたらしい。
「濡れ衣ぅ!! 私わるくない!!」
が、客観的に見て、俺と同じくらい悪い。
そして、はるか地下深くから感じられる怒り――
それは、最近まで重力も担当していた冥府の神だった。
冥府の神は、黒騎士たちに無残に殺された死者たちへ復讐の機会を与えた。
「……え?」
気づけば、黒騎士たちは――
死者たちの怨念に襲われ、目の前に俺がいるのに怨念だけに集中している。
「…………」
俺は、戦うのをやめ、戦いを見守ることにした。
(どっちかに加勢するの、空気読めてない気がするし)
怨霊に勝つ騎士もいたがすぐに別の怨霊に襲われる。
指揮官を除く黒騎士が全滅するまで、たいした時間はかからなかった。
しかし、問題はここからだった。
死者たちは、冥府の神への義理を果たすため、
黒騎士たちの死体に乗り移り――
俺に襲いかかってきた。
「……マジかよ」
こいつら、先ほどの黒騎士とは比較にならないほど強い。
だが――
「……なら、俺も本気で相手するか」
俺は、ふざけるのをやめ、真剣な戦いへと移行した。
結果、黒騎士たちの体に入った怨霊化たちは俺に敗れ――
満足げにあの世へ帰っていった。
戦いの後――
最初に感じた「死者の怨念が渦巻いているような雰囲気」は、完全に消えていた。
地下深くからの怒りは、少し穏やかになってる気がする。
「……死んだ人担当の神様が、なんかいい感じに解決したんだろうな」
俺はそう呟きながら首を傾げる。
そこへ、指揮官に深手を負わせた勇者が戻ってきた。
指揮官は逃げたが最初の実力差を考えれば大勝利だ。
「……まぁ、とりあえず」
俺たちは、放置された遺体を埋葬することにした。
ドラゴンの力で穴を掘り、勇者の速度と力で埋めていく。
黒騎士の死体は雑に埋めたけどな!!
続く。