夜。
俺は珍しく眠っていなかった。
理由? いや、なんとなく。
神殿の中をふわふわと浮遊しながら移動し、女神様(地母神)の巨大な像を掃除していた。
「おっ、こうやって磨けばピカピカになるじゃん」
手を動かしながら、どこか気分がいい。
天界では――
「このドラゴン、良い心がけをしてるじゃない!」
女神様(地母神)がドヤ顔で頷いていらしい。
「まあ、いろいろやらかしてるけど……でもこれで許してあげるわ! 私は心が広いから!!」
女神様(地母神)は満足げに腕を組みながら、冥府の神から届いているクレームを見なかったことにしていた。
朝になり、俺は神殿の外へ出た。
大きく伸びをして、ふと空を見上げる。
そして――
「ん? あれ、なんだ?」
空に―― 浮かぶ島 があった。
「……は?」
昨日、宇宙に飛びかけた時に見た天界ほどの規模はない。
けど、それでもデカい。
「おおおおおお!! なんか……」
「……空飛ぶ島!!」
まじか、俺、こういうの大好きなんだが!?
感動して見上げていると、目をしょぼしょぼさせた美ショタ勇者と、徹夜明けとは思えないほど元気な生意気勇者が現れた。
「なんだよ、朝から騒がしいな……って、うわ、マジか」
生意気勇者も空を見上げ、驚いたように目を見開く。
「……あれが魔法大国のある大陸だ」
「あれが!?」
俺は素直に驚いた。
「いや、大国って割に……あんなに狭くて大丈夫なのか? 農地足りるのか?」
食料問題は大事だ。人間は肉と野菜が必要だからな。
「そんなこと、俺たちが知るわけないだろ」
生意気勇者は呆れた顔で答え、美ショタ勇者も苦笑する。
魔法大国が強い国だってことは知ってるが、詳しいことまでは知らないらしい。
俺はちょっと行きたいと思いはしたが、今は王女様の国に帰るのが先だなと決めた。
空に浮かぶ島への興味を残しつつ、俺は飛翔した――。
俺は王女様のいる国へ帰還中だった。
勇者たちは仕事があるらしく同行せず、俺はひとりで飛行していた。
「やっぱ空を飛ぶのはいいなー」
高度は控えめ、音速は超えず、ゆったりとした飛行。
空を見上げると少しドキドキするが、このくらいの高度なら問題ない。
そんな時――
前方に、妙な影を見つけた。
「ん?」
空を飛ぶ魔女。
年齢は十代後半ってとこか。
でかい背負い袋を抱え、箒に乗って飛んでいる。
……って、なんかやたらフラフラしてね?
よく見たら――
鳥型の悪魔に攻撃されているじゃねぇか!!
「おいおい、墜落するぞ!?」
とっさに速度を上げ、魔女の元へ向かおうとした――その時。
「来ちゃダメ!!」
魔女が泣きじゃくりながら叫んだ。
俺は一瞬、動きを止める。
「……え?」
なんで止める?
助けなくていいのか?
……いや、違う。
魔女は、俺を助けようとしている。
鳥型悪魔に攻撃されながらも、自分が囮になって、俺を巻き込まないようにしようとしている。
――この状況でそんな余裕あんの!?
正直、呆れた。
が、それと同時に――
「――いいねぇ、そういうの」
ちょっと気に入った。
とはいえ、気に入ったからって放置するわけにもいかない。
鳥型悪魔は、すでに俺に気付いていて、魔女を攻撃しながらも警戒している様子だった。
「おい、そこの鳥野郎」
俺はニヤリと笑い、拳を握る。
「そろそろ、俺が相手してやろうか?」
悪魔の目がギラリと光った。
そして、俺に向かって突進してくる。
「よし、来い――!」
ドガァァァン!!!
俺の拳と悪魔の突進がぶつかり、空中に衝撃波が広がる。
が――俺が圧倒的に優勢。
悪魔の羽がぶるぶると震えている。
「どうした? さっきまでの勢いは?」
そう挑発した瞬間、悪魔は一旦距離を取ろうと飛び去ろうとする。
「逃がすかよ!」
追いかけようとした――その時。
バキィィィン!!!
「え?」
魔女の箒が――折れた。
「お、おおおおおおお!?!?」
魔女の体が、真っ逆さまに落下していく。
俺はすぐさま飛び込み、片手で魔女を抱え、もう片手で悪魔を掴んだ。
そのまま、王女様の国の神殿前に不時着気味に着陸。
悪魔はクッションにしてやった。
「ふぅ……」
俺が着地した途端、待ち構えていた大神官とその部下たちが駆け寄ってきた。
「おお! 悪魔め!!」
清水をぶっかける!
「女神様の加護よ!!」
祈る!
「くらえええええ!!!」
そして、肉弾戦開始。
え、ガチの殴り合いするんだ!?
悪魔が悲鳴をあげ、じわじわとダメージを受けていく。
「ほう……国王の聖剣より時間はかかりそうだけど、倒せそうだな」
悪魔を地面に押さえつけながら、俺はぼんやりと大神官たちの奮闘を眺めた。
……その横では、さっきまで助けた魔女が、俺を見上げたまま――
「…………」
ガチガチに凍りついていた。
「あ?」
なんだ? そんなにビビらなくても――
って、こいつ、俺の正体に気付いてなかったのか!?
魔女の視線が、俺の角と翼を順番に見つめる。
「お前……その反応、まさか――」
「ど、どどどどどどどど……」
「?」
「ドラゴオオオオオン!!!???」
魔女は絶叫した。
「あー……うん、そうだよ」
俺は苦笑しながら頷いた。
「ま、あんまり気にすんな」
……この時の俺はまだ知らなかった。
この魔女が、俺にとってめんどくさい案件を持ち込んできたことを。
そして、その背負い袋の中に――
「ドラゴンを殺すための剣」
が入っていることも。
――謁見の間。
ここには、国王、王女様、王妃、それに王妃付きの侍女たち(全員魔法少女衣装)、大臣たち、護衛の騎士たちが集まっていた。
そして、俺の目の前には――
魔女が輸送していたその剣が、存在感たっぷりに鎮座していた。
「……ほう」
俺は思わず唸った。
見た目は普通の剣よりちょっと派手なくらいだが、確かに何か特別な力を感じる。
だが、俺にとっては――
「めっちゃ切れ味良さそうじゃね?」
俺はニヤリと笑い、剣を手に取る。
「えっ、姫様!?」
王女様が驚くが、俺は構わず剣を爪に当てた。
「ふんっ!」
ミリ……ミリ……スパッ!
「おおおおおおお!!!」
俺は感動した。
「すげぇ! ちゃんと切れる!!」
これまで俺の爪を切ろうとした刃物はことごとく敗れ去った。
特注のハサミですら、1回切るだけでダメになった。
なのに、この剣は――
「爪切りにちょうどいいじゃん!」
その場にいた全員が、「は?」 という顔をした。
王妃は顔面蒼白。侍女たちは祈りを捧げる。
国王と大臣たちは言葉を失い、騎士たちは苦笑い。
王女様は「まあ、姫様ならそう言うかもしれませんね」と納得していた。
そして、俺の隣では――
王妃がバタリと気絶していた。
「おい、誰か水持ってこい」
俺が言うと、侍女たちが慌てて水を運んできた。
「王妃様、大丈夫ですか!?」
「しっかりしてください!」
しかし、王妃は目を覚まさない。
俺はその様子を見て、腕を組む。
「……うーん」
「姫様、何か?」
王女様が首を傾げた。
俺は「うん」と頷き、爪を綺麗に整えた手を眺めながら――
「この剣、もう一本ない?」
と、笑顔で尋ねた。
王女様がくすくすと笑い、国王が頭を抱え、大臣たちが絶望のため息をついた。
こうして、王妃の陰謀は知らぬ間に瓦解し、魔法大国の「対ドラゴン武器」は、俺のネイルケアアイテムとして有効活用されることとなったのだった。
続く。