足元の景色が急激に近づいてくる。いやいやいや、この高さから落ちたら普通死ぬだろ!?
「飛べたりしないのか!? 俺、ドラゴンなんだろ!?」
必死に羽ばたこうとするが、背中の小さな翼がバサバサするだけで、全く浮かない。
「嘘だろ!? こんなカッコしてるのに飛べねえのかよ!!」
どんどん加速していく。まずい、まずすぎる。
――どこか安全な場所に着地しないと……!
俺は落下しながら、地上を見下ろした。
広場はダメ、あそこは人が多すぎる。
街道もダメ、通行人を巻き込む可能性がある。
住宅街も論外、建物をぶっ壊したくない。
なら――
視線の先に、ちょうどいい場所があった。
街の外れにある、大きな建物。
酒場っぽいが、周囲には人がいない。
さらに、建物の外にいる連中をよく見ると――
「あれ、盗賊じゃね?」
全員、ガラの悪い奴らばかり。
「よし、ちょうどいい場所に落ちそうだな!!(錯覚)」
俺は、落下速度を調整する方法も分からず、そのまま一直線に突っ込んでいった。
「お前らーーーー!!! 俺がいくぞおおおお!!!」
ドオオオオオオオオオン!!!!
爆風。
それが、最初の感想だった。
俺が着地した瞬間、ものすごい衝撃波が発生し、周囲の地面がめくれ上がった。
酒場(だったもの)は粉々に砕け、木片と瓦礫が吹き飛んでいく。
「ぐわああああ!!!」
「な、なんだ!? なんだこれぇぇぇ!!」
盗賊たちが、次々と吹き飛ばされていく。
あれ? 俺、今度はくしゃみしてないよな?
ただ落ちただけで、これか。
思わず地面を見下ろす。
俺が着地した場所には、巨大なクレーターができていた。
「……は?」
今さらながら、自分がどれだけとんでもない力を持っているのかを実感する。
その時だった。
「お、おい……!」
震えた声が聞こえた。
俺が顔を上げると、数十人の盗賊たちが、瓦礫の隙間から俺を見ていた。
「な、なんだこいつ……」
「空から降ってきた女が、アジトをぶっ壊した……!?」
「竜族の姫……? いや、あんな怪物みたいな力……!」
俺はただ、落ちてきただけ。
それなのに、彼らの目は恐怖に染まっていた。
「あっ……」
俺が何か言おうとした瞬間――
「こ、こいつを捕まえろ! 金になる!!」
盗賊の一人が叫んだ。
「竜族の姫? すげぇ額で売れるぞ!」
「お、俺たちで仕留めれば……!!」
――おいおい、正気かこいつら?
目の前で仲間が吹き飛ばされたのを見ても、まだ戦うつもりか?
そして、次の瞬間――
盗賊たちが一斉に俺に向かって襲いかかってきた。
「チッ……しゃーねぇ、やるか!」
俺は両手を構えた。
今度は、くしゃみじゃなく、ちゃんと俺の意志で戦う。
「よし……まずは、力試しだ!!」
俺は、目の前の盗賊に向かって、軽く拳を振るった。
次の瞬間――
ドゴォン!!!!
殴られた盗賊が、建物を貫通し、遥か彼方へと飛んでいった。
「……あっ」
予想以上に吹っ飛んだ。
「……お、おい……今の、見たか……?」
「や、やばい……相手にならねぇ……!」
しかし、まだ逃げる様子はない。
なら、もう少し試すか。
「じゃあ、次は爪だな……」
俺は、爪を立て、目の前の盗賊の胸当てを引っ掻いた。
ギャリッ!!
「ひぃぃっ!!?」
盗賊の鎧が、まるで紙のように裂けた。
俺自身が驚くほどの切れ味。
「お、おい! なんだこの姫は!!」
「や、やべぇ……!!」
さすがに、ここまで見せつけたら理解したらしい。
「も、もう無理だああああ!!!」
盗賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
――楽勝。
「……よし、俺、かなり強いっぽいな。」
まだ全然力を使いこなせてないが、なんかもう無双できる気しかしない。
さて、どうするか――
「ん?」
ふと、街の奥から何かが近づいてくる気配を感じた。
「……騎士団、か?」
そう思ったのも束の間、彼らは整然とした隊列を組み、堂々たる威厳を放ちながら近づいてくる。
その先頭に立つのは、一際豪華な鎧をまとった男。
金髪に鋭い目つき、年齢は三十代後半くらいか? 全身から放たれる威圧感は、まさに騎士団長そのもの。
彼は馬を降りると、俺に真っすぐな視線を向け、はっきりとした口調で言った。
「竜族の姫君よ。我が名はレオナルド・バルゼルグ、王国騎士団第一部隊隊長である」
おお、ちゃんと名乗ってくれるんだな。いきなり敵対してくるわけじゃなさそうだ。
「君の戦闘を遠目で見させてもらった。我々の王国においても、これほどの戦闘力を持つ者は数えるほどしかいない」
騎士団長――レオナルドは、そう言って俺を値踏みするように見た。
「その力を持って何を望む?」
……なるほどな。
俺が何者で、何を目的にしているのか――それを知りたくて来た、ってことか。
「うーん……」
とりあえず、ここは適当に流すか。
「特に目的とかはないな。ただの旅人みたいなもんだし」
「旅人、か」
レオナルドは目を細め、何かを考えるように腕を組んだ。
その隙に、俺も周囲の騎士たちをチラリと観察する。
彼らの動きは無駄がなく、整然としている。
……けど、ほんの少しだけ緊張感があるな。
俺に対して、完全に警戒を解いたわけじゃない。だけど――
「敵対するつもりはない」という意思を感じる。
「では、君にひとつ提案がある」
レオナルドはそう言うと、静かに言葉を紡いだ。
「この場での戦いを見た限り、君は確かな武勇を持っている。しかし、我々は君の素性を知らない。王国としても、君ほどの実力者を見過ごすわけにはいかない」
ふむ。
「そこで、ぜひ一度、王宮へお越しいただきたい」
その言葉に、周囲の騎士たちが微かに緊張を走らせた。
――断られた場合の対応も考えてるんだろうな。
俺は少し考える。
王宮か……
面倒なことにならないか? とも思ったが、ここで逃げても同じだろう。
むしろ、自分の状況を知るためにも、一度王宮に行って情報を得るのは悪くない。
「なるほどな。で、行ったらどうなる?」
俺の問いに、レオナルドは落ち着いた口調で答えた。
「ただ話を聞きたいだけだ。竜族の姫が、いかなる目的でこの地に現れたのか。そして、何を望んでいるのか」
……まあ、そんなとこだろうな。
俺がここで「行かない」と言えば、さすがに強行手段を取る可能性もある。
でも、今の彼らは無駄に敵意を向けてくるわけじゃない。
――むしろ、俺の力を「評価している」ように見える。
実際、俺の戦闘を見た上でこの対応なのだから、単純に「危険な存在」としてではなく、「価値ある存在」として扱っているのだろう。
「……分かった」
俺は頷いた。
「行ってやるよ。王宮に」
レオナルドは満足げに微笑んだ。
「よし。では、こちらへ」
すると、騎士たちのうち二人が、俺のために馬を用意する。
「あ、乗せてくれるのか」
「当然だ。君は貴族ではなくとも、竜族の姫君だ。我々はそれ相応の礼を持って迎え入れる」
うお、めっちゃ丁重じゃん。
しかも、「過度にへりくだる」わけではない。
騎士団としての矜持を保ちながら、俺の力を認め、敬意を払う。
こういう対応をされると、こっちもそれなりに真面目に付き合いたくなるな。
俺は騎士が差し出した手を借りて馬に乗る。
すると、レオナルドが静かに言った。
「姫君。どうか、その力を誇示することなく、慎んでいただきたい」
「……もちろん、余計なトラブルは起こすつもりはないさ」
――俺からはな。
自分の「くしゃみ一つで大惨事」な体質を思い出し、内心で冷や汗をかきながら、俺は騎士団とともに王宮へと向かうのだった。
続く。