暗く湿った地下牢。
カビ臭さに鼻が曲がる。ろくに手入れもされてねえんだろうな。
俺は、瓦礫の隙間からそっと中を覗き込んだ。
かすかな蝋燭の明かりが、そこにいる連中を照らし出している。
エルフの姫らしき少女が、ボロボロのドレス姿で縛られたまま、気丈に前を向いていた。
「きっと、皆が助けてくれます……!」
――うわ、声が震えてる。
その前に立ちはだかるのは、角と尻尾を持った赤肌の悪魔。
いかにも悪役って見た目だが、表情には余裕があった。
「助け? それが来る前に、お前は俺のモノになるのさ」
クソみてぇなセリフを吐きながら、悪魔はニヤつく。
後ろでは、捕らえられたエルフの騎士やメイドが縛られたまま、うなだれている。
どいつもこいつも、まともに抵抗できる状態じゃねえな。
「お前の気高き血筋を穢す瞬間が、楽しみでならない……」
そう言って、悪魔はゆっくりと手を伸ばす。
――まあ、待てや。
ドゴォン!!!
壁が吹っ飛んだ。
俺の蹴りでな。
「ごぶっ!?!?」
悪魔が、転がりながら床を滑り、後ろの壁に激突。
粉塵が晴れると同時に、見下ろす俺の姿が悪魔からも見えたはずだ。
「おい、ゴミ野郎」
悪魔が、顔面を押さえながら俺を睨む。
「……誰だ貴様……っ!」
「俺の経験値になれ!!」
ゴシャア!!!
拳が悪魔の顔面を捉えた。
「あぎゃぶっ!!?」
牙が折れ、鼻が変な方向に曲がり、赤い肌の上にさらに赤い液体が飛び散る。
「いだぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「おらぁ! まだまだ終わりじゃねえぞ!!」
ドガッ! バキィ! メキョッ!!
「痛い痛い痛い痛い!! 何だこいつ!? いや待っ――」
ドゴォォォォン!!!
悪魔が蹴り飛ばされ、地下牢の天井にめり込んだ。
数秒後、ボロ雑巾のような姿で床に落ちる。
「……す、すごい……!」
エルフの姫が、震える声を漏らした。
でも、最初の絶望の涙とは明らかに違う。
感動の涙だ。
一方、悪魔の部下である魔王軍の兵士たちは――
「や、やべぇ! 何だこの怪物……!」
「殺される!! いや、殺してくれぇぇぇ!!!」
真っ青な顔で震えていた。
俺はポキポキと拳を鳴らしながら、不敵に笑う。
「おい、次はお前らの番だぜ?」
「うおおおおおお!!! 命だけはぁぁぁぁ!!!」
一斉に逃げ出す兵士たち。
……が。
ドゴォォォン!!!
「待てっつってんだろがァ!!!」
拳を地面に叩きつけた衝撃波で、逃げようとした兵士たちをまとめて吹っ飛ばす。
地下牢全体が震え、天井から砂埃が舞い落ちる。
「そこまでだ!!」
ズドォォォン!!
突如として地下牢の天井が吹き飛び、光が差し込む!!
「へ?」
俺が顔を上げた瞬間――
ザッ!!!
勇ましい影が舞い降りる。
生意気勇者、参上!!
「魔王軍の牢獄に1人で乗り込むとはな! お前、強いからって後先考えてなさすぎだ! 人質とられたらどうするつもりだ!!」
「おー、生意気勇者じゃん」
俺はあっさりと手を振る。
「考えてるって。ほら、悪魔も他のも倒してるだろ?」
生意気勇者が、地下牢の瓦礫を見回す。
崩壊した壁、粉砕された悪魔、震える魔王軍の兵士たち――
そこへ――
「間に合いましたか……?」
今度は使い込んだ衣を翻しながら、大神官が優雅に降り立った。
「おぉっ、大神官!」
「おっと、姫様……随分と楽しそうに暴れていらっしゃいますね?」
大神官はニコニコと微笑みながら、ボロ雑巾状態の悪魔を眺める。
「悪魔……殺しちゃいました?」
「いや、死なねーんだよ。しぶとくてな」
「なるほど、それは……」
大神官は穏やかに微笑んだまま、悪魔に歩み寄る。
「……では、後はお任せください」
ニコッ
悪魔の表情が、一瞬で絶望に染まる。
「や、やめ……それだけは……!」
「さぁ、姫様。どうぞ先に戻られてください」
「おう、じゃあよろしくな!」
俺はあっさり手を離し、悪魔を大神官に押し付ける。
悪魔は震えながら、大神官を見上げる。
「ま、待って……それだけは……やめて……!!」
大神官は静かに微笑んだまま、悪魔の顔を持ち上げる。
「安心してください。貴方のことは、これからたっっっぷりと、女神様にお導きいただきますから」
「ひ、ひぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!???」
悪魔の絶叫が地下牢に響き渡る。
生意気勇者は軽くため息をつく。
「……神官様は笑ってる時が、一番怖いんだよなぁ……」
俺はそんなこと気にもせず、
「よし、じゃあ昼飯に間に合うように帰るか!」
と、朗らかに笑いながら立ち去った。
こうして、エルフの姫は無事に救出され――
地下牢の悪魔は、ある意味で俺よりも恐ろしい存在に引き渡されることとなった。
王都に戻ると、俺はさっそく王女様と生意気勇者と一緒に昼食タイムだ。
内容は晩餐会ほどではないが、さすが王族の食卓。高級食材がふんだんに使われた豪華な料理が、テーブルいっぱいに並んでいる。
しかし――
この日のために料理人たちが魂を込めて作った芸術的な料理が、
ものすごい勢いで消えていく。
「うまい!! やっぱここ飯は最高だ!!!」
俺は頬をパンパンに膨らませながら、次々と皿を空にしていった。
「……お前なぁ」
目の前の生意気勇者が、あからさまに呆れた表情でため息をつく。
「昼飯ってレベルじゃねーぞ。王宮の食事ってのは、もっとこう、上品に食うもんだろ」
「んー? いや、これでも一応気をつけてるぞ?」
俺は、骨までしゃぶり尽くした豪快な肉の皿を指差した。
「ほら、これ見てみろ。俺にしてはちゃんとゆっくり味わってる方だ」
「どこがだよ!!!」
生意気勇者がバンッとテーブルを叩く。
「食うスピードも、肉の骨すら砕いて食う食べ方も、人間の常識からかけ離れすぎてるんだよ!」
「ふふ、いいじゃないですか」
王女様が穏やかに微笑みながら、優雅にティーカップを傾ける。
「姫様が食事を楽しんでくださるのは、料理人たちにとっても誇りでしょう」
「そうそう、飯は美味しく楽しく食うもんだろ?」
「楽しむにも限度があるだろ……!」
生意気勇者が頭を抱えたが、俺は気にせずさらに肉を頬張る。
「それにさ、俺は悪魔を倒して経験値を溜めてるんだ。男のドラゴンには絶対負けない!」
「だから経験値ってなんなんだよ!! お前の発言、時々本気で意味不明なんだよな!!」
「お前が知らないだけで、世の中には経験値って概念があるんだよ」
「ねぇよ!!!」
「あるかもしれねぇだろ!!!」
天界にいる女神様(地母神)が「経験値? 初めて聞く言葉ね」と言ってたらしいが、俺がそれを知るのはずっと先のことになる。
続く。