試合開始の合図とともに、俺は地を蹴って飛翔した。生意気勇者は木刀を構え、ギラリと鋭い目を向けてくる。
「おらぁ!」
俺は一直線に突っ込む! こいつとの戦いなら、下手に小細工するよりも、圧倒的な力と速度で潰した方が早い!
だが——
「甘ぇ!!」
バシィィィン!!
頭に衝撃が走った。
木刀の布巻き部分が俺の額を直撃し、ゴーンと鐘のような音が脳内で響く。
「いってぇぇぇぇ!?!?」
俺は反射的に地面に転がる。まるで目の前に見えない壁でもあったかのような衝撃だ。
生意気勇者はニヤリと笑いながら、汗を滲ませた額を拭った。
「ほらな。力と速度だけじゃ、勝てねぇんだよ」
くそっ、確かにその通りだ。俺の突進は直線的すぎた。
相手のカウンターを誘うようなものだった。
「ぐぬぬ……」
俺は悔しさで唸るが、負けは負けだ。
これを認めなければ、強くなることなんてできない。
「……まいった。俺の負けだ」
「へへっ、ようやく素直になったな」
生意気勇者は得意げに笑うが、息はかなり荒い。
そりゃそうだろう。ドラゴンと勇者じゃ体力が違う。
「つーか、真剣使ってたら俺、ほんとに斬られてたかもな……」
俺は額をさすりながらつぶやく。
布を巻いてるとはいえ、こんなに痛いんだ。
もし本物の剣だったら、軽傷じゃ済まなかったはずだ。
生意気勇者は木刀を肩に担ぎ、息を整えながら俺を見下ろしてきた。
「お前、最近雑になってるぞ」
「え?」
「もともと大雑把な戦い方だったけど、最近もっと雑だ。力に頼りすぎだっつーの」
俺は「うぐっ」と言葉を詰まらせる。思い当たる節がある。
「経験値がなんだか知らねぇけど、まず自分の動き見直せよ」
――やばい。核心を突かれてる気がする。
俺はちらりと審判役の騎士団長を見る。騎士団長は腕を組み、深く頷いた。
「……くっ、仕方ねぇなぁ! ちょっと確認するか!」
俺は生意気勇者の言葉を受け、走り方や飛び方、拳の振り方を改めてチェックし始めた。
生意気勇者も「仕方ねぇな」と言いつつ、俺の動きを横から見てアドバイスをくれる。
「そこ、無駄な力入りすぎ。もうちょい楽にやれ」
「こっちの足、もっと使え。勢い殺しすぎだ」
「飛ぶとき、視線をもっと安定させろ!」
俺は真剣に聞き入る。こいつ、なんだかんだで教えるのが上手い。
「……ありがとな」
俺は素直に礼を言った。
「でもなんで教えてくれたんだ? 教えなかったら、これからも勝てただろ?」
生意気勇者は俺を真っ直ぐ見つめ、力強く言い放つ。
「もっと強くなって、全力のお前に勝ってやるからだ!」
俺のドラゴンの本能的な何かが(なまいきっ)と反応する。
けど、それ以上に——
———なんか、ちょっと好みかも。
俺は一瞬ドキッとして、顔が熱くなる。
やばい。なんだ、この感覚!?
生意気勇者は気づかず、タオルで汗を拭っている。
俺の視線がその肌に吸い寄せられる。
生意気勇者が不思議そうに俺を見返してくる。
「……ん? なんだよ?」
俺は慌てて目を逸らしながら、何でもないとばかりに咳払いをした。
———おかしい。なんか、すっごくドキドキする。
まさか俺……こいつのこと、意識しちまってるのか!?!?
数日後。
俺たちは別の国にいた。
各地から集まった勇者たちが、優勝賞品である強力な剣を目指し、激しい戦いを繰り広げている。
トーナメント会場は熱気に包まれ歓声もすごい。
「準決勝か……そろそろ気を引き締めろよ」
生意気勇者のシリアス顔を見るとドキドキしてしまう。
「お、おう……」
「けどなんでお前が参加してることになってんだ」
生意気勇者が呆れた顔でため息をつく。
いや、俺も最初はただの観客だったんだけどな。
ちょっとした手違いで「仲間枠」みたいな感じでエントリーされてしまい、いつの間にか試合に出場することになった。
そして、気付けば俺たちは準決勝まで勝ち上がっていた。
準決勝の対戦相手は一見地味だが、間違いなく実力者だ。
こいつらとの試合は楽しめそうだな、と思った瞬間――
「……すみません、私たちは棄権します」
代表者である勇者の言葉に、会場がどよめいた。
「えっ? ちょっ、何で?」
思わず俺が前のめりになる。
戦う前から降参とか、そんなの面白くないだろ!
「い、いや……その……」
その勇者は俺を見て、明らかに顔を引きつらせていた。
どうしたんだ? 俺、別に怖い顔してるわけじゃないぞ?
勇者は何かを言いかけて、ぐっと口を閉じた。
(若い神竜のお忍び旅行……じゃない……? まさか、自覚がない……!? いや、どちらにしても関わったらヤバい、これは……!)
鑑定というのは強力すぎるくらい強力な能力だ。気付かれないうちに一方的に情報収集されたら滅茶苦茶不利になる。
このときは鑑定勇者が退いてくれたから、無傷のまま次に進めたのだと思う。
「すみません、どうしても無理です!!」
審判からペナルティを告げられても、鑑定勇者は不戦敗を貫いた。
そして、俺たちはあっさり優勝した。
「賞品の剣か……頑丈なら俺が使うし、ダメならお前が持ってろよ」
「お前、剣の扱い下手だから使えないだろ……」
生意気勇者がボソッと呟くが、まあ細かいことは気にするな。
優勝セレモニーで剣を受け取る。
見るからに高級そうな剣だ。
俺は柄を握る。
「――ッ!?」
瞬間、全身にゾワリとした感覚が走った。
何だ、これ……?
心の奥に何かドロリとしたものが流れ込んでくるような、不快な感覚。
この剣、ただの剣じゃない。
「……呪いか?」
思わず眉をひそめた。
主催者の顔が暗い愉悦で歪む。
だが。
「きたねーな」
押し返す。
王女様や生意気勇者ならともかく、変な剣に居場所はねーんだ。
ドロリとしたもの全てを念入りに押し返して変な剣に押し込む。
俺の力の極一部も押し込んだ気がするけど、汚いものが残るよりはずっとマシだ。
すると、剣の方がビリビリと震え始めた。
「……これ、意外と頑丈そうだな」
そう言って軽く振ってみる。
ギギギギギ……!
魔剣が、悲鳴のような軋みを上げる。
なんか、剣が神聖な光を帯び始めてるんだけど?
「おい、壊すなよ! 俺のだぞ!!」
生意気勇者が慌てて言う。
「あ? お前、これ使えるの?」
「お前よりはマシだろ!」
確かに。
俺が全力で振ったらそれだけで壊れそうだしな!
「よし、お前が持っとけ」
呪いが消えて、なんか神々しくなった魔剣を生意気勇者に投げ渡す。
その瞬間――
主催者が、こっそり逃げ出そうとした。
「事情は聞かせてくれるんだよな?」
俺が笑顔を向けると、主催者は泣き笑いのような顔で硬直した。
続く。