魔界で思いっきり暴れた俺は、大満足の状態で王宮へ戻ってきた。
「はー、すっきりした!! やっぱ戦いっていいよな!」
血沸き肉躍る大乱闘! 強敵(?)をぶっ飛ばし、玉座にいた偉そうな悪魔を一撃で沈めたあの快感! いやぁ、最高だった!
……と、ここで俺はふと考えた。
「そういや最近、頭を使うことしてねぇな」
暴れるのも楽しいが、ドラゴンとしての本能がもう一つの欲求を思い出させる。
――そう、知識欲!
(ほんとう?)
本能っぽい何かがツッコミを入れてる気がするか気にしないことにする。
俺は王宮の女官を捕まえ、「前に聞きそびれた講義、聞かせてくれ!」と頼み込んだ。
女官はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んで頷いてくれた。
「では、本日は牛の品種改良についてお話ししましょう」
こうして、俺の“お勉強タイム”が始まった!
「えっ!? 牛の品種改良って、時間がかかるのに成功するとは限らないのか!?!?」
俺はガツンと衝撃を受けた。
だって、強くてデカくてミルクたくさん出る牛を交配すれば、強くてデカくてミルクたくさん出る牛が生まれるんじゃねーの!?
「良い理解です、姫様」
女官は微笑みながら、ゆったりとした口調で話を続けた。
「品種改良には膨大な時間と労力がかかります。期待した特性が必ず現れるとは限りませんし、場合によっては悪化することもあります」
「……え、マジで?」
「はい。たとえば、実家が牧畜業を営んでいた知人の話ですが……」
女官は、品種改良にまつわる実話をいくつか紹介してくれた。
一族総出で最高の乳牛を作ろうと頑張った結果、何代も交配を重ねたのに成果が出ず、ついに資金が尽きて一族ごと身売りすることになった裕福な平民家系。
逆に、品種改良に成功し、今では王族御用達の乳製品を生産する大商家にのし上がった家系。
――夢がある話と、夢が砕けた話の落差がすげー。
「なるほど……品種改良って、ロマンあるけど怖いな」
「ええ。でも、その可能性があるからこそ、挑戦し続ける価値があるのです」
俺は「ふむぅ」と腕を組んで考え込む。
努力しても成功しないことがある。
これ、俺の価値観にはなかった発想だ。
俺は強い。だから、力押しでどうにかなることが多い。
けど、世の中には「どれだけ努力しても報われないこと」がある。
ちょっと、考えさせられる話だったな……。
そこへ、俺のもとに報告が届いた。
「姫様! ジュースの原料と新作のジュースが献上されました!」
「おお! マジで!?」
俺はテンションが跳ね上がる。
なんてったって、飲んだことのあるジュースも最高だったのにそこの新作だ! これは楽しみすぎる!!
……だが、報告を詳しく聞いてみると――
「えっ……ちょっと待て。これ、一人で飲むには多すぎね?」
「はい。樽で数十個ほど……」
「……ドラゴンの胃袋って、どんだけデカいと思われてんの?」
いや、確かに俺はよく食うし、ジュースも好きだよ!? でもこれは多すぎるだろ!?!?
「飲み切れるわけねぇぇぇぇぇ!!!」
俺が頭を抱えていると、タイミングよく王女様が王宮へ戻ってきた。
「姫様、ただいま戻りました」
「おかえり、王女様!」
俺はさっそくジュースの件を相談することにした。
「なぁ、俺めっちゃジュースもらったんだけど、どうしたらいい?」
王女様は微笑みながら俺の背後に積まれた大量の樽を見て、しばらく沈黙した。
「……確かに、これはお一人で飲むには多すぎますね」
「だよな!? 俺、別にジュースで溺死する趣味ねぇぞ!」
王女様はクスリと笑い、優雅にティーカップを傾けながら言った。
「このような献上品は、ご自身で楽しむだけでなく、客人に振る舞ったり、部下へ分け与えたりするのが一般的ですよ」
「なるほど……そういうもんなのか」
俺は納得しながら顎に手を当てる。
「じゃあ、神殿に持って行くかな!」
王女様が「良い考えですね」と微笑むのを見て、俺はさっそくジュースの樽を抱えながら神殿へ向かうことにした。
「これ、本当に飲みきれるのか……?」
俺なら縦に重ねてが軽々と運べるが、今回もって来た分だけで十数樽ある。
――まぁ、考えても仕方ねぇ! とりあえず神殿で配るしかない!!
神殿に到着すると、普段よりも警備が厳重だった。
「おっと……なんか物々しいな」
でも、俺は顔パス。門番は「あ、姫様……!」と緊張した顔をしながら、すぐに道を開けてくれた。
「ふふん、俺も偉くなったもんだぜ」
「……いえ、単に姫様は止めても無駄だからでは?」
「えっ?」
俺が聞き返す間もなく、門番はサッと視線を逸らした。
うーん、なんか納得いかねぇが、とりあえず奥へ進むことにする。
ジュースを配るついでに、大神官のとこに顔を出そうかな? なんて思いながら、俺は神殿の奥へ進んでいった。
そして、俺は出会うことになる。
暗い顔でうつむいている、妙に顔のいい子供たちに――
「ん?」
俺は首を傾げる。
彼らは神殿の一角に集まり、まるで陽の光を恐れるように肩を寄せ合っていた。
見た目は……俺より年下? いや、実際の年齢は分からんが、どう見てもガキだ。
「……誰?」
思わず呟くと、近くにいた神官が静かに答えた。
「彼らは……かつて勇者や聖女だった者たちです」
「……へ?」
俺はまばたきする。
「ちょっと待て。勇者や聖女って、お前……」
「彼らは、悪魔の手に長年囚われていたのです」
俺の脳内に、魔界で見た光景がフラッシュバックした。
水晶に閉じ込められた人間たち。
石化したまま、飾り物にされていた者たち。
怪物と融合させられた、哀れな戦士たち。
――俺が魔界から救い出した人間の中に、こいつらもいたのか。
でも――
「……全然覚えてねぇ」
確かに、人間を救出したのは俺だ。だが、そのときは「やべー状況!」→「とりあえず運ぶ!」のノリだったから、正直、誰を助けたかまで気にしてなかった。
「ま、細かいことはいいか!」
俺は気を取り直し、ジュースの樽をドンッと置いた。
「お前ら、元気ねぇな! そういうときは旨いもんだ!!」
子供たちはビクッと肩を震わせた。
俺は両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
「ほら飲め! 俺のジュースが飲めないのかー!!!」
一瞬、シーンと静寂が走る。
そして――
「えっ……?」
「じゅーす?」
「なんか……すごい威圧感……」
「っていうか、これ絶対おいしいの……」
最後の奴は鼻がいいな。
俺も少し前から飲みたくて仕方ない。
子供たちは戸惑ったようにジュースを見つめていたが、最初に手を伸ばしたのは一人の美少女だった。
「……これ、飲んでいいの?」
「当たり前だろ! むしろ俺が持ってきた分、全部飲み切れ!!」
「ぜ、全部!?」
子供たちの顔が驚きに染まる。
まぁ、確かにこれは普通の量じゃねぇ。
しかし、一口飲んだ少女の目がみるみるうちに輝いた。
「……おいしい……!!!」
俺もごくりと唾を飲み込んだ。
「よっしゃ! みんな飲めぇぇぇぇぇ!!!」
その瞬間、子供たちが一斉にジュースに群がった。
「甘い……!」
「おれ、生きててよかった……」
「おい、こぼすなよ!」
「何年ぶりだろう……こんな、美味しいもの……」
気がつけば、子供たちは楽しそうにジュースを飲んでいた。さっきまでの暗い顔が嘘みたいに、みんな少しずつ笑顔を浮かべている。
俺はそんな様子を見て、ちょっと満足気に腕を組んだ。
「ふっ……俺のジュース作戦、大成功だな!」
ジュースを飲み終えた子供たちが、ポツリポツリと俺を見上げてきた。
「ねえ、おねえちゃん……」
「あ?」
「わたしたちを、悪魔から守ってくれるの?」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
そして、ニカッと笑った。
「当たり前だろ! 俺にまかせとけ!!!」
その瞬間、子供たちの顔がパァァッと輝いた。
「すごい! すごい!!」
「やっぱり姫様はすごい人だったんだ!」
「おねえちゃん、かっこいい!!」
「いや、お姉ちゃんじゃねぇ! 俺は……まぁ、どっちでもいいか!」
子供たちは次々に俺の周りに集まり、興奮気味に俺を見つめる。
「ねえねえ! 飛べるの!?」
「ドラゴンって、どんな風に飛ぶの!?」
「私たちも乗せてくれる!?」
――お、おお? なんか、めちゃくちゃ期待されてるぞ!?
俺はちょっと戸惑ったが――
「……ま、ちょっとくらいならいいか!」
俺は子供たちを順番に抱え、遊覧飛行に連れ出してやることにした。
そして数時間後――
「はぁぁぁぁ……疲れた……」
俺は神殿の屋根に座り込み、大きく息を吐いた。
肉体的には全然平気だが、子供を抱えて安全に飛ぶというプレッシャーが地味にキツかった……!!
「でも……ま、楽しそうだったからいっか」
俺は夜空を見上げ、クスリと笑う。
すると、近くにいた大神官がそっと微笑んだ。
「姫様、あなたはやはり……不思議な方ですね」
「え?」
「あなたは決して“聖人”ではない。むしろ、豪快で自由奔放な方です」
「まぁな!」
「ですが……だからこそ、彼らはあなたに心を開くのでしょう」
大神官の言葉に、俺は少しだけ考え込む。
――まぁ、深く考えるのはやめよう。
「よし! 今日はもう寝る!!」
俺は勢いよく立ち上がり、大きく伸びをする。
こうして、俺の“ジュースお裾分け大作戦”は大成功に終わったのだった――!
続く。
残った樽は翌日以降に美味しく消費されました。