俺は飛んでいた。
別に目的があるわけじゃない。ただの散歩だ。
――いや、違うな。
飛びながら、ふと自分の内側にある何かを感じ取る。
これ……縄張りの見回り?
考えた瞬間、なんとなく納得した。
俺の本能は、ここを俺のテリトリーとして認識しているらしい。王国の本土、つまりは俺が住みついた場所だ。
音速近いスピードで飛んでいるから、一瞬余所見しただけで地表がグンと遠ざかる。俺にとってはただの軽い飛行だけど、地上の人間たちはそう思っていないらしい。
「ん?」
下を見ると、俺が飛び去った直後の村から、もくもくと狼煙が上がっていた。
――何かあったのか?
俺は少し考えたが、よく見ると狼煙を上げてるのは緊急事態の合図とはちょっと違う。
――なんか……必死だけど緊急じゃなさそう。
大体こういうのは、俺を利用しようとしたり、助けてもらおうと騒いでるだけだ。何度か似たようなことがあったが、本当にヤバい時には王宮や神殿が動く。
つまり俺が気にする必要はない!
――そろそろ帰るか。
速度を落として地表近くで、そう思った瞬間だった。
ドゴォォォンッ!!!
「うおっ!?」
地上から、でっかい猪みたいなモンスターが突進してきた!
こいつ……デカいぞ!? しかも速い!
「おー、悪魔か?」
俺は興味津々でこいつを観察する。デカいし、魔力もすごい。でも、見た目はただの巨大な猪。
ま、とりあえず捕まえてみるか。
「ほいっと」
グオォォォォッ!!!
モンスターの突進をかわし、一発腹を殴って、そのまま尻尾を掴んで――
バサァッ!
俺はそのまま上空へと飛び上がった。
「おお、重いな! でも余裕!」
ぶら下がったまま暴れるモンスター。
――こいつ、どうするか……
悩んだ末、俺は王都へ向かうことにした。
トドメを国王に任せようかと考えたが、飛びながらふと思う。
――妊婦がいる場所に運ぶのって、なんかダメじゃね?
王妃は頑丈らしいが妊娠中だ。無駄なストレスは良くないはず。
「うーん、じゃあ神殿か!」
俺は方向転換し、そのまま神殿へ向かった。
神殿に到着した俺を待っていたのは、厳重すぎる警備と、勇者っぽい女性だった。
年齢は二十代半ばくらい。顔立ちは平凡よりちょっと上。
けど、雰囲気が違う。
動きは洗練されているし、気配は凛としてるし、明らかに実力者だ。
それに……うっすらと女神様の加護っぽいものを感じる。
「まさか、生意気勇者が勇者じゃなくなったのか?」
もしそうなら、これは結構な大問題だぞ!? だって生意気勇者って、俺にとっての――
「なっ……!? ちょっ、待て!?」
その瞬間、俺の後ろでガタガタと音がした。
振り向くと、出迎えに遅れてきた生意気勇者がいた。
ショックを受けた顔で俺を見つめている。
「お前……それ、本気で言ってるの……?」
「いや、違う違う! 冗談だって!」
俺は慌てて手を振る。冗談……いや、半分本気だったけど、さすがに言い方が悪かったか?
生意気勇者が妙に落ち込んでるのを見て、俺は少し焦った。
すると、勇者っぽい女性が静かに微笑んだ。
生意気勇者の数代前の勇者らしい。
なんとか立ち直って礼を言いに来たらしいんだけど……生意気勇者より勇者っぽいんだよな。
自分が助けられたことより若い……幼いか? がきんちょたちが助けられて元気になったことを喜んでるし。
「まっ、いいってことよ!」
俺は胸を張って言った。
積極的に人助けするつもりはないけど、気付いてたら少し手を貸す程度のことはするさ。
そんなことより生意気勇者だ。
「お、おい。そんな落ち込むなって。冗談だって!」
「お前の冗談、全然冗談に聞こないんだよ……!」
生意気勇者がジト目で俺を睨む。
こりゃ本気で傷ついてるな……ヤバい。
「すまん、マジで悪かった!」
俺は珍しく(いや、かなり珍しく)本気で謝った。
「お前が勇者なのはちゃんと分かってるし、むしろお前以外に勇者とか考えられねぇし! お前こそが勇者だ! 真の勇者だ!」
「……そ、そこまで言われると逆に胡散臭いんだけど!?」
「本心だって!」
「……まぁ、いいけど……」
生意気勇者はまだ微妙に納得していない感じだけど、とりあえず機嫌は回復してきたっぽい。よしよし。
……そんなやり取りをしている間に、俺が捕まえてきた猪モンスターは、勇者や聖女たちの手によってしっかりトドメを刺されていた。
「え? こいつ、悪魔じゃなかったの?」
俺は思わず驚いてしまった。
だって、こいつめちゃくちゃデカかったし、魔力も強かったし、悪魔とばっかり思ってたんだけど……。
「悪魔なら、あの国王か大神官しかトドメを刺せないと思ってたぜ」
「違う違う。こいつ、ただのめちゃくちゃ強い魔獣だから」
生意気勇者が呆れた顔で言う。
「まじか……。悪魔じゃなかったのか……」
俺はガックリと肩を落とした。
悪魔じゃないのに本気で攻撃して倒しきれなかったのか……。
「……うーん、俺も鍛え直さないとダメか?」
気を取り直して、俺は軽く飛び跳ねながら自分の動きを確認する。
ついでにシャドーボクシングもしてみる。
「どりゃぁ!」
ブォンッ!!
――って、あれ?
俺の拳が空を切った瞬間、周囲の建物がミシミシいった気がする……?
ちらりと神殿の人たちを見ると、勇者や聖女の中でも年少組の子たちは「わー!」と無邪気に喜んでいる。
が、それ以外の連中は「ちょっとやめてほしい」って顔をしていた。
――あれ? もしかして、これヤバいやつ?
俺が考えていると――
「しまった。神官様が呼んでたんだった!!」
生意気勇者が思い出したように叫び、俺の手をガシッと掴んだ。
「へ?」
「いいから来て!!」
生意気勇者は俺を引っ張っていく。
「ちょっ、おい! いきなり引っ張んな! 俺、飛べるから!」
俺が文句を言うが、生意気勇者はお構いなしに俺の腕を引っ張る。
――なんか、すごい必死なんだけど?
まあ、こいつに引っ張られるのも悪くないか……。
生意気勇者の慌て顔を艦首王していると、いつの間にか神殿の奥の部屋にいた。
なんか異様に厳重な部屋だ。
大神官だけじゃなく、国王と複数の大臣もいる。
「……お?」
国王は厳しい表情、大臣たちもピリピリしている。
そんな中、部屋の中央には大きな地図が広げられていた。
俺はそれを覗き込んでみた。
「へぇ~、これが王国の地図かぁ」
――いや、ちょっと待てよ?
俺は、さっき飛び回って見た地上の景色を思い出す。
「ん? なんか違うな」
「何が違うのですか?」
軍事担当っぽい大臣が俺に聞いてきた。
「えーと、この辺の川、もうちょい蛇行してたぞ」
俺は適当に指差して言った。
「あと、この山の斜面、崩れてね?」
「……!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、軍事担当の大臣の顔が変わった。
その隣で内政担当の大臣も驚いた顔をしている。
「あれ? なんか、俺の言ったことってすごい?」
「……姫様、もっと詳しくお願いします!!」
急に食いつかれて、俺は「お、おう?」と戸惑いながらも、飛びながら見たものを適当に話した。
「ここの城下町、商人っぽい奴らが集まってたな。あと、この砦の近く、人の動きが変だったぞ?」
俺が説明すればするほど、大臣たちの表情が深刻になっていく。
調子に乗った俺は、どんどん情報を追加していった。
「で、この辺の森には変な奴らが潜んでたぞ!」
「変な奴ら?」
「うん、なんか武装してたな。服装がバラバラだったけど」
すると、国王と大神官が顔を見合わせた。
国王の顔がより深刻になる。
「……やはり」
「どういうこと?」
俺が聞くと、国王がゆっくりと言った。
「強力なドラゴンである姫様を直接倒すのではなく、姫様が拠点としている我が王国を攻撃しようとする動きがある……」
「えっ?」
「魔王軍だけでなく、人間の一部にも、その動きがあると考えられる」
「……マジで?」
俺は、ようやく事態のヤバさを理解し始めた。
続く。