室内には重い空気が漂っていた。
国王も大臣も大神官も、眉間に深い皺を刻み、深刻な顔で何やら話し込んでいる。
が――俺はそっちに気を向ける気がまったくなかった。
だって、今最優先でやるべきことは決まってるからな。
「……私……もう……女神様の勇者じゃないの……?」
ぽつりと呟いた生意気勇者の声は、普段の生意気さも負けん気の強さも感じられないほど弱々しかった。
――そりゃ、そうなるよな。
こいつ、幼い頃から女神様(地母神)の神官になるために努力してきたんだ。
それが、よりにもよって女神様本人に「お前、あっちな」って言われたら……そりゃあショックだろ。
大神官も生意気勇者を気にしているはずだ。
けど、宗教トップとしての立場上、今は国の安全保障のほうに意識を割かざるを得ない。
つまり――。
「……俺が慰めるしかないってわけか」
俺は静かにため息をつき、生意気勇者の隣に座った。
「……まあ、なんだ、その……大変だったな」
普段なら適当に軽口を叩くところだが、今のこいつにそれはキツい気がした。
「……うん」
生意気勇者は力なく頷く。
「神官としてずっと頑張ってきたのに……女神様に、いらないって言われたみたいで……」
「おいおい、そんなこと言ってねえだろ」
俺は苦笑しながら頭をポンポンと撫でた。
普段なら「触るな!」って跳ねのけてくるはずなのに、今日は抵抗しない。
「お前、前々から自分のこと話さないよな」
生意気勇者がぼそりと呟く。
……まあ、確かに。
俺はあんまり自分語りをしない。
けど、今はこいつの気を紛らわせるためにも、何か話してやるのがいいんじゃないか?
「……そうだな。じゃあ、ちょっと話してやるよ」
俺は自分のいた世界――地球について語り始めた。
だが――。
「戦車ってのはな、でっかい大砲がついてて……」
「ふーん」
あまり興味がなさそうだ。
「それだけじゃなくて、兵士を運ぶための装甲車とかもいて……」
そのとき、国王や大臣たちが「はっ」とした顔になった。
……え? そっちが食いつくの?
俺が地球の兵器について語っている間、生意気勇者はぼんやり聞いていたが、俺がふと別の話題に切り替えると――。
「スイーツってのがあってな」
「スイーツ……?」
生意気勇者の目が、輝いた。
「砂糖とかクリームとか使って甘くて美味しいやつ」
「くわしく!」
兵器にはまったく興味を示さなかったくせに、スイーツの話になった途端、身を乗り出してきた。
こいつ、こういうのが好きなんだな……。
昔も今も肉が好きな俺は、精一杯頑張って思い出しながら、甘い物について話し続けていた。
空を高速で駆けながら、俺は下に吊るした巨大な鉄の箱をちらりと見下ろした。
飛び立つときは頑丈に見えたのに、ものすごい勢いで移動したせいかところどころ歪んでいる。
反省する間もなく、箱の中から激しくノックする音が響く。
ドンドンドン!
かなり強い力で叩かれてるな……中にいる奴ら、大丈夫か?
「ちょっと待て、今開けるから!」
俺は飛行速度を落とし、鉄の箱に手をかける。
ぐっと力を入れると、ギシギシと軋む音を立てながら、歪んだ鉄の扉がこじ開けられた。
「……よし、開いた!」
次の瞬間――。
「突撃ィィィ!!」
箱の中から、騎士団長を先頭に、ぎゅうぎゅう詰めになっていた騎士たちが一斉に飛び出し、敵国の王宮へと突入していく。
その勢いはまさに怒涛。
俺は唖然としながら、その様子を見ていた。
「えー……?」
俺の予想では、敵国の兵士と交戦になって、乱戦で戦い抜く流れになるはずだった。
けど、実際に起こっているのは――。
「う、うわぁぁぁ!」
「な、なんだ!? なんだこれは!!」
敵国の兵士たちが混乱のあまり悲鳴を上げ、ろくに抵抗もせずに逃げ回っている。
戦闘らしい戦闘が発生することもなく、騎士たちはあっという間に王宮の奥へと進み、国王や王族を捕らえた。
「……すげーけど、なんでこうなるの?」
俺はポツリと呟く。
この世界じゃ国のトップが倒れた時点で敗戦だ。
王子とかの王族全員捕らえられたらしぶとく抵抗するのも無理だ。
国王や大臣たちは、俺が話した「地球の戦法」をそれなりに解釈し、応用したらしいんだが……。
「まあ、流れる血が少ないほどいいよな」
俺は分からないまま納得することにした。
しばらくして、騎士団長が戻ってきた。
「終戦条約がまとまりました。我々はこの国の軍が撤退するまでここに駐留しますので、姫様は王宮へ戻ってください」
騎士団長はそう言って、敵国の国王に署名を書かせた外交文書を差し出す。
これを国王に渡したらお遣い終了だ。
俺は素直に受け取り頷いた。
「了解。じゃあ、帰るわ」
――と、思ったのだが。
ふと視線を向けた先に、妙に厳かな建物があるのを見つけた。
なんか雰囲気が、すげーそれっぽい。
「……あれ、もしかして神殿?」
聞けば、冥府の神を祀っている神殿らしい。
――神様がマジで存在するだけでなく手出しもする世界なんだから、挨拶はしとかねーとな。
俺はそう思い、決死の覚悟で神殿へと向かうことにした。
だって絶対相性悪いんだよ!!
今も冥府から睨まれてる気がするし!!!
入り口には、緊張した面持ちの神官たちが立っていた。
「えっと、俺……挨拶しに来たんだけど」
俺ができる限り温和な口調で話しかけると、神官たちは顔を引きつらせながらも、何とか応じてくれた。
かくして、俺はなんとか無事に参拝を済ませると、王女様のいる王宮へと飛び立ったのだった。
王女様がいる王宮に戻ると、すぐに異変に気づいた。
謁見の間で何人もの人間が戦っている。
勇者や聖女たちだ。俺が助けたやつらのうち、回復した連中が複数の悪魔を相手に奮闘していた。
が、様子がおかしい。
悪魔どもが、明らかに俺の攻撃を封じるような位置取りをしている。
――つまり、俺がくしゃみしたら、勇者や聖女まで巻き込む配置。
狙ってやってるな、コイツら。
「ちっ、やりにくいな……」
仕方なく、慎重に動きながら悪魔を一体ずつ仕留めていく。
でも、思った以上に時間がかかる。
俺は火力こそヤバいけど、繊細な戦いは苦手なんだよな……。
そのとき。
「そこの悪魔は……私がやる!」
鋭い声とともに、一筋の剣閃が悪魔の首をはね飛ばした。
その姿を見て、俺は目を見開いた。
生意気勇者が、悪魔を蹴散らしながらこちらへ向かってくる。
あいつの持ち場は神殿のはずだが……剣に人間以外の血がついてる。もう片付けたってことか?
生意気勇者は、勇者として元々弱くはない。
さらに今は、俺が直接力を注いだ剣を使っている。
その剣は、悪魔を一閃するたびに禍々しい魔力をかき消していく。
俺と本気で戦えば確実に負ける程度には強いが、俺と違って繊細な戦いができる。
だから、俺よりも素早く悪魔を倒していく。
「……俺、役に立ってない気がするな……」
気づけば、ちょっと落ち込んでいた。
戦いが終わったころには、生意気勇者が真剣を振り払い、息を整えていた。
そして、俺を見て、ぽつりと一言。
「お帰り」
――その言葉だけで、気分が回復した。
まあ、俺がここにいなかったら、この戦いはもっと大変だっただろうしな! うん!
続く。