夜の空気の中、王宮の広場には緊迫した気配が漂っていた。
悪魔との戦いを終えた俺が息を整えていると、すぐに別の気配が近づいてくる。
国王、王妃、王女様――王国の王族一家がそろってこちらへ歩み寄ってきていた。
「無事で何よりだ」
国王はそう言いながら、俺に向かって深く頷く。
その腰には、先ほどまで抜き放たれていた聖剣が収められていた。どうやら王族も別の悪魔に襲われていたらしいが、国王自身が聖剣を振るって撃退したようだ。
――まじか。あの国王、以前よりめちゃくちゃ強くなってるのか?
王妃はそんな国王を信頼と愛情に満ちた視線で見つめている。
相変わらず色っぽい人だな……しかも今は妊娠初期だってのに、国王を支える気満々で、微塵も弱々しい様子がない。
そして、王女様。
「よかった……本当に、無事で……」
俺の姿を見た瞬間、王女様の顔がパッと明るくなった。
――って、お、おおお?
次の瞬間、いきなり飛びつかれた!
柔らかい何かが俺の胸元に当たる。
「姫様ぁ……!」
ああもう、この子は! こんな人前で! かわいいな!!!
「お、おう……ただいま」
俺は照れくさくなりながらも、ぎこちなく返事をした。
……ん? なんか視線を感じる。
ちらりと横を見ると、生意気勇者がじっと俺と王女様を見つめていた。
しかも、腕を組んで口を尖らせている。
――なんだその顔。
なんかムスッとしてるぞ? なんで?
いや、こいつ普段から生意気だけど、こういう露骨な不機嫌さは珍しいような……?
まぁ、今は気にしないでおこう。
俺は懐から取り出した外交文書を国王に手渡した。
「これ、終戦条約の内容な」
国王は、彼にしては珍しく急いだ様子でそれを受け取ると、すぐに内容を確認し始める。
数秒後――。
「……素晴らしい」
力強く頷いた国王が、俺に真剣な目を向ける。
「まあ……あれだ、俺が何かしたかっていうと微妙だけどな」
俺が肩をすくめると、国王は小さく笑った。
「この条約を知らせれば、人間の軍は我が国から逃げ出すだろう。戦うこともできずに負けるようでは、王の権威も国の権威も地に落ちるからな」
「地に落ちる、ねぇ……」
俺はつい、重力を意識してしまう。
落ちるのは悪いことじゃない、むしろ地面があってこそ安心できる――そう思ったが、すぐに気付く。
ああ、これ比喩表現のやつだ。つまり、「権威が落ちる」って意味の……。
「……ややこしいな!」
俺は頭を軽く振って余計な考えを追い払った。
国王は王妃付きの侍女たち――つまり、魔法少女(元王妃付き侍女)たちに目を向けると、的確な指示を飛ばす。
「お前たち、複製を用意させるから指定する場所に撒け。戦闘に巻き込まれぬよう高度を保て」
侍女たちは一瞬、王妃のほうをちらりと見た。
(王妃様、拒否してくれませんかね……?)
そんな無言の期待があったのだろう。
しかし――。
王妃は、王の隣で静かに微笑んでいた。
そこにあるのは、純粋な愛と信頼の色。
国王の強さに魅了され、彼にすべてを委ねるつもりの眼差しだった。
「……承知しました」
侍女たちはため息混じりに頷き、チラシの束を受け取り、魔法でふわりと浮かび上がると夜空へと飛び立っていった。
まもなく、城下に向けて終戦条約の内容が書かれたチラシが大量に撒かれる。
これを見れば、大抵の指揮官は即座に撤退を決断するだろうし、頑なに戦おうとする奴らがいても、今の王国の戦力なら問題なく対処できる。
――うん、難しい話はよくわからんが、これで戦争は終わりってことか。
「姫様……無事で、本当に良かったです」
俺がぽけっとしていると、王女様が俺の袖をぎゅっと握る。
「王女様こそ、無事でよかったよ」
俺はそう言って、軽く頭を撫でた。
すると――。
「……っ」
なんかまた、視線を感じる。
ちらっと横を見ると、今度は生意気勇者がまたムスッとしていた。
――お前、なんなんだ?
なんか気に入らないことでもあったのか?
まあ、それも後で聞けばいいか。
そう思った矢先――。
ふと、背筋がざわりとする。
「……?」
嫌な気配を感じて、俺はすぐに中庭へと飛び出した。
夜空を見上げる。
そして、遠くに――。
紅のドラゴンが、こちらへ向かって飛んでくるのを目撃した。
「…………うわぁ」
思わず声が漏れる。
忘れもしない。
以前、俺を“つがい”にしようとし、言葉と暴力で断られた超美形ドラゴン(♂)。
まさかの再登場。
「なんでまた来るんだよ……」
俺は顔をしかめた。
男から性欲向けられるの、マジで無理!!
理性では「ある程度は我慢しないと」と思う。
でも、本能は(絶対にイヤ!!!)と叫んでいる。
――もう無理だ。
王女様や国王が何か言う前に、俺の身体は勝手に動いていた。
「へぇーくしょい!!!」
ズオォォォォォッ!!!
俺のくしゃみ(ドラゴンブレス)が、一直線に紅のドラゴンへと飛んでいく。
直撃。
夜空に、ド派手な爆発が咲いた。
俺のくしゃみ(ドラゴンブレス)が紅のドラゴンを直撃した瞬間、夜空に爆発が咲いた。
ドガァァァン!!!
「ぐおぉぉぉぉぉっ!!?」
爆風の中、紅のドラゴンが吹っ飛ぶ。体は回転し、翼がバタつき、遠くの空へ弧を描いて消えて――
いや、消えなかった。
ボロボロになりながらも、ふらふらと飛行を立て直し、そのまま王宮の中庭に着陸した。
バサァァッ!!!
着地した紅のドラゴンは髪や服が乱れ、足元もふらついている。
が、致命傷には至っていない。
――こいつ、やっぱりタフだな。
「……強くなったな」
ボロボロの姿で、紅のドラゴンは苦笑した。
「いや、お前が弱かっただけじゃね?」
俺がつい率直な感想を口にすると、紅のドラゴンの顔がぴくりと引きつる。
「私は修行を放り出してでも、お前を助けに来たんだぞ」
「は?」
「お前が魔王軍に狙われていると聞いてな」
紅のドラゴンは、俺を見つめる瞳に真剣な色を宿らせた。
「幼いドラゴンであるお前を気遣う気持ちはある……そして、つがい候補としての感情もな」
「却下」
「まだ何も言っていない!」
「却下!」
俺は即答した。
その場にいた人間の女性陣は「美形だけど欲望が露骨すぎて無理」という目を向けていたし、男性陣は「まあ、ドラゴン女性の相手としては良い物件では?」みたいな雰囲気だった。
いや、だからって、俺に押し付けるなよ!?
そんな中、紅のドラゴンは真剣な表情で言った。
「魔王軍など、我々ドラゴンにとっては雑魚だが……魔王は違う」
「……」
紅のドラゴンの言葉に、場の空気が一変する。
次の瞬間。
ドンッ!
まるで世界そのものが揺らぐような、圧倒的な魔力が空間を震わせた。
空が歪む。
地が軋む。
そして、現れた。
圧倒的な漆黒の鎧を纏い、禍々しい闇をまとった存在――魔王。
その一歩が地に触れるたびに、世界が重くなる。
その視線が向けられるだけで、空気が張り詰める。
まるで災厄そのものが形を成したような、絶望的な存在感。
「聖剣の王よ……」
魔王の声が響く。
国王が、一歩前へ出た。
「……王妃や非戦闘員は下がれ!」
即座に指示を出し、魔王と対峙する国王。
その姿は、王として、戦士としての覚悟に満ちていた。
だが――
俺は空気を読まずに動いた。
「へぇーくしょい!!!」
ズオォォォォォッ!!!
俺のくしゃみ(ドラゴンブレス)が、魔王に直撃した。
「なっ!?」
魔王は咄嗟に飛ぼうとしたが、その瞬間――
重力が元に戻った。
浮遊していた魔王は、そのまま動きを制限され、直撃を受ける。
ドガァァァァァン!!!
魔王の黒い鎧が砕け、地面に激突する。
「ぐ……っ……!」
それでも死なない。さすが魔王。
だが、次の瞬間。
「隙ありっ!!!」
生意気勇者が疾風のように駆け、魔王の死角から神剣を突き立てる。
ズバァァァッ!!!
神剣が魔王の弱点を貫いた。
「……馬鹿な……」
魔王の声が震える。
漆黒のオーラが砕け、闇が霧散し――
――魔王は、滅びた。
「……終わった?」
戦場に静寂が戻る。
誰もが、状況を理解しきれずにいた。
そして――
「えっと……これで、俺、やること終わり?」
「終わりだよ」
生意気勇者が神剣を納めながら答えた。
王女様がホッとしたように息を吐き、国王も力強く頷く。
そして――
紅のドラゴンが俺を見つめ、静かに言った。
「やはり、お前をつがいにしたい」
「却下!!!」
俺の絶叫が、王宮中に響き渡った。
続く。