大地が揺れた。
海岸沿いに立つ崖がガラガラと音を立て、波が不規則に打ち寄せる。
「ちょっ!? 何やってんのよ!!」
生意気勇者が叫ぶ。
その視線の先――つまり、地震の原因は俺。
「いやー、ちょっと重力をいじろうと思ったら……」
「地震起こしてんじゃないわよ!!!」
「だって……俺、重力の神(見習い)だし?」
「見習いなら、まず練習場所を考えなさい!!!」
生意気勇者の怒声が海岸に響き渡る。
俺は試しに「重力をちょっとコントロールできたら便利じゃね?」と思って力を調整してみたのだが――見事に失敗した。
幸いにも人的被害はなかったものの、周囲の岩場は崩れ、海はざぶんざぶんと荒れ模様。
完全にやらかした感がすごい。
そんなわけで――。
「姫様ァァァ!! 何をしでかしたんですかァァァ!!?」
俺の神殿に住んでいる元勇者や聖女たちの成人組が、大急ぎで駆けつけてきた。
彼らは現場を見て即座に救助活動を開始する。
「負傷者なし! しかし、周囲に倒木と崩れた岩が散乱しています!」
「近隣の住民に影響が出ないか、確認を!」
「津波の心配はなし! しかし、これ以上揺れると危険だ!」
めちゃくちゃ手際がいい。
さすが、かつて魔王軍と戦った猛者たちだ。
……そして、俺の扱いはこうなった。
「姫様は動かないでください!」
「手伝おうとはせず、どっしり構えていてください!」
「うっかり動くと、また地震が起きるかもしれませんので!!」
――おい、俺の扱いひどくね?
めっちゃ戦力外通告されてるんだけど!?
「……」
何もできないので、俺はその場で体育座り。
うん、これはこれで落ち着くな……。
「あなた、癒やしの力も加護も全くないわよね」
横で腕を組みながら、生意気勇者が言う。
「でも、力と生命力を強化する影響はあるようだけど……」
「……え?」
俺、そんなことしてんの?
考えたこともなかったが、言われてみれば王女様の美貌と健康が向上してるし、神殿に住んでる連中もやたら元気だ。
――いやいやいや、でもそれって単なる生活環境の影響じゃねえの?
「ま、まさかお前、転職とか移籍とか考えてないよな?」
「は?」
「いっちゃやだああああああ!!!」
「はぁ!? 何よその反応!?」
俺は地面に転がって手足をじたばたさせる。
「勇者が移籍するとか言い出したら、俺、ショックで引きこもるぞ!!!」
「何でそうなるのよ!! ていうか、誰が移籍するとか言ったのよ!!」
「だって、加護がどうとか言い出したし……」
「ちょっと気になっただけよ!!!」
「本当だな!? 本当に俺を置いてどこか行ったりしないな!?」
「誰があんたみたいな面倒な竜を放っておくっていうのよ!!!」
生意気勇者がぷんすか怒る。
――よかった。
俺の大事な勇者は、まだここにいるらしい。
そんなこんなで、俺と生意気勇者は海岸で騒ぎながら、適当に過ごしていた。
人死には出てないけど救助とかで神殿のみなは忙しい。
だからテントも何もなし。
だが、俺たちは竜と勇者だ。
別にどこでも寝られるし、食糧も適当に調達すればいい。
気分的には完全にバカンス。
「ふぅ~、風が気持ちいいな~」
「……はぁ。あなた、本当に反省してる?」
「してるしてる。……たぶん」
「ぜんっぜん、してないわね」
呆れながらも、生意気勇者は隣に座る。
そうして、波の音を聞きながらぼーっとしていたそのとき――。
「……?」
視界の端に、妙なものが映った。
波打ち際に、一人の美少女が立っていた。
すごく……儚い。
今にも消えてしまいそうな、そんな雰囲気の少女。
そして――俺の本能が、嫌な予感を告げた。
「あれ……やばくね?」
「……確かに。やらかしそう雰囲気ね」
二人で顔を見合わせ、すぐに駆け寄る。
「おい、大丈夫か!?」
少女は、びくっと肩を震わせた。
「どうした!? 何があった!?」
少女は――口を開こうとしたが、声を発しなかった。
――喋れない?
「……えーっと、言葉が話せないのか?」
少女はこくんと頷く。
なるほど、これはちょっと厄介だな……。
どうしたもんか、と考えていると――俺の口から、何気なく出た言葉が、少女の表情を一変させた。
「……なんか、人魚姫のラストっぽい雰囲気だよなー」
その瞬間――少女が怯えた顔をした。
「……!?」
え、何、俺、なんかヤバいこと言った!?
その様子を見て、生意気勇者が眉をひそめる。
「……これは、ちゃんと話を聞かないとダメみたいね」
俺たちは、怯える美少女を前に、真剣に向き合うことにした。
「……ま、とりあえず保護しよっか」
「そうね。ここにずっと放っておくのはさすがに気が引けるわ」
少女を放っておくわけにはいかないし、とりあえず食べ物や水を与えることにした。
火をおこし、海でとれた魚を焼く。
俺と生意気勇者は適当にくつろぎながら、少女の様子を窺っていた。
少女は慎重に焼き魚を食べている。
「ふむ……これは美味いぞ」
「誰が焼いたと思ってるのよ」
「魚に火を当てただけだろ」
「それが一番大事なのよ!」
そんな他愛のないやりとりをしていると、生意気勇者がふと思い出したように言った。
「人助けはいいけど、忘れちゃダメよ。もうすぐ元聖女とこの国の王子の結婚式なんだから」
「え?」
「あなた、国賓で主賓なのよ! ついでに元聖女の今の保護者! 絶対に間に合わないとダメだからね!」
「ええ……?」
何それ聞いてないんだけど。
「大事な式なのよ! あなたが来なかったら、王国のメンツが丸潰れよ!」
「まじかよ……」
正直、式に出るとかそういうの苦手なんだけどな……。
すると、それまで黙っていた少女が、急に手を震わせながら涙をこぼした。
「え……?」
俺も生意気勇者も、思わず目を見開く。
少女は声を発せずに、ただ俯いたまま肩を震わせていた。
「……ちょ、どうしたの?」
生意気勇者が慌てて少女の肩に手を置く。
少女は目を赤くしながら、震える指で地面に文字をなぞった。
――「王子様」
その瞬間、生意気勇者がピンときたように呟いた。
「……もしかして、この子……」
人魚姫が泣き止むのを待って、俺たちは慎重に話を聞くことにした。
まあ、喋れないから、筆談になるんだけど。
彼女が指で砂に書いたのは、こういうことだった。
彼女は、本当に"あの"人魚姫だった。
人間の王子を助け、恋をした。
しかし、結局王子は彼女ではなく、別の女性と結ばれることになった。
「……いや、なんか、すごいな」
「あなたの作り話かと思ってたのに予言だったの?」
生意気勇者が複雑な表情で呟く。
そして、決定的な情報が出てきた。
声を奪った魔女は今も健在。
契約が切れない限り、彼女はずっと声を失ったまま。
「……よし、決まりだな」
俺は立ち上がった。
「この魔女のとこ行こうぜ」
「えっ、いきなり!?」
「このままじゃ埒があかねぇだろ。契約があるなら、それをどうにかすればいい」
生意気勇者は呆れつつも、すぐに頷いた。
「まあ、あなたが動くならついていくけど……問題は、魔女が話を聞いてくれるかどうかね」
「そこは……土産でなんとかする!」
「はぁ?」
俺はニヤリと笑いながら、神殿で作ったお菓子の詰め合わせを取り出した。
「ほら、甘いもんって交渉に使えるだろ?」
「……何その妙な確信」
「まあ、試してみようぜ」
魔女の住処は、薄暗い森の奥にあった。
怪しい霧が立ち込めていて、いかにも「魔女が住んでます」って雰囲気の小屋だった。
「うわぁ、テンプレ的な魔女の家ね……」
「ドアノックするぞー」
俺がドンドンとノックすると、中からハスキーな声が響いた。
「……誰だ?」
「お菓子持ってきましたー!」
「は?」
ドアがガチャリと開き、中から魔女が顔を覗かせた。
見た目は若い美女。だけど、目は鋭く、長年生きた存在特有の威圧感があった。
俺と目が合った瞬間、魔女の表情がピシリと固まる。
「……神竜(見習い)……!」
マジかよ、バレた。
魔女は一瞬身構えたが、俺が手に持っていたお菓子の包みを見て、動きを止めた。
「……それは?」
「贈り物。話を聞いてほしくてな」
俺がニコッと笑うと、魔女は怪訝な顔をしながらも、包みを受け取る。
そして、中のスイーツを見た瞬間――。
「……こ、これは……!」
魔女の目が輝いた。
――よし、いける。
あの馬鹿(地母神)の要求を突っぱねて俺の神殿から持って来た甲斐があったな!!
魔女は俺のスイーツに釣られて、話を聞いてくれた。
「……人魚姫の契約を破棄できるのか?」
俺が尋ねると、魔女は渋い顔をする。
「……できなくはないが、この段階で破棄すると私にもデメリットがねぇ」
「へぇー……どんな?」
「契約は力の源なのよ。それを一方的に破棄すると、私の魔力にも影響が出るわ」
「そっかー……」
俺は頷いた。
すると、魔女が俺をジッと見つめる。
「……あなた、本当に神竜(見習い)なの?」
「まあな」
「……どうしてそんなに、普通なの?」
「普通ってなんだよ」
「もっと傲慢で、圧倒的な存在かと思ったのに……お菓子持って交渉に来る神なんて、聞いたことないわ」
魔女は呆れたように笑った。
「まあ、でも……あなたたちが協力してくれるなら、話はまとまるかもしれない」
そんなわけで、俺たちの交渉は、意外とあっさり平和的に進んだのだった。
続く。