夜明け前――。
俺は、自分の神殿の自分の部屋(とても広い)で寝ていた。
手、足、翼、髪にぎゅうぎゅうと幼い勇者や聖女たちが抱きついて離れない。
「……いや、お前ら、いつまで俺にくっついて寝るつもりだ?」
俺が魔界で助け出した幼い勇者や聖女たちの一部は、未だに一人で寝るのが怖いらしく、夜になると「一緒に寝たい」と言ってくる。
で、「まあいいか」とうなずいた結果がこれ。
寝返り、不可。
動けば吹っ飛ぶ。
まあ、俺が寝返りしなくても、こいつらは容赦なく寝相を爆発させてくるんだが。
俺の顔に足を乗せて爆睡している奴、角や翼を噛んでる奴までいる。
だが、俺はとんでもなく頑丈なので痛くもかゆくもない。
というか、気にしないと本当に気づかないレベル。
まあ、それでも朝になったら起こさないとな。
「おらガキども、起きろーーー!!」
布団をめくる。
手つきは優しくしても言葉は容赦しねぇ。
「ぅぅ……あと五分……」
「ほーん、じゃあ置いてくぞー」
「うわぁぁ!! まってまってまって!!」
起こし方、成功。
顔を洗い、歯を磨き、身支度を整える。
「今日は早いですね」
そう声をかけてきたのは、俺の神殿で働く元勇者の一人。
こいつも元々魔界で捕らわれていたが、俺が助けた後に「神の勇者」の立場を返上して俺に仕える道を選んだ変わり者だ。
「そんなことないぞ? 俺、いつも早起きしてるし」
「……」
元勇者は微妙な顔をしていた。
――まあ、俺が子供たちと寝ないときは、基本的に昼近くまで寝てるのは秘密だ。
朝食を終え、まったりしていたら、神殿に先触れの使者がやってきた。
「誰か来るのか?」
「はい、少し遅れて、少し前に結婚式をあげた元聖女様と、隣国の王子様が到着されるとのことです」
「……え?」
元聖女と王子が、わざわざ俺の神殿に!?
何それ、やばくね!?
急に緊張感が走る。
まさか結婚生活に何か問題があったとか!?
元聖女が「こんなはずじゃなかった……」とか言って、俺に助けを求めに来たとか!?
「ちょっと待って、そういうの困る!! 俺、殴るのと守るのはできても仲裁とか無理!!」
俺は焦りながら、元聖女の顔を確認。
……が。
元聖女の表情は、別に暗くない。
むしろ、王子と並んでしっかり前を見据えた、凛とした顔をしていた。
そして、王子の表情は――。
緊張感に満ちていた。
「……え?」
俺はさらに混乱する。
なんで旦那のほうがそんな顔してるの!?
元聖女が結婚生活に不満を持って王子が必死で謝罪しに来た――とかいう展開なら分かるが、そういう雰囲気でもない。
これは何か別の問題があるな……。
「お久しぶりです、姫様」
元聖女が深々と礼をする。
そして、王子がとんでもなく頑丈そうな宝箱を抱えながら、一歩前に出た。
「これは……?」
「貴殿の抜け毛 だ」
「……え?」
抜け毛???
俺は呆然とする。
「少し前から、貴殿の髪の毛の一部が市場に流れているという報告がありました」
「えぇ……?」
「可能な限り捜索と回収を行いましたが、おそらく回収しきれていないものがあります。 申し訳ない」
「いやいやいや、謝られても困る。抜け毛なんて勝手に処分してくれたらいいのに」
だってただの抜け毛だぞ!?
風呂入るたびに何本か抜けるし、翼の鱗だって定期的に生え変わる。
なのに、王子様がわざわざ国の防衛を手薄にする覚悟で強い騎士を護衛に運んできた だと!?
「最初はその予定でしたが……」
元聖女が申し訳なさそうに答える。
「徹底的に燃やして炭にしようとしても失敗し、詳しく調べたところ――髪に宿った神秘が予想以上に強力であることが判明しました」
「えぇ……」
この元聖女が言うなら間違いじゃないんだろうけどびっくりだよ。
「可能な限り回収しましたが、おそらく回収しきれていないものがあります。」
王子が神妙な顔で続ける。
「本当に申し訳ない……」
「いやいやいや! 俺が謝られるのはおかしいだろ!!」
何この異様な空気!?
俺は必死に考える。
髪の毛が市場に流れるってのは、まあわからなくもない。
でも、燃やしても消えないとか、神秘が宿ってるとか――。
「おいおい、俺の髪ってそんなにヤバいものなの?」
俺は困惑しながら生意気勇者のほうを見る。
――すると、生意気勇者はとんでもなく慌てた様子で王宮に走って行く。全力だから馬より速い。
「……え、そんなに急ぐことなの?」
俺はまだ実感が湧いてなかった。
しばらくして、王宮からの正式な返答が届く。
王女様が、なぜか観念した顔で、俺の髪の束を差し出してきた。
「……王女様?」
俺はぽかんとする。
「言ってくれればあげるのに」
俺が呑気に言うと、その場の人間たちの顔が一斉に「お前、そういう問題じゃねえ!」 という顔になった。
「だってきらきらしたものは集めたくならないか?」
(母さまの髪なら……)
ほら、俺の本能も同意してるっぽいし。
しかし――。
問題は、それだけではなかった。
「……え?」
報告を聞いた俺は、さらに困惑した。
「焼却処分したことになっている髪が、燃えかすも残ってない?」
「はい。それだけではなく、一部のメイドが姫様の髪を記念に持ち帰ったそうなのですが……」
「おい、記念に持ち帰るな」
「その髪も、気づいたら紛失していたそうです。」
「……王宮のメイドだろ? 本当にやばいことをするほど馬鹿な奴なんて……まさか盗まれた?」
なんか切れ者っぽい貴族が静かに頷き俺の言葉に同意する。
場がさらに重くなる。
そして、俺は前に悪魔が言っていたことを思い出した。
『あり得ないとは思うが……貴公が悪魔に手を貸しているということはないよな?』
「……」
背中に嫌な汗 が流れる。
俺は不安になって生意気勇者の姿を探すと、地母神の大神官と一緒に神殿に戻ってきていた。
「……やはり」
大神官は、深刻な顔をして、重々しく言った。
「清らかな乙女は生け贄として最良、ドラゴンの体は素材として最高、神の体の一部は言うまでもありません」
「おいおっちゃん!」
俺は大慌てで大神官の言葉を止めた。
なんだよ『清らかな乙女』って。
「……悪魔や悪魔の信奉者がやることです」
大神官は吐き捨てるように言った。
「そして、もし悪魔側が神竜の力を持つ素材を手に入れていたとすれば――」
俺は、平和な日常の終わりと、新しい戦いの始まりを確信した。
続く。