裁定の神、降臨! そして俺、怒られる
俺の神殿に、とんでもない威圧感を持つ女神がやって来た。
まず最初に思ったことは、「うわ、こええ……!」 だった。
なんというか、気配からして高貴で厳格。
人を裁くことに特化した、完璧な女神 って感じがする。
外見も、いかにもな威厳を備えていた。
だが――。
(魔族とかに襲われたら『くっ……殺せ!』とか言いそうな女神だな)
なんて思ったのは秘密だ。
「……神竜(見習い)よ」
その女神は、鋭い視線を俺に向ける。
「私は裁定の神 である」
その言葉を聞いて、俺の背筋がピンと伸びる。
――ヤバい。これは絶対に怒られに来てる。
いや、なんとなく察してたけどさ!?
厳しい教師に家庭訪問される生徒の気持ちが、今ならよくわかる。
「我は魔王軍への違法な物資提供の調査のため、ここへ来た」
「…………」
――やっぱり怒られるやつだったー!!
俺が何かしたわけじゃないが、俺の抜け毛や鱗 が魔王軍に流れたせいで、こんな大事になってしまったらしい。
調査の名目で俺の尻拭いしてくれるって話らしいけど、めっちゃ厳しい神が近くにいるとどきどきする。
裁定の神には、彼女に仕える下位の神たちまで複数同行している。
彼らは俺の神殿の中を捜索し、抜け毛や抜け落ちた鱗を回収し、裁定の神の確認を受けながら神の力で完全に消去していく。
「……俺の神殿が、なんか除霊でもされてるみたいなんだが」
俺が呆れながら言うと、下位の神の一人が「むしろ今まで放置していたことが問題です」 という感じの顔をしていた。
その中の一人が、俺に近づいてくる。
「神の力を使えば、抜け毛や鱗を一時的に防ぐことは可能です」
「ほう、そりゃいいな」
「ただし、ずっと続けるのは美容によくないので、寝室では――」
「……」
裁定の神が静かに睨んだ。
下位の神はびくっとして、慌てて話題を変える。
そんな中、裁定の神が俺のほうに向き直る。
「神竜(見習い)よ、もう少し神らしく振る舞え」
「……はい」
「そして、もう少し慎重に行動しろ」
「……はい」
俺は、完全に委縮していた。
女神は、俺に小言を言うというよりは、「自身が神らしく振る舞い、慎重に行動することで、俺に気づかせる」 というスタンスらしい。
けど、今のところ俺が気づいたのは、「この女神めっちゃ怖い」 ということだけだった。
そして、そこへ――。
「おーっす、スイーツの新作できてる?」
めちゃくちゃラフな口調で、俺のよく知る女神が現れた。
「この馬鹿」
俺は思わず呟いた。
雑だけど性格はまともだし、この馬鹿の大神官はすげー頼りになるんだけどさぁ。
裁定の神は俺よりこの女神様(地母神)に注意すべきだと思う。
「なに? なんか深刻そうな顔してるけど」
地母神が俺に尋ねる。
「……いや、あんたが言うなよ」
というか、裁定の神の前でその態度はどうなんだよ!?
と、俺がツッコミを入れるよりも早く――。
「地母神」
裁定の神が、静かに呼び止めた。
「……あ、これ小言言われるやつだ」
地母神はさっと逃げようとするが――。
「待て」
裁定の神の一言で動きを止められる。
そして、俺と地母神は並んで、神妙な顔で小言をくらうことになった。
その後――。
「……まじかよ。」
俺は、報告を聞いて頭を抱えた。
俺が空を飛んでいるときにも、抜け毛や鱗を落としていたことが判明。
そして、王宮から俺の髪が流出していたルートも特定された。
「証拠はありませんが、盗みを司る神のやり口にそっくりです」
下位の神(捜査担当)が、慎重に言葉を選びながら説明する。
「奴は、極めて精巧な贋作にすり替えるのを好みます。今すぐの調査をお願いします」
その言葉を聞いた瞬間――。
「……え?」
生意気勇者の顔が、真っ青になった。
そして、自分が携帯している神剣を抜き、凝視する。
次の瞬間――。
「う、嘘……こんな……こんなのって……!」
生意気勇者が、本心から涙を浮かべた。
「……どうした?」
俺が聞くと、彼女は震える声で言った。
「これ……偽物だわ……!」
場が、一瞬で凍りつく。
まじかよ。
盗みを司る神が、いつの間にかすり替えやがったのか!?
生意気勇者は、ギリっと歯を食いしばりながら、拳を握りしめていた。
俺は、その姿を見て――。
「だったら、新しく作ればいいだろ!!」
すぐさま、新しい神剣を作ろうとした。
それも、すごく力を込めたやつを。
……が。
「待ちなさい、神竜(見習い)!」
「ん?」
裁定の神が、俺を鋭く睨んでいた。
「やりすぎです」
「……え?」
「地上の秩序を乱すほど力を振るうつもりですか?」
その言葉に、俺は初めて――。
この女神にガチで叱られた。
数日後。
隣国の地方都市。
そこを襲ったのは、ゴブリンの部隊 だった。
姫騎士は、この街を守るために先頭で戦っていた。
裁定の神を信仰する騎士ではあったが、勇者でも聖女でもない。
それでも普通の人間よりはるかに強く、多少の苦戦はしていたが、勝つことに疑いはなかった――。
だが――。
「……っ!?」
ゴブリンのリーダーが、怪しげな薬を飲んだ。
次の瞬間――。
ゴブリンのリーダーの体が異常なほど膨れ上がり、強化されていく。
「な……なんなの、これは!?」
姫騎士は驚愕した。
そして、状況は一変した。
ゴブリンのリーダーが強化されたことで、姫騎士は彼の攻撃を防ぐので精一杯になる。
結果として、彼女の援護を受けられなくなった兵士たちが、次々に倒されていく。
ある者は命を落とし、ある者は捕らわれた。
そして――。
「ひっ……」
若い女性兵士が、絶望した表情で武装解除される。
その周囲には、興奮したゴブリンたちが取り囲んでいた。
「クケケ……!」
ゴブリンのリーダーが、ニヤリと笑い、降伏を促す仕草を姫騎士へ向ける。
目だけでなく表情も欲望でぎらついていて、降伏すればどう扱われるかは明らかだ。
姫騎士は奥歯を噛み締め、拳を握る。
(くっ……殺せ……!)
口に出そうとしたその瞬間――。
「……おっそいな、俺」
上空から降下しながらその光景を見ていた俺は、ボソッと呟いた。
すでに状況は把握していた。
姫騎士がゴブリンのリーダーと戦っていることも。
兵士たちが危機的状況にあることも。
女性兵士がゴブリンたちに囲まれていることも。
――けど、
俺が本気で速度を出すと、勢い余って宇宙に行ってしまう。
あるいは、地上に着く前にソニックブームで被害を出してしまう。
だから、慎重に――と思っていたが。
「……やっぱいいや」
俺は一気に加速した。
「……!?」
次の瞬間、戦場が轟音で塗りつぶされた。
ゴブリンたちが、次々と吹っ飛んでいく。
あまりにも速すぎて、誰も何が起きたのか分かっていなかった。
「……え?」
姫騎士が、辛うじて目で追えたが、それでもぼんやりとしか見えない。
何かが、光のような速さで動き、ゴブリンを殺しまくっている――。
いや、違う。
俺が殺しまくっている。
ゴブリンのリーダーが動揺する。
その間にも、俺は次々とゴブリンを始末していく。
救援を待っていた兵士たちは、目の前で起きていることが理解できず、ただ茫然としていた。
……やがて。
俺が動きを止めたとき、そこにはもう、動けるゴブリンはほとんどいなかった。
「間に合ったな」
俺は、女性兵士を襲おうとしていたゴブリンを丁寧に潰し終える。
「……は?」
姫騎士は、一瞬何が起こったのか理解できず、呆然と俺を見つめた。
そこで俺は、彼女に向かって声をかける。
「加勢しようか?」
「……っ!」
姫騎士は、驚きながらも、かすかに震える声で言った。
「……お、お願いします……!」
その言葉を聞いた瞬間。
俺は、一歩踏み込んで、ゴブリンのリーダーを正面から殴り飛ばした。
殴った、というより――存在ごと砕いた という表現のほうが正しいかもしれない。
「さて……」
俺は、倒れたゴブリンのリーダーを見下ろしながら呟いた。
「今度は薬かー。まーた解体して調査するのか」
うんざりしながらゴブリンをつついていると、後ろから下位神(捜査担当)が降りてきた。
彼は、妙に装備の良かったゴブリンの装備をチェックし、神妙な顔で言った。
「……これは、魔王軍への違法な物資提供の可能性があります」
「俺の抜け毛以外もかよ」
俺は、正直うんざりした。
その場で崩れるように座り込む姫騎士。
戦いの緊張から解放された瞬間、彼女の体が震え始めた。
俺は、そんな姫騎士を見下ろしながら、ふと考えた。
――なんか裁定の神と雰囲気が似てる気が。
そして、ひとつの結論に至る。
――くっころしそうだから?
顔が双子以上に似ていることに、俺は全く気付いていなかった。
続く。