俺の神殿に、静かな足音が響く。
――来たな。
裁定の神が俺の前に現れた。
相変わらずの神々しい気配。威厳ある佇まい。けど、今はそれよりも――
「神竜(見習い)よ」
彼女の声は低く、冷たい。
「お前は、やってはいけないことをした」
言外に、ただならぬものを感じる。
……あー、うん。まあ、分かってる。
「お前は直接、魔王軍を攻撃した。それは、地上の秩序を乱す行為であり、これ以上の違反があれば、私は処罰せざるを得ない」
まっすぐに俺を見据える裁定の神。その眼差しには、迷いはなかった。
――なるほど、結構マジな警告ってことか。
「悪い、ルール違反は認めるよ」
俺はあっさりと謝った。
裁定の神が一瞬、驚いたように目を細める。
でも、後悔はしてねぇ。
「あの城塞都市がどんな状況か知ってるか?」
「……」
「アレは、俺がちょっとでも助けなかったら、すぐ詰んでたぞ?」
「それでも、地上の問題には過度に介入すべきではない」
「だから、次は直接手は出さねぇよ」
「……そうか」
俺が素直に引き下がるのを見て、裁定の神は一瞬困惑したようだった。
(今まで見てきた神は、基本的にろくでもない奴が多かったが……これは、少なくとも話が通じる)
彼女はそう思っているっぽいが、もちろん俺には分からない。
俺は別に神らしい考えなんて持ってねぇ。ただ、根っこが現代日本人ってだけだ。
でも、裁定の神にそれを知る術はない。
彼女はふっと視線を逸らし、心の中で静かに考えていた。
(今よりも大人しくなってくれれば、理想的なのだが……)
そんな静かな緊張の中、遠くから騒がしい声が響いてきた。
「わー! すごいいい匂い!」
「焼きたて! あったかい!」
「おかわりできるかな?」
元気な子供たちの声が、神殿の奥から聞こえてくる。
距離は結構あるのに、はしゃぎすぎているせいで声が通る。
裁定の神はわずかに眉をひそめた。
「……何だ?」
「さぁ? あいつらが楽しそうならいいんじゃね?」
俺は適当に流す。
でも、生意気勇者が俺の耳元で小声でささやいた。
「裁定の神の機嫌を少しでも直した方が良いんじゃない? 神々の間で評判が悪くなると面倒よ?」
そっか、まあそういうのもアリか。f
「裁定の神、お茶でも飲んでいくか?」
「……よかろう」
裁定の神は少し迷った後、ゆっくりと頷いた。
こうして俺たちは、神殿の来賓用の食堂へと向かった。
食堂に入ると、そこには――
「あら、神竜も?」
おしのびで訪れていた地母神が、メロンパンっぽいものとチョココロネっぽいものを食べ比べしていた。
裁定の神がピタリと足を止める。
(……見られた)
甘味目当てで来たことが、地母神にバレた。
裁定の神は、わずかに顔をそらす。
「美味しいわよ?」
気にした様子もなく、地母神がパンを差し出す。
――まぁ、人間関係っていろいろあるよな。神同士だけど。
「ガキたちは?」
俺が地母神に聞くと、彼女は肩をすくめた。
「あの子(大神官のこと)に『一緒に食べたら駄目』って言われちゃって……」
「あー、立場とかそういう奴」
「私は気にしないんだけどね」
ドラゴンでもある俺に対しては雑にやっても大丈夫らしいんだが、これでも滅茶苦茶高位の神である地母神相手にあれだとまずいらしい。
あいつら元気になったのはいいけど俺基準でも元気すぎるからな。
――とりあえず、俺は目の前のパンを手に取った。
「よし、食うか!」
裁定の神も、無言でパンを手に取った。
そして、一口食べると――
(……甘くて、美味しい)
何かを思い出すような、懐かしい甘さ。
彼女は黙って、静かに味わっていた。
パンのおかわりと一緒に魔法の鏡が運ばれてくる。
最近王妃が改造した奴で、俺も改造後に見るのはこれが初めてだ。
「美味しいものがあるのに余所見するのは、お行儀悪いわよ?」
地母神が、俺が手を止めたのを見てクスクス笑う。
「地母神も見たら夢中になるかもしれないぜ」
魔法の鏡が起動する。
「うわ」
「どういうことだ」
地母神と裁定の神がパンを食べる手を止める。
そこには――俺がブレスをぶっ放した跡が、くっきりと残る平原の光景が広がっていた。
「へぇ、結構キレイに吹き飛んでるな」
「お前は少しは反省しろ」
裁定の神が淡々とツッコんでくるが、俺は気にせず映像を見続けた。
すると、画面に映ったのは――
『これで神竜様に見られることになるのですか?』
姫騎士が、ぴしっとした姿勢でカメラ目線になっていた。
『返答はありませんが、神竜様にご覧頂けています』
そう答えたのは、彼女の隣にいた美形の青年。
――ん? 誰だっけコイツ。
ああ、思い出した。
魔界から救い出した元勇者の一人だ。
今は俺の配下みたいな扱いになってるけど、以前仕えてた神を離れて俺に仕えた戦士だ。
勇者時代ほどじゃないが、姫騎士よりは確実に強い。
『はいっ。神剣探索、がんばります!』
そこまで見ていた俺はしみじみと呟いた。
「技術の進歩ってすげーなぁ」
そんな俺の横で、裁定の神が動揺していた。
彼女の目が、魔法の鏡に映る姫騎士を捉えている。
(……ありえない。だが……こんなに似ているなど……)
目の形、鼻筋、頬のライン。
すべてが、自分によく似ている。
(そんなはずは……)
しかし、どう見ても似すぎていた。
彼女の頭の中に、かつての記憶が蘇る。
(もしや……私の、彼女との、子供……?)
だが、その横で地母神は相変わらず呑気にパンを食べていた。
「おいし~い!」
そして、何も気づいていない。
理由は、性格が雑なのと、裁定の神(神っぽい)と姫騎士(姫騎士っぽい)の格好が全く異なるからだった。
当然のようにこのときの俺も気付いていない。女神と女性で子供が、ってのもだ。
一方、生意気勇者は、鏡に映る姫騎士を見た裁定の神の表情を見て、絶望的なため息をついた。
(……やっちゃったわね)
本人も知らなかった隠し子を実の親に見せつけてしまった。
しかも、見せつけてしまったことにすら気付いていない。
生意気勇者は頭を抱えながら、鏡の中の姫騎士たちの動向を見守るしかなかった。
姫騎士と元勇者は魔王軍の拠点に向かって進んでいく。
俺が吹き飛ばしたおかげで、拠点が完全に崩れてる。
でも、生き残りがいるらしく、こいつらは今から突入するらしい。
「おー、いいじゃん!」
俺が楽しそうにしていると、映像がゆっくりとズームしていく。
そこには、カメラっぽいマジックアイテムを使っている魔法少女の姿があった。
――いや、侍女なんだけど、完全に魔法少女の格好してるから、もう魔法少女でいいや。
王妃付きの侍女の一人で、最近は俺の配下になることを希望してるやつだ。
魔法少女複数でカメラを回してるのかな?
『敵のいない進路を確認。指示を送ります』
魔法少女が小さな使い魔を飛ばし、偵察を始める。
「すげぇ、特殊部隊みたいな動きしてんじゃん」
俺が感心していると、映像の中で姫騎士と元勇者が静かに移動を始める。
無駄な動きは一切なし。慎重かつスムーズな動き。
道が開けているなら最短距離を進み、もし見張りが邪魔なら――
『……ッ』
一閃。喉を裂かれたゴブリンは、悲鳴すら上げる間もなく倒れた。
姫騎士と元勇者は一瞥もせず、静かに前進を続ける。
「うお……姫騎士、やるじゃん」
俺が思わず声を上げる。
ゴブリンを始末すると、2人はまた静かに進み始めた。
見つからないように、音も気配も消しながら、的確に敵の間を抜けていく。
――完全にプロの仕事じゃねぇか。
俺は純粋に感動した。
隣で裁定の神が腕を組み、真剣な目で映像を見ている。
(武力の過剰行使ではなく、人類側戦力の過剰強化で天界の法に抵触しているのでは……)
裁定の神は、そう考えていた。
続く。