王女様の国へ向かう馬車の中、俺は退屈そうに窓の外を眺めていた。
そう、今回は飛んでいない。
こっそり動く必要がある情勢って訳だ。
「姫騎士と元勇者は、今日も危険地帯に突入してるんだろ?」
そう話しかけた相手――生意気勇者は、地図を広げながら目を細めている。
この馬車には俺と生意気勇者の二人だけ。豪華な王宮の馬車だ。
「そうみたい。魔法少女たちからの報告だと、姫騎士たちは“神剣”の手がかりを探して動いている。だけど実際には、禁忌の秘薬が魔王軍周辺だけじゃなく、人間勢力にも流れてるっていう噂まで広がってるみたいよ」
生意気勇者が地図を人差し指でトントン叩きながら言う。
俺はまゆをひそめる。
「禁忌の秘薬? すげー名前になったな。しっかし、そんなもん使って体大丈夫なのか?」
「そもそも、あなたの体から抽出された可能性が高い成分が含まれてるっていうのが厄介なのよ」
――俺の髪や鱗を盗み出して、そこから無理やり作り出したとかなんとか。
盗みの神やその取り巻き神々が関わってるって噂を、地母神から聞いたばかりだ。
「俺の体って、そんなに使い勝手いいもんかなあ……まあ、くしゃみ一発で建物を吹っ飛ばすブレスが出るくらいだし。そりゃポーションにしたらヤバい効果になるか」
そうぼやくと、馬車がガタガタと揺れた。
「だから、王女様の国でも禁忌の秘薬の蔓延を非常に警戒してるわけ。魔王軍も当然使ってるし、人間勢力の中にも闇取引で手を出す連中が出始めたから、大臣たちが頭抱えてるの」
生意気勇者の説明を聞きながら、俺は溜息をついた。
もしそんな変な薬が広まれば、戦局はさらに混乱する。魔王軍だけでなく、王女様の国さえ疑心暗鬼に陥ってしまうかもしれない。
「結局、“神剣探索”どころじゃねぇって話か。姫騎士たちも、実はそっちの情報を集めてるんじゃねえの?」
「可能性はあるわね。姫騎士は“裁定の神の子”疑惑まであるし、余計に神々の思惑に巻き込まれやすい。元勇者は元勇者で、あなたの配下として妙に張り切ってるし」
――姫騎士が神の子だという疑惑は、天界に大きな波紋を投じている。
俺が直接動けない以上、彼女の周囲をサポートする連中が頑張ってるわけだが、禁忌の秘薬を飲んだ奴等が邪魔になる。
なんかもう、あっちもこっちも忙しすぎだろ。
「ま、俺には俺のできることがあるし。とりあえず、王女様や王妃に会って話聞こうぜ」
「あなた、ちゃんと話聞くの? いつもすぐ飽きて寝そうになるくせに」
「生意気勇者、お前が秘書役としてまとめとけよ。俺が寝ても、お前が耳打ちしてくれりゃ大丈夫だろ?」
「相変わらずいい加減なんだから……」
俺と生意気勇者が軽口を叩き合っているうちに、馬車は城門をくぐった。
大きな城門が見えてきて、衛兵たちが恭しく敬礼してくる。
相変わらず、王女様の国の兵士たちは整然としていて、国としての成熟がうかがえる。
ただ、表情にはどこか暗さがあった。最近の不穏な情勢が、この国にも影を落としているんだろう。
王宮に到着すると、すぐに案内役がやってきた。
なんでも、大臣たちが緊急会議を開いているから、俺たちにも出席を求めるとのこと。
「ほらね、やっぱりそうなる」
生意気勇者が呆れ顔で言う。
俺は肩をすくめながら、豪華な回廊を進んでいく。
案内されたのは、王宮の一角にある会議室。
見覚えのある場所だ。以前もここで魔王軍への対策や天界との関係について話し合ったっけ。
扉の前には、きっちりと近衛騎士たちが並んでいる。
彼らは俺を見ると、さっと道を開け、深く頭を下げた。
神竜(見習い)の扱いが以前より恭しくなってるのはちょっと困るけど、仕方ないか。
会議室に入ると、すでに王妃や大臣たちが揃っていた。
王女様は来ていないらしい。聞けば、彼女は別の国との交渉に向かったとか。いやはや、大変だな。
「お待ちしておりました、神竜様。それから生意気勇者殿も」
軍事担当の大臣が深く頭を下げる。
国王が不在なのはめずらしいが、どうやら国王も別件で動いているらしい。
「本日は、禁忌の秘薬が国内に流入しつつある件について、報告とご相談をさせていただければ、と」
大臣の言葉に、俺は素直に頷いた。
「どうやら一筋縄じゃいかねぇみたいだしな。生意気勇者、まとめ頼むぞ」
小声でそう伝えてから、俺は大臣たちの話を一応まじめに聞く構えをとった。
話を聞くと、禁忌の秘薬はどうやら裏ルートで密かに売買されているらしく、国王の目も届きにくい。
魔王軍の残党に加え、人間側の貴族や商人の一部までが利権を求めて関わっている疑いがあるらしい。
「国としては取り締まりたいのですが、流通ルートが複雑化していまして……」
経済担当の大臣が、魔法のホワイトボードに地図と矢印を描き込みながら説明する。
矢印は入り組んでいて、どこからどこへ薬が運ばれているのか、一目ではよく分からない。
「しかも、禁忌の秘薬を摂取すると、一時的にすさまじい身体能力を得るとか、魔力が増幅するとか……危険な噂ばかりが先行し、買い手が絶えないのです」
――なるほど。そりゃあヤバいな。
魔王軍だけならまだしも、人間同士でこの薬の奪い合いなんてことになったら、内乱に近い状況も起こり得る。
「私としては、神竜様にぜひこの問題解決にご協力いただきたいのです。とはいえ、過度な干渉は……」
軍事担当の大臣が言いよどむ。
俺がブレスを撃ちまくったりすれば、地形が変わるような大災害になるってのを分かってるんだろう。
「まあ、分かってるよ。俺が直接動くのはマズいって話だろ?」
俺は言葉を継ぐ。
「だったら、姫騎士たちとか、勇者連中をうまく使ったらどうだ? ……あ、いや、雑に言ったけど」
生意気勇者が小さく咳払いする。
「姫騎士と元勇者は、神剣探索に合わせて魔王軍の拠点や動きを調べています。そこに禁忌の秘薬の流通ルートも絡んでいる可能性が高いんですよ。下手に別部隊を送り込むより、彼女たちの特殊部隊的な活動が役に立つかもしれません」
――なるほど。それなら、自然な流れで「拠点を制圧→情報入手→禁忌の秘薬のルートを潰す」という動きが可能になる。
「分かりました。早速、姫騎士たちと連絡を取りましょう」
大臣たちが頷き合い、メモを取る。
王妃が穏やかな笑みを浮かべていた。
「神竜様と勇者殿がご参集くださって助かりますわ。姫騎士たちもきっと、神竜様のご意向を聞きたいと思っているでしょうし」
王妃は現在、身重でありながらも色っぽさを失わず、そのうえ国王を支える知性と気品も兼ね備えている。
――ほんとに俺の好みなんだよなぁ。国王はもげ……なくてもいいけど少しは痛い目見ろ。
そんなふうに思っていると、王妃が微笑みながら言葉を続けた。
「姫騎士も、元勇者も、“天界絡み”の陰謀を暴くことを強く望んでいるはずです。裁定の神の隠し子疑惑は、まだ当人には伝えられていませんが……いずれ避けて通れないでしょう」
俺は苦い顔で頷く。
姫騎士本人がその事実を知ったら、いったいどうなるのか。
天界が積極的に動き出せば、今まで以上に混乱が大きくなる。
「そんじゃ、とりあえず俺は何すりゃいい?」
大臣たちは顔を見合わせる。
軍事担当の大臣が恐る恐る尋ねた。
「で、できれば、やはり“対魔王軍の抑止力”として存在していただきたく……。ただし、天界との衝突は何とか避けたいので、最終手段にとどめる形で……」
簡単に言えば「いざとなったらブレス撃ってください!」ってことだ。
天界の介入が本格化するまで、一応は踏み止まってほしいということか。
生意気勇者が小声で耳打ちしてくる。
「要するに、王都近辺で待機してくれってわけね。いざとなったら最終兵器扱い……神竜様、どうする?」
「……ま、しょうがねぇな」
俺は大あくびをしながら、適当に返事をした。
うんざりする話かもしれないが、王女様の国には世話になってるし、ここで協力を断るつもりはない。
「姫騎士と元勇者が頑張ってる間、俺も俺でできることをやろう。例えば禁忌の秘薬を作ってる連中がいたら、そいつらを炙り出すとか……?」
王妃が微笑む。
「ええ。それもお願いできれば心強いですわ。王女様がいればもっと上手に外交できるのでしょうけど、彼女は他国との折衝に追われていて……」
大臣たちの表情は少し暗い。王女様もかなり忙しいんだろう。
……早く、このゴタゴタが収まればいいが。
「とにかく、分かった。俺はここにしばらく滞在して、何か起きたら出動する。ブレスは極力撃たねぇようにするから、そこは期待すんな」
「ありがとうございます、神竜様……!」
大臣たちの安堵の表情を見て、俺はひとまず首肯した。
――姫騎士たちが動いて、禁忌の秘薬のルートを潰す。
天界の性格の悪い神々が仕掛けるなら、俺は最終兵器として控える。
そりゃまぁ、平穏どころじゃねえわな。
でも、仲間が命懸けで動いてる以上、俺もダラダラしてるだけってわけにはいかない。
――裁定の神の隠し子疑惑……姫騎士本人が知ったら、どうするんだろうな。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は会議室のホワイトボードに描かれた複雑なルート図を眺める。
この先、いったい何が起きるのか――想像もつかないが、いずれにせよ「普通じゃない事態」が着実に近づいている気がした。
会議を終えた俺は王妃の計らいで、王宮の客室をあてがわれることになった。
久しぶりの豪華な部屋だ。大きなベッドにフカフカの絨毯……だがそんなことより風呂だ!!
部屋にある風呂は無視して王宮最大の風呂にダッシュ!!
心得た女官やメイド達に脱がして貰い、洗って貰い、鏡のように凪いだ広々とした湯に入る。
「ふぅ~~~……」
ざぶんっ……
体を沈めると、緊張がじわじわとほぐれていく。
魔王軍や天界のことはめんどくさいが、こうして湯に浸かっていると少しは気が晴れる。
――姫騎士たちは今ごろ危険地帯か。
心のどこかで申し訳ない気もするが、俺には俺の役割がある。
もし奴ら(神々の刺客)が本気で攻めてきたら、俺が止めてやる。
もっとも、天界法に触れないようにうまく立ち回らないと、また裁定の神に怒られるけどな。
湯を肩まで浸しながら、俺は大きく息を吐く。
少しでもリラックスしておかないと、またいつ戦闘になるか分からん。
――平穏なんて、やっぱり遠いな。
そう苦笑しつつ、俺は湯の心地よさに身を任せた。
とにかく、今は一息ついて、明日からの“面倒ごと”に備えよう。
姫騎士、元勇者、そして魔法少女たちがどんな情報を掴んでくれるのか――そこに期待しつつ、俺は王宮の風呂でささやかな休息を味わうのだった。
続く。
この物語は全44話で完結予定です!