天界の奥深く、重々しい門の奥に広がる巨大な円形広間。そこに俺と生意気勇者は到着した。荒れ果てた回廊を突き進み、粉砕された神殿の欠片を踏み越えてきたが、ここだけは妙に静かだ。
「……空気が重いわね」
生意気勇者が微かに震える声で呟く。
あちこちに砕けた宝玉が散乱している。
――砕けた状態でも圧力を感じるのに、生意気勇者はそんなことない。これってつまり……。
「なるほど、これが“封印の間”ってわけか」
視線を前方に向けると、巨大な魔法陣のような紋様が床に刻まれている。そこから、漆黒のオーラが立ち昇っていた。
「……貴様ら、よくも私の封印を……!」
どこからともなく低く、激昂のこもった声が響く。
次の瞬間、魔法陣が禍々しい黒い光を放ち、空間に大きな亀裂を走らせたように見えた。
「これが、今回の黒幕……?」
生意気勇者が息を呑む。俺は思わず肩をすくめる。大体予想はついていたが、これはなかなか質が悪そうだ。
「そういうことか。封印されてた馬鹿を、誰かが解いちまったんだな」
魔法陣の中心で渦巻く闇が形を取りはじめる。漆黒の髪と瞳を持つ人型の何か。背には巨大な翼を持ち、一目で普通の神ではないと分かるほどの邪悪なオーラを放っている。
邪神としか呼べない存在……どーせ天界を牛耳ろうとして封印とかそんなんだろうけど、力だけはある馬鹿だ。
「まぁいい。おい、邪神(仮称)。今さら出てきて何がしたい?」
俺が挑発気味に問うと、邪神(仮称)はニヤリと唇を曲げた。
「なるほど、貴様が噂の神竜か。天界にまで乗り込むとは、愚かにも程がある。私の計画には、そなたも邪魔だな……」
「計画ね。俺の抜け毛を利用してきた分際で偉そうに」
すると、意外な声が横合いから上がった。
「……その通りです。裁定の神様を幽閉していた連中も、邪神を利用したがっていました。封印に関わる裁定の神の邪魔をすれば、しかし邪神はただの神に扱える存在ではない!」
奥の柱の影から、鎧の継ぎ目がボロボロになった天界の守護騎士が姿を現す。どうやらギリギリまで戦っていたらしく、息も絶え絶えだ。
――本当に邪神だったんだ。
「フフ、事情が分かってももう遅い! 私は完全に復活した。いまや貴様ら如きが止められる存在ではない!」
生意気勇者が剣を抜き、俺は翼を大きく広げる。
「邪神、てめぇが宇宙をどうこうしようが、俺がブッ飛ばすほうが早えよ」
「大言壮語を後悔するがいい!!」
邪神が翼を大きくはためかせると、大広間が激しく揺れ動き、天井の天球がひび割れ始める。どうやらこの空間は邪神の力を解放するほど耐えきれず、次第に崩壊しているようだ。
「この天界ごと消し飛ばしてやる……! 私は絶望を欲するのだ。貴様らの嘆きと絶叫が楽しみで仕方ない!」
「天界ごとってお前……俺じゃねーんだから無理だろ」
うんまあ、俺はやろうと思えば多分できる。
やっても気持ちよくないからやらないけど。
プライドを傷つけられた邪神は、ブチキレた。
邪神が闇と炎を混ぜ合わせたような超巨大な球体を作り出し、空間に叩きつける。天界の基盤が軋み、遠くまで光と闇が入り混じった衝撃波が走った。
「くっ……!」
生意気勇者がバリアを張るが、その衝撃で吹き飛ばされそうになる。俺は急いで翼を振り、彼女を抱き止めつつ、自分も衝撃から身を守る。
「大丈夫か?」
「え、ええ……ちょっときついけど、まだ戦えるわ」
生意気勇者が息を整える間もなく、邪神は次の闇球を撃ち込もうと魔力を高めている。どうやら連発できるらしい。
「……やるしかねぇな。本気モードだ」
俺は翼を大きく振って空に舞う。神竜の全力、ブレスのエネルギーを喉の奥から引き出しはじめる。
「貴様如きが本気を出したところで、私の“宇宙消滅”には到底及ばぬ!」
ぶはっ
――ネーミングがガキっぽすぎてエネルギーの一部と一緒に噴き出しちまったじゃねーか。
邪神が猛々しく咆哮し、空間がヒビ割れるように崩れかける。
名前負けだけど威力はありそうだ。
だけど俺だって負けていない。
ゴォォォォォ!
胸の奥から熱がこみ上げ、喉が焼けるような感覚になる。竜の力を最大限に解放すれば、下手をすれば自分もただじゃ済まないが、ここはやるしかねぇ。
「生意気勇者、下がってろ! 巻き込むぞ!」
「わ、わかったわ! ちゃんと戻って来てよね!」
俺が高度を上げ、邪神との間合いを完全に確保する。そして、邪神も闇球をさらに巨大化し始め、狂気の笑みを浮かべる。
「さぁ、消滅するがいい……宇宙ごと!!」
「……ブチ撒けるのはお前のほうだよっ!!」
ドォォォォォン……!!
喉の奥から捻じ出すように放つ、“全力ブレス” が閃光となって天界全体を染め上げる。邪神の放つの黒いエネルギーと激突し、空間がねじれて波打つ。
あまりにも規格外の衝突。重低音の振動 が天界を揺るがし、見えない衝撃波が何度も襲いかかる。戦いを見守る騎士や生意気勇者は、必死にその波に耐えるしかない。
そして、バシュウッ という空気を裂く音と同時に、邪神の黒いエネルギーが徐々に押し返されていく。
「な、何……!? 私の“宇宙消滅”が……!?」
邪神が絶叫する。俺は喉が焼け切れそうなほど力を出しつつ、さらに “もう一押し” のエネルギーを絞り出す。
「宇宙なんて簡単に消せるわけねぇんだよっ……!!」
ゴゴゴゴゴッ
ブレスの光が何重にも重なり、ついに黒いオーラを完全に呑みこむ。邪神が悲鳴を上げる間もなく、光に包まれ、ドガァァンという轟音とともに爆散した。
閃光が収まり、薄い煙が漂う。そこに邪神の姿はもはやない。天界を牛耳ろうとした最悪の神は、ここに完全に滅びた……。
しかし、その余波で天界の大地が大きく揺れ、崩壊が始まりそうな気配だ。
「や、やばいわよ、神竜! このままだと……天界が……!」
生意気勇者が駆け寄ってくる。俺はブレスを放ち切った反動で膝をつきかけたが、どうにか踏ん張った。
「くっ……まずいな。ちょっとやりすぎたか。邪神には勝ったが、天界まで壊しちまうのは不本意だぜ」
すると、ゆっくりと空間に柔らかな光が満ち、裁定の神が姿を現した。
まさか幽閉から解放されたのか、この騒ぎでどこかの封印が連動して解けたのかはわからない。
「……あなた、邪神を……本当に……」
裁定の神の声は震えているようにも感じる。邪神を封印するために、彼女自身は幽閉され、動きを封じられていたのだろう。
「おう、なんかすげぇ奴だったが、ギリギリ勝ったわ。けど天界がボロボロになりそうだぞ」
俺が愚痴っぽく言うと、裁定の神はほんのわずかに微笑み、天界全体を覆うような光を放った。
ビクンッ と大地が震えたが、やがてゆっくりとその揺れが収まっていく。まるで裁定の神が天界を「落ち着け」と言わんばかりに力を注いだのだ。
「ありがとうございます。私も幽閉されていて、力が及ばず……でも、これで邪神は完全に消え去りました」
「ふーん。じゃあもう天界も平和、ってわけだな。俺たちの用事は済んだし、帰るかな」
ヘトヘトの体をさすりながら言うと、裁定の神が思わぬ申し出をしてきた。
「……あなた、邪神が担当していた地位――最上位の神の席を引き継ぎませんか? これほどの力を持つなら……」
「はあ!? いや、面倒だろ。神の仕事なんて。ぎりぎりやれて重力だけだって」
即答すると、裁定の神は苦笑まじりに小さく頷く。
「そうでしょうね……。ええ、それがあなたらしい」
生意気勇者は呆れたような顔をしていたが、特に反対もしない。
そもそも俺が“神になって天界を管理する”なんて、想像するだけでやってられない。
その後――
最強天界戦士は地母神が身元引受人になった。
そして、地母神は後のことを裁定の神に任せた。
まあそれは俺も同じなんだけどな。
最強の俺と、俺の次に強い奴の上司が裁定の神についたんだから天界内は圧倒的一強状態だ。
盗みの神とかの悪さのした神は罰で謹慎。
姫騎士は地上で過ごせるようになった。
魔王軍は相変わらずだが、神や天界の一部からの支援がなくなれば大したことはできない。
少なくとも俺が出向く必要はなくなるはずだ。
「おわったー」
「神竜様、お帰りなさい!」
王女様や王妃、姫騎士、魔法少女、元勇者といったお馴染みの面々が城で出迎えてくれる。
俺の姿を見るなり、姫騎士が目を潤ませて喜ぶが、実は俺も相当クタクタだ。
「よ、よう……宇宙は怖ぇな……」
盛大に虚勢を張ってみたものの、足元が震えているのを生意気勇者に見抜かれた。
――だって宇宙怖い!
(おそらこわい!)
天界の高度でもすげー怖いんだよ!!
「相変わらず強がり言って……足、ガクガクしてるじゃないの」
「し、してねぇし!」
本人は否定するが、一歩踏み出すたびに膝が笑っているのがバレバレだ。実際、全力ブレスの反動はかなりデカい。
「ふふ、いいではありませんか。王女様、王妃様、何か柔らかいところで休ませて差し上げましょう」
姫騎士がそう申し出ようとすると、王女様が「このまま大広間で休むのはいかが?」と提案する。
「おお、広間か……って膝枕?」
俺は王女様の誘導でソファに腰掛けようとしたが、なぜか王女様の優雅な笑みのままに、その膝の上に頭を乗せられる形になった。
「あっ、ま、いいねこれ……」
疲れがどっと押し寄せ、意識がぼんやり遠のく。柔らかい王女様の膝枕は天国そのものだ。足の震えも一瞬でどうでもよくなる。
「ほら、生意気勇者も何か言ってあげて。神竜様がまた無理して……」
王妃がクスクス笑う横で、生意気勇者が溜息をつく。
「神竜、まったくもう……あんたが余計なことしすぎるから、私のフォローが大変だっての」
愛のある小言が耳に心地よい。どうやら周りが騒いでいるが、俺の頭はすでに休息モードに突入している。
「ごめんって……でも、みんなが無事ならそれで……いい……」
瞼が重くなり、意識が薄れる。王女様の膝枕はひんやりと心地よく、瞼を下ろせば全身の疲労が溶けていく感じだ。
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王女様の膝の上で浅く息をしていると、生意気勇者の小言が遠くに聞こえた。
「まったく、最終的に一番おいしいとこ持ってっちゃうんだから……ま、いいけど。お疲れさま、神竜」
彼女の声を背に、俺は心地よい眠りの中へ落ちていった。
完。