年刊!こち亀!〜ネットミームからテクノロジーまで〜 作:隼河宗
バカがメタルでやってきた! の巻
「海洋開発?」
紅葉が積もった派出所の屋根……を両津が掃除中の話題だった。休憩にと麗子が持ってきたお茶を飲みつつ、両津は地上にいる中川に問い返した。
「えぇ、近年では三井海洋開発ほか、アメリカなども開発を進めています」
「リゾート開発かなにかか?」
「違うわよ両ちゃん」
「本来海も水の下には土がありますよね。地上と同じように、レアメタルや石油などが眠っていると考えられています」
「レアメタルか! ……ほい麗子。ごっそさん」
お茶を飲み干した両津が、派出所の屋根から降りて麗子に湯飲みを返す。
「しかし急に海を開発するって話になるんだ」
『安全保障の文脈デス。今はリチウムイオン電池などのサプライチェーンがほぼ中国の独占状態ですカラ』
と、両津の机でパソコン仕事を終えたクララが話題に加わる。クララは自身で買ったリムレスメガネをクイッと押し上げ応えた。
「はい。クララさんの言う通り、中国は採掘、精錬、そして電池の生産とすべての工程で高いシェアを持っています。それに危機感を持った日本はついこの間も南鳥島沖の開発のために調査船で試掘。レアアースの採掘ができることを実証しました。2027年から一カ月ほどの長期的な採掘も行います」
「それで圭ちゃんの会社と私の会社で人員を出して、民間でも試掘調査をしてるの」
「これから試掘の船を観に行きますが、よければ先輩もいかがですか?」
「そうか! できればクララも連れてってくれ。耐水コーティングの試験もしとこう」
「ちょっと両ちゃん。派出所に誰もいなくなっちゃうじゃない」
「細かいことは気にするな! これがある」
両津は携帯を取り出し電話をし出す
「本田! 今すぐ派出所に来い! なに? デート中? なら乙姫と来い! 人数が多いほうがいい!」
『両津サン?!』
「先輩……それはちょっと……」
「ひどいわ両ちゃん!」
ドン引くクララ、麗子、中川を気にせず一方的に電話を切った両津はそのまままあまあと二人をなだめつつ、派出所前に停めてあるクララ用のハイエースに全員を乗せ、港へ向かうのだった。
車から中川所有のティルトローター機に移り、南鳥島沖の船まで向かう。海を見てはしゃぐクララとそれ以外でトランプなどをしていると、パイロットから合図が入る。
両津が窓から見ると巨大な船体が陽光を反射して白く輝いている。全長二百メートルを超える地球深部探査船を参考に造られた民間試掘船『あかつき』。船首にはクレーンが林立し、甲板の中央にはぐるりと囲まれた巨大な開口部──ムーンプールが口を開けていた。
「おぉ! これがか!」
両津はティルトローター機から飛び降りようとし……麗子が素早く襟を掴む。
「ぐぇっ!」
「両ちゃん、危ないわ。ここは関係者以外立入禁止区域なのよ」
「麗子……いかんぞ……襟は……」
『おぉ! これが中川サンの会社が製造した船デスネ!』
「正しくはうちのグループと麗子さんの会社の共同出資です。技術協力はJAMSTECから受けています」
麗子が帽子の縁を押さえながら、冷静に説明を加える。そのうち、ヘリポートに着地したティルトローター機から、4人とも降りる。
「この船、見た目は研究船だけど、実際は石油掘削技術を応用したレアアース泥専用の採鉱船なの。水深六千メートルまでパイプを降ろせるわ」
『六千メートルデスカ……スカイツリーの九・五倍デスネ』
クララがリムレスメガネを押し上げマジマジと船を見る。
「で、どうやって泥を取るんだ。パイプの先に人を入れてスコップで掘るのか?」
両津が本気で聞いたので、中川が苦笑しながら手を振る。
「違いますよ、先輩。まず、十メートルのドリルパイプを六百本ほどつないで、海底まで降ろします。先端には解泥機が付いていて……」
そのとき、船のクレーンがゆっくりと動き始めた。真っ黒な太いパイプが、一本また一本と垂直に吊り下げられていく。
「あれがライザー管ね。内側と外側の二重構造になっているの」
麗子が指差す。
「外側のパイプでスラリ──―泥と海水を混ぜたものを吸い上げ、内側の細いパイプからきれいな海水を噴き出して、海底の泥をかき混ぜる。閉鎖循環方式っていうのよ。濁りをほとんど出さないように設計されてるわ」
『環境に配慮した設計デスネ。素晴らしいデス』
「へー、泥をかき混ぜて吸い上げるのか。それじゃあ、海底掃除機みたいなもんじゃねえか」
両津が感心したように言うと、中川が真剣な顔で続ける。
「まさにその通りです。海底のレアアース泥は粘土質で流動性が低いので、そのままではパイプを通れません。解泥機の回転刃と高圧海水でスラリー状にして、船上まで連続的に揚げます。今回の試掘では一日三百五十トンを目標にしています」
「三百五十トン! そんなにレアアースがあれば……」
「両ちゃん、泥の価値は量じゃなくて中身よ。正式な内容は伏せられているけど、南鳥島沖の泥であれば……一トンにつき2キロから6キロになるとみられるわ」
「なに! そんなに少ないのか!」
麗子が優しくたしなめる。そのとき、甲板のスピーカーからアナウンスが流れた。
『まもなく解泥機を着底させます。関係者以外は安全区域へ退避してください』
「おおーっ、始まるのか!」
両津が興奮して柵に乗り出す。中川と麗子が慌てて両腕を掴む。
「先輩! 落ちたら六千メートルですよ!」
「両ちゃん、危ない!」
『両津サン!?』
クララ慌てて声を上げる。パイプの先端が海面を割り、ゆっくりと沈んでいく。船上のモニターには、解泥機が海底に到達した瞬間の映像が映し出された。回転する刃が泥を攪拌し、白い泡のようなスラリーがパイプの中を上昇し始める。
「来た……! 本当に泥が上がってくる!」
中川が少し声を弾ませる。両津は腕を組んで眺めながら、いつもの調子で言い放った。
「よし! じゃあ俺が一番乗りでその泥、触ってやる! レアアースの感触を確かめて──」
「だめよ両ちゃん!」
「先輩、絶対に触らないでください!」
『汚染の可能性もありますカラ、やめてくださいデス!』
「なに!」
三人の制止の声が重なった瞬間、両津はすでにムーンプールの縁に片足を乗せていた。振り返る両津、と、船が大きく揺れ、両津は真っ逆さまに海に落ちそうになる。
「ぬおおおお!」
『両津サン!』
と、クララが勢いよく駆け出し足をつかみ、どうにか落ちずに済んだ。
「し、死ぬかと思った……」
『ンもう! 両津サン気をつけてくだサイ』
「いや~ほんと申し訳ない……」
数日後。昼下がり、中川と麗子が不在の派出所にて、両津は新聞を広げて目を丸くしていた。
「なにぃ!? アメリカが公海上でレアメタル掘り始めるだと!?」
机をバンと叩き、立ち上がる。それに対し、麗子の机を借りていたクララがメガネを押し上げジト目で両津を見る。
『両津サン? また何か危ないことを……』
クララがリムレスメガネを押し上げて怪訝な顔をするが、両津はもう電話をかけていた……。
その頃、太平洋上のアメリカ空母甲板にジョディー・爆竜・カレンが立っていた。
『おいジョディー! そっちの空母か潜水艦貸せ! レアアース掘るぞ! パイプを千本つないで六千メートル突っ込めば一発だ!』
「Ryo?! 任務中の電話番号にどうやってかけたの?」
『気にすんな! 今すぐに出せる船はないか!』
「Impossible! 空母は戦闘用よ! 掘削装置なんて積んでないわ!」
ジョディーが電話のスピーカーに向けて叫ぶと、電話はしばらく沈黙した後に切れた。
「ならば」
両津は、どこからか出した潜水服を着るとクララの実験机を漁り始めた。
『両津サン! それは私の最新耐水コーティング剤デス! まだ人体実験は——』
拒否する間もなく、両津は自らの潜水服に銀色の液体を浴びせた。コーティングは瞬時に乾き、両津の体はテカテカに光る。
「よし! これでアメリカよりも先にワシが直接レアアース泥を掘るれぞ!」
『危険デス!』
クララの制止も聞かず、両津は派出所を出る。港でモーターボートを借りると、南鳥島沖を目指して突進した。
……そして三日後。静かになった派出所で、中川、麗子、クララが話していた。
「先輩はいまだ行方不明だそうです」
「両ちゃん……馬鹿なことして……」
麗子は呆れた顔で呟く。
『耐水コーティングした潜水服と酸素ボンベだけで数千メートル潜ろうだなんテ……』
クララがメガネを拭きながら、沈んだ声で応える。そのとき、大原部長が派出所に入ってきた。
「君たち、心配しすぎだ。あいつは生きてるぞ」
「部長……?」
「見てみろ」
大原部長が派出所の古いテレビのスイッチを入れる。ニュースのようだった。画面に映ったのは、南鳥島沖で稼働中の地球深部探査船「ちきゅう」の海底カメラ映像だ。水深約五千七百メートルの海底。解泥機の近くに、テカテカ光る人型の物体がうごめいている。両手で泥をかき分けながら、ゆっくりと指で海底に文字を書いている。
『タスケテ』
「両ちゃん……!?」
「先輩……生きてる……!」
『コーティングが効いてるデス……!』
三人は画面に釘付けになる。大原部長はお茶を飲みながら、いつもの調子で言い放った。
「さ、仕事に戻るぞ。次の日くらいにはケロッとした顔で戻ってるだろう」
画面の中で、人型の物体はさらに大きく『オオハラブチョー』と書き足し、カメラに向かって何かを叫んでいた……。
時事ネタで