北方の山嶺内部の施設にて発見された手帳より、一部抜粋。

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第1話

二○三九年、冬。

脳に埋め込まれたチップが自然と私の意識を覚醒させる。十年以上前に埋植した当時はその違和感に慣れなかったが今となってはもう気になりもしない。

地雷で吹き飛んだ左足と対物ライフルによって消し飛んだ右腕を補うように存在している鋼鉄の義肢に冬の冷気が浸み、接する皮膚から体温を奪っているのがわかる。反射的に義腕を身体から目一杯引き離す。義肢の冷えた金属部に皮膚が触れて凍傷を避けるための所作だが、先の大戦で義体化兵であった彼の身に沁みついた行動だ。

部屋を見渡すと暗く、しかし争いからは程遠い静かさが部屋を満たしていた。

そうだ、此処はエルブルス内部に建造された巨大施設、ノヴォロツク療養所だった。一〇年前から現在へと帰還した私は眠気覚ましのためにも夜の散歩へと出かけた。

療養所と言っても一棟の建物のみを指すのではなく、中規模な都市のような構造で半ば独立した経済圏を有している。向かい側から歩いてくる同志に挨拶を交わしながら路上の電子掲示板で国営放送をチェックする。

世界大戦は未だ終わらず、そう宣言するのは我等が偉大なるツァーリだ。齢九〇を目前としていながら戦前よりも力強く壮健な様子は全国民に勇猛さと安心を齎している。

空にはドローンが荷物を抱えて飛び交っているのが目立つ。それぞれに人工知能が搭載されているので彼等もまた労働者として一部、国民としての権利を有している。はじめは受け入れがたいものもあったが、ツァーリ及び祖国への忠誠心は付き合ううちに犇々と伝わり、今では良き隣人として私は見なしていた。

通りを進み、途中でやや細い路地へ入ると、真夜中というのに明るく、賑やかな建物が目に入る。

クラブ“ベズーミァ”は戦時下では詳細不明の工場であったが今はその役目を終え、人々の熱狂を生み出すようになった。

扉を開ければ暗い室内に重低音とオーロラのように屋内を照らす照明が支配している。

人々もまた多様な様子であり、銀色の皮膚を持つ者や眼窩部にゴーグルのような義体を埋植した者、性別や年齢を特定するのは中々容易ではない。彼らの間に漂うのは退廃的で本能に素直な雰囲気である。安全圏でありつつ戦争という命の危機を意識せざるを得ない空間では皆こうなってしまうのだろうか。

メドヴ―ハを胃に落とし、音楽と民衆の熱狂の中で揺蕩い、白昼夢を見て、終われば床に就く。そうやっていつか来る四度目の大戦への恐怖から目を背け、刹那的な快楽へ意識を割く。やはり戦争はまだ終わっていない。戦場でやってきたことも又、結局は同じだからだ。


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