オーボンヌ修道院の礼拝堂にて、一人の高貴な身なりの少女が祈りを捧げていた。それを見守る護衛の女騎士と、ベテランの傭兵と思われる壮年の男、そしてサジもその場に居た。
尤も、そこに居たのはサジだけではなく、
「…なんでラムザとディリータまで付いてきたのさ」
「僕はシモン先生のところに行くんだったら、挨拶をしておく機会かなって」
「俺もラムザに同じくだ。ティータも学校に入るまでは、アルマと一緒にお世話になってたからな」
「それ、王女様の護衛の方がついでになってない? 不敬なんじゃない? アグリアスさん、この二人を処しちゃいますか?」
何故かラムザとディリータも居たのだった。ベテランの傭兵であるガフガリオンはともかく、身なりは傭兵風だがどこか身綺麗な三人に対し護衛の女騎士ことアグリアスは当初はその得体の知れなさを警戒していた。だが、修道院についてからの当の本人たちがこのような調子のため、いつの間にか毒気を抜かれていた彼女はサジたちのやり取りに付き合ってくれた。
「まったく、貴公らは。…ん? 今ベオルブ家のご令嬢の名前が出てきたようだが…」
祈りを捧げている少女こと王女オヴェリアの邪魔をしないようにしながらも、小声で
「…俺たちの妹の名前がたまたま一緒だっただけじゃないか?」
「そうか。ならば、後でシモン殿に確認するとしよう。高名な貴族のご令嬢と同じ名前の娘を預かっていたとなれば、シモン殿も覚えているはずだ」
ボロを出してしまったディリータが誤魔化そうとしたがその努力もむなしく、どうやらアグリアスは
「これ、極秘任務なんだけれどなぁ。…まぁ、こちらの身分が護衛対象にバレるのは問題は無いから良いけれど」
「何やってンだ、まったく…」
なんとも締まらない状況に、サジとベテランの傭兵のガフガリオンはため息を吐くのだった。
サジたちがオーボンヌ修道院に向かった理由は、オヴェリア王女の身柄を白獅子陣営側で
原作ではオヴェリア王女を北天騎士団で保護すると見せかけて暗殺する予定だったわけだが、どうやらラーグ公とダイスダーグの中で心境の変化があったようだ。
サジは『ガフガリオンと一緒にオーボンヌ修道院までオヴェリア王女を迎えに行きガリランドで保護するように』とダイスダーグからの指示が下った時、原作の知識との乖離からわずかに怪訝な表情をしてしまった。そのサジのわずかな表情の変化に気が付いたダイスダーグは、オヴェリア王女を保護することにした理由を話したのだった。
ダイスダーグが語った理由は、『王族が突然消えれば現王妃の兄であるラーグ公が疑われ、ゴルターナ公に付け入る隙を与えてしまう。オヴェリア王女もこちらで抱え込んでしまえばゴルターナ公が担ぐ神輿を取り上げる事ができ、ほぼ情勢を決することができる。王女を王都ルザリアではなくラムザの治める魔法都市ガリランドへ連れていくのは、王都で不当に幽閉されていると吹聴される可能性を防ぐため』というものだった。
原作ではオヴェリア王女を暗殺し、王家の後継者をラーグ公の血縁者となるオリナス王子一人にしようとしていたのだが、サジが起こした変化により白獅子側の情勢が好転したためか正道を歩む選択をラーグ公はしたようだ。*1
そんな密命を受けてから数日後、サジはガフガリオンと共にオーボンヌ修道院へと向かうのだが、どこから話を聞きつけたのやらラムザとディリータが勝手に同行してきたのだった。
彼らはどちらもガリランドの名代とその右腕としての仕事がある身である。その仕事を放り出してまで来る気であればサジも二人を叱りつけてでもガリランドに押し留めるつもりであったが、二人の公務の予定を調べると用意周到に1週間ほどの空きができるように調整されていたのだ。
それに加えてオーボンヌ修道院との往復の準備も既に整えられた状態で、あれよあれよという間にラムザとディリータは同行し、サジが宇宙猫を背後に浮かべている内にオーボンヌ修道院までたどり着いてしまったのである。
サジがダイスダーグから受けた密命を察した事や、予定を開けるための業務調整力などラムザ達の貴族としての実務能力が高まっているのは実に喜ばしい事である。喜ばしい事ではあるのだが、釈然としない思いを抱くサジであった。
それはさておき、魔法都市ガリランドとオーボンヌ修道院の往復は通常では6日の日程となり、オヴェリア王女側にもそう伝えられていた。しかし、いつも通りサジの魔法での強行軍をしたため、予定より1日半ほど早くオーボンヌ修道院へとたどり着いていた*2。
帰りに関しても貿易都市ドーターで一泊するだけでガリランドとドーターの間にあるスウィージの森での野宿は避けるつもりなので2日を予定しているため、合わせて3日ほどの余裕が生まれていた。この日程の余裕はサジが仕組んだものである。
「アグリアスさん。オーボンヌ修道院を出発するのは予定通りの日でいいですよね?」
「そうだな。早く来てもらった貴公らには申し訳ないが、それまで待ってもらわねばならない」
アグリアスの回答に内心で『計画通り…!』と無駄に悪人面をしながらも、表向きは穏やかな表情でサジはアグリアスと話を続けた。
「勝手に予定よりも早く来たのはこちらですから、気にしないで下さい。私にもそうしたかった理由があるので」
「僕らはともかく、サジも何か用事があったのか?」
「ここの地下にちょっとね。シモンさんに許可を貰わないといけないけれど」
「地下というと、地下書庫のことか? 貴重な書物が保管されているとラキシュ殿から聞いたことがあるが…」
「地下書庫ではなくて、
サジのその言葉に真っ先にピンときたディリータが問いかける。
「まさか、このオーボンヌ修道院の地下に遺跡があるのか?」
「…まぁ、そんな感じだね」
それに対して何故か歯切れの悪い回答をするサジだったが、
「えっ! ということは、サジが持ってた聖アジョラの時代の遺物ってもしかしてその遺跡から?」
「はいラムザ君大正解。ゾディアックポイントを10ポイントあげよう」
「何だそのわけのわからないポイントは。…ってそれは本当なのか!?」
「何だ何だ? 何やら金の匂いがする話じゃねぇか」
ディリータに加えてラムザとガフガリオンも話に加わってきて騒がしくなってくる。
「今、聖アジョラと聞こえたが、このオーボンヌ修道院の地下に聖アジョラに所縁のある遺物が眠っているのか?」
そこに、ラムザの発した『聖アジョラの時代の遺物』という言葉に反応してアグリアスも興味を持ったようだった。
「聖アジョラに直接関係するものとは限らないけれど、聖アジョラが生きていた時代のものらしいってことはシモンさんが判定していますね」
「なんと…! ラキシュ殿が時折一人で地下に籠るのも、それが理由なのか」
「ちょっと待ってアグリアスさん。その話、もう少し詳しくっ!」
アグリアスから聞き捨てならない話が出てきたため、思わずサジは聞き返す。その剣幕にたじろぎながらも、アグリアスは答える。
「あ、あぁ。ラキシュ殿は以前から地下書庫の浅い層で調べものをしていることは度々あったのだが、1年ほど前に旅人を保護した後から地下の奥深くまで入っているようなのだ」
「噓でしょ…! あそこは危険だって知ってるはずなのに一人で行っちゃってるの!? ちょっとシモンさん!! シモンさーん!!!」
アグリアスから話を聞くや否や執務中のシモンが居る書斎へと駆け出していくサジだった。
「退屈な仕事かと思ってたンだが、面白くなってきたじゃねぇか」
「ガフガリオンさんも、古代の遺跡とかに興味があるんですか?」
そんなことをつぶやくガフガリオンにラムザが尋ねるが、
「そんなものには興味はねぇが、金にはなりそうなンでな」
ガフガリオンはお金の匂いに釣られているだけのようだった。どこぞの公爵のように、誰もが古代の浪漫に興味があるわけではないのである。
「貴公はお金でしか価値が測れないのか?」
「生憎、俺は敬虔な聖騎士様と違ってしがない傭兵なンでな」
「聖アジョラの時代のものとなれば、お金では測れない価値のあるものだというのにまったく…」
「ねぇ、ディリータ。もしかして、僕たちがあの時乗ってたアレってとんでもない物だったのかな?」
「あの時はそんな事を考える余裕もなかったが、間違いなくイヴァリースにおいて貴重なものだろうな…」
そんなガフガリオンに対して呆れるアグリアスの横で、ラムザとディリータは今更ながらにホバークラフトの価値を改めて思い知っていた。
だが、彼らは失念していた。この一連の会話をオヴェリア王女もずっと聞いていたことを。それが、このあと一波乱を起こすことになるのだった。