高橋賢治は、クラスでも浮いた存在のガリ勉メガネ男子。バレンタインデーのクラスの浮かれ騒ぎをよそに、ひっそりとある疑問を抱いていた。「クラスの女子全員からチョコを貰える確率って……?」
彼はバレンタインデーなど興味がないフリをしていたが、内心ではクラスの女子全員からチョコを貰いたいと思っていたのだ。
高橋は計算を開始した!
やがて彼は知ることになる。バレンタインというものの狂気を…。
※1話完結の読み切り。
※pixiv、カクヨムにも投稿。
※計算方法や数値等は正確さに万全を期していますが、必ずしも正しいとは限りません。あくまでコメディです。「うわーコイツ何やってんの」くらいのノリでお楽しみください。
※筆者は数学が苦手でした。今も苦手です。
2月14日、朝。私立上板高等学校2年5組の教室。普段から鬱陶しいこの学級が、この日はいつもとは違った鬱陶しさに包まれていた。
コソコソとバッグを弄る女子生徒。周囲をこまめに確認し、中のモノを見せないようにしているのが見て取れる。それを遠巻きに覗き込む男子軍団。
誰も彼もが、自身の”ブツの取引”がまだかまだかと待ち侘びていた。
遥か遠くから輸入される豆を使って作られるという”ブツ”。香ばしい香りとほろ苦い渋さがクセになり、一回食べたら忘れられなくなるという究極の食材……その名は「チョコレート」。
2月14日、我が国ではチョコレートを好意のある人や普段世話になっている人に渡すというイベント「バレンタイン」が開催される。
女性がチョコレートを調達するのに使う平均予算は5千円と言われ、日本の経済を回している。その一方でチョコをもらう側としては、貰ったチョコの数や相手によって”ステータス”が露見するというリスクを孕んでいる一面もある。儀礼と本音、喜びと悲しみ、誇りと嫉妬……二面性のあるイベントなのだ!
クラスで1番可愛いと言われている天川は、茶色味かかった髪を2つに縛っていた。ツインテールも似合うなぁ、などと男子は彼女を目で追いかける。これがアニメか何かだったら、彼女の周りにはお花が舞う演出が施されるだろう。
たむろしていた男子達の前を、すーっと通り過ぎる天川。
「おまっ、天川さん見てるだろバレバレだぞ。」
「は⁉︎みみみ見てねぇーし。」
友人におちょくられ、彼は慌てふためいた。しかしすかさず反撃する。
「そういうキミも髪型いつもと違うんじゃねーの?」
ギャーギャー騒ぎ立てる男子達。しかし、そんな中で1人、騒ぎに参加していない者がいた。最後列の席に座る、メガネをかけて癖っ毛の目立つ彼だ。
高橋 賢治。クラスの学級委員である。優等生として知られ、休み時間まで勉強している姿が度々目撃されている。噂では寝る時以外ずっと勉強しているらしい。
そして今も、彼は休まずシャーペンを動かし続けている。積み重なった参考書の山と計算用の裏紙が、その勉強量を知らしめていた。
そんな彼を気にも留めず、周囲で男子達は雑談する。
「天川さんやっぱ可愛いよなぁ。」
カリカリカリカリ……。高橋はシャーペンを止めない。
「誰に渡すんだろ?彼氏いるよなぁ。」
ずれたメガネを掛け直す。視線は計算用紙を捉えたままだ。
「彼氏って言えばさ、村瀬さんに彼氏できたんだとさ。」
参考書のページをめくる。載っている複雑な計算式に怯むもせず、解説を読み進める。
「村瀬さん清楚っぽいけど、ヤバいよなぁ色々と。」
「彼氏羨ましいかもな。あれを独り占めだぞ。」
高橋は計算する手を止めて、視線を少し上げる。さすがに卑猥な会話が耳に障ったようだ。しかし、彼が「うるさいぞ」と言う前に、話は別の方向へ進んでいく。
「それより、俺たちは”チョコ貰えるか”が大事だぞ。」
「確かに。人のこと羨ましがってる場合じゃないな。」
「ったく、どいつもこいつもバレンタインデーだ〜、チョコだ〜、恋愛だ〜って。何をそんなに浮かれているんだか。」
皆さんは、ガリ勉の高橋くんはそう思っているだろう、とお考えであろう。
否である。
彼の心の声、それはーー。
「今年こそチョコ欲しいなんならついでに告白されて付き合いたい‼︎クラスの女子全員からチョコをされてもいいんだぞ?でも、そうなるのはどうしたらいいんだ…⁉︎」
その結論が「いつもより難しい勉強をやっていれば、カッコよく見えるんじゃね?」という、今現在の行動だったわけだ。
ガリ勉と言えど、そういう心は持ち合わせている。
「しかし、やはり不可能だな。」
彼は静かに視線を落とし、ため息を吐いた。
年齢=彼女いない歴、ただの勉強オタク、恋愛とか興味なさそうな人。周囲からの眼差しはそういったものばかりだった(前2つは事実だが)。ここから逆転チョコGET!なんて考えずらい。
「何も考えずに勉強するかぁ…。」
そう思い、彼は参考書に目を移した。確率の計算を解説しているページだった。それを読んでいて、彼はふと思った。
「クラスの女子全員からチョコをもらえる確率って……?」
バレンタインは情報戦である。他者に「チョコ○個もらった」「キミは?」などと気軽に口に出してしまえば、その先にあるのは”死”のみだ。自分よりステータスが上であろう相手との接触は避け、勝てる相手にマウントを取る……ミスをすれば社会的死があるのみ。バレンタインについて語ることは命がけなのだ。
そんな重大な話を、大っぴらにするはずがない。友人の「俺3個」「僕2個もらった」などは、偽装された数値である可能性が高い。「いっぱい貰ったとバレるとムラハチにされるから」「貰ってないなんて言えば自身の尊厳が失われるから」など理由は様々だろう。
いずれにせよ、正確なチョコ保有量は憶測で測るしかない。言うなれば非友好国の核兵器保有数を推察するようなものだ。
偽りの数値を真に受け、「俺も貰えなかった仲間だー」なんて呑気にしていた。真実が揺らぐ。あいつも本当は貰ってたんじゃないか?あいつは傘増しした数値を報告していたのでは?などと疑念が心を支配し出した。
それに自分もチョコが欲しい。
ぶっちゃけるとクラスの女子全員から貰いたい。それがどれほど難しいかも知らずに、ただ漠然と「欲しい」と思っていたんだ。
ならば、確率を利用して「女子全員からチョコを貰える確率」を求めてみようじゃないか。自身の現状が知りたい。その思いに抗えず、彼は計算を開始したーー!
このクラスは男子20名女子20名の合計40名だ。女子20名がチョコを配る場合を考えよう。
「10代女子がバレンタインに配るチョコの平均数」……ネットで検索するとすぐに出てきた。4.8個らしい。近似をとって5個とする。
この数値が異性に渡すチョコだけなのか、友達や関係者含めて渡すチョコ……いわゆる「友チョコ」……も含めているのかは分からなかったため、ここでは「異性向けも友チョコも合わせた数」と仮定する。
まぁチョコを貰えれば義理でも十分嬉しいし。全員から貰えれば本命も何個かは混じってるだろうし。
女子1人につき、40人のクラスメイトのうち5人にチョコを配布するということだ。女子AからTまでの20人から、自分がチョコを貰えるor貰えないの割合を出せばいい。
この場合、女子Aは40人中5人にチョコを渡す。つまり自分がこの5人に入っている場合が「やったーチョコを貰えたー」ということになる。
そう考えると、女子Aからチョコを貰える確率は5/40、つまり1/8である。
それぞれの女子からチョコを貰える確率が同様に確からしいと仮定しよう(女子Bからチョコを貰える確率も1/8、Cから貰える確率も1/8、Dも1/8……Tも1/8ということである)。
彼はニヤついた。女子全員からチョコを貰える状況を思い浮かべたから。チョコを貰うと同時に告白されて、もちろん全員OK。明るく活発な天川さんも良いが、控えめだけど大人な雰囲気の村瀬さんも良い……悩むなぁ…グヒヒヒヒ。状況を考えるだけでニヤニヤが止まらない。
(注:彼は勘違いしているようだが、”チョコを貰う=付き合う”ではないぞ。)
さて、この確率を求める式は1/8^20になる。(注:^20は20乗の事。「^」の前に書いてある数字を「^」の後ろに書いてある数字の分だけ掛ける。つまり1/8^20=1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8× 1/8×1/8×1/8×1/8×1/8×1/8の値である。)
計算が大変になるため、彼はスマートフォンを取り出し、電卓アプリを起動した。
「えーと、1/8=0.125だから、0.125の20乗……。」
0.125×0.125×0.125×0.125×
エラーが表示された。相当な桁数になってしまうため、こういう簡易的な計算ソフトでは計算し切れないらしい。仕方がないので、分数のまま確率を出すことにした。
1/8の20乗だから、分子は1のままで、分母が8の20乗になる。えーと、電卓によると、8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8×8=1152921504606846976らしい。
つまり1/1152921504606846976、日本語にすると大体「115京分の1」の確率でクラスの女子全員からチョコを貰える……。
あぁ、無理だ。
こんな天文学的確率が舞い込んでくるはずがない。高橋は諦めの表情を浮かべたまま、静かに笑った。虚しい笑い声だった。
「はは……はははははは…………」
彼は笑うのを止めた。恐ろしい事実に気がついたから。
「これを利用すれば、一個もチョコを貰えない確率も出せる……。」
電卓アプリを再び起動しようとして、彼は手を止めた。本当に求めてもいいのだろうか。一個も貰えない確率があまりにも低確率だった場合、その中にいる自分は相当ヤバいことになる。いや自分はモテないと十分理解しているけど、それを数字として算出していいのだろうか。立ち直れなくなるかも知れない。
しかし、好奇心には勝てなかった。高橋は再び思考を開始した。
先ほどの計算で出した通り、1人の女子(女子Aとする)からチョコを貰える確率は1/8。逆に言えば7/8の確率で女子Aからはチョコを貰えない、ということになる。
7/8=0.875。87.5%。なんだ、大体の場合は貰えないじゃないか、と彼は安堵のため息を吐く。
しかし求めたい値であり自分が直面している値は、貰えない状況が20連続で起きる場合である。7/8^20、つまり7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8×7/8。
求めると0.0692……となった。これを%で表すと6.9%である。
6.9%!
なんとも微妙な数字である。
ともかく、これを用いて期待値(“○人全体でチョコを一個も貰えない人数を平均すると△人になる”といった値、すなわち「○人中で一個も貰えない人が△人居ると”期待”できる人数」)を色々出してみよう。
大相撲の試合が行われる両国国技館は10000人入れるという。ここに全国の男子を集めれば、チョコを一個も貰えていない仲間が620人居ると期待できる。全国の男子を集めて55000人入れる東京ドームで野球観戦をした場合、仲間は3410人。
けっこう仲間多いじゃん、ヨカッタ!
「いや待てよ。」
ここで高橋は気がついた。
全国の男子なんて考える意味がない。なんせ、大事なのはもっと身近な場所……そう、この教室なのだった。
このクラスの男子は先述の通り20人。20人のうちチョコ保有数0の人間は何人居ることが期待できるのだろうか?
彼は震える手で電卓アプリの画面をタップした。
集合の人数に6.9%を掛け算すれば、期待値(一個も貰えない人数)が求まる。クラスの男子20人、確率は6.9%を少数で表して0.069として……。
彼は画面に表示された「=」をそっとタップした。
20×0.069=1.38
躊躇なく、答えが表示された。
1.38人。つまり大体1人。
うわ、自分だけじゃん。
ーーー終ーーー
【おまけ】
クラスの女子にチョコを一個も貰えない確率は6.9%という結果だった。
しかし、逆に考えてみて欲しい。
相容れない二つの事象AとBがある時、全体からAの割合を引けば、Bが起きる割合が求められる。これを余事象という。
「チョコを一個も貰えない」と「チョコを一個以上貰える」は同時に起こりえないので、この余事象を使うことができる。
それで考えた場合、”全事象(100%)-チョコを一個も貰えない確率(6.9%)=93.1(%)”となるではないか。
そう。93.1%の確率でチョコを一個以上貰えるのである!希望を持とう。
え?93%の確率で一個以上貰えるのに、なんで俺たちは一個も貰えてないのかって?俺も貰えなかった?確率ガチャ狂ってるだろって?
確率ではないんです、現実では。人気ある奴がチョコを独占するんですよ。
確率論で93%貰えるって方がまだ良いよねぇ。同情します。