それが彼女が私にくれた最後の猶予時間だということは、すぐに理解が及んだ。
一週間という時間の中でやりたいこととお別れを済ませておけと彼女はそう言いたいのだろう。
過去に戻ってきてまず思ったのは、二人とも生き残る道がないかということ。
あんなことを言った手前恥ずかしいけれど、私だって命を無駄にしたいわけじゃない。回避することができるのならばそうした方が良いに決まっている。私という異物が残るのは少なからず不安はあったが、それでも生きたいという気持ちは間違いなく存在した。
だけどそうなった場合に姉を『救護』の道に引きずり込む道がなくなってしまうことに気が付いて、自分に選択肢がないことを悟った。
私ではダメなのだ。『蒼森ミネ』でなければ、意味がない。
それは既に証明が完了した事実であるが故に、私は自分の命を諦めた。
あの一週間は小学校を卒業して学校がないからと精力的にパトロールに取り組んでいた。だから断言できる。一週間後のあの日以外に大きな事件は起こらない。
だから私は、最後のひとときを自分のために使わせてもらうことにした。
そのぐらいは許されると思うし、許してほしかった。
「懐かしいな。ああ、まだこの時期はこのお店が残ってるんだ」
口調も気にせず、ふらりと街を回る。
パトロールと同じようで、少しだけ違うゆったりとした歩みで町全体を巡った。
次の日はトリニティ市街に出て、消えてしまった未来の学び舎の景色を脳に刻み込んだ。
「お姉さま。一日私に付き合っていただけませんか」
その日、姉が何の予定もなかったことを覚えていたから、目一杯甘えてみることにした。
ミネはいきなりそんなことを言い出した私に困惑していたものの、断る理由もないと受け入れてくれた。この頃は『救護』のことでぶつかってばかりだったので、ちゃんとゆっくり話をする機会が欲しかった。
午前中は一緒に外を歩いた。
パトロールなら行かないと言われたが、ただの散歩だと言って押し切った。
無論、盾こそ持って行かなかったものの、中身自体はパトロールである。『救護』を押し付ける気はなく、ただ私の励む姿を見て欲しかった。私が純粋に『救護』の心を持って皆を救いたいと願っていることを、知ってほしかった。
散歩中に怪我人や困り人を見るや否や飛び出していく私に姉は顔を顰めて小言を貰ったが、それでも何かを与えることはできたのだろう。私の姿に何か感じる部分があったのか、お昼前には彼女は私が争いの仲裁に飛び込んでいくのを非難することはなくなった。
「いつも、あんなことをしてるのですか」
「はいお姉さま。喧嘩の仲裁に入ったのは、今日が初めてではありますが」
「仲裁、というには些か攻撃的過ぎたような気もしますが……」
「お姉さま、大事になってからでは遅いのです。治療は『救護』してから考えればいいのですよ」
「それで怪我人を増やしていては本末転倒だと思いますが……」
私が振る舞った昼食を食べながら、そんなことをお話しした。
常識的なことを言っている方が『蒼森ミネ』だなんて、画面越しの姿からは想像もつかないだろう。この普通な女の子の価値観を壊してしまうことに、少なからず罪悪感を覚えてしまう。
ミネは私がいつの間にか料理ができるようになっていたことを驚いているようだった。こういう部分については技術の問題なので持ち帰ることができただけで、ズルみたいなものである。
でも彼女は美味しいと言いながら私の料理を食べてくれて、その光景がたまらなく嬉しかった。
こんな幸せな時間が最初で最後になるなんて信じたくなかったが、まだまだやりたいことがあったので受け入れるしかなかった。
「お姉さま」
「お姉さま!」
「お姉さま?」
「お姉さま!?」
ああ。なんて他愛もない時間なのだろう。
その日の午後は目的もなく、ただ一緒に時間を過ごした。その時間だけはすべてを忘れて、一組の姉妹として、家族として過ごした。
一生分の『蒼森ミネ』を堪能して、逆に私という存在を刻み込ませた。
一人の人間としての私の事を、覚えていてほしかった。
その次の日は両親が休みだったので、二人に思う存分甘えた。久々に駄々を捏ねて家族で外食に連れて行ってもらった。
良い思い出を作ることができた。私にはもったいないぐらい。
「いくら学校がないからと言って、急な呼び出しは困るのだがね」
「そうは言いながらも来てくれるセイアさん、好きですよ」
次の日はセイアさんと過ごすことにした。三月十六日。もう折り返しは過ぎている。
思った以上にアクティブに動く彼女を連れ回して、彼女が困惑しながらも楽しんでいる姿を刻み込んだ。いつもこちらを案じるような顔ばかり向けられていたから、彼女のそういう顔を見ることができて嬉しかった。
彼女と会える時間は少ない。私の家からトリニティまで移動に時間はかかるし、集まったのが昼からだったこともあってあっという間に楽しい時間は終わってしまった。
「それで、今日は一体どうしたんだい? ただ遊びたかったというわけじゃないだろう?」
「いえ、中学に入ったらお互い忙しくなるかもしれないので、今のうちに遊んでおこうと思っただけですよ」
その答えが本当に意外だったようで、セイアさんは驚いた顔を見せてくれた。
あの日私が彼女の部屋に吹き飛ばされたときに見せたような焦りに似た驚愕とは違う、純粋で飾り気のない間抜け面。
今日一日で消えてしまった五年間よりもずっといろんな顔を見せてくれた彼女と別れるのが、とても惜しくて惜しくてたまらない。今生の別れだと分かっているから、涙は見せないけど。彼女が思い出す記憶の中の私は、笑顔の私であって欲しいから。
三月十七日。この日にパトロールをすることで、明後日の薬を届ける依頼を貰う。
このパトロールの時に、当日に入ってしまった別の予定の原因を片付けておいた。
準備はできた。もうすぐだ。
三月十八日。部屋の掃除をした。
スマホやパソコンなど、ロックが掛かっているものを全て外しておいた。
私が死んだときに困らないように。
「ねえお姉さま、お願いがあるのですが」
万が一にも姉があの通り魔の被害に遭わないように、あの道とは正反対の方向にお使いを頼む。
自分で行けばいいと渋るミネに自分は薬を届ける依頼があるからと説得して、何とか彼女を送り出した。
「行ってらっしゃい、お姉さま」
「見送りなんて珍しいですね。そんなに欲しい物だったのですか?」
「ううん、なんとなく。なんとなくですよ、お姉さま」
不思議そうな顔をして家を出た彼女を見送り、私も最終確認を行う。
一週間かけて、コレクションしている医療品のリストを作った。値段、用途、効能、適した場面など、どんな特徴があってどんな風に使うのがいいのか、改めて確認してもいい出来だ。ミネが使うことになっても迷うことはないだろう。
また、戦闘になることは避けられないので、盾と銃の点検も行った。私が戦ったことがあるのは姉と戦った後の手負いの少女だけ。万全の状態の彼女への警戒は、体格差を考えるとミカさんと戦ったとき以上にしておかないとバトンを繋げず終わってしまうだろう。
残弾も確認して、なるべく長く戦えるように準備を済ませておく。私が削れば削るだけ、蒼森ミネの生存率は上がるのだから。
「怖いな。もっと生きたいな」
でも、ミネはもっと怖かったんだろうな。
いきなり襲われて、いきなり殺されてしまったんだから。
正直、私が死んでミネが変わるのかは賭けの部分がある。
ただの死に損になるかもしれない。彼女は私の盾を取らないかもしれない。
それでも、私が死ぬことで辻褄が合うことが多いのだから、信じないことには始まらない。
蒼森ミネが『救護』に目覚めたのが、亡くなった妹の意思を継いだものだとしたら。
百合園セイアが未来を変えることを諦めている理由が、蒼森リナを救えなかったことに起因しているとすれば。
ピースは揃っている。あとは埋めるだけ。
「行ってきます」
最期の挨拶をして、私は死地に向かった。
遠くから、こちらに近付いてくる足音が聞こえる。定期的に鳴り響く銃声の隙間から。
冷たい海に横たわって、私はただ動かない身体でその時を待つ。
ついさっき、私のヘイローは破壊された。通り魔は予定通りに突然攻撃を仕掛けてきて、私も予定通り必死に抵抗した。
五年間救護騎士団の最前線で戦っていた私の技術は体格差を加味しても十分私を助けてくれて、かなり彼女のことを削ることに成功したと思う。正直勝てるかもと思ったぐらいだから、ここまで削ればミネは問題なく勝てると思う。
まあ結局、普通に負けて、普通に殺されてしまったことに変わりはないのだが。
ヘイローが割れた音を聞いた今、いつ自分の意識がなくなるのかわからない。もう銃弾は普通に私の身体を貫通するし、そのおかげでドボドボと血が流れて海を形成している。
「リ、ナ……?」
ああ、やっぱり探しに来てくれたんだ。
もしかしたら来ないかもと思っていたから、こうして姿を見せてくれたことに安堵する。嫌われていたらどうしようとか、そもそも私の死を気にも留めなかったら嫌だなとか、動けなくなってからはそんなことばかり考えていたから、向こうにも家族の情があったことが嬉しかった。
等間隔で刻まれていた音が止まる。新しい獲物を見つけて、その準備をするために。
狂人の向かう先に、私を見て固まっている少女の姿が見える。
ミネ、動かないと。呆然としているだけじゃ、駄目だよ。
「あははははははは!?」
狂人が叫び声と共に突っ込んでいって、ミネを吹き飛ばした。
無防備に突っ立っていた彼女は地面を転がって、そこでようやく自分が命の危機に瀕していることに気が付いたのだろう。立ち上がって銃を構え、黒髪の少女と対峙する。
そこから本格的な戦いの火蓋が降ろされたのだが、ミネがずっと押され気味で戦っていた。
何かがおかしい。姉の動きが悪い。体調でも悪いのだろうかと邪推する。
あれだけ削ってまだ足りなかったのだろうか。そう思ってよく彼女の動きを観察して、そうではないなと判断する。
迷いがある。動揺している。私は彼女が十二歳の少女でしかないことを、忘れていたのかもしれない。自分にできたから、彼女もできると思ってしまったのかもしれない。
そう悔やんでいる私のいる海に、いつの間にか立ち位置が入れ替わっていたミネが倒れ込んできた。その服が私の血で汚れてしまって、申し訳ない気持ちになる。
揺れ動く彼女の目が、もう光の失せた私の目をまっすぐに捉えた。
「リナ……」
ふとミネは何かに気が付いたように別のところに目を向ける。
そしてその存在に心を奪われたまま私に目を戻して、その口を引き結んだ。
何かを決意した瞳。もう揺れることがなくなったその瞳に、私の心は踊っていた。
「あひゃひゃひゃ!!!」
彼女は駆けていく。『蒼森ミネ』を象徴する盾の元へと。
ああ、良い物が見れた。まだ意識があったのは、これを見るためだったのだと確信した。
少女が『蒼森ミネ』へと成る瞬間を、私はこの目に焼き付ける。
「――救護!!」
そうして彼女は、『蒼森ミネ』に成った。
私は彼女の深い
これが、彼女が『救護』を始めた理由。
妄想100%の小説をお読みいただきありがとうございました。
たぶん私にとって最初で最後の転生モノになると思います。
思いついたら止められないもので、内容が内容なので賛否両論あることは自覚してます。
でもこれを残してると他作品に影響が出そうなのでさっさと書き上げて投稿しました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
またどこかで。