ベル・クラネルは元来の人の良さから爆速でガネーシャ・ファミリアに馴染んでいった。
ザルドおじさんはともかくとして、
向こうの世界の親父を筆頭とした癖強な人間に揉まれた影響か。はたまた世界中を旅した経験からか。ベルは大概の人と仲良くなれるコミュ強兎になっていた。
取り分けモンスターのテイム経験者にポケモンを託した事から、諸々の相談に乗っている内に親交を深めていった。
「おーい、ベル―。ヨーテリーがハーデリアに進化したら言う事聞いてくれなくなっちゃったんだけど、どうすりゃ良いの?」
「あー。ちょっと言いにくいんですけど、トレーナーとして認めてないんだと思いますよ」
「マジで!? ヨーテリーの時は言う事聞いてたのに!?」
「ヨーテリーは素直に言う事を聞いてくれる、初心者にもおススメのポケモンなんですけど、ハーデリアになると主人に見合わない人には従ってくれないんですよ」
「ぬあああー! 進化させたのは時期尚早だったかあ!」
「僕も付き合いますので、認めて貰えるように頑張りましょう」
ある時はポケモンに関する悩みを親身になって聞いてあげたり。
「初めは上手くやっていけるか不安だったけど、付き合ってみたら案外良いものね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「戦いの時に頼りになるのも勿論だけど、いつ見ても惚れ惚れするような美しさだわ」
「向こうの世界の芸術家がこぞって彫刻を彫るくらいですからね」
「へえ。わかってるじゃない、異世界人も」
「美しい物は世界の壁を超えますから」
「そうそう、そうなのよ! やっぱりゴーリキーの筋肉の素晴らしさは異世界共通なのね!」
時にはポケモンの自慢話に付き合ったり。
「…………はあはあ。ベ、ベル君。ベル君には、彼女さんとか、居たりする、のかなぁー?」
「えっ? い、いやいや、いませんよ! 女友達は多い方だと思いますけど、今まで彼女なんて出来た事ないです!」
「でゅふふふふ……つまりベルきゅんはぁ、童貞兎さん、なんだねぇ? だ、だったらぁ……お、お姉さんが良い事、してあげよう、かなぁ?」
「おい、誰かお巡りさんを呼べ。ショタを狙う変態が出たぞ!」
「馬鹿、あいつも俺達もお巡りさんだろ」
「…………あっ。向こうから【静寂】が凄い形相でやって来て――(諦めの極致の顔)」
「【
「「「「ぐわああああああああああああああ!!」」」」
短期間で琴線に触れてしまったのか、
我が物顔でアルフィア(ついでにザルド)が『アイアム・ガネーシャ』に居ついて時折問題を起こしているが、いずれ【
というか【静寂】に真正面から物を申す
ザルドは初めは遠巻きにされていたが、厨房に入って手料理を振舞うことで馴染み始めていた。アルフィアによる『耐異常』貫通劇毒物生成を未然に防ぐため、今や厨房の主みたいになっている。
おかげで毎日美味しい料理を食べられて、ベルの保護者達の評判も上々――ごめん、アルフィアのやらかしで功罪相殺されていた。
とはいえアルフィアもアルフィアでガネーシャ・ファミリアに貢献している。毎日団員達に稽古をつけ、【ステイタス】をめきめき上昇させていた。
「ぎゃあああああああ!! 死ぬ!! 死んじゃう!!」
「お母さああああああん!! 助けて、お母ぁああああああああさん!!」
「……うへ、うへへへ。自分より年下の美女に成すすべもなく蹂躙される快感……良い♡」
「あああああ……あああああああああああああああ(精神崩壊)」
「うおおおおおおお!! やめてくれアルフィア!! 俺の子供達が死んでしまう!!」
ガネーシャ・ファミリアの団員達も、ありがたいアルフィアのお稽古に阿鼻叫喚を上げて喜んでいた。『
……ところで変態混じってない? 怪しいお姉さんといい、治安維持を担うファミリアに癖強な眷属が平気な顔で混じってるのも、ガネーシャの神徳が成せる業なのか。いや、ちゃんとお仕事はしてくれるんだけど。
なんだか凄い事になっているが、とにかくなんやかんやベルはガネーシャ・ファミリアで頑張っているのだった。
ガネーシャ・ファミリアの団員達が戦闘訓練を行う広い庭。
最近はアルフィアの無法で大きな穴が空いていたり、緑が消失したりと散々な目に遭ってはいるが、ベルの手持ちのポケモンの尽力により元の状態に保たれていた。
岩や地面ポケモンが地面を均し、草ポケモンが『グラスフィールド』で草木を生やす様子は、もはやガネーシャ・ファミリアの名物になっている。
今日も今日とてサンドパンとオリーヴァが庭を修繕していた。
先ほどまでアルフィアに誇張抜きで死ぬ寸前まで扱かれていた団員達は、ヤバソチャの『おもてなし』と『いのちのしずく』で癒され、カイリキー達格闘ポケモン達に死んだ顔で運ばれている。
とりわけ怪しいお姉さんは念入りに潰されていた。陰鬱な雰囲気と相まって死体にしか見えない。
でもまあアルフィアから事故扱いで処分されそうになったのを生き残っただけでも偉業である。
なおこの後【ランクアップ】した。
ちなみに約一名、カイリキーの筋肉に『メロメロ』になっている女性団員だけはまだ元気そうだった。手持ちのゴーリキーに見られ後に修羅場になるが余談なので置いておこう。
ガネーシャ・ファミリアの中にもポケモンに思うところがある者もいたが、こうして散々世話になっているため、今では馴染む所か感謝している者さえいた。
団員達が運ばれ庭が完全に元通りになった後、ベルとアーディが武装して対峙していた。
ベルの片手には短めの木剣が無造作に握られ、アーディも通常の長さの木剣を堂に入った構えで握りこんでいる。
「よーしベル。今から打ち込んでいくから、上手い事いなして見せて。隙があったら反撃してもいいよ」
「わかった! なんとかやってみる」
ベルはこう言ってはいるが、アーディのレベルは3である。【ステイタス】がドーピングで増えているものの、つい最近『恩恵』を得たばかりのレベル1がまともに受けられるはずもない。
「その意気やよし! じゃあ、本気でいくからね!」
ならば手加減をしてくれるのかと思いきやそんな事はなく、アーディは目の前のベルを全力で叩きのめすべく、鍛え抜かれた技と【ステイタス】を余すことなく生かして斬りかかった。
木剣とはいえレベル3に全力で攻撃されれば大怪我をする事は間違いない。
哀れな血まみれの白兎が出来上がるかと思ったが――。
「――ふっ!」
軽く息を吐いて、レベル1とは到底思えない『力』で木剣で攻撃を捌いて見せた。
とはいえ流石にレベル3の『力』には及ばす、ベルが軽い手の痺れを感じて眉を顰める。
「甘いっ!!」
その隙をアーディが見逃すはずもなく、横薙ぎの斬撃がベルを打ちのめそうとしていた。
だがベルは異常な速さでぬるりと前転をし、アーディの攻撃を避けてみせる。
「嘘っ!? なんなのその気持ち悪い前転!?」
「ミアレシティで鍛えた前転回避だよ。街に住んでる野生のカエンジシの群れの『だいちのちから』も避けてきた、僕の自慢の技だ」
「どんな無法地帯なの、そこ!?」
「無法地帯じゃないって。ちょっと野生ポケモンが街を浸食して来たり、夜中に不意打ち上等のポケモンバトルをやったりするだけで」
「今のオラリオよりやばい場所じゃん!!」
実際現在の
混乱しつつもアーディは生じた隙を見逃すほど柔ではない。すかさず唐竹割で脳天を狙う。だが、今度はバックステップで軽々と避けられてしまう。
しかし、その事を読んでいたアーディは手首で剣筋を整え、神速の突きを放った。
例え
「『まもる』!!」
ベルがそう叫ぶと、透明な壁がアーディの突きを防いだ。
一部の例外を除き、あらゆる攻撃を完全に防ぐポケモンの技『まもる』である。アルフィアの提案で最優先で覚えた技だ。
「ひゃっ! やっぱりずるいよ、それ!」
必殺の一撃を防がれアーディが姿勢を崩す。その隙を逃さずベルは追撃を放った。
だが、先ほどまでの見事な防御や回避と異なり、あからさまに武器を使い慣れていない力任せの一撃だ。
もちろんそんなしょぼい攻撃がアーディに通じる訳もなく簡単に木剣で弾かれ、その衝撃で手元からすっぽ抜けていった。
「ああっ!?」
「隙あり!」
慌てるベルに、アーディが素早く体勢を立て直し斬りかかる。
「いよっと!」
だが、やはりベルには容易く避けられる。これでも通じないのかとアーディは眉を顰めた。
剣を取りこぼしたベルは格闘術に切り替え、拳を構えた。
以前マスタードの道場で習ってはいたが、ベルに格闘術の才能は無い。だが、それでも鍛錬は続けていたため、慣れない木剣で斬りかかられるよりも遥かに油断はできない。
じりじりと間合いを測り、両者が睨みあう。
このまま決定打に掛けながら戦いが長引くかと思われた瞬間、どこからともなく力ある言葉が放たれた。
「【
超短文詠唱から放たれる、規格外の音の魔法。
不可視の衝撃波が二人をまとめて薙ぎ払う。
「えっ? きゃああああああああ!」
「っ――!」
アーディは突然割って入られた魔法に成すすべなく吹っ飛ばされた。例え不意打ちでも同格相手なら防御姿勢くらい取れただろうが、相手が悪すぎる。
一方ベルはあわや吹き飛ばされる寸前、姿を消した。試しに覚えたものの、そのまま忘れずにいた『テレポート』を使用したのだ。
「よし、回避成功――」
「【
不意の一撃を凌いだと安堵したのも束の間、姿を現す場所を予測していたのか追撃の鐘の音が鳴った。
「……っ!?」
それでもベルはなんとか『まもる』を使って攻撃を防ぐ。『まもる』は強力な反面、連続で使うと失敗しやすいが、間に『テレポート』を挟んでいたおかげで助かった。
「【
その心の緩みを狙うかのように、無慈悲のスペルキーが唱えられた。場に残っていた音の魔力が炸裂する。
なんの遠慮容赦もない冷徹な一撃に、哀れな兎が狩られると思われた。
「ぬおおおおおおおお!!」
だが、どこかおっさんっぽい叫び声を上げながらも、ベルが前転して音の塊を避け切る。
ちょっと連続攻撃されたくらいで食らっていたら、今頃
前転した後も素早く立ち上がり、追撃はこないかと警戒し腰にぶら下がっているクレッフィに手を掛けた。
アーディ相手なら最後まで自分の力で対処しようとしたが、今は相手が悪すぎる。これ以上魔法を使われるのなら、クレッフィの力を借りるのもやむなしだった。
「さあ、やるよクレッフィ!!」
「クレっ!?」
……肝心のクレッフィは、えっ? アレと戦わなくちゃいけないの? って感じで冷汗をダラダラ流しているが。
「ふむ。残身も問題なし。上出来だ、ベル」
しかし、ベルが危惧した四度目はこなかった。
代わりに庭の大木の影からアルフィアが姿を現し、魔法を凌ぎ切ったベルを褒め称える。ベルとクレッフィは露骨に安堵のため息を吐いた。
……ちなみにこの大木、ついさっきまでアルフィアに吹っ飛ばされた団員がぶち当たって、折れそうになっていた。オリーヴァがいなかったらそのまま伐採されていただろう。
「あはは、ありがとうお母さん。でも、いきなり魔法でぶっ飛ばそうとするのやめてね。滅茶苦茶焦った……」
「
そう言いながら、一撃目で吹っ飛ばされたアーディを冷ややかに見遣る。
ベルも対象だったからか、先ほどの訓練とは比べ物にならないくらい手加減されていたため、アーディはどうにか自力で身を起こすことができた。
「あたた……いやでもアルフィアさん。普通、あんな強い・速い・長射程の三拍子揃った見えない魔法をいきなり使われたら避けられないって」
「僕は避けられたけど?」
「それは君がおかしいの。本当にレベル1なの? 私の攻撃も平然と避けてくるし」
アーディの言う通り、実際ベルの身体能力は出鱈目だった。冒険者になる前からレベル1のヘルン程度なら無傷でいなせたのだ。
実際に『恩恵』を得た今ではベルはレベル3にも互するレベル詐欺兎だった。
「小娘の言う事も間違ってはいない。防御だけならレベル4――いや、下手な第一級冒険者すら相手にできるだろう」
「ええっ!? 流石にそれは言い過ぎじゃあ……」
「お前が来るまでの間、レベル5相当のサンドパンがじゃれあいと称して本気で爪を振るっていたぞ」
アーディが無言でベルと遠くで観戦していたサンドパンを見遣る。ベルもサンドパンも傷なんて一つもついていない。
二人は『シンクロ』して照れたように頭を掻いた。
「なにやってんの!? いや、ちょっと遅れた私も悪いんだけどさ!」
「いやあ、サンドパンも元気が有り余っていたから」
「サンサンっ!!」
サンドパンが元気いっぱいに爪を振り回す。
レベル3の身でも視認が難しい素振りに、アーディはベルの強さの認識を一段階どころか二段階上げた。
「という事は……ベルは実質レベル5!?」
「そんな訳あるか。防御は第一級だが、攻撃はまるで駄目だ。これなら経験を積んでいるレベル2の方が遥かにましだ」
「……うっ。確かに攻撃はずっとポケモン任せだったけどさ」
アルフィアがそう断言する。実際ベルもそう思っていたのか、痛い所を突かれて呻いた。
アーディに一撃入れるどころか返す刀で獲物を吹っ飛ばされたのだ。なんならレベル2間近のレベル1にすら攻撃が当たらないかもしれない。
いくら速くとも素人丸出しの予測しやすい攻撃は、経験を積んだ冒険者には通じない。
身体能力は十分過ぎるくらい高いのだが、攻めにはまるで向いていないのが現状だった。
「比較的扱いやすい短剣を試させたが、これなら持たない方がマシだ。攻撃はせず常に防御を意識しろ。どうしても仕方ない時だけ格闘か
「うう……。わかったよお母さん」
素直にベルは母の忠告を受け入れる。
何故なら――。
「明日、いよいよ
練習すればいずれ武器の扱いも上達するかもしれないが、その時間がもはやなかった。
ベルは明日のためにやれる事は全てやってきた。それでも強欲にも自身で戦えるよう訓練をしていたが、結局はポケモン頼りになりそうだ。
だが、それで良いのかもしれない。
何故ならベルは冒険者である前にポケモントレーナーであるからだ。
だからトレーナーとしてベルは全力を尽くすつもりでいる。
心の中で明日への決意を固めていると、ふとアルフィアが憂い顔をしている事に気づいた。
「どうしたの、お母さん? 何か心配事?」
「あははははは! おかしなベル。アルフィアさんに怖い物があるわけないじゃない!」
心配してベルが声を掛けるが、アーディはあり得ないと笑い飛ばした。
あれだけガネーシャ・ファミリアで傍若無人に振舞っていたのだ。誰が何と言おうとも残当な判断だった。
「…………ふん!」
「あいったあああああああ!?」
自覚はあるのかアルフィアにしては優しい【
それでもあまりの痛さにアーディが地べたを転げまわる。
傍に控えていたヤバソチャがやって来てすかさず『おもてなし』のお茶っぽい飲み物を渡して来る。
アーディは涙目になりながらもふーふー冷ましながら飲み、頭のタンコブを癒していた。
アルフィアがその光景を鼻息一つで視界の外に追いやると、ベルに向かい合う。
「癪だが、小娘の言う通りだ。別に何もない」
「本当?」
ほんのちょっとチョップのキレがなかった事から、ベルが不安そうな声で真偽を問いかける。
「ああ。本当だ。…………ただ一つだけ」
一息置いて、アルフィアが本心を吐露する。
「あの絶対悪が、このまま冒険者達に温い勝利を献上するとは思えない。そう思っただけだ」
胡散臭い元共犯者のうすら笑いを思い浮かべ、アルフィアは眉を潜めた。
「――さあ。準備は整った」
同時刻、人工迷宮『クノッソス』にて。くしくもエレボスはアルフィアの想像通りの笑みを浮かべていた。
「待たせて悪かったな、
部屋の片隅に潜む何者かに向かって、大げさに両手を広げながら宣言する。
「さあ、始めようか!! 『絶対悪』の時間を!!」
絶対悪の友人は、愉快そうに笑う邪神を静かに見つめていた。
エレボスの友人…………そうか、貴様が黒幕だったのだな、ヘルメス!!
冗談(?)はさておき、ベル君の《スキル》も分からない事がまだあったり、さらっと魔法を取得していますが、詳細は今後の展開で明かしていきます。