SEKIRO: SHADOW DIES AGAIN, in KIVOTOS 作:まーぼーどーふ
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投稿遅れてすみません……!
粉塵の向こう、立ち塞がる影。葦名ミツル。
互いに刃をだらりと下げ、間合いを測る。
(……見知った構えだ)
隙がない。その身から立ち上る静かな気迫は、かつて葦名の地で幾度も刃を交えた将をありありと思い出させる。
張り詰めた糸のような静寂。
舞い散る粉塵すらも空中で静止したかのように錯覚する、極限の間。
風が、凪いだ。
刹那。ミツルの指先が、僅かに弾けた。
シュガッ。
反射であった。狼の左腕が動き、射出された独楽手裏剣が夜の空気を裂いて飛ぶ。
牽制。相手の出鼻を挫く、忍びの常套。
手裏剣が刃で弾かれる甲高い音。
それを合図に、狼は爆発的に地を蹴った。
一息に間合いを消し去り、右手の楔丸を鋭く振り抜く。
キィィィンッ!
重い鋼の響きと共に、火花が散る。
だが、刃が交わったのはほんの一瞬に過ぎなかった。
手応えが、軽い。
ミツルは刃を受けた反動を利用し、ふわりと、羽虫のように後ろへ大きく跳躍していた。
空中に身を置きながら、その背に負った大弓が既に番えられている。
早い。見事な弓引き。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ───。
矢継ぎ早に放たれる三本の凶弾。
狼は疾走の勢いを殺さず、楔丸を流れるように振るい、迫る矢を的確に弾き落とす。
カァン、カァン、カァン。
手首に伝わる重い痺れ。だが、四射目が来ない。
(……遅らせたか)
コンマ数秒の溜め。
空気を劈く、四本目の矢。弾くのは愚策。
狼は極限まで姿勢を低くし、頭上を掠める風切り音をやり過ごす。
そのまま、地を這う獣のような重心でさらに踏み込む。
ミツルは着地し、弓を構えたままだ。
ガシャンッ。
狼の左腕、その絡繰りが重い音を立てる。
繰り出すは、仕込み槍。
その切っ先を突き出し、全速力で突撃する。貫き、肉ごと引き剥がす。その算段であった。
だが。
(……妙だ)
幾多の死線を越えてきた忍びの勘が、警鐘を鳴らす。
ミツルの体勢。
弓を構えながらも、矢は番えられていない。
ただ、弓の柄と太い弦が、不自然な空間を作って待ち構えている。
罠。突進の勢いを利用し、弦に首を滑り込ませて斬首する気か。
それに気付いた時には、既に突撃の勢いを殺せる間合いではなかった。
足が、止まらない。
瞬時の判断。
狼は突き出した槍を即座に引き戻す。
カチッ……ゴシュッ。
義手の絡繰りが、密かに別の機構へと噛み合う音。
それは狼の意志に呼応する、死の淵での機転。
踏み込んだ狼の首が、ミツルの構えた弓の柄と弦の間へと滑り込む。
「……もらった」
ミツルの冷たい声。
ピアノ線にも似た弦が、刃の如く狼の頸動脈を刈り取らんと迫る。
致命の斬首。
だが、弦が肉に食い込むより僅かに早く。狼の左腕が、足元の瓦礫へと向けられていた。
筒口から放たれる猛火。
吹き出した炎が、密閉された弦の空間と、舞い上がっていた粉塵を一気に引火させる。
局所的な粉塵爆発。
「チッ……!」
爆風と熱線に焼かれまいと、ミツルは舌打ちと共に弓の拘束を解き、強引に後方へと身を翻す。
引き剥がしには成功した。
だが、至近距離での爆発。
狼の首元から左肩にかけて、皮膚が焼け爛れ、焦げ臭い煙が立ち昇る。
肉が焼け、血が沸く臭い。
互いに痛手を負い、数間の距離を置いて再び対峙する。
冷たい夜風が、焼け焦げた肌を撫でる。
◇◇◇
粉塵が晴れる。
再びミツルが狼と対峙した時、彼女の瞳に映ったのは、修羅の如き異様であった。
狼の右手に握られた楔丸。その刀身には、紅蓮の炎が纏いついている。
奥義・纏い斬り。
殺しを極めた忍びにより見出された、殺すための業。
狼の左半身は、先程の爆発で皮膚が焼け爛れ、痛々しい赤黒さを覗かせている。だが、その貌に動揺は一切無い。
まるで痛みなど感じていないかのように、ゆったりと、炎の刃を正眼に構えた。
(……化け物め)
ミツルもまた、弓を背に回し、刀を構え直す。
背筋を駆け上がる、死の冷気。
先にやらなければ、確実にやられる。
直感が、ミツルの身体を前へと弾き出した。
狙うは、心臓。
一足飛びに間合いを消し去り、全身のバネを乗せた必殺の突きを放つ。だが、狼はそれに応じない。
突進してくるミツルへ向けて、炎を纏った刀を、下から上へと急速に振り上げた。
ゴォォォォッ!!
刃から迸る炎が、二人の間に漂っていた粉塵の檻に引火する。
二度目の、粉塵爆発。
「なっ……!?」
先程よりも大規模な爆風が舞い上がり、新たな土煙がミツルの視界を完全に奪い去った。
熱と煙。一寸先も見えぬ暗闇の中で、ミツルは瞬時に悟る。
(ここで、俺を仕留める気か)
カチッ……カチッ。
煙の向こうから、あの不気味な義手の絡繰り音が、二回、連続して鳴った。
ミツルは即座に刀を納め、背の大弓を構え直す。
異音が鳴った方向へ、感覚だけで鏃を向ける。
ミツルは、己の弓の腕には絶対の自信があった。
見えなくとも、音で射抜ける。
シュガッ、シュガッ。
軽い風切り音と共に、手裏剣が飛んでくる。ミツルは身を捩り、最小限の動きでそれを躱した。
弓を使うと読んだ狼が、手裏剣の音で撹乱しようとしているのだ。
(……焦るな)
矢鱈に引き放てば、隙を晒す。
粉塵の中で鳴る音は、全て同じ、手裏剣の軽い金属音。
だが、その中に必ず『本命』が混ざるはずだ。
手裏剣とは異なる、長く重い刀身が空を切る音。あるいは、踏み込む足音。
それが聞こえた瞬間に、持てる力の全てを乗せて射抜く。
耳を、全身の神経を研ぎ澄ませ、ミツルはその『瞬間』を待つ。
───キィィン。
鳴った。
手裏剣の軽い音ではない。長く、甲高い、鋼の擦れる音。
(そこだ……ッ!)
楔丸の太刀筋だと確信したミツルは、音の発生源へ向けて、全力の一矢を引き放った。
ズドッ!!
矢が粉塵を切り裂き、確かな手応えと共に突き刺さる。風穴を開けられた狼が、血を吐いて倒れる。
───その、筈だった。
矢が切り裂いた煙の隙間から覗いたのは、地面に突き立てられた、無骨な『仕込み槍』の刃であった。
狼の姿は、無い。
「……しまっ」
背後。
気付いた時には、背中から凄まじい衝撃を受けていた。
狼が、真後ろの暗がりから飛びかかってきたのだ。
完全に虚を突かれたミツルは、抵抗する間もなく体勢を崩され、廃墟の冷たい床へと押し倒される。
仰向けに倒れたミツルの首筋へ、狼が馬乗りになり、冷たい楔丸の刃を突きつけた。
完全なる、死に体。
狼の瞳に、致命の機が赤く灯る。
振り下ろせば、此奴は終わる。
だが、刃に力を込めようとした、その刹那。
『だから……殺さないで。私のために、その手を血で汚さないで』
脳裏をよぎったのは、ミコの涙ながらの懇願であった。
(……っ)
無意識の、躊躇い。
振り下ろされるはずの刃が、コンマ数秒、その軌道を横へとずらした。
致命の首魁を外れ、石の床を叩く。
迷いから生じた、致命的な隙。
「……甘いな、忍び」
床に組み伏せられたミツルの目が、ギラリと猛禽のように光った。
懐から矢を滑らせ、狼の脇腹に突き刺す。
下腹部から滲む鮮血。狼の一瞬の怯み。それをミツルは見逃さず、追い討ちをかける。
袖口が、不自然に膨らむ。
そこから覗いたのは、漆黒の銃口。
見覚えのある形をした仕込み散弾銃。
至近距離。躱す術など、とうに無い。
ズドンッッ!!!
轟音。火薬の炸裂と共に、無数の鉛玉が狼の土手っ腹を情赦なく食い破った。
「……が、はッ……!」
キヴォトスの生徒とは異なる、脆弱な異邦の肉体。
狼は大量の血を吐き、激痛に体勢を大きく崩して後方へよろめく。
ミツルは即座に跳ね起きる。
迷えば、敗れる。その鉄則を、彼女は知っている。
更なる追い討ち。
態勢を立て直そうとする狼の顔面へ向けて、ミツルは容赦なく二発目の引き金を引いた。
ズドンッッ!!!
冷たい銃声が、夜の廃墟に二度、木霊した。
血しぶきが舞い散り、隻腕の忍びが、糸の切れた絡繰りのように崩れ落ちる。
瓦礫の山に、重い着地音が響いた。
それきり、男はピクリとも動かなくなった。
硝煙の臭いと、むせ返るような血の匂い。
最後に立っていたのは、葦名ミツルであった。
「……」
ミツルは、熱を持った散弾銃を無造作に袖へしまい込むと、血だまりの中に沈んだ狼を一瞥し、ゆっくりと歩みを進めた。
向かう先は、瓦礫の陰。
震えながら息を潜め、一部始終を見ていた、竜源ミコの元へ。
ミツルは、絶望に顔を歪めるミコを見下ろし、冷酷な事実を告げる。
「お前の忍びは、死んだ」
夜風が、冷たく吹き抜けていった。
◇◇◇
闇。
底無しの深淵へと、意識が沈んでいく。
死。幾度も味わった、冷たく静かな泥の底。
だが、その泥は狼を離さない。
否、狼の奥底に流れる『血』が、彼を黄泉の淵から強引に引き摺り戻そうとしていた。
桜色の、淡い光。
竜源ミコと交わした、不死の契り。
ドクンッ、と。
止まっていたはずの心臓が、再び大きく跳ねる。
「……狼殿っ! 狼殿ぉぉっ!!」
遠くで、誰かが叫んでいる。悲痛な、涙に濡れた声。
「起きてください……っ! 死んじゃ、ダメです……っ!!」
重い瞼を、ゆっくりと押し上げる。
ひび割れた視界に最初に飛び込んできたのは、土埃と涙でぐしゃぐしゃになった、狐耳の少女の顔であった。
久田イズナ。
彼女は、血だまりの中に横たわる狼の身体にすがりつき、必死に身体を揺さぶっていた。
その後ろには、同じく泥と煤に塗れたツクヨとミチルの姿もある。
「……イズナ」
掠れた声が、喉から漏れた。
撃ち抜かれた風穴も、焼け爛れた傷も、桜色の光を帯びて急速に塞がっていく。
回生。
「……あ」
狼の瞳が開いたのを見たイズナは、弾かれたように息を呑んだ。
ぽろぽろと、大粒の涙が零れ落ちる。
「狼殿……っ! ああ……生きて、生きててよかったぁぁっ……!!」
イズナは、血に塗れることも厭わず、狼の首に力強く抱きついた。
その温もりと、幼い童の震えが、狼に現世へと戻ってきたことを嫌でも実感させる。
だが、その安堵の時間は、一瞬で打ち砕かれた。
「……そんなこと、してる場合じゃないよっ!!」
ミチルだ。
いつもは緩やかな様子を見せる彼女が、顔を真っ青にさせ、悲鳴のような声を上げた。
「……どうした」
狼が上体を起こし、問う。
ミチルの震える唇から紡がれたのは、忍びにとって最も聞きたくない、最悪の事実であった。
「ミコちゃんが……ミコちゃんが、連れ去られちゃった……っ!!」
「ミコ、様が……!」
『仕込み槍』
鬼庭形部雅孝がかつて手にした名槍・一本角
その折れた刃を仕込んだ義手忍具
柄の長さを活かした突き攻撃を繰り出す
攻撃を当てたのち、槍先の返しにより
敵を引き寄せ、粗雑な鎧ならば容易く剥ぐ
この地の者の多くは、鎧を持たぬ
ゆえに、この忍具は
敵を引き寄せる程度にしか役立たないだろう
だが、土煙に紛れさせ地に突き立てれば、
敵の目を欺く囮とも成り得る
手段を選ばぬのが、忍びの戦いである
◇◇◇
『奥義・纏い斬り』
忍義手の力を、刀に纏わせ斬り下ろす
忍びの業の、奥義のひとつ
とりわけ火吹き筒の残り火を纏わせた刃は、
敵を恐れさせ、その身を深く焼き斬る
かつて狼は、葦名の城の頂にて
燃え盛る炎すら己が剣に取り込み、
修羅を灼かんと振るう老刃と死闘を演じた
この火を纏う剣撃は、
かの剣聖の絶技をその身に深く刻み、
忍びの業として昇華させたものである
◇◇◇
環境を利用した闘いがとても好みです。