旧校舎の廊下を歩く一人の男性教諭。数学教師の長谷川が五時限目の授業を務めるため、
これから行くクラスへ赴いている。
しかし、その途中で黒い覆面とマントを着用した者達によって捕縛された。
キーンコーンカーンコーン。
その直後、鐘が鳴り始め―――試験召喚戦争の始まりの意味でもあった。
「開戦だ!総員、戦闘開始ッ!」
坂本雄二の指示にFクラスは動きだす。
「ねえ、ハーデス・・・・・」
『なんだ?』
「僕達は雄二達と一緒にいなくてもいいの?」
『一分一秒でやられるわけがない』
そ、それはそうだけど・・・・・どうして僕はハーデスと一緒に二階の廊下を
歩いているんだろうか。
話しかけない限りハーデスは極力自分から話そうとはしない。
こんな死神の恰好した生徒といると、
僕は冥府に連れて行かれてしまうんじゃないかって物凄く不安で怖いんだけど・・・・・。
「と、ところでハーデス?二階に下りてどうするつもりなの?」
『・・・・・渡り廊下に上がるためだ』
「渡り廊下って・・・・・まさかあっちの階段に上がってEクラスの背後を襲うってこと?」
『・・・・・俺たち二人ぐらいなら、向こうは気付かない』
ちょっと待って!?いくらなんでもそれは無謀だよ!二人だけの僕達に相手は多勢だってば!
「ハーデス、退き返そう!」
『・・・・・理由は?』
「僕達だけじゃ勝てないって!それか何人か連れてまたここに来よう!」
『だが断わる』
即答で拒否された!そうこうしているうちに階段のところまで来ちゃったよ!
この階段を上がれば三階の渡り廊下に・・・・・そこの廊下では僕達Fクラスと
相手のEクラスが戦っている戦場が・・・・!
緊張の面持ちの僕を余所にハーデスは階段に足を運んだ。
ほ、本当に僕達二人だけで行くんだね。
深く溜息を吐き、ハーデスの後を追う。
そして、三階の渡り廊下に辿り着く僕達の視界には―――、
「0点になった戦死者は補修っ!」
『『『ぎゃあああああああああああっ!』』』
阿鼻叫喚の光景が飛び込んできたよ!どうみてもFクラスが窮地に立たされている!
そんな状況下にハーデスは悠然とEクラスの背後に歩み寄った。
『・・・・・行くぞ』
「ちょっ、本当に行くの!?これ、絶対に負けちゃうって!」
僕が叫んだからか、Eクラスの生徒達がこっちに振り返った。
『・・・・・
ハーデスが初めて声を出した。とても低くい声音だったけど喚び声に呼応してハーデスの足元に
幾何学的な魔方陣が現れる。教師の立ち会いの下にシステムが起動した証だ。
そして、姿を見せる召喚獣。現れたソイツは、ハーデスと同じ骸骨の仮面に全身を覆う
黒いマントを着ていた。武器は・・・・・ない!?武器がない点以外はハーデスにそっくりだ。
身長は80センチ程度だ。その姿を一言で表現するなら、
『デフォルトされたハーデス』てっところ。
「し、死神!?」
「こんな奴がFクラスにいるのかよ!?」
「召喚獣も死神だぞ!?」
・・・・・なんだか、ハーデスが恐怖の対象となっているよ。
ハーデスが召喚獣を召喚したから相手も応戦しないといけない。
なぜなら相手が召喚獣を喚び出したにも拘わらず召喚を行わなかった場合は戦闘放棄とみなし、
戦死者と判断されるからだ。
『・・・・・吉井明久』
「な、なに・・・・・?」
『・・・・・俺の戦いを見て学べ』
召喚獣の頭上には参考として戦闘力(点数)が浮かび上がっていた。
数学
Fクラス 死神・ハーデス 1点 VS 79点 波瀬谷亮 Eクラス
「雑魚だっ!ここに雑魚がいるぞ!」
な、何て数字だ・・・・・いくらなんでもその点数は見たことがないよ!?
瀕死の状態に等しいって!
「たった1点の相手に俺が負けるかよ!」
相手の召喚獣が迫って武器を突きつけてきた!たった一撃でハーデスは戦死者になる!
と、そんな考えをしているとハーデスの召喚獣が動き出した。
身体を左に逸らして相手の召喚獣の攻撃をかわした時、黒いマントから黒光りする物が―――、
ザンッ!
召喚獣の首が宙に舞った。その首はEクラスの生徒の召喚獣だった。
「・・・・・へ?」
数学
Fクラス 死神・ハーデス 1点 VS DEATH 波瀬谷亮 Eクラス
呆ける相手。あっという間に戦死者とされたんだ。
一体なにが起きたのか判断ができないのだろう。僕だってそうだ。
『油断大敵』
とスケッチブックに書いた文字を見せ付けるハーデスとハーデスの
召喚獣の手に持っていた物がようやく理解できた。トンファーだった。
でも、ただのトンファーじゃない。鋭く鋭利な刃が備わっているトンファーだ。
「0点になって戦死者は補修っ!」
神出鬼没な鉄人が戦死者を鬼の補修室へと連れて行く!
『・・・・・』
ハーデスの骸骨の赤い目が怪しく煌めく。
『次は誰が死にたい?』
それは相手に恐怖に陥れるには十分だったかもしれない。
今回僕が学んだことは、どれだけ点数が低くても相手に勝てるという点だ。
ハーデスは召喚獣を召喚する専用の空間、長谷川先生の立ち会いの下で展開された
数学のフィールド応戦してくるEクラスの生徒達相手に歯牙にも掛けず
次々と戦死者にして前へと進む。
「死神だ!死神がきたぞっ!」
「後ろにいた奴らはどうしたんだ!?」
「全員、死神にやられた!」
「なんですって!?」
そして、とうとうEクラスの代表らしき女子にまで近づいたんだ。
「って、相手はたったの1点じゃないの!こんな奴に負けたっての!?」
「全員、一撃で倒されたんだよ!あっという間に・・・・・!」
プシューとハーデスの仮面の口から煙が発生する。
『・・・・・E組代表、勝負を申し込む』
「言葉で言いなさいよ!いいわ、その点数で私に挑んできたことを後悔させてあげる!」
ハーデスの申し出に応戦するE組代表。彼女の召喚獣はバットにグローブ、
上半身を包むキャッチャー用のプロテクター。一言で言えば野球のスポーツをしている姿だった。
「食らいなさい!」
E組代表の召喚獣がバットを振るってきた。ハーデスの召喚獣は身体を逸らし、
相手をかく乱する。
「くっ、このっ、ちょこまかと・・・・・っ!」
慣れない召喚獣の操作に四苦八苦。大してハーデスは腕を組んだまま微動だにしない。
「代表!俺たちも手伝う!」
「私も!」
代表の危機にEクラスの生徒たちが召喚獣を召喚する。
「させるか!試験召喚獣召喚・
僕も自身の召喚獣を召喚する。幾何学的な魔方陣が足元に展開し、召喚獣が現れる。
学ランに木刀というヤンキーな出で立ち。
「ハーデス、僕が防いでいる間にキミはEクラスの代表の召喚獣を―――!」
『終わった』
F組WIN!
数学
Fクラス 死神・ハーデス 1点 VS DEATH 中林宏美 Eクラス
あ・・・・・あれ、もう終わったの?
「そ、そんな・・・・・1点の相手にこの私が・・・・・・?」
『・・・・・』
敗北したことでショックを受けたE組代表に近づくハーデス。
「ひっ!?」
怯える彼女に包帯で巻いた手が伸びる。ハーデスの手は彼女の制服の襟を掴んだ。
そのままずるずるとFクラスに引き摺る。
―――☆☆☆―――
「明久」
戦後対談をしている雄二とE組代表のやり取りを見ている僕に大和が話しかけてきた。
「お前が代表を討ち取ったのか?」
「ううん。僕は見ていただけで倒したのはハーデスだよ」
「渡り廊下は数学のフィールドだったからハーデスの点数はどのぐらいだった?」
大和の問いに僕はあの光景を見た者としてどう答えていいか
分からず・・・・・人差し指だけ立てて言った。
「・・・・・1点」
「・・・・・悪い、もう一度言ってくれないか?今俺の耳に信じられない数字が聞こえたからさ」
「ハーデスの数学の点数は1点だったよ」
僕の言葉を信じられないようだ。大和は大きく目を見開いてた。
「数十点から削られたわけじゃなく、最初から1点だったのか?」
「うん、最初から1点だった。ただ・・・・・」
「なんだ?」
「ハーデスの召喚獣の操作、まるで召喚獣が人間のような動きでEクラスの皆を
次々と倒していったんだよ。僕も召喚獣の操作、扱いには慣れているつもりだったけど
ハーデスはそれ以上だった。きっと蒼天で召喚獣の操作をし続けていたからだと思う」
「・・・・・」
大和は顎に手をやって考える仕草をする。
「明久の言うことは本当だったとして、たった1点で相手からの攻撃を当たらず
倒していくのは至難の技・・・・・。かなりの集中力をしても難しいことだぞ」
「腕を組んで微動だにしていなかったよ?もしかしたらあの体勢が集中していた時だったかも」
「で、肝心のハーデスは?」
「あのE組代表を雄二に突き出したらさっさと帰っちゃったよ」
と、教えた時だった。
「決着はついた?」
僕達の教室に見知った顔の女子が現れた。それは見間違うことなく秀吉だった。
「どうしたの秀吉。その女子の制服を着て」
不思議に思う僕だが、秀吉がどうして女子制服を着ているのかすぐに理解した。
「そうかやっと本当の自分に目覚めたんだね!」
「明久よ。ワシはこっちじゃぞ」
背後から聞こえる呆れた声。その声は僕が知っている美少女の声だった。
「え?え?秀吉が二人?」
「それはワシの姉上じゃ」
「秀吉はアタシの双子の弟よ」
と、目の前の秀吉とそっくりな美少女がまるでゴミを見ているような目で口を開いた。
「アタシは二年Aクラスから来た大使、木下優子。
我々Aクラスはあなた達Fクラスに宣戦布告をします」
その頃ハーデスは校内を歩き回っていた。
放課後というだけあって、生徒の数がまばらである。ハーデスと出くわした生徒は
悲鳴を上げ、恐怖で顔を引き攣らせる。学校中を歩き回ると、
ハーデスの目に『茶道部』と書かれたプレートの一室が留まった。
なにを思ったのか、ハーデスはその扉にノックをした。
『はい、開いておりますわ』
入室の許可が下りた。ハーデスはゆっくりと扉を開け放った。
「・・・・・」
茶道部に入ると、中にいた着物を身に包む女性がハーデスの姿を見て固まった。
まさか、死神みたいな恰好をした者が入ってくるとは誰が思うのだろうか?
スケッチブックに文字を書いて見せ付けた。
『この恰好で失礼、俺は二年Fクラスの死神・ハーデス』
「・・・・・その名前は偽名ですわよね?」
カキカキカキ・・・・・バッ。
『・・・・・その通りだ。訳あって偽名で名乗っている』
「声が発せられないのですか?」
着物を身に包む女性の問いにハーデスは首を横に振った。
辺りを見渡すとハーデスは煙を出す。
『いや、この学校に知り合いがいるからな。俺の声を聞いたら直ぐに正体がばれる』
「あら、それがあなたの声ですのね?それで、この部屋に何か御用?」
『校内を歩き回っていたらここの部屋に目が留まった。興味本位で入っただけだ。
部活中か?』
「まだ始まっておりませんわ。始まるまでご一緒にお茶をしませんか?」
『ご配慮感謝する』
扉を閉め、女性の前に腰を下ろす。徐に仮面に触れて外しフードも取り払う。
女性の視界に飛び込んできた真紅の長髪にスリット状の金色の瞳の少年の素顔。
「ふぅー。ようやく外せれた」
「・・・・・素敵な殿方ですね。仮面に隠すなんて勿体ない」
「言っただろう?訳ありだって。えーと名前は?」
「ああ、申し遅れましたわ。私、三年Aクラスの小暮葵と申しますわ」
「上級生か、よろしく先輩」
握手を求め手を差し伸べるハーデスに葵も手を差し伸べて握手を交わす。
「それにしてもあなたの瞳、まるで猛獣のようですわ」
「ある意味合っているな」
「二年Fクラスの方ですってね?あなたのような殿方は聞いたこともないのですが・・・・・」
「ああ、今日編入したんだ。知らないのは当然だろう」
「まあ、そうですの。分からないことがあれば私に訊いてくださいね?」
「その時が来たら」
葵はハーデスに茶を振る舞い、ハーデスはその茶を作法通りに一口飲む。
「ん、美味だ」
「御口に合ってなによりですわ」
「初対面の俺に茶を振る舞ってくれてありがとうな」
「ふふっ、死神が来たと驚いてしまいましたわ」
「正体を隠すにはもってこいだと思ってな。お礼と言っては何なんだが、これを」
マントの中に手を隠したかと思えば、何かが詰まっている袋を葵の前に置いた。
「これは・・・・・?」
「蒼天が栽培している緑茶だ」
「蒼天って・・・・・あの国の・・・・・?」
「俺、そこの出身者なんでね」
朗らかに言うハーデスだが、葵は目を丸くする。蒼天の知識はある程度教えられるが、
それだけで殆ど蒼天のことは知らない。
だが、目の前に蒼天の出身者がいることに葵は驚きを隠せないでいた。
「さてと、そろそろ帰ろうかな」
骸骨の仮面を再び顔に装着し、フードも被れば死神の格好となる。
「また、ここに来させてもらう。今度は菓子を持って」
マントを靡かせて茶道部からいなくなった。
そんなハーデスを見送って目の前に置かれた袋を手にして封を開けた。
「・・・・・」
とても好い香りがする緑茶・・・・・。葵は緑茶の香りを嗅いでると、
「先輩、遅れてすいません。・・・・・それ、なんですか?」
茶道部の後輩が姿を現した。葵はその問いに小さく笑んだ。
「死神からのプレゼントですわ」