九重びより、おしまいです
登場人物がひとり亡くなる描写があるので注意
☆蝶々サイド
どれほどの時間、眠っていたのか。
というか、いつから眠っていたのか。
目を覚ますと、そこは見慣れない寝室だった。
「おねえさん、おきた?」
声のほうを見ると、私が寝かされているベッドの傍らにはなんだかしょんぼりした表情の『狼』が居た。
「けってごめんね~……」
どういう趣向なのか、裸にワイシャツ一枚という格好の『狼』は、私が目を覚ましたことに気がつくと真っ先に謝罪を口にした。
なぜか節々が痛むので思うように動かない身体をよじって、彼女を観察する。
褐色の肌に、長い黒髪。
大柄で、筋肉質で、すらりと伸びた脚は木のように太い。
なるほど。『けってごめんね』ということは、私は不覚にもこの脚に蹴られて今まで気絶していたということか。
ああ、段々と思い出してきた。
私は喜結院さまの指示で、暗殺のため九重の家に侵入したのだ。そして九重と対峙した記憶もある。
ただ、それ以降の記憶がすっぽりと抜け落ちているので、私が蹴られたのはどうやらその直後。
ということは、順当に考えればここは、九重家の寝室。
とりあえず『狼』とのコミュニケーションを図ることにする。
「狼さん、お名前は?」
「ナーナだよ!」
「…………そう。ナーナちゃん、可愛いお名前ね」
「うぇへへへ……」
照れている。
可愛い。
蹴られたけど。
身体が思うように動かないので、失礼ながら横になったまま会話を続けさせていただくことに。
「ナーナちゃんは、九重のペット?」
「ナーナはね、およめさんなんだよ」
「そ、そう……」
尊重したい。
この子の目の前で九重に危害を加えようとすれば、まあ蹴られるだろうことは想像に難くない。そして実際に、そうなったのだ。
ひとまず、ここが九重家であることは間違いなさそう。
となれば自然、次に浮かぶ疑問は。
「ナーナちゃん……九重がいまどこに居るかわかる?」
「あっ、そうだ! おねえさんにおてがみ!」
九重と聞いてなにかを思い出したらしいナーナちゃんは、ドタドタと足音をたてて部屋を出ていき、なにかの紙を持ってすぐに戻ってきた。
渡された紙には『ナーナはかわいいね げんきだね うたもダンスもじょうずだね』と書かれていた。
「ちがう! こっち!」
ひったくるようにして紙を取られ、別の紙を渡された。
それは『白玉教本部ビルに行ってきます』という、九重からの言伝だった。
というか、たぶんその一行が本題のはずなのだけど、そのあとは『留守のあいだナーナをよろしくお願いします』という一文のあと、ドッグフードやビーフジャーキーの場所だとか緊急時の医者の連絡先だとかがびっしり書かれていた。
そして最後には『何かあった時のためにこちらで保管している写真をそちらのスマホにも共有しておきます』との一文。ご丁寧に枕元に置いてあった私のスマホの写真フォルダを恐る恐る開くと、えげつないポーズで気絶している私の写真があらゆるアングルで20枚くらい保存されていた。
うん。
うん。
下手に逆らうのは、一旦やめておこう。
そう心に決めてスマホから顔をあげると、ナーナちゃんが居なくなっていた。
私が紙を読んでいるあいだに飽きて別の部屋へ行ったらしく、うっすらとテレビの音が聞こえる。
ニュース速報の音。
勘違いでなければ、ニュースを読みあげるアナウンサーの声で『白玉教』という単語が聞こえた。
ものすごく嫌な予感がしたけれど、身体はまだ起こすのも辛い。
ニュース速報が出たならSNSなどにも何らかの情報があるだろうと思い、スマホで検索してみることに。
とりあえず検索ワードに『白玉教』と入れるだけでも、速報を見たらしい人たちの思い思いのコメントが目に飛び込んできた。
「本部ビルが倒壊……喜結院さまと、幹部数名が行方不明……?」
タイムラインをスクロールしながら、また意識が遠くなるのを感じた。
☆九重サイド
うーん、外した。
きちんと眉間を狙ったし、距離も問題なかった。
っていうか普通に顔をあわせて会話している距離だったので、外すほうが難しいまである。なんなら適当に撃ってもどこかには当たる。
でも外した。
なにが起こったのかというと。
私が喜結院さんを撃つのとほぼ同時、黒髪のほうのメイドさんが喜結院さんを咄嗟に椅子ごと蹴り飛ばした。
実際それで眉間に弾が当たるのを回避できているからいいっちゃいいんだろうけど、こういう時の行動として『蹴る』ってアリなんだなあ、とは思った。まあ喜結院さんがなんだか嬉しそうなので深く考えるのはやめておくことにする。
蹴られた人の飛距離って普通はこんなもんだよなあ、とは思った。
ここに来る前、隣の部屋まで吹っ飛んだ人を個人的に観測していたので。
さておき。
もう一人の派手な髪色のメイドさんは私との距離を瞬時に詰め、銃を叩き落として奪い、逆にこちらのこめかみに突きつけてきた。
そこからノータイムで響く、撃鉄の音。
びっくりした。撃つのに躊躇がなくて格好いい。
「あっクソ、弾入ってないじゃん」
「それはまあ……弾は自分が撃つぶんだけ入っていればいいので」
「……チッ」
メイドさんは、舌打ちをして銃を投げ捨てた。
包丁を持っていたから刺されるかと思ったんだけど、どうもそういうつもりはないらしい。
「てか、なんで銃なんか持ってんの」
「借りたトラックのなかにありました」
「……」
それにしても。
署長さんが情報を漏らしたっていうのは、少し意外だった。
多少歪んでいるとはいえ正義感が服を着て歩いているような人だから、そういうことはしないと思ったけど、まあお孫さんを『お預かり』されてしまってはその限りではない、か。
それに、そもそもあの人は私が死ぬことに関しては歓迎する立場だし。
つまり『孫>正義>九重』っていう序列なんだろう。そう考えると、なんだか仕方ないような気がした。白玉教が一枚上手だったと考えるしかない。上手か。上手なんだろうか、これは。
お孫さん、このはちゃんが怖い思いをしなかったかだけ、ちょっと心配。
さて、それはそれとして結構ピンチかも知れない。
「ほ、ほ……いやはや、まさか一日に二度も九死に一生を得ることになるとは思いませんでしたよ」
床に尻もちをついた姿勢のまま、喜結院さんはドヤ顔をしている。
「合わせて十八死に二生ですね」
「べつに合わせなくてもいいですけど」
「あ、はい」
「どうやら形勢はこちらが有利のようですね……どっこいしょ」
さっき蹴られたのが若干腰に来てるのか、喜結院さんは笑みをみせつつよたよたと立ち上がって椅子に座りなおし、ちらりと床をみた。
その視線の先には、蹴られたはずみで落とした懐刀が転がっている。
喜結院さんの言うとおり、こちらはちょっと分が悪い。
「舞、愛武、どちらでも構いませんよ。そこの刀を拾い、九重氏を討ちなさい」
「……あ?」
「あっ」
黒髪のメイドさんが何かに気がついたように、それまで持っていたお酒のロング缶を捨てて刀を拾おうとしたけれど、一瞬遅かった。
距離的には黒髪のメイドさんよりも遠い位置に居た、派手な髪色のメイドさんが先に走り出していてタッチの差で刀を拾いあげた。
なんとなく、空気が変わった気がした。
さっきまでぼんやりと天井なんか眺めながらロング缶のお酒を飲んでいた黒髪のメイドさんも、心なしか焦っているように見える。
派手な髪色のメイドさんの雰囲気が、どうもおかしいのだ。さっき見せた動きの俊敏さからすれば即座に飛びかかってきて私を刺してもおかしくないだろうに、なぜかその場に突っ立って、拾った刀をじっと見ている。
「まいまいがヤバい……きーくん、訂正したほうがいいよ」
「愛武、なにをです? 蝶々が居ない今、代わりが必要なのですよ。さあ舞、早く九重氏を……」
愛武と呼ばれたメイドさんのアドバイス(?)に反応した喜結院さんの言葉は、そこで途切れてしまった。
舞と呼ばれたほうのメイドさんが、弾かれたように喜結院さんに斬りかかり、一撃でその首を刎ねてしまったから。
「『どっちでもいい』とか『代わり』とか言うのは、まいまいの地雷だから……って、言ってももう、遅いね」
座った姿勢のままの喜結院さんの身体と、床に転がった頭を交互にみながら、愛武さんはため息をついた。
「またやっちゃったね、まいまい」
「……」
愛武さんの呼びかけが聞こえているのか、舞さんは俯いて黙っている。
「うーん、死体ははどこに隠そう……あ、冷凍室でいいか。きみ、ちょっと運ぶの手伝って」
「あ、はい」
手伝わされた。
なんだか妙に手慣れている。まあ聞き違いでなければ『また』って言ってたし、こういうことは初めてではないんだろうと察せられる。
喜結院さんを冷凍室に運び終えると、続いて愛武さんはスマホを取り出してどこかへ連絡し始めた。
「あー……もしもし、ふーちゃん? うん私。またちょっと隠れたいんだけど、いい場所ない? そう、人数は二人で」
漏れ聞こえる内容から察するに、お相手は『逃がし屋』のドライバーかなにかだと思われる。なんだか知ってる人のような気がするのは、たぶん気のせいでもなんでもなく。
っていうか、隠れたいならここに居るのが一番のような気もするけど、まあ蝶々さんが帰ってきた時のことを考えるとそういうわけにもいかないか。
うーん。
それはそうとこういう場合、私はどうしたらいいんだろう。とりあえず、ピンチを脱したっていう認識でいいのかな。
考えていると、連絡を終えた愛武さんが怪訝そうにこちらをみた。
「運ぶのを手伝わせておいてこんなことを言うのもなんなんだけど……ずいぶん落ち着いてるよね、きみ。目の前で人が死んだっていうのに」
「あ、まあ……はい。『目の前で人が死んだなあ』とは思いましたけど」
「それだけ?」
「帰ってもいいかなー、って……」
「……」
さて、それはそれとして、念のため。
ないとは思うけど、こちらに斬りかかられても困るので。
さっき投げ捨てられた銃を拾い、まだ微動だにせず俯いたままの舞さんの手にある刀を撃った。バギンと派手な音をたてて、砕けた刀身が床におちる。
なにが起こったのか、理解するのに手間取っているような間のあと。ほとんど柄だけになった刀をみて、舞さんは目を見開いた。
「は……弾……? なん、で」
「言いましたよ、弾は自分が撃つぶんだけ入ってるって」
銃は回転式(リボルバー)なので。
弾倉には自分が喜結院さんを撃つための弾、そのあと銃を誰かに奪われた場合に備えてその人が空振りするぶんを抜いて、そのあと取り返してまた自分が撃てるように弾を入れておいた。
「なに、それ……アタシがもう1発撃ってたら殺せてたって、こと……?」
「あ、はい」
「……クッソが、あぁぁ……!!」
絞りだすような叫び。
舞さんは、刀の柄を床に叩きつけて頭をかきむしり地団駄をふんだ。
なんか、なんだろう。
あんまり刺激しないほうがよさそうなのは分かる。
刀、撃っといてよかった。
「……えっと、きみ……帰っていいよ」
「え? あ、いいんですか? やったあ」
「個人的には少し話したいし、伝えなきゃいけないこともある気がするんだけど……なんていうか、きみに長く関わるとロクな目にあわない予感がするから」
「よく言われます」
「……」
なんだか少し、疲れたような顔をされた。
それもよくある。
「らぶちん、なんで!? 殺そうよこいつ!!」
愛武さんの提案(?)に、舞さんからは抗議の声があがった。
取り急ぎ殺される理由はもうないはずだけど、ひとまずふたりの会話を見守ってみることにする。
「待って、まいまい。あの銃だって残り何発入ってるか分からないんだから……」
「そんなん関係ないって、あってもあと3発でしょ? このまんま帰すくらいなら二人でやっちゃおうよ。こいつのせいでアタシたちまたお仕事なくなるんだよ!?」
お、おお。
私のせいって言われると、どうだろう。
違いますとも言えないけど、これに関しては胸を張って『私一人が原因です』とも言いにくいような。
言ってもややこしくなりそうだから黙っておくけど。
って言うか、最悪3発撃たれる可能性があるのを『関係ない』って言えるの強いなあ。
「気持ちはわかるけどやめとこ、まいまい。たぶん九重、まだ爆弾かなにか隠してるから」
「……えっ」
おっと。
「よく分かりましたね」
念には念を。
上着の内側には手投げ式の爆弾をいくつか用意してあるし、必要に迫られれば一度に引き抜けるよう全てのピンに一本の紐を通してあり、その紐の先は袖から出して指にかけてある。
もしこれらを爆発させることになれば、この部屋ぐらいなら問題なく吹き飛ばせるだろう。もちろんその場合は自分も吹き飛ぶことになるけれど、それでも仕方ないと判断すれば全然やる。
死ぬつもりはないけど、大人しく死ぬつもりはもっとない。そのための備え。
愛武さんは、私の指にかかっている紐(とその用途)に気づいたということみたい。
やるなあ。
「クソが……クソがクソがクソがぁぁ!!」
「早く行って……この部屋を出て、案内の矢印に従っていけば好きな場所に出られるから。また会うことがないといいね」
「ですねぇ」
怒りのやり場を封じられたことで壁をガンガン蹴りはじめた舞さんを尻目に、愛武さんに急かされ追い立てられるようにして部屋を出た。
通路の壁には愛武さんの言うとおり案内の矢印がペイントされていて、地下鉄の駅構内やらショッピングモールのバックヤードやら行き先が示されていた。
なるほどねー、と思いながら歩く。どこから出ようかな。
ナーナにおみやげでも買ってから帰りたいから、ショッピングモールのほうに行こうか。時間的にまだやってるだろうか。っていうか、いま何時だろう。
そう言えば舞さんから貰った缶コーヒーをまだ開けてなかったな。
舞さんで思い出したけど、愛武さんってたぶん男だよなあ。
通路を歩きながらそんな取り留めのないことを考えつつ、缶コーヒーを開けた。
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