衛宮士郎 "先生概念"【GRADATION ARCHIVE】 作:神宮寺志狼
ヒフミ
補習授業部の真実を知っている。
藤河マコが消息不明になったことを知っている。
衛宮士郎にかけられた呪縛を知った。
アズサ
藤河マコが消息不明になったことは知っているが、補習授業部の真実はまだ知らない。
士郎にかけられた呪縛を知った。
コハル
士郎にかけられた呪縛は知った。
そのほかに関しては蚊帳の外。
ティーパーティーの生徒がなんで襲ってきたのか疑問は抱いていたが忘れた。
(先生概念でショックを受けている。)
ハナコ
補習授業部の真実はキーワードから推測して当てている。
藤河マコが消息不明になった理由を推測した。
衛宮士郎の呪縛を知ってやや自己嫌悪気味。
ワカモ
補習授業部の真実を知った。
藤河マコが消息不明になったことも知っている。
士郎の呪縛も知っている。
士郎の悩みも知り、良き妻として寄り添うのみ。
「衛宮先生.....お疲れ様です。
.....コハルは迷惑かけて...いませんか?」
休憩中にツルギが頭を下げに来た。
どうもコハルの様子が気になるらしい。
「コハルか?
いや別にそんな事はないぞ?
さっきも戦闘中助けて貰ったしな。
な。」
当人の頭に手を置いて尋ねれば「子供扱いしないで」なんて第一声。
「.....それは本当ですか?」
耳に入ったのかハスミも話に入ってくる。
「あぁ、一人で突撃した俺の隙をカバーしてくれたんだ。
あれは....よく考えたら危なかったな、本当に。」
今、俺はシッテムの箱を持っていない。
それはつまり、イリヤやアロナのサポートを一切受けられないという事だ。
それはともかく、受け答えに仰天したツルギはコハルへと視線を移す。
「.....ツ、ツルギ先輩?」
睨むような視線、およそ10秒近く。
しかし、その態度とは裏腹に───
「......よくやってくれた、コハル。」
賞賛の言葉がコハルへと向けられた。
「えっ?」
「そうですね、衛宮先生やコハルと共に戦えなかったのは少し残念ですが、よくやりました。」
ハスミもツルギの意見に同意、頭に手を置いて撫でている。
「え、えへへっ...。」
当人は顔を赤らめつつそれを受け入れている。
「......俺の手は拒んだ癖に現金な奴だな、全く。」
「あ、あんたのは別!
手つきがやらしいのよ!」
「....へ?何処がさ。」
俺とコハルのやり取りを頬を緩めて眺めるツルギとハスミ。
ヒフミは対照的に「あはは....。」と苦笑いする。
ワカモはと言うと、なんというか予想外。
怒るでも我慢するでもなく微笑んでいた。
その視線はどうやら俺だけではなく、コハルにも向けられているようだった。
出会った最初の頃は反発ばかりでどうなる事やら、と思っていたものの、どうやら俺の居ないうちにワカモはコハルに対して理解を深めたらしい。
その雰囲気は子を見守る母のそれ。
「シロウ。」
そんな時。
アズサがボソリと呟いた。
「ん?」
「敢えて言葉にすることを許して欲しい。
私はこんな時間がずっと続いて欲しいと思っている。
かつて、これほどまでに「物事を学ぶ」ということが楽しいと思える事はなかった。
私生活の何気ない一つの会話から、皆で一緒にご飯を食べることも、掃除も洗濯も。
教本.....参考書の一文について教えてもらうことまで、私にとって初めてだったんだ。
それが、補習授業部に入ってからずっと、続いている。」
これは、アズサがこれまで語ってこなかった思いのひとつ。
場所を移り変わり、新しい人や知識と触れて思う感情。
「でも、それはシロウがあの時に言ってくれたからだ。
「誰かを理解しようとする努力そのものを諦めてはならない」と。
私は補習授業部の皆が大好きだ。
大切な友人だと思っている。
シロウのお陰でヒフミやコハル、ハナコにワカモと楽しく生活出来ている。
でもそんなシロウの様子がおかしいと気づいていたのに何もしなかった ....ごめんなさい。」
「いや、それはお前が謝ることじゃないだろ、アズサ。」
否定するも、尚も首を横に振り続ける。
「......この世界は全てが無意味で虚しいものだ。
もしかしたら私は....いつか裏切ってしまうかもしれない。
皆のことをその信頼を、その心を。」
「.....。」
どう、声をかければいいのか、分からなかった。
俺とアズサの会話を聞いていたヒフミも、やや表情に影がかかっている。
信頼。
それは、試験に対する不安か、新しく友人が出来た事による今後の関係性への不安か、それとも────
そんな事ない、と言ってしまうのは、どれだけ相手の為を思っての事だったとしても無責任がすぎる。
故に、答えは───
「なら、信じるしかないな。」
「え?」
己の言葉で、勇気づける他にない。
「アズサ自身が自分を信じるしかないと思う。
こうでありたい、こう生きていたいって自分を。
それに向かって行動して、そして今努力し続けている自分を。
その点に関しては大丈夫だな、アズサは諦め悪そうだし。」
「.....悪口?」
「いいや?褒めてる。
かくいう俺も同じだからな。
まぁ、いざとなったら俺がどうにかするよ。」
ふと横からの視線を感じればそこに立っていたのはイチカだった。
「あ~、ちょっといいっすか?。
ナギサ様からの返事が来たっすよ。」
そう言って彼女は自らの携帯を俺に手渡した。
どうやら桐藤と繋がっているらしい。
「ありがとう、イチカ。
......もしもし、桐藤か?」
『はい。
お疲れ様です、衛宮先生。
あまり時間が無いので単刀直入に言います。
美食研究会を、ゲヘナ風紀委員会委員長空崎ヒナさんに引き渡して欲しいのです。』
通話先からは人の走るような音が途切れず聞こえてくる。
彼女も彼女で忙しいのだろうことを理解する。
されど、それはそれ、これはこれ。
この期に及んでも彼女から情報が開示されることは無い。
さすがに我慢の限界だ。
「わかった。
ただな、桐藤。
悪いけど今度時間を作ってくれないか?
"補習授業部"とマコのことについて話がある。
お前にもあるだろ、言いたいこと。」
『........わかりました。
では後日。』
「....。」
....よかった、「なんの事でしょう」などと言われていたら堪忍袋の緒が切れていた。
『他にご質問は?』
「ある。
....なんでヒナなんだ?」
『あら、ゲヘナ最強である風紀委員長に衛宮先生の護衛をお任せすることがそんなにおかしいことでしょうか?』
「いや....なんでもない。」
どんなツテをつかってこの短時間でヒナに俺の迎えに来るよう頼んだのか。
罠、か?
「.......。」
『.........言葉とは裏腹にご不満のようですね。
自分の身は自分で守れる、と?』
「..... 別にそんなんじゃない。」
ただ、ヒナも忙しいからあいつの手を煩わせたくないと言うだけなんだが。
まぁ、これで罠だったとしてもヒナが居てくれるならかなり心強い。
「わかった。
よろしく頼む。」
『いえ、こちらこそよろしくお願いいたします。
では失礼します。』
そんな短いやり取りで、電話は切れた。
「......。」
(ピッ...)
遅れてメールが届いた。
『P.S
補習授業の皆様も一緒にお供にどうぞ。
よい社会学習になるでしょう。』
「はぁ?何考えてんだ桐藤の奴。」
学園間の問題にしないようにって俺が引渡しの役に選ばれたってのに、それこそ正義実現委員会の服きた奴を連れてったら本当にどうなるか。
それどころかエデン条約締結前にトリニティの生徒とゲヘナ風紀委員会が密会する構図になるんだぞ?
それ、分かって言ってるのか?
いや、まさか
「あー....先生?」
固まっていた所を呼びかけられてハッとする。
「あ、悪い。ありがとなイチカ。」
イチカに携帯を返した。
「いやぁ、ナギサ様。
人使い荒いっすね、まさか衛宮先生にあんな態度を取るなんて.....。
一応先生は客人だって聞いてるんすけど。」
「俺としては別に構わないんだけど。
確かにちょっと気がかりだな.....。
ん?どうしたんだ?皆。」
「.....シロウはもう少し自分の立場を気にした方がいい。」
「──そうですね。
いくらナギサ様とはいえ、衛宮先生に対する態度がかなり雑だと思います。」
む...確かに桐藤の対応はいささか雑に感じられたがそれは忙しいとか色々理由があるんだろ。
「皆さんが言いたいのは「客人」である衛宮先生をいいように利用しているということです。」
して、ここで姿を見せたのは浦和。
「....貴女、こんな時に一人で一体何処に!」
ワカモが浦和へと噛み付くように苦言を述べる。
「すみません、少し知人と話をしてまして。
勝手に動いたことは謝ります。
ですが、今は────」
彼女の瞳が、こちらを捉えた。
「確かに、浦和の件は後回しだ。」
「し、しかし.....」
「火急の件だ。捨ておけ、ワカモ。」
そうワカモを宥めると、浦和は笑顔から真剣な眼差しに切り替えた。
「......衛宮先生。
今の現状を考えると、私たちを連れていくことは得策ではありません。
────苦しいですが、衛宮先生一人で行かれるべきかと。」
「「えっ!?」」
集まる一同、唖然。
俺としてはメールを見ていないのにも関わらずその話題を出されたことが恐ろしい。
「ハ、ハナコちゃん!?何を考えてるんですか!
今さっきだって先生は襲われたばかりなんですよ!?」
「そ、そうよ!あんた正気!?
何かあったらどうするのよ!」
ヒフミとコハルが責めたてるも浦和は動じない。
「....私は正気です。
落ち着いて考えてください。
先程はテロリストがトリニティで悪事を働いた、という構図だったから戦闘ができたわけです。
ですが、それがトリニティとゲヘナの自治区の境界となると────」
「....もし何かあってあなた方が戦闘した場合、責任問題に発展する....と?」
ハスミの推測に頷いて肯定する浦和。
「最悪の場合衛宮先生に多大な迷惑がかかるかと。
そして言わずもがな、今のこのご時世に発足されたばかりの補習授業部とゲヘナ風紀委員会が密会するような構図。
...
「ですがそれではあまりに────」
ヒフミの視線が、こちらへ刺さる。
「でも、それを勧めるって事は「安全だ」って根拠があるんだろ?」
「どういう事です?」
頭の上にはてなマークを浮かべていそうなワカモ。
「浦和、説明してくれるか?」
「.....この場では難しいですね。」
浦和の一挙一動を、視覚で追う。
一瞬だが、その視線はツルギやハスミへ向いていた。
つまり、今の補習授業部の置かれた立場に関係ある事と見ていいだろう。
「.........わかった。
俺一人で行く。」
「「衛宮先生!?」」
ツルギ、ハスミからは抗議。
イチカは糸目は完全に開き、驚愕している。
そして当然のようにワカモとコハルは猛反対。
「貴女、いくら士郎さんに嫌悪を感じているからとは言えそのような非道な事を良くも────!」
「最低....見損なったわ、ハナコ!」
「......そうですね。
言った自分でもかなり冷たい提案だと思います。
ですから、せめてこれを───」
渡されたのはシッテムの箱。
まさか、これを取りに戻っていたというのか?
浦和は、2人に責められても意見を変えなかった。
それが正しい判断で、みんなの為であると信じているからだろう。
これまで彼女が俺に対して提案する、などといったことがあっただろうか?
俺が嫌いだ、というのであればそれこそ別館へ帰って知らんぷりすればいい。
「大丈夫だ、ワカモ、コハル。
俺は────浦和を信じてる。」
ただ盲目的にではなく、今このタイミングでの浦和の提案だから信じることが出来る。
「....シロウ。
たしかにこれは指揮官、「先生」のする事なんだろう。」
「....致し方ありません、それがあなた様ご自身の判断なのであれば。
────わかりました。
補習授業部の事は引き続きこの不肖ワカモにお任せ下さい。」
アズサとワカモは───俺と浦和の提案を承諾した。
「え!?アズサはともかくワカモまで!?
いいの、あんた!
こうなったら私1人でだって───」
「......仕方ありません。
士郎さんはこうなっては止まらないので。
それに貴女のようなちんちくりんが一人いても対して何も変わらないと思いますが?」
「な、なんですって!?」
納得したワカモと噛み砕けないコハル。
「コハル、良いから待ってるんだ。
.....大丈夫、俺にも考えがある。」
俺は端末を出し、とある人物に電話をかけることにした。
「もしもし......あぁ、俺ですよっと。
ちょっと頼みたいんだが────」
桐藤が手配したらしい車にハルナ達を押し込み、助手席に保護した給食部の生徒を乗せトリニティの外郭地区までやってきた。
指定された橋の前で待機していると話しかけられる。
「あ、あの....。」
「ん?」
「助けていただき、ありがとうございました。」
美食研究会に捕まっていた愛清フウカは頭をしっかりと下げ礼を言ってくれた。
「いや、むしろ
とりあえず今日のことはなんだ....運が悪かったと思って忘れて───」
「そんな.....
わ、忘れるなんてとても出来ませんっ!」
鬼気迫るような表情での発言。
一歩二歩と近づいて来た彼女はお互いのつま先が当たる直前で止まった。
忘れるなんて出来ないってのは誘拐されるのが日常となりつつある....ってことか?
「そ、そうか。
で、愛清....。」
「フウカ、と。
私のことはフウカと呼んでください。
えっと.....先生?」
自分の呼称はともかく、俺の呼び方で困っている様子の彼女。
そういえば色々ありすぎてまともに自己紹介する暇もなかったな。
「俺は衛宮士郎。
一応、これでもれっきとした「先生」だ。」
まぁ、その前には「頼りない」がつくんだろうが。
足らない部分は研鑽を積むしかない。
「改めてありがとうございました、衛宮先生。」
「あぁ、礼は要らないぞ、フウカ。
フウカ.....うん。呼んでいて心地良い綺麗な名前だな。
うん、確かに「愛清」なんて重そうな苗字呼びより似合ってる。」
「えっ....///」
それにしても給食部か。
ヒナから給食部の援助を頼まれていたけど、まさかこんなの手助けをすることになるなんて思ってもみなかった。
むしろヒナの本音はそちらか?
あのハルナ達から付け狙われ、重宝されるくらいなんだ。
さぞ料理の腕が良いのだろう。
そのフウカへ視線向ければ顔を真っ赤に染めていた。
今の短時間で一体何があったというのか。
なんというか、恥ずかしがっているような......。
かと言って「大丈夫か?」なんて声をかけれる訳もない。
もし俺が原因であるなら恥をかかせるようなもんだ。
そんな気まずい雰囲気の中────
『橋の付近一帯にティーパーティーの生徒がいるのが見える。
......士郎、今度は何をしたの?』
一通のメッセージが、手元の携帯に届いた。
それに返答する。
『「今度は」って....
それだとまるで以前何かしたみたいな言い方じゃんか。
.....まぁ、トリニティのトップから警戒されてるだけなんだけど。』
送り主は便利屋68所属、鬼方カヨコである。
文面からでも溜息を吐いているのが容易く想像できる。
『ほんとうに何やってるの.....で。
彼女達、どうするの?』
『放っておいて構わない。
仕掛けてくるなら話は別だけど。』
『あくまでティーパーティーの服装をしてるから、それはないんじゃない?
じゃあ、私はこのまま監視を続けるね。』
.....ティーパーティー。
きっと桐藤が手配した監視役だろう。
であれば俺達を手ずから襲う理由は......あまり無いはずだ。
この前の襲撃犯の生徒達も頭を冷やしてくれてるといいんだが。
どちらにしろエデン条約締結間際でトリニティの自治区内で「シャーレ顧問」を襲うというのがどういう事か分かっていない奴を回すとは思えない。
そんな事が起きれば今度こそ責任問題に発展する。
そして。
仮に俺が襲撃されたとして、黙って見ているとも思えない。
桐藤にしてみれば恩を売るかついた汚名を返上するチャンスだろう。
「.......これが浦和の根拠か。
ついでにきちんと保険を持ってきてくれたしな。
な、イリヤ。」
『「な、イリヤ。」
じゃないわよ!
丸1日放ったらかされてた私たちの身になってみなさいよ。
ほら、アロナなんていじけてずっと
画面をスライドしてアロナの教室を見てみればイリヤの言う通りぶつぶつと呟いてこちらに背を向けるアロナがいた。
『もう、私知らないんだから!
アロナのケアはシロウがやってよね!
あと、そこにいるフウカ、だっけ。
相変わらず臭いセリフを当然の様に吐くんだから.....。」
回想
アルに遠距離からの監視と観測を依頼した。
───のだが。
『先生と給食部と空崎ヒナの護衛をしろですって!?!?
冗談じゃないわ!
衛宮先生!
あなた私たちがゲヘナのお尋ね者と知っていて依頼してるの!?』
『なんだよ。
別に俺の真横に立っててくれ、なんて言わない。
近くのビルの屋上に陣取ってスコープ越しに現場を観測してくれって言って───』
『そもそもヒナがいるんだから私たち要らないじゃない!』
.....ヒナ、という人名を出したことが最大のミスだろうか?
これが例えば天雨だったり火宮だったりしたなら話は違っただろう。
しかし、アルのヒナ恐怖症といっていいコンプレックスを知っていたからこそ黙っているわけにもいかなかった。
アルの言い分は最もでもある。
何せ俺はともかくゲヘナ最強の護衛依頼だ。
『待って 社....ひとまず衛宮.....事...聞いて。
何も戦う.....ない.....』
『......』
受話器の向こうから聞こえてくるのはカヨコの声。
説得とまでいかなくても聞く姿勢を促してくれている。
『.....で?
何で私たち便利屋68に仕事を依頼するわけ?
衛宮先生なら私達以外にもアテはあるでしょう?』
しめた。
サンキュ、カヨコ!
『いや、今回は「シャーレ」としては表立って動けない。
だから
『......!』
『後生だ!
アル、お前にしか頼めない!』
『士郎、本当にアルの扱い慣れてきたね。
で、私達を選んだ本当の理由は?』
終わったと思っていたトーク。
カヨコはさらに続きを送ってきた。
『いや、本当に今回は頼れる相手がいなかったんだ。』
『トリニティの誰かに頼ることが出来ないのだとしても、それは嘘。
それこそ対策委員会の子達を頼ることも出来たし、ヒナに
前者をしないのは対策委員会そのものが多忙で、顧問の貴方が彼女達を放置してトリニティに行ってる分頼りにくいから。
後者もほぼ同じ。
風紀委員会は忙しいから。
ヒナに余計な心配をかけたくない。
違う?』
......。
何もかもカヨコにはバレてるらしい。
この分だとどうしてこうなっているか、察しもついているのではなかろうか?
『たまには連絡してあげたら?
きっと、喜ぶと思う。』
.....なんかカヨコの奴怒ってないか?
(プップー!)
クラクションの音で我に帰れば橋向こうから1台のジープらしき車両が急接近していた。
....?
あの車のフォルム、何処かで見覚えがある気がする。
あれは確か、アビドスで蛇が大暴れしてた時、校舎前に停まっていた───
「......待たせしました。
「────は?」
車から降りてきて青いナース服の少女がいきなり物騒なことを言い出した。
「.....失礼、死体ではなく負傷者でしたね。
たまに混同してしまって。」
「 ......。」
なんだ?この生徒。
困惑している俺を他所にコルクボードにクリップした紙の資料を捲っていた。
「えー.....納品リストには
「新鮮な負傷者!?」
どう考えてもミスマッチな2つの単語が合わさって不気味さを醸し出している。
「ところで、貴方は....?」
それはこっちのセリフだ。
そもそもヒナに引き渡す手筈だった。
低く落ち着いていて、尚且つ厳しさと優しさを感じさせる声色。
忘れるわけもない、この声は───
「ヒナ!」
ゲヘナ風紀委員会、風紀委員長、空崎ヒナ。
「久しぶり、シロ.....
こほん。
───衛宮先生。
....本当に、いつぶりかしら。」
ヒナは俺へ名前で呼びかけたのを途中で止め、咳払いして言い直した。
「アビドス以来だから、2ヶ月以上か?」
久しぶりに見た彼女。
良くも悪くも変わらない。
華奢な体に似つかない機関銃を肩から下げている。
その表情からやはり忙しさによる疲労が垣間見える。
「知り合いでしたか、風紀委員長。」
「ええ。そうよ。
色々お世話になったの。
先生、紹介するわ。
救急医学部の部長よ。」
「....救急医学部の部長、氷室セナです。
以後よろしくお願い致します、衛宮先生。」
「あぁ、救急医学部か!」
道理で見覚えも聞き覚えもある訳だ。
初めて聞いた時はマコトに案内され車でゲヘナに向かった時。
イロハの口からそんな単語を聞いた。
2度目はアビドス自治区であの大蛇が暴れていた時、アヤネの処置に来てくれたのが救急医学部だ。
「ヒナからの紹介通り、連邦捜査部「シャーレ」の衛宮士郎だ。
よろしくな氷室....セナの方がいいのか?」
そういえば氷室といえば穂群原にも同じ苗字のやつが居た気がする。
「では、「セナ」と。
死た.....いえ、負傷者がいたら何時でもお呼びください。
配送料は頂きませんので。」
「お、おう....。」
......こいつが部長で大丈夫なのか、なんて一瞬思ってしまう。
「で、ヒナ。
どうして救急医学部が?」
そう聞くと、「話が伝わっていないのね」とボソッと呟くものの説明してくれた。
「....トリニティのティーパーティーから
「美食研究会がトリニティ自治区で暴れたので拘束した。
けれどエデン条約締結前だからあまり大事にしたくないから「シャーレ」を頼ることにした」と。
で、それに合わせて名目上は「救急医学部」がここに来たことになってる。
風紀委員長は
でも、私に救急医学部の護衛をするように言ったのはマコトよ。」
なるほどな。
あくまで今のヒナの立場はただの空崎ヒナって一人の生徒ってことか。
その時端末がなった。
通知はモモトークのメッセージ。
てっきりカヨコからのものと思いきや───
「げっ、天雨....?」
「....アコがどうかしたの?」
「い、いや、お前をよろしくって!」
メッセージを一瞬目でおって、携帯のディスプレイを消した。
これは、イタズラかなにかか?
最初の二行は理解できた。
が、最後の一文だけは天雨から放たれたものとは思えないものだ。
偽モンか、新手の詐欺か。
いやまさかというか、とうとう壊れたのか?
天雨はヒナの秘書官のような立場と言うだけあって、仕事量も相当だ。
オーバーワークで壊れたんだ、そうに違いない!
「とにかく「救急医学部」はゲヘナの中でも、特に政治的な部分に関わりが薄い立場にいる。
だから今回、私がマコトに提案したの。」
救急医学部は今回、ヒナの隠れ蓑って事か。
「政治ごっこは風紀委員長にお任せします。
私は死体以外に興味ありませんので。」
......外見はクールビューティなのに口を開けばやれ「死体」。
なんていうか....こう。
一般生徒が聞いたらなんて言うか。
というか、監視のティーパーティーが聴き逃してるといいんだけど。
「セナ、「死体」ではなく「負傷者」でしょう?
それにあなた、本物の死体を見た事ないでしょうに。」
「....はい、負傷者でした。
ですがそのことについては風紀委員長もないでしょう?」
「.....ええ。
私は実際には見ていないわ、遺体発見の話は聞いているけど。
多分衛宮先生もないでしょう?」
と、ヒナは視線をこちらに向けないまま話を流した。
が───その認識は困るというか。
「いや、
負傷者と死体の違いくらいは見て取れるくらいには。」
「────シロウ、真顔で凄いこと言うのね......。」
これには2人とも唖然としている。
むしろ俺としてはそちらの方がおかしく感じる。
これだけ銃撃戦が繰り広げられるキヴォトス、いくら彼女達が頑丈とはいえ、死人が出ていないというのはなんという─────
「話を戻そう。
まずそこで
後ろに視線を向けながら言い放つと、その4人の体は「ビクッ」と震えた。
「.....ハルナ。
相変わらず....いえ、詳しい話は帰ってから。」
「ヒ、ヒナさん.....。
ふふっ。お久しぶりですわね。」
「....聞いた話だと、衛宮先生を誘拐した上に、逃げた彼を車でひたすら追いかけ回したそうじゃない.......。」
......なんか、思っていたのとは違う...?
ヒナはてっきり「仕方ないわね」みたいなことを言うと思っていたんだが。
ハッキリ言おう。
ヒナはブチギレている。
「......私の腕、ありえない方向に曲がっていたから処置を頼もうかと思ったのですが....
これは後にした方がいいみたいですね☆」
アカリは諦め、ジュンコとイズミに至ってはヒナの威圧感で口を1ミリも開けないらしい。
「あー....ヒナ。
程々にな。
色々あったけど、今回ハルナには感謝してるんだ。」
「─────衛宮先生......!」
まるで地獄の天上から蜘蛛の糸を垂らした仏の気分だ。
ハルナの目はキラキラ輝いている。
「.....何があったのか詳しくは聞いてないけど....シロウが言うなら...
わかったわ。」
「────色々と配慮して頂いてありがとうございました衛宮先生。
今度シャーレにお伺いする際は私がおもてなしさせていただきます!」
いや....尋ねる側がおもてなしって....。
興奮のあまり言葉がおかしくなってるぞハルナ。
それとヒナ、詳しく知らないとか言う割に何があったか把握してるのはなんなんだ....。
後ろではセナが美食研究会の4人を車に───投げ入れていた。
......手加減しろって言った矢先なんだが。
で、セナがフウカにも同じことをしようとしたもんで割って入った。
「まてまて、コイツは人質だったんだ。
手荒な扱いはよしてくれ。」
「....失礼しました。」
そういうとセナはフウカを助手席に案内した。
困惑しているのか少し挙動不審のフウカ。
「あ、あの....。衛宮先生───!」
呼びかけられて、振り返る。
「....またな、フウカ。
そのうち給食部にも遊びに行くよ。」
「────は、はいっ!
私、楽しみにしていますっ♪」
最後はかなりいい笑顔をしていたと思う。
なんというか、表情の移り変わりのは激しい子だった。
(バンッ)
「
「.....」
ドアの閉じた音と共にセナに呼びかけられるもヒナは少し迷っているようだ。
天雨からの要望もある。
逢い引きなんてするつもりはないが、ヒナのことも心配だ。
少し話をしよう。
「悪い、セナ。
少しヒナを借りるぞ。
今のヒナは風紀委員長でもなんでもなくてただの一般生徒だからな。」
「え、衛宮先生...?」
俺はヒナの手を掴んで、車との距離を置いて歩道の手すりに寄りかかった。
橋を見れば救急医学部と俺の乗ってきた車二台が停車しているのみ。
通行止めでもかかったのか。
「....先生...トリニティで何をしてるの?」
ヒナの表情は先程とは打って変わって真剣なものになった。
その視線はどうも近場の林の中。
「....気づかれちまったか。」
「この程度の事、気づけないと思った?
ほんの少しの殺気でも私は見逃したりしない。
けれど、それは私に向けられてるものじゃなくて────」
「.......今は補習授業部って部活の顧問をしてる。」
「それはもう知ってる。
色々と情報ははいってきてるから....。
──誤魔化さないで。
シャーレは中立的な立場だったはず。
この時期にトリニティに、しかもこんな監視網。
これじゃまるで貴方が今────」
「ヒナ、それ以上はダメだ。」
その言葉を、無理やり止める。
その発言そのものが危ういのだと、彼女も理解してくれたようだ。
「.....何か酷いことはされてない?」
「........大丈夫、っていっても、その様子じゃ信じてくれなさそうだな。
この何週間か、かなり怪我をした。」
「....随分素直に言うのね。
アビドスの生徒から聞いた先生の様子と違う。」
....む。
それは要するに。
『衛宮先生は何も言ってくれないから心配』ということか。
「それよりだ。
ヒナ、エデン条約について聞きたい。
そっちで「エデン条約を潰そう!」みたいな集団とかデモ隊とか出来てたりするか?」
「いいえ....そういう話は聞かないわね。
そもそもエデン条約機構そのものに生徒達が興味ないのもあるかしら。
.....そういう質問をする、という事はそちらでは起きているのね。」
「確定じゃない。
けれど邪魔をしようって動いてる奴がいる可能性がある。
少なくとも
「.....なるほど、だから衛宮先生も警戒されてるのね。」
ヒナの察しの良さには本当に救われる。
ティーパーティーの上層部なんて、そんなの
「つまり、「トリニティ内の裏切り者」がいるかもしれないという訳ね。
で、衛宮先生は誰を信じて、誰を守ることにしたの?」
「....」
「私、前に言ったわ。
私達は争う。と。
その間に割って入ると言うのは自分の身を引き裂くということ。
どちらも守ることなんて出来ない...。」
「でも、どちらかだけを取るなんて出来ない。
今の俺は1人じゃない、相談できる奴だっている。」
今、目の前にいるお前のように。
ここに来てからずっと寄り添ってくれるワカモのように。
俺一人の頭じゃ考えつかなくったって、みんなで考えればきっと。
「......そう。
シロウには頼りにする生徒がいるのね。」
「.......エデン条約機構についてはどう思う?
アレって強力な武力集団だろ?
こう、誤った方向に使われるとか......」
「....楽観的、と言われるかもしれないけれど....先生。
私はそうは思わない。
あれはれっきとした平和条約、私はそう考えてる。
条約によって生み出される「ETO」....あれはマコトやナギサが単身で統制出来るものじゃない。
それに2人だけじゃない。
他のティーパーティーや
だから「ETO」が誰かひとりの意思で本来の目的を見失って暴走することは考えにくい。
もちろん、その全員が協力するなんて事態になれば、理論的には有り得るかもしれないけれど....。
そもそも───」
「そもそもそんな風に協力しあえてればこんな歪な対立なんて起きてない、か。」
「そういうこと。
それに、そんな風に捉えられてたのは、少しショック。
エデン条約に賛同したのはマコトじゃなくて、私。」
「ヒナが?」
彼女は頷いて、理由を説明する。
「「ETO」が出来たら、今より遥かにゲヘナの治安と秩序はマシになるはず。
そうなったらもう、
「......。」
ヒナは言葉にしなかったが、ようは「風紀委員を辞めたい」と言っているのも同じだ。
.....限界が、近いのだろう。
「風紀委員長、まだですか?」
セナの呼び声。
ヒナはそれに返事をした。
別れが近づく。
なんと声をかけたらいいのか、分からないまま。
「.....ええ、今行く。
最後に一つだけ聞かせて。
補習授業部の事は、シロウが守るのよね?」
その問いには、ハッキリと答えられる。
「....あぁ。」
「......そう。
.....らやま...い」
え?
今、ヒナはなんて言ったんだ?
「じゃあ、またね、衛宮先生。」
「あ、あぁ。」
ヒナは、振り返ることなく。
車は俺の元から去っていった。
もし、俺の体が2つあるのなら、今その片方はヒナに無理やりついて行っただろう。
心に引っ掛かりを覚えながらも、カヨコに撤退指示を出し、車をトリニティへ発進させた。